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お世話役探し

馬の背に揺られて一時間ほど、東の空から朝日が顔を出した。

この丘を超えればイグリス王国の王都が見えてくる。

堅固な城壁に囲まれていて中には何万人もの市民が暮らす活気のある都市だ。

毎朝日の出とともに朝市が行われている。


「そろそろ耳を隠さなきゃな。」


肩まで伸びた髪と、マントに付いてるフードで耳を完全に隠した。

僕ら悪魔の耳は上部が尖った形をしている。

この耳を見て悪魔だと言う人はいないのだけれど、人間とは明らかに違うので目立つのだ。



魔王の座が今の魔王様に代わって以来、それまで当たり前のように魔物達が人間を食べていたことが禁止された。

それは博愛主義などという高尚な理由ではなく、王たる私の所有物である人間を勝手に食うことは許さんというエゴイスティックな考え方からだった。


魔物達の中には我慢できずにこっそりと人間を食べてしまう不届き者もいたが、バレた時の魔王様の怒りようといったらそれはもう恐ろしいなんてもんじゃなく……

あんなおぞましい殺され方をするなんて冗談じゃないと、みんな人間に近付くことさえしなくなった。


人間達の世界から姿を消した魔物はいつしか物語の中にだけ登場する存在となり、信じる者は誰もいなくなった。



「ようエミル!今日もべっぴんさんやなあっ!」



街の入口に並ぶ馬留めに手網を繋いでいると、デブったおっちゃんが話しかけてきた。

この人は酒場の店主でどうも僕のことを女の子だと思っているっぽい。

たまにわざとらしく体を触ってきたりするけれど、いっぱいまけてくれるので見逃してあげている。


「なんか今日人多くない?お祭りでもあるの?」

「ありゃ?エミルは知らんのかいな。まあ森で暮らしとるからな〜。」


おっちゃんは我国の軍隊がフラフィネス帝国の皇帝が住む帝都を見事に撃破した話を、まるで自分が戦ってきたかのように熱く語ってくれた。

フラフィネス帝国といえば百年世界を統治し続けてきた大国だ。

無駄な争いは好まず同盟国とは融和な関係を築き上げ、歴代の皇帝はみな素晴らしい人格者だった。

そこが滅ぼされたということは、きっとまた各地で戦争が起こるのだろう……


せっかく魔王様のおかげで魔物からの脅威がなくなったっていうのに、なんで人間て同じ種族同士で殺し合いをするわけ?

