極悪非道 × 奇々怪々
この世界に召喚された時、六人の代闘者は各々【具念】という力を持っていた。
代闘者たちが元居た世界で、積み重ね、成し遂げ、『世界の英雄』と称されるにまで至った『由縁』。それをそのまま『力』に変えたのが【具念】というモノらしいが……今はまだ、詳しいことまではよく分かっていない。
その中で、俺は二つの【具念】を手に入れた。
まず一つが────【蓄積】。
元居た世界での生涯、物心ついてから二十数年と、英雄として召喚されてから数十日間……俺は、鍛練を欠かせたことは一日たりともない。腕立て、腹筋、スクワット、ランニング、ダンベル等を利用した筋力トレーニング……時には、過度なトレーニングを続けたせいで気を失うなんてこともあった。
そうやって前世から現世まで、コツコツと積み重ねてきた『筋力』や『体力』。それらの『力』という概念を、『異空間』に永続的に収納することが出来る【具念】……それが、【蓄積】である。
異空間に収納された『力』は決して衰えることは無く、自分の意志で出し入れすることが可能。また鍛練を重ねれば重ねるだけ、『無制限』に増やし続けることが出来るのだ。
「クソッ! こんだけ大人数で掛かって、なんで傷一つ付けることすら出来ねぇんだッ!?」
そうして二十年以上、一切衰えることなく蓄積され続けてきた『力』は……ほんの少し指先で押し飛ばすだけで、鉄製の甲冑を粉砕出来る程の力量になったワケだ。
つまり、大袈裟に動く必要は無い。
ただ、次々に武器を振りかぶって襲い掛かる兵士たちを、ほんの少しだけ触れてやれば、まるで風船のように、甲冑はひとりでに破裂してくれる。
そもそも、剣であろうが、槍であろうが、弓矢であろうが……常識外れの筋力を有する俺の身体を傷付けることすら出来ない。敢えて身体で受ければ武器の方が負荷に耐えきれず、勝手に壊れていってしまうだけなのだから。
「ウソ、だろッ……こんなの……ッ」
「ば、化け物……本物の、化け物だ……ッ」
「──それはどうも」
基地に侵入してから、ほんの五分後。
気付けば、俺の周囲は裸で転がる兵士たちの山が築かれ……無我夢中に飛び掛かってくる奴は、誰一人として居なくなっていた。
ただ、彼らからすれば『命拾い』した、と考えるべきだろう。
俺には、【蓄積】と並んで手に入れたもう一つの具念────【無殺】というモノがある。
簡単に言えば、俺が思い切り相手を殴り付けたとしても……相手を殺害するどころか、傷つけることすら出来なくなる、というモノだ。
それは果たして、『力』と言うべきか。
もしくは、『呪い』と言うべきか。
闘いの場ではデメリット以外の何物でもない【具念】だが……それが無ければ彼らは今頃、甲冑ごと全身が木っ端微塵になっていたに違いない。
「さて、行くか。目的地はどっちだ?」
「ンむぅっ! ンむむむっ、ンむーっ! むむーむむむむむーっ!」
「落ち着け、何言ってんだか全然分からないから」
最早戦う意志が見受けられない兵士たちを一瞥してから、俺はイブキを肩に担ぎ上げて、基地の奥へ堂々と歩き出す。並み居る兵士たちが反発する磁石のように道を開けていき、俺はその間を、イブキが指差す方向へと向かっていく。
やがて辿り着いたのは、基地の奥に建つドクター・ラスとかいう研究者のラボ。
一先ず、ラボの鉄製の扉をノックしてから取っ手を握るが……どうやら鍵が掛かっているらしく、外から開けることは出来ないようだ。
「──仕方がないな」
「ンむぅッ!?」
そう呟いてから一歩だけ下がり、ゆっくりと足を上げてから……目の前に立ち塞がる鉄扉を、一気に蹴り飛ばした。
止め金具がひしゃげながら弾け飛び、鉄扉は大きく凹んで内部へと転がり込んでいく。
すると、入り口近くに立っていた一人の男性が、俺の顔を見て驚きの声を上げてきた。
「湊本エルマ……っ!?」
「お前は確か、妖域に来ていた……?」
「……ザカラだ。この騒ぎ、やはりてめぇの仕業だったのか……?」
「そういうお前こそ、やっぱり世界連合の人間だったみたいだな」
同行者の女性は居ないようだが……どうやら、彼がドクターというワケではないらしい。
随分と苛立っている様子だが、何かあったのだろうか……と推測したところで、奥の方から白衣の男性がゆっくりとした足取りで近付いてきた。
「──お初にお目にかかる、妖族の代闘者」
「──! お前が、ドクター・ラスか?」
「ほう。かの英雄が私の名を存じているとは、光栄なことだ。それで、何の用かね?」
「ここに、『鬼』が居ると聞いてな。そいつを貰いに来た」
「何の為に?」
「夜枷の相手に」
