表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

守るべき人前編

処刑場となる広場はたくさんの人で溢れかえっていた。

人間達にとって公開処刑とはこの上ない極上のエンターテインメントショーだ。大勢の観客の前でさらされる人の死が、日頃のうっぷんをはらす娯楽となるのだ。


でも今回はいつもの狂気じみた興奮とは異なる空気が漂っていた。


「敵国の姫っていってもまだ一歳になったばかりなんだろ?」

「いくらなんでもそんな小さな子の首をはねるなんてなあ。」

「逃走しただけで火あぶりにされる女の子にも俺は同情するね〜。」


ヒソヒソと聞こえてくる声には、明らかに国家に対する不信感が滲んでいた。

一時は大国であったフラフィネス帝国を滅ぼし、歓喜に湧いたイグリス王国の国民達……

しかしその後も続く他国との戦争や生活物資の困窮、治安の悪化や税金の高騰にほとほと疲弊ひへいし、上への不満が爆発しつつあったのだ。



広場の中央に設置された舞台にはギロチンと呼ばれる首切り台が鎮座ちんざし、その横には火刑用の木材が用意されていた。

鎧を着て完全武装した兵士達が舞台を取り囲み、広場を見渡せる高い建物には矢を構えた兵士達が陣取っている。

こんなに厳重に配置された勢力を相手に、どうやったらアン王女とシンシアを救い出せるのだろうか……


ジェイコブ将軍は一段高い場所にある特等席で国王や王妃らとともに高みの見物を気取っていた。

ぶち殺してやりたいが今はあんな奴を気にしている場合ではない。

もう直ぐ死刑が行われる時間だ。なにか使えるものはないかと辺りを探っていると………




「……を待て………が合図だ………」




マントのフードを深く被った男達が周りを気にしながらささやき合っていた。言われた男はまた別の男へと伝えに行く……

集まった観衆をよく見てみると、同じような怪しい男達があちこちに混じっており、腰には剣をぶら下げていた。

耳に魔力を集中させ、その声を拾ってみた。



「合図は火が放たれた瞬間だ。全員舞台を目指し、アン王女を奪還せよ。」



彼らは……フラフィネス帝国の残党だ。

唯一生き残った全皇帝の息女、アン王女を奪い返しに来たのだ。

でもあんな軽装で戦いを挑むなんて無謀だ。死に場所を求めにきたとしか思えない……


このひしめき合った群衆の真っ只中で戦闘が始まったら大混乱するだろう。

その隙を狙って僕がやるしかない。




城の門が開け放たれ、死刑執行人とともにアン王女とシンシアが登場した。

アン王女は大勢の人々を前にしても怯えた様子はなく、シンシアに手を引かれてヨチヨチと歩いていた。

いつもならここぞとばかりに死刑囚に向かって罵声や笑い声を浴びせるシーンだ。

しかし……無邪気な笑顔を振りまくアン王女の姿に観衆は静まり返り、見ていられないとすすり泣く者まで現れた。


そんな国民の真意を黙殺するように、シンシアへの火刑の準備が淡々と進められた。

十字に結んだ丸太に両手首と足首を鉄線で何重にも巻き、張り付けにした状態で真っ直ぐに地面に突き立てた。

足元にはたくさんの薪が隙間なく積まれ、火の回りをよくするために火薬もまかれた……


火刑は一瞬で終わる斬首刑とは違い、死ぬまでに長く苦しむ残虐な刑だ。

皮膚が焼かれ内蔵に達し絶命するまであぶられ続けるだなんて、どれだけ屈強な男でも耐えられやしないだろう……

そんな刑を目前にして怖いはずがないのに、シンシアはそんな素振りなど微塵も見せることはなかった。

それどころか、ひとりぼっちにされて寂しがるアン王女からママと呼びかけられると、ニッコリと微笑み返した。

きっと……アン王女に恐怖を抱かせてはいけないと耐えているのだ。

その痛々しくも毅然とした姿に、観衆達はまた涙を流した。



残党が伝え合っていた合図の火とはおそらく火刑の火のことだ。

アン王女の元へと残党達が一気に結集すれば敵の目もそこに集注するだろう……

その瞬間に素早くシンシアを助けるしかない。



もう少しだけ耐えていてシンシア………

僕が必ず、助けるから────────!







