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守るべき人後編

魔王様は僕のことが心配で助けにきてくれたの?

いやでも……そんなまさか──────────……



困惑していると魔王様がビクンと顔を歪ませ、小さな呻き声をあげて地面に片膝をついた。


「魔王様っ?どうしたんですか?!」


額には油汗が滲み、呼吸が苦しいのか肩で息をしている。

なにが起きたんだろうか。こんなに余裕のない魔王様を見るのは初めてだ……

背中をさすってあげたいけれど両手が拘束されている僕には手を伸ばすことさえ不可能だった。

魔王様のただならぬ様子に為す術もなくうろたえていると、将軍がカツカツと靴音を鳴らしながら近付いてきた。



「久しぶりだなルーク。150年ぶりの再開に用意した俺からのプレゼントはどうだ?気に入ったか?」



プレゼント……?

舞台の下には将軍の部下達がいた。数人がかりで荷車を押して何かを運んできている。

赤黒く光り、大量の文字が蠢めく巨大な玉……

あれは………魔力封じの玉だ────────……


「昔はよく遊んだよなあ?魔王になんかなりやがって。つまんないことすんなよ。」


人の背丈ほどのある大きさまで具象化したんだ……僕にしたことと同じことを、魔王様にするために……


将軍が弓兵達に合図を送った。この状態の魔王様に向かって大量の矢を放つつもりだ。

しかし弓兵達は後ろに下がり、代わりに鉄の長い砲身をたずさえた兵器が顔を出した。

大砲だ……嘘だろ………

広場を取り囲むようにして何十丁もの大砲が照準を合わせていた。

こんな数でやられたらひとたまりもない。


「魔王様!早くここから逃げてくださいっ!」


アン王女にパパのところに行ってと言うと、ひょこっと立ち上がって魔王様の脇腹に抱きついた。

鎧兵達も残党達も我先にと広場から避難しだした。でも僕はこの場から離れることができない。

砲弾から身を守るようなものも、周りには何もなかった……


アン王女を胸に抱き寄せた魔王様は乱れた呼吸を整えると羽根を大きく広げた。

そのままばたかせて飛んでいくのだと思ったのに、魔王様は僕の上に被さると、広げた羽根で包み込んだ。




──────────魔王様………?!




砲弾が発射される大音が響き渡り、頭が麻痺するほどの着弾音が耳元で何度も炸裂した。






気付けば……


舞台は跡形もなく吹き飛び、深くえぐられた地面の底で這いつくばるようにして横たわっていた。




いやだ………




体をつたっていく真っ赤な鮮血……

土煙とともに舞い散る真っ白な無数の羽根……

魔王様は僕の無事を確かめるように目をゆるく見開くと、力なく地面に崩れ落ちた。



いやだいやだいやだ、いやだっ……!



爆音のせいでアン王女が火がついたように泣きじゃくっている。

いつもなら、うるさいと文句を言うのにっ………!!


「魔王様!しっかりしてください!!」


体を押して揺さぶってみても、魔王様はピクリとも動かなかった。

大砲の集中砲火を浴びたあの美しい羽根は血に染まり……見るのも痛ましいほど悲惨な状態になっていた。


なぜ魔王様は逃げなかったの?

魔法が使えないのに……どうしてこんな無茶をしたのっ………?!




「あーあ、ご自慢の羽根が台無しだなあ、ルーク?」



高らかに笑う将軍の声が、むなしく心をすり抜けていった。

将軍がここまで用意周到に待ち構えていただなんて……

魔王様から二度と関わるなと忠告を受けていたのに、僕は言うことを聞かなかった。


……僕のせいだっ……!!




「先ずはてめぇの羽根を切り取ってやるよ。」


将軍は腰にさした剣を抜いた。自分にされたのと同じことをし返すつもりなのだ。

近寄ってきた将軍のスネ目掛けて思いっきり足をぶん回した。前のめりになった将軍の腹に、すかさず二発目を食らわす。


「おまえみたいな奴がこれ以上魔王様を汚すな!!」

「……こんのクソガキがあ!先におまえを真っ二つにしてやらあ!!」


将軍は僕の頭を足裏で力強く踏みつけて固定すると、首を狙って剣を振り下ろしてきた。

こんな奴に殺されるのかと諦めかけたその瞬間、カキンと甲高い音がして剣が空高くへと舞い上がり、クルクルと回って目の前の地面に突き刺さった。

あっぶない……ちょっとでもズレてたら脳天から貫通するところだった。


「くっ……ルーク、てめえっ……まだ動けんのかっ!」


剣を弾いたのは魔王様だった。ボロボロになった羽根で僕を守ってくれたのだ……

魔王様はゆっくりと上半身を起こすと、足に力を込めてユラりと立ち上がった。

体中から血が吹き出している……これ以上無理をしたら、死んでしまうっ……!




