28 警告
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「あなた、どういうつもりなんですか!?」
食事のあと、ディーナは人のいない廊下を部屋へ向かう客人の背中へ声をかけていた。
金色を強調するように長く背に垂らした髪を揺らして、“サンジェナ島のディーナ”が振り返る。
「どういうつもりって?」
「とぼけないで、偽物なのはわかってます!」
ディーナは相手の薄青のドレスの二の腕を掴む。
その切羽詰まった様子とは対照的に、ディーナを名乗る女は掴まれた自分の二の腕を鼻にしわを寄せて見下ろし、次に相手を小ばかにするように笑った。
「いやぁね。そんなのお互い様じゃない」
「え?」
「そっちだって知ってるでしょ? ディーナ・フェルレッティはもう死んでる。現実逃避に走るシスコン相手に、ちょっとそれっぽく言って顔見せて、財産分与でもしてもらえば大金持ち。そういう儲け話だっていうなら、乗らないのももったいないじゃない」
砕けた口調で聞かされた言葉が衝撃的で、ディーナは目を剥き、ザァッと青ざめた。
「あなた、お金目当てでここにきたの!?」
なんて浅はかなのか。ディーナは声をひそめ、強い口調で責めた。
「すぐにやめなさい! ここは危険な場所よ、今すぐに出ていって!! 脱出口なら教えてあげるから、」
しかし、みなまで言う間もなく、腕は振り払われた。目障りとでも言いたげに“ディーナ”がきつく睨んでくる。
「やめてよ、自分がボロ出しそうだからってあたしまで巻き込まないで」
「そうじゃなくて、」
「焦るのもわかるけどね。あんた、いかにも余裕なさそうだったし」
そう言われて、ディーナは面食らった。
そんなはずはないと言いかけて、――確かに、自分はそれこそ発言も少なく、彼女をじっと見てばかりだった。表情もよくなかっただろう。
はたから見れば、後から来たライバルに警戒心丸出しのように見えたのかもしれない。しかも、“サンジェナ島のディーナ”は毒の晩餐を乗り切ったばかりか、今まで身を寄せていたアルボーニ家という、客観的な身柄の保証人も持っている。
――もしかして、自分はかなり危うい立場なのでは?
心のすみから湧き出た焦燥を散らす。今夜どう思われていようと、最終的には自分は本物なのだから、証明する手立ては何かしらあるだろう。
けれど彼女は違う。一刻も早く、ここから逃がさなければ。
「よく聞いて。フェルレッティ家は、ただの貴族とは違うの」
「知ってるわ。やばい薬捌いてる貸金業者。でもあたしに話を持ちかけたやつは、ずっと前からこの家に出入りしてて、あの当主の弱点もわかってるんですって。言われた通りに動けば万事うまくいく。あたしはね」
今度こそディーナは言葉を失った。相手の自信のほどにではない、“弱点をわかっている”という言葉にだ。
しかし、金緑の目の女は、ディーナの反応を勘違いしたらしい。挑発的に笑って、口角をつり上げた。
「そっちのブレーンは、ここ来てたかだか一年程度の新米なんだって? でもいい男だよね。助命するよう頼んであげるからこっちにつけって、誘ってみようかな?」
――「ディーナ様」と呼ぶテオドロの声がする。食事から戻らないディーナを探しに来たのだ。
もうひとりの“ディーナ”が声のした方を見遣って、いっそう声を低くしてディーナに耳打ちした。
「あんたも、今夜逃げるってことなら、黙っててあげるわよ。ご令嬢はさ、懐広くないと、知らない間に部下に恨まれて殺されちゃうみたいだし」
ディーナは束の間、勝ち誇ったように笑う相手の顔を言葉もなく見つめた。
振り払われてから浮いたままの手を、拳の形にして、己の胸につける。
「どうかなさいましたか」
背後からの声には答えずに、ディーナは女から一歩下がって距離を取った。