魔物も殺し合ったりはするけれど基本一対一の戦いだし、相手の遺体は敬意を払って丁重に葬るか、骨の髄まで美味しく頂くのが礼儀だ。

死体をその辺に野ざらしにしたり、無抵抗な女子供まで大量に虐殺するなんてことは僕らの世界では考えられない。





太鼓やラッパの音が街中に高らかに鳴り響くと、いつもは閉ざされている正門の重厚な扉が開いた。

沿道に群がる人々の拍手と歓声の中、戦いに勝利した兵士達による凱旋が始まった。


「今日はめでてえから全品半額や!エミルもご主人様のためにあとでたんまり買いに来な。」


魔王様はお酒が大好きだ。

でも今日は買い出しをしに来たんじゃなくて人をさらいに来たのだとは、口が裂けても言えない……



将軍を乗せた4頭立ての戦車が横切り、その後に鎧をまとった兵士達が続いた。

荷馬車には相手国から奪った戦利品の数々が積まれている。

そして体にくい込むほど縄できつく縛られ、ボロボロの格好のまま歩かされる捕虜の姿が見えた……


負けて捉えられ、捕虜となった人々は悲惨な末路をたどる。


死ぬまで劣悪な環境で働かされたり観客の前で無理やり殺し合いをさせられたり……若い女性ならもっと耐え難い仕打ちを受ける。

もう逆らう気力なんて残ってないのだから解放してあげたらいいのに。人間て残酷だ。


いや待てよ……

これって、さらうにはうってつけの人材かも知れない。



沿道にひしめく群集の間に割り込み、めぼしい人物がいないか目を凝らした。

魔王様のそばで働くことになるんだからそれなりの人じゃなきゃ困る……魔王様の逆鱗に触れるようなことをされたら僕まで被害を被るからだ。

でもみんな下を向いていて生気がなく、ゾンビが歩いているみたいだった。


「おい、ねーちゃん!あんた幾つだ?」

「男知ってんのか?俺が教えてやろうか?」

「おい脱げよ。サービスしろ!」


女性の捕虜が通る度に沿道にいる男達からは心無い野次がとばされた。

絶望して泣いている人によくそんな酷いことが言えるよな……


その中の一人の女の子に目が止まった。年は二十代後半ってところだろうか……

なにを言われても前を見すえ、群衆から投げられた石が額に当たっても真っ直ぐな姿勢を崩さなかった。

視線の先には町の中心にそびえる教会の塔……胸に両手を重ね、祈りを捧げているように見えた。

神に助けでも乞うているのだろうか。


この世に神なんていないのに………



悪魔ならいるけどね、ここに。






───────よし決めた。あの子にしよう。







逃げないように繋がれている縄は魔法でどうとでもなるとして、問題はこの観衆の中でどうやってこっそりと連れ去るかなんだよな。

近くには武装した兵士もいるし、見つかって顔を覚えられでもしたらこの街で買い物ができなくなってしまう……

なにか良いアイデアはないかと改めて周りを見渡してピンと閃いた。やっぱ僕って天才だ。


地面に落ちた小石を拾って手の中で高速回転させ、それを少し前を歩いていた荷馬車の馬目掛けて飛ばした。

石は馬の尻に勢いよくめり込んでいった。

驚いた馬は前足を高く上げていななき、バランスを崩した荷馬車はひっくり返って荷台に積んでいた金品財宝を沿道にばらまいた。

市民達が落ちた財宝を拾おうと一気に群がった。


「止めろおまえ達!拾うなっ!!」


怒号と悲鳴が飛び交う中、女の子に近付いて縄を切った。

女の子はなにが起きたのかわからずに体が硬直していたのだけれど、構わず腕を引っ張ってひしめく群衆を縫うようにして逃げた。

城壁に繋いだ馬が見えてきた。追っ手がくるまえに早く街から離れなければならない。

急いで手網を解いて馬にまたがり、女の子を引き上げようと手を伸ばしたのだが……

女の子は手を差し出すどころか、顔を横にしてそっぽを向いた。


「なにしてるの?助けてあげるから早く乗りなよ。」

「私は結構です。助かりたくなどありません。」


は?なんだって?

それって……変態の貴族に性奴隷として飼われて、あーんなことやこーんなことをされた方が良いっていうのっ?


「君、さっきは助かりたくて神様に祈ってたよね?」

「あれはアン王女のご冥福をお祈りしていたのです。」


女の子の格好は汚れてはいたけれど、よく見たらお城で働いている侍女の服装をしていた。



「私のような者に殿下はアン王女を頼むと頭を下げて託されたのに……最後までお守りすることができなかった。王族の方々はみんな良い人達だったのに全員殺されてしまった。なのに私だけがまだこうしてのうのうと生きているだなんて……!」



そこまで言うと両手で顔を覆ってワンワン泣き出した。

参ったな……連れて来る人を間違えた。でも今さらチェンジできないし……


「えっと……君は名前なんていうの?」

「シンシアーノです。殿下はいつも私のことを親しげにシンシアとお呼びになってくれてっ……!ふえぇ〜ん!!」


目立つから大声出すの止めてくれないかな……今僕達逃げてる真っ最中なんだからね?


「あのさあシンシア。死にたいんだったら止めやしないから、とりあえずその前に僕の頼みをきいてくれない?すっごく困ってるんだ。」



そんなのは他の方にお頼みくださいと喚くシンシアを無理やり馬に乗せて街をあとにした。

これじゃあ人さらいと変わんない……






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