「……そんなナマクラな腕で、私を切るつもりだとは笑わせる。」




魔王様が地面に刺さっていた剣を引き抜くと、疾風が空気を引き裂くような高音が響いた。

直後、魔力封じの玉が真っ二つに割れた。



「あの玉も……実にくだらん。」



へっ………今のって、魔王様がしたの……?

太刀筋が全く見えなかったのだけれど、あんな遠くにある玉を風圧だけでバッカーンと割ったっていうの??


「ああー!てめえなにしやがんだ!!それ創るのにどんだけ俺が苦労したと思ってんだ!!」


魔王様はそんな戯言ざれごとなど一切無視して手から灼熱の炎を放つと、跡形もなく玉を消失させた。

将軍の部下達が青ざめながら逃げていく……

魔法が封じられようが瀕死の状態に追い込まれようが全く関係ない。

魔王様は、いついかなる時も頂点に孤高と君臨する最強の“王”なのだ。


ふざけんじゃねえと将軍が地団駄を踏んで悔しがっていた。まるでお気に入りのオモチャを取り上げられた子供みたいだ。



大気がさざ波のように震えたかと思ったら、地表の水分が白く凍りついてメリメリと霜柱が立ち上がった。

大気中の水蒸気も昇華し、小さな氷晶がまるでダイヤモンドのように輝きながら降り注いだ……


魔王様が怒ると周りの空気の温度が下がる───────……


いつもはヒンヤリとする程度だけれど、これは……そういうレベルじゃない。

極寒のような気温にまで急激に下がり、息を吸い込むだけで肺が痛み、体の内部まで痺れそうなほどの怒りだった。



「な、なんだよ?こんなの俺達にとっちゃただのお遊びだろ?俺だって本気で殺そうとは思ってねえしっ……!」



魔王様の凄まじい怒りを肌で感じ取った将軍は、なんとか穏便にすまそうと必死で弁明をしだした。

けれど魔王様はゾクリとするような冷笑を浮かべると、将軍を鋭く見据えた。



「ああそうだな。おまえがいろいろと仕掛けてくるのは、暇つぶし程度にはなったからトドメは刺さないでいた。だが今回は……」



全てが凍てつく中で、魔王様の瞳だけが冷酷な炎で燃えたぎっていた。






「エミルを傷付けた。」







魔王様にとって僕がどうなろうがどこで野垂れ死のうが全く興味のないことなのだと思っていた。

でも魔王様が今こんなにも怒っているのは、僕が傷付けられたから……

自分の方がよっぽど……酷い傷を負わされているのにっ………


どんな言葉よりも嬉しくて、言いようのない熱い思いが体を満たしていった。




「お、おいルーク待てよ。俺がいなくなったら退屈だぜっ?」



将軍は足元から氷で包まれていき、みるみるうちに首まで氷漬けにされていった。


「なあ頼むよ、命だけは取らないでくれ!手でも足でも目ん玉でもなんでも持ってってくれて構わないからよお!!」


ビィビィと喚く将軍の額に魔王様は手をかざした。

何度も見てきた光景だ……気に食わないことをした相手に対して魔王様は決して容赦しない。

もう、何を言おうが手遅れだ。



「止めろって!俺とおまえ、何百年の付き合いだと思ってんだ?!俺よりそんなにこの弱っちい小僧のほうが大事だってのかよ?!」



将軍は恨めしそうな表情で僕を見た。

今さら泣きついてきても許すもんか。散々人のことを馬鹿にしやがって……おまえがどんな手を使おうが、しょせん魔王様に敵うわけがないのだ。

僕は将軍に向かって中指をおっ立て、アっカンべーをして見せた。






「こんなっ……人間の女に産ませた子供がよお!!」






将軍の頭がぜて大量の血液が噴出した。


辺り一面を包んでいた氷も弾けるように砕け散り、小さな結晶となってホロホロと淡く溶けていく………






────────今……なんて………




魔王様が、人間に産ませた……子供………?