「ンむッッ……ぷはぁっ! マジなのソレぇ!?」
猿ぐつわを自力で外したイブキが、俺の胸元をペシペシと叩きながら真意を問い詰めてくる。
後で話をしような、と言いながら彼女を下ろすと、ドクター・ラスはニヤついた顔つきになって、イブキの目の前で何の恥ずかしげもなくペラペラと戯言を吐き始めた。
「目の付け所が違うな、英雄よ。『鬼』の体力、精力、肉付き……それらは、そんじゃそこらの女とは比べ物にならん。一人ならばまだしも、二人が相手となると、最高の快感を得られることを保証する」
「……ッ!」
「ご託はいいから、さっさと『鬼』を渡せ」
「くくっ、丁度いい。お望みならば紹介しよう────私が開発した『最高傑作』を」
そう言った彼の背後から、ゆっくり姿を現したのは……俺たち人間よりも数倍は大きい巨人。
土を固めて作った土偶のような質感の、丸みを帯びた胴体。そこから胴体とほぼ同じ位の太さはある脚が床を踏み締め、幾つもの関節がある細い腕が四つも生えている。
そして、その胴体の本来顔があるべき場所に────裸体の女性が、下半身と両腕を『埋め込まれていた』。
「──母、上……!?」
「どうだ、素晴らしい出来映えだろう? 『魔硬石』を加工して造り上げた最硬の石人形。そこに、『鬼』の持つ無尽蔵の『妖力』を供給させることで、半永久的に戦い続けることが可能となった────これぞ、『人造魔人』だ」
妖族、魔族……これまで見てきた連中と比べると、かなり異質な存在だ。
何をしでかすのか分からない、機械じみた動き……感情の欠片も感じられない、無機質な全容……こんなにも恐ろしい存在は、他の代闘者を除けば、今まで見たことすらない。
ただ、イブキからすれば人造魔人よりも、そこに全身を埋め込まれている鬼女、キナの姿の方に強い衝撃を受けているようだ。
「──ッ! 母上を解放しろッ……今すぐに……ッ!」
「──仮に解放させたとして、お前たちに還る場所があるのか?」
「なに、を……?」
「知っているぞ? お前たち『鬼』は元々、我らと同じ『人族』の生まれらしいじゃないか」
「な……ッ!? どうして、それを……ッ」
ミスター・ラスが何もかも見透かしたようなニヤけた表情で言うと、イブキがビクンと肩を震わせて顔を強張らせた。
「『妖族』では珍しい話でもあるまい。ただ、先の戦争である『明朧会戦』は、『鬼』が妖族の信頼を得る為の試練でもあった。その最中に、人族の襲撃を受けてしまい……果たして、妖族の連中はどう思ったのだろうな?」
「……ッ!」
きっと、人族から参入した『鬼』が裏切った……そう思ったのだろう。
そう考えると……イブキと母がナビードに居ることの意味合いも変わってくる。
彼女らは、敗戦者として彼らに従っていたのではなく……裏切り者の『見せしめ』として、妖族の方から、その身柄をナビードへ差し出されていたのだとしたら……?
「そんなハグレ者であるお前たちを、ナビードは受け入れてやったのだ……『雑用』、もしくは『実験素材』としてな。むしろ、有り難いと思うべきだろう────最早この世界に、お前たち『鬼』の居場所など何処にも無いのだからなぁ?」
もう、彼女ら『鬼』には……例え、捨て駒のように使われようと、ボロ雑巾のように扱われようと……ナビードに身を置くしか、生きる術が無い。
そんな悲惨な事情を、先の戦争で屈辱的な敗北を喫してからずっと利用されていたのだ。
「だったらワレがッ……ワレが身代わりになるからッ……もう、母上を傷付けないでッ……お願いだから……ッ!」
「──下らない提案をするな」
精神的に容赦なく追い詰められていたイブキは、もはや自暴自棄になりかけていた。
そんなイブキの後ろ襟首を軽く引っ張って一旦黙らせると、彼女は真っ白になった顔をこちらに向けながら震えた声を漏らす。
「英雄、さん……? だけど、ワレが出来ることなんて、もうそれぐらいしか……ッ」
「だったら、俺が取り返してやる。下がっていろ」
「なに、言って……? わ、分からないよ……どうして英雄さんが、そこまでしてくれるの……? こんな、何も無いワレらなんかの為に……ッ」
「それは……」
そう……仮に、本当にイブキたちが妖族に捨てられた身ならば、『妖族の代闘者』として召喚された俺には、彼女たちに手を貸す義理は無い。
イブキの最もな疑問に対して、俺が答えようとしたところで……。
「コソコソと何を相談しているのかは分からんが────そう易々と倒せると思うな?」
ドクター・ラスがそう言って、人造魔人へと手をかざす。
すると、奴はその四本の腕を巧みに動かして、それぞれの手中に、炎、水、風、岩を生み出し始めた。