いよいよその時がやってきた。

死刑執行人の一人が松明を掲げ、積み上げた薪に近付けると火花が散って一気に燃え広がった。

直後、観衆のいたるところから怒号のような雄叫びが上がり何十人もの男達が剣を手に舞台を目指した。

鎧の兵士達はすぐさまアン王女を取り囲んで戦闘態勢に入り、高い建物に陣取っていた弓兵達は観衆に当たるのも関係なしに大量の矢を放った。

逃げ惑う人々で騒然となる中、シンシアの元へと全速力で駆けつけた。


「エミル!私のことはいいから先にアン王女を連れて逃げてっ!!」

「なに言ってんだ!シンシアが燃えちゃうだろ!!」


火のついた山をよじ登り、シンシアの足首に巻かれた鉄線に手を伸ばした。硬くて思うように外れないっ……!

火はシンシアの足元に迫るまで勢いを増し、僕の体を容赦なく襲った。


「エミルが燃えちゃうっ!」

「僕は悪魔だから大丈夫!」


悪魔でも熱いもんは熱いし焼かれたら死ぬ……でもここでひるんだらシンシアが死んでしまうっ……!

魔法も駆使してなんとか外し、柱によじ登って右手首の針金にも手をかけた時、二人分の重さに耐えられなかったのか丸太の根元がボキっと折れた。

地面にぶつかった衝撃から針金が緩み、ラッキーなことに丸太に固定されていた両手がスポッと抜けた。

シンシアは助かったことに呆然としていたが、顔を抑えてうずくまる僕に気付くと慌てて覗き込んできだ。


「エミル大変っ鼻血が出てる!」

「う、ん……思いっきり、顔面強打した……」


受身が取れずに地面にしこたまぶつけてしまった。

なんだかなあ……もっとこう、カッコ良く助けたかったのにな………





舞台近辺では敵味方入り乱れての大乱闘が行われていた。

あっという間に決着がついてしまうかと思っていたが、フラフィネス帝国の残党達にとってアン王女奪還への気迫は凄まじいものだった。

壮絶な戦いにより鎧の兵士達の陣形が崩れ始めていた。

今なら舞台の中央でポツンと取り残されたアン王女のところまで行けるかも知れない……

こんな時は僕のこの小柄な体が有利だ。


「シンシアは安全なところで隠れてて。僕はアン王女をさらってくる!」


剣先や血しぶきが飛び交う人ごみを潜り抜け、アン王女のいる舞台を目指した。




─────────可哀想に……




本来ならば大国の姫君として何不自由のない平和で穏やかな生活が待っていたのだ。

それなのに生まれて直ぐに両親や肉親を全て亡くして天涯孤独となり、住む国さえも追われて川へと流された。

悪魔に拾われ、ただ静かに暮らしていただけなのに……たった一歳で罪人とされて斬首刑になる運命を背負わされてしまった。

そして今は自分を巡って大人達が殺し合う地獄のような戦場に放り込まれ、たった一人で置き去りにされている……


あの無垢な瞳に映るこの惨劇は、一体……

どんなふうに見えているのだろうか────────……



「アン王女!!」



近付いてきたのが僕だと気付いたアン王女は、不安そうに曇らせていた顔をパッと輝かせて両手を広げてきた。

みんな僕が舞台に上がったことに気付いてない……これならマントの中に隠せば脱出できる!

