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神様、どうかこの嘘だけは見逃してください (書籍版タイトル:偽装死した元マフィア令嬢、二度目の人生は絶対に生き延びます)  作者: あだち


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27/50

27 晩餐 再

 ***



「それより、鏡の裏の隠し戸棚。見てきたけど」


 すっかり冷めたコルネットをもそもそと齧っていたディーナだったが、その話題にはパッと顔を上げた。


「い、いつの間に?」

「夜のうちに。あなたが忍び込んだ痕跡が万一残っていたら、警戒して隠し場所を変えるかもしれないし」


 ディーナはぎょっとした。


「危ないわっ。結果的に帰ってこなかったからよかったものの、もしかしたら、夜会から帰宅したあの人と鉢合わせしてたかも」

「だから、招待主側に潜入してる同僚に協力してもらって、泊まらせた」


 あの男の外泊は、テオドロの差し金だったらしい。

 仕事の早さと抜け目なさに、ディーナは感嘆し、目を大きくして相手を見つめた。


 だが、紅茶のための湯を持ってきたテオドロの、いたって冷静な顔つきに、期待はすぐに萎んでいく。


「……ハズレだった?」

「大当たりだ。薬物取引の裏帳簿が見つかった」


 ディーナは今度こそ目を輝かせて腰を浮かせた。


「ってことは、もうわたしたち、それを持ってここから……」


 出られる。

 ――すなわち、アウレリオたちは、一人残らず捕縛される。フェルレッティは完膚なきまでに潰される。

 ディーナ・フェルレッティという存在は、死者として、完全に闇に葬られる。


 喜びと同時に浮上した考えに、言葉の先がふっと消えた。


(……えっ)

 

 自分の内側に生じた感情にディーナが困惑していると、「いや、」とさらに予想外の言葉がもたらされた。


「確かに、これはかなり強力な物証になる。でも帳簿だけじゃ駄目なんだ。言っただろう、フェルレッティの外飼いはどこにでもいる。そのリストを見つけないと、どんな証拠があっても意味がない」


 テオドロの顔は、沸かしたての湯を注いだティーポットに注がれている。伏せたまつ毛の影から見える目が、何かを考え込んでいるように見えた。


「帳簿より先にリストを持ち出さないといけない。もしくは、二つ同時でないと」

「……そう」

 

 慣れたしぐさで紅茶を淹れる手元を見つめ、ディーナは小さく答えて座りなおす。


 その様子を、灰色の目が一瞬見遣り、そしてすぐに逸れていった。



 ***



 夕方。後から食堂に入ってきたアウレリオは、椅子に腰を下ろしがてらディーナに謝罪した。


「朝はびっくりさせて悪かったね。ラウラにはきつめに灸をすえておいたし、二度目はないと思っていていいから」


 ため息まじりのそれに、「はあ」とディーナは曖昧な返事をした。見回しても、食堂にラウラの姿はない。


 やはり、あれは彼女の独断であったようだ。あのあと別の使用人がやってきて、本来の薬を置いていった。

 どうやら、ディーナが温室に行っている間に部屋に来て、無人だったので焦って探していたらしい。


 発覚を遅らせる陰湿な計画に「女の子って本当に怖いねー」と、最初の晩餐のときと同じ言葉をアウレリオはしみじみと吐き出した。


「結果論だけど、大事に至らなくて良かった。私もテオドロは気に入ってるから、こんなことで埋めるはめになったら悲しい。ねぇディーナ」

「……そうね」

「もちろん、気に入ってるっていうのは部下として使うにあたってであって、ディーナとそういう意味で取り合うつもりは」

「わ、わたしだって別に!!」


 やたらに真面目な顔で釈明したアウレリオに、ディーナはカーっと顔を赤くして語気を強めた。


 あれから半日、テオドロも何もなかったように振る舞ってくれている。

 それはもちろん助かる。悪意がないのは当然のこと、下心もなかったのだ。


 ああ、だけど、あれって。


(ファーストキスだったんだわ……)


 あろうことか、シスター見習いの身で。自分から。

 食堂の前で別れたテオドロが全然気にしてなさそうだったのが、ありがたい一方でなんだかむしょうに腹立たしいような気もする。


 羞恥心がぶり返す。目の前に置かれたフォークで力いっぱい机を突き刺したくなるのを耐えるが、アウレリオはあっけらかんとしていた。


「何をむきに。家来の目なんて気にするな、主人が目の前で恋人とキスしてるくらいで騒いだりしないだろう」

「あ、あなたたちとは違っ…、!!」


 反射的に答えて、そのとき頭の中でラウラの言った言葉が脳裏によみがえった。


 愛人。ペット。奴隷。アクセサリー。


『三年前、わたしの両親はあの男に殺された』


 この、アウレリオに?