その単語の羅列を頭の中で理解するのにかかったほんの数秒が、とてつもなく永く感じた。



将軍は確かにそう言っていた。

僕を、見て………





「……魔王様……今の話は……」




魔王様は僕の手を拘束していた鉄板を魔法で分解した。

いつもと変わりない淡々としたその様子に、見えない壁のようなものを感じずにはいられなかった。

僕には聞かれたくなかったのだ。

いつもなら魔王様の気持ちを察してそれ以上は聞いたりなんかしない。


でも、今回だけは無理だ。

だって、それってつまり……


魔王様が、僕のっ─────────……!




「魔王様っ、真実を教えてくださいっ!」



必死に食らいつく僕と視線が絡むと……魔王様の瞳は、切なげに揺れた。

魔王様は観念したように、そっと瞼を閉じた。




「昔、とても愛した女がいた。それが人間の女だった。それだけだ。」




ゆっくりとした口調でそう言うと、傷付いた羽根を広げてフワリと舞い上がった。


「待って魔王様っ!その愛した人というのはっ……」


大空へと飛び立った魔王様を追いかけられるはずもなく……呆然と見送っていたら大勢の人達が後ろから津波のように押し寄せてきた。


「神様だっ……アン王女には神の御加護がついてらっしゃるのだ!!」


魔王様が飛び去った空を見上げて大声で称え始めた。

残党達だけでなく、さっきまで敵として戦っていたイグリス王国の兵士までもが手を合わせて祈りを捧げている。



「違いますっ!あのお方は神様などではなくっ……」



人ごみの中で揉みくちゃにされながらも間違いを正そうとするシンシアの口を慌ててふさいだ。

魔王様は悪魔でアン王女を助けに来たわけでもない。でも、ここにいた人間にはアン王女を守る無敵のガーディアンに見えたことだろう。

そう勘違いされたことは、アン王女にとってはとても幸運なことだ。


考えなくても分かる……これからのアン王女とシンシアにとって、どうすることが一番最善なのか。



「シンシアいい?よく聞いて。アン王女を連れてこのまま残党達とともに国に帰るんだ。」


驚いて言葉を失うシンシアにアン王女を手渡した。

魔王様の出現は瞬く間に全世界へと広がるだろう……

フラフィネス帝国に手を出したらどうなるか。神の怒りを買い、命を失う。

そんな恐ろしい目に合うと分かっていて、この小さな王女に歯向かおうだなんて思う者は今後敵にも味方にも現れることはないだろう………


「国を立て直すんだ。悪魔にかくまわれていただなんて、絶対に誰にも言ってはいけない。」

「そんなっ……エミルっ………」


だからもう僕達と隠れ住む必要はない。

二人の幸せを願うなら、悪魔となんか関わっていては駄目だ。


唯一生き残った亡きフラフィネス皇帝の正当な血を引く小さな君主。

アン王女に導かれるようにして、ぞくぞくと周りに人が集まってきた。



「アン王女……数々の非道な仕打ち、本当に申し訳なかった。」



そう言って僕達の前に現れたのは、イグリス王国の国王だった。

国王はシンシアに抱っこされたアン王女の前でうやうやしく膝まづいた。


「ジェイコブ将軍にいいように国が乗っ取られていくのを私は怖くて逆らうことができなかった。国王失格だ……どのような罰でもお受けします。」


思った通り、今回の黒幕は将軍だった……だからといって、この国王になんの罪もないわけではない。

頭を下げる国王を澄んだ瞳で見つめていたアン王女は、足をバタつかせてシンシアの腕から地面に下りた。

両手を大きく広げると国王の顔をパチンと挟み、めっ!と叱咤しったした。

これには周りで見ていた者達も堪らず吹き出してしまい、辺りは一気に和やかな雰囲気に包まれた。


これからはアン王女を中心に、人間達は失った信頼関係を取り戻していくだろう………



「アン王女がこれ以上お転婆にならないように、シンシアがしっかりしないとダメだよ?」

「エミル、待って!」


その場から離れようとした僕をシンシアは呼び止めた。



「私はっ……エミルを………!」



言葉がつまり、その先が出てこない……

シンシアの頭をポンポンと優しくなでた。





「シンシアが作ってくれたサンドイッチ美味しかった。ありがとう。」





クシャクシャな顔で涙を流すシンシアに、僕は笑顔で手を振った。




さよならシンシア。元気で───────………








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