アン王女に触れた瞬間、穴の空いた分厚い長方形の鉄板が僕の両手を拘束した。

突如現れた鉄の重しに耐えきれず、舞台の上で派手に転んでしまった。

危ないっ……アン王女をペシャンコにしてしまうところだった。




「あ〜あ。エミルが引っかかっちまったか。」




這いつくばる僕の目の前にジェイコブ将軍が立っていた。

アン王女に少しでも接触したら作動するように魔法の罠が仕掛けられていたのだ。

鉄板はかなりの重量で微動だにしなかった。完全に動きを封じられてしまった……

将軍は鉄板の上に片足を乗せると、僕のおでこを指でピンと弾いた。


「ルークはどうした?せっかく俺が楽しい戦いの場を演出してやったってのに。」

「魔王様と戦いたいなら魔王城にきて一対一の勝負を挑めばいいだろ?!人間のふりをして関係のない人を巻き込むな!!」

僕のこの言葉に将軍の顔色が明らかに変わり、額の血管がピクピクと脈打った。



「ふりじゃねえ!!俺はなあ、羽根も耳も全部、ルークの野郎にもぎ取られたんだよ!!」



そう叫んだ将軍は髪をかきあげた。耳があるはずのその場所には、皮膚がえぐられたような生々しい痕がのこっていた。

悪魔の象徴である羽根と耳を、将軍は失っていたのだ……

将軍は僕の頭を荒々しく掴むと上に引っ張りあげた。



「いるんだろルーク!こいつらがどうなってもいいのか?!早く出てこい!!」



どれだけ叫ぼうが魔王様がくるわけがない。そもそも誰にも興味がないのだ。

それに僕は魔王様にタンカを切って城を出てきた。使用人としての関係を一方的に断ち切ってきたのだ。

魔王様は間違いなく怒っている………僕の顔なんかもう、見たくもないはずだ。



気配が全くしてこないことに苛立った将軍が弓兵達に合図を送ると、舞台に向けて一斉に標準を合わせてきた。

僕とアン王女を蜂の巣にする気だ……

こんな数の矢、僕の魔法じゃとてもじゃないけど防ぎきれないっ……!


「エミュ……?」

無邪気な表情で見上げてくるアン王女と目が合った。いつものようにペチペチと僕の頬を叩いて遊ぶ……

泣きたくなるほどに小さな手だ。


「もしかして今エミルって呼んでくれた?嬉しいなあ……」


口元を緩めて微笑むと、アン王女もニッコリと笑顔を返してくれた。

重しで身動きの取れない身体をなんとかズラしてアン王女に覆いかぶさった。

舞台から下りた将軍が弓兵達に向かって再び合図を送る……



────────大丈夫。

君のことは僕の命に変えても、必ず守ってみせる……!



弓を射る無数の音が聞こえ、全身が貫かれる激痛に目をつぶって身構えた。




死ぬ間際には今まであったいろんなことを思い出すって聞くけれど、僕の脳裏には魔王様のお姿しか浮かばなかった。

なんで僕は最後にあんな言葉を言ってしまったんだろう……

できることなら直ぐにでも謝りたい。

もし僕に来世があるのだとしたら、もう一度魔王様のそばで働きたい。


今度こそもっと魔王様のお役に立って……

僕のことを、もっと─────────……



………て、あれ?


なんか時間、長くない……?



いつまで待ってもやってこない衝撃にそっと目を開けてみると、真っ二つに折られた矢が地面に転がっている光景が広がっていた。

何が起きたのかさっぱり分からず顔を上げて見渡してみると、みんな僕の後ろを見上げてポカンと口を開けている……

僕も……振り返って空を見上げた。




超絶に整った彫刻のような凛とした顔立ち……

艶やかな白銀の長い髪を風になびかせ、空一面に広がった真っ白な羽根は陽の光に透けてキラキラと輝いていた。




その姿を目にしただけでおのずと平伏したくなる……

ああ……こんなに秀麗な方が、この世に二人といるわけないのに………

そこにいることが信じられなくて、ただただ、見つめてしまった。



魔王様だ……魔王様が、助けに来てくれた………




「怪我はないか?」




魔王様に聞かれて我に返り、僕の下でうずくまるアン王女の体を確認した。


「大丈夫です、かすり傷一つありません!」


羽根をひらりと上下に羽ばたかせて僕の目の前へと降り立った魔王様は、カッと目を見開いて僕を睨んだ。





「おまえに聞いたんだっ!エミル!!」





────────────えっ、僕……?



さっきの火で火傷をしたといえばしたけれど……

魔王様のあまりの剣幕に押されてどう答えていいのか頭が真っ白になってしまった。


あの魔王様がこんな風に声を荒らげるだなんて………







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