「……警告はしたわ。地獄で後悔を噛み締めても、もう助けてあげられない」
その冷たい声に“サンジェナ島のディーナ”は意外そうに目を瞬かせたが、すぐに「お気遣いなく」と嗤った。
***
「厄介なことになっちゃった」
部屋に戻ってから、後ろをついてきたテオドロへ、ため息とともに今しがた聞いたことを打ち明ける。
「向こうはどう言っても退かないつもりみたい。……彼女をそそのかしたのは誰かしら。アルボーニ家? それともバルトロ?」
テオドロが答えるまでには、少しの間があった。
ディーナはそれを、ただ相手が思考しているだけだと思った。そして、その時間はすぐに破られた。
「……両方が結託しているのかもしれない。アルボーニ家は、フェルレッティの最も重要な商売の大本を握っているわりに、精製業や販路の管理は任されていないせいで、組織内での力はそう強くない。バルトロは古株だが、暗殺業務から成り上がった男で、ニコラやルカほどにはアウレリオに重用されてない。暗殺はあまり金にならないからだろうけど」
「……アウレリオの弱点って、何?」
「はったりだ。そんなものを、あの男が部下に握らせておくわけがない」
「わたし、疑われるのかしら。現状、わたしの方が、本物だと思う根拠が弱いわよね」
テオドロは、部屋に備えられていた黄色い酒をボトルから手に垂らして舐めてから、カットグラスにとぷとぷと注ぎつつ低く答えた。
「……すぐにはどうこうされない。レベルタに見当をつけたのはアウレリオ本人だし、アルボーニ家が十年黙ってたなんて、にわかには信じられないだろう。見極めるために少し様子を見るはずだ。それこそ、幹部会での様子なんかを含めて」
水で割った後に差し出された酒を受け取ったディーナは、促されるまま長椅子に座った。
「幹部会……明日の夜、国内に散っている幹部が集められて開かれるっていう……?」
「そう。外飼いはほとんど来ないが、本来ならここで組織内にあなたの存在が周知されるはずだった。……飲んで。少し、興奮しているようだ」
ディーナは素直にグラスに口をつけ――喉を焼く熱に目を剥いた。
「っえ、これ、何?」
「北の修道院で作られてるハーブリキュールだよ。それから、会合は欠席しよう」
「はっ、え、なに?」
むせる傍らで言われた言葉を聞き返すと、テオドロはどこか張り詰めた表情で腕を組んでいた。
「行かない方がいい」
「なぜ? 私の立場が危ういから?」
「……いや、そうじゃない」
「反対よ。アウレリオは昨日まで、いいえ食事の前まで、わたしのことを疑ってなかった。様子見するっていうなら、ここで逃げたら余計に怪しまれるじゃない」
息を整えてから強く主張するディーナを、テオドロは少し煩わしそうに、――懸念事項がぬぐえないという顔で見たあと、観念するように息を吐いた。
「……そうだ、そうだな」
テオドロの手が、自身の目元を覆う。どこか思うところのありそうな肯定に、ディーナは聞かずにはいられなかった。
「……どうしたの?」
問いに答えはない。
思案している間、男は黙っていた。その間に、何かを決意したともとれる時間があった。
やがて指が下りて、再びディーナを見据えた灰色の目は、いつもの冷静沈着なテオドロの顔だった。
「ディーナ。僕は明日の午前中、バルトロと奴の連れてきた女のことを調べる。少しあなたから離れるが、幹部会には絶対間に合わせるから、それまでこの部屋にいてくれ」
「……わ、わかったわ」
頷くと、テオドロは安堵したように微笑んで、ディーナの手からそっとグラスを取り上げた。
「すまない」
「大丈夫よ。まさか、死人に扮する女が二人も現れるなんて誰も予想できない」
――翌朝。
いまだかつてない頭痛と吐き気、倦怠感に苛まれるディーナは、寝台の中で静かに悟った。
すまないって。
こういうことか。