「あれはッ、【魔術】……!?」
「──死ね、妖族の代闘者ッ!」
そんな雄叫びのような命令がラボ内に響き渡った瞬間、人造魔人の四本腕が素早く動く。そこに顕現された四つの魔術を、お手玉のように立て続けに投げ付けてきた。
『鬼』を使うと、ここまでの力を引き出すのか……とてつもないエネルギー量の【魔術】が迫ってくる。
だが。
「────」
先ず、目の前にまで迫った【火球】へと思い切り息を吹き掛け、一気に消火。
続けて、真上から落下してきた【岩球】へと真っ直ぐに拳を突き上げて、それを粉砕。
更に、岩の破片を切断しながら迫る【風刃】を両腕で挟み込み、真ん中から千切るように破壊。
最後に、俺の全身を【水球】が閉じ込めるが、すかさずそれを一気に吸引すると────前方に直立する人造魔人へ向かって排出。
ウォータージェットのように噴出された水は人造魔人の土手っ腹を貫通し、その背後にあるラボの壁を水圧で吹き飛ばした。
「なッ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!?」
「ふん、やってくれる……だが、この程度で終わると思うな?」
土手っ腹に大穴が空いた人造魔人だったが、それに拘束された鬼が苦しそうに声を上げると……みるみる内に、その大穴が塞がっていく。
「傷が修復していく……!?」
「くくっ、残念だったなぁ? 『鬼』から妖力が供給されている限り、『人造魔人』が倒されることは無い! さぁ、どうする!? もしくは、この『鬼』が命を落とすまで戦ってみるかぁッ!?」
キナを操縦者としてではなく、あくまでも燃料タンクとしてしか考えていない。他者の力を利用して自己修復を図るとは……なんて、厄介で下劣な能力なのだろうか。
ドクター・ラスの言う通り、このまま人造魔人を破壊していては、ただキナが力尽きるのを待つだけだ。
ならば。
「悪いがそこまで付き合うつもりは無い────少しだけ、強気でいかせてもらう」
俺は、自身の両手を前に突き出し、意識を集中させる。
常なる【無殺】の精神と、妖しき者の【妖力】────それは、偶然の産物か、運命の悪戯か……双方の交わりは、もう一つの可能性を提示した。
その可能性を体現する力の権化こそが、今、俺の手の中に顕現した────一本の『刀』。
一見すると、何の飾り付けも無いただの刀……しかし、その刀身は、毒々しい紫色のオーラのようなモノを帯びている。それを腰元に現れた鞘に、ゆっくりと納めていくと……まるで脳裏を突き刺すような、女性の甲高い悲鳴らしき音が鳴り響く。
「何をするつもりなのかは知らんが……そんななまくら刀一本で人造魔人を破壊できるなどと思うなァッッ!!」
ドクター・ラスの怒号で、修復が完了した人造魔人がその巨大な両腕を振り上げて迫ってくる。
一方、甲高い音を鳴り響かせ続ける刀は……鞘に納まった瞬間に、ピタッと音を止めた。同時に、周囲に広まったのは、人造魔人の足音すら打ち消す程の静寂。
音も、色も、気配も、全てが無に染まった空間で、俺は────一気に、刀を振り抜く。
【無殺】の反転────即ち、【必殺】の具念を。
「────【妖刀・奇飢怪界】」
直後────空間が、縦に割れた。
幻覚だと思ったのか、唖然と立ち尽くすイブキ、ザカラ、ドクター・ラスが、我に返った時……既に、人造魔人は真っ二つに裂かれていた。
それだけではない。
周囲のラボの壁も、遠くにある建物も、基地を覆う高壁も────刀の振り抜いた一直線上にある全ての大地が、丸ごと真っ二つになっていたのだ。
「………………な……に…………が……?」
「これ、【妖術】……?」
「ウソ、だろ……ッ!? ラボが……いや、ヒュマニジム基地が、『真っ二つ』になったぞ……ッ!?」
現実を受け入れ切れないような各々の反応を見せる中、俺は人造魔人から切り離されたキナを担ぎ上げて、さっさとその場から離れようとする。
「──この鬼、貰っていくぞ」
「ま、待て……ッ!!」
「次、どんな形であれ俺の生活圏に足を踏み入れてみろ────その時は、今度こそお前を『殺す』」
「ひ……ッ!?」
肩越しに低い声で脅しを掛けると、ドクター・ラスは顔を真っ青にしてその場にへたり込んだ。
目的の奪還を果たした俺は、イブキに「行くぞ」と声を掛けてから悠々とラボから立ち去る。
「ここまで、強いのかよ……代闘者っていう輩は……」
その背後で、ジッと俺の後ろ姿を眺めていたザカラは、まるで噛み締めるようにそう呟いていたのだった。
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