 突然黙ったディーナだったが、アウレリオはさして気にしなかった。代わりに、食堂に近づいてきた足音に顔を上げ、一転してにこりと笑った。


「話を戻すね。そういうわけで、今日はラウラは欠席。夕飯は、我々()()()食べようか」


 そう言うや否や、ノック音が響く。「どうぞ」という家主の返事と同時に、ディーナの体に緊張が走る。

 食堂の扉が開く。口元に傷のある、壮年の男が現れて一礼し、扉の横に退く。

 

「はじめまして、伯爵。それとも、お兄様って呼んでもよろしいのかしら?」


 男の背後から進み出たのは、背中に流れる見事な金髪と、臆することなど何もないような凛とした声音の女。

 今日到着したばかりという“もうひとりのディーナ・フェルレッティ”だった。




「――じゃ、サンジェナ島ではずっとアルボーニ家の世話に?」

「はい」


 食事と同時に、“サンジェナ島のディーナ”の身の上話が進んでいく。アウレリオは、ディーナのレベルタでの話を聞くときと同じように、時折相槌を打ちながら耳を傾けていた。


 どうやら、新たな客人は十年前、運河から波に乗って離島の違法薬物農園を取り仕切る幹部のもとに辿り着き、身を寄せていたらしい。


 少なくとも、本人の話では。

 ディーナは食べる順番と沈黙を守りながら、彼女の堂々とした話しぶりに耳をそばだてていた。


「アルボーニ家の当主はなんで十年もそのことを黙ってたんだろう」

「わたくしが頼んだのです。兄に家督を任せて、自分は身をひそめることにしたと。余計なことを言ってほかの幹部に存在をかぎつけられるのも嫌だから、わたくしが自ら本家に行くとき以外は、けしてわたくしの話題を出さないように、とも」

  

 嘘だ。だって本物はこっちなのだから。

 ディーナは薄ら寒いものを感じながら、“ディーナ”の手元を見た。――食べる順番が、自分と同じなのだ。

 彼女も、毒の配膳を知っているというのか?


「それで十年身をひそめていたのに、急にバルトロのもとに名乗り出てきたのはなぜ?」

 

 バルトロ。彼女をサンジェナ島から連れてきた幹部の名だ。話の流れから、先ほど食堂までこの“ディーナ”を先導してきた男で間違いないのだろう。


(長くいる幹部のようだけど、知らない人だったわ)


 ディーナのナイフが皿とぶつかって嫌な音がした。ヒヤ、と背筋を汗が伝う。


 けれど二人の関心はディーナには向かなかった。アウレリオのゆったりとした追及にも、“ディーナ”は少しも動じていない。


「アルボーニ家側は、お兄様による大捜索でわたくしのことを話すかずいぶん迷っていましたわ。わたくしも潮時かと……だって、ねぇ。おわかりでしょう? 殺されかけた身で、のこのこ出ていくだなんて、死にに行くようなものだわ。かといってこれ以上身をひそめていても、アルボーニ家に怪しまれるだけ。

 どうせ結末が同じなら、嘘つきとして突き出されるより、自分の足で堂々戻って来るほうがマシかと思いましたの。……なんて、それも無駄な決意だったみたい」


 そこでようやく、“ディーナ”の視線が、同じ名前の先客に向く。ディーナよりすこし金色がかった、美しい緑の目が。


「まさか、わたくしがもうひとり、すでに来ていたなんて」


 ディーナは食事の手を止めた。柔らかな笑みを浮かべる女とは対照的に、表情は険しくなる。


「わたしも驚きました。まさか、この身に成り代わろうとする、奇特な方がいるだなんて」


 緊張がにじむディーナの声に、女が笑う。

 余裕のある態度だが、全部嘘だ。ディーナ・フェルレッティは自分だ。なのに、なぜ。


 相手の真意を測りかねるディーナは、笑い返せなかった。

 アウレリオは、そんな二人に同じだけの深さの笑みを向けて、グラスを掲げる。


「……ま、とりあえず。今夜の食卓を采配なさった運命のいたずらに、乾杯しとこうよ」


 肉料理の皿を前に、三人は同じタイミングでワインを呷った。


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