セーフティーゾーンで嗤いたい
それは、いつか見た家族団らんのひととき。
ホコロビの里、わらぶき屋根の一室にて。一人の鬼女が組んだ脚の上に、小柄な鬼娘を乗せて、その華奢な身体に腕を回して座っていた。
すると、鬼女のキナが、唐突にこう話を切り出す。
「──ごめんね、イブキ」
「いつもは鬼神みたいに大暴れしている母上が、らしくないよぉ?」
「そりゃあ、私だってしおらしくなることもあるさ。ほら、私のせいで苦労掛けてばっかだなぁって……」
イブキの頭の上に顎を乗せ、キナは溜め息混じりにそう呟く。すると、イブキは天真爛漫な笑みを浮かべながら、一切取り繕っている様子もない言葉を口にした。
「苦労なんかじゃないよぉ。だって、母上と一緒に居るだけで楽しいんだもん!」
その言葉に、キナの顔から思わず笑みが溢れ落ちる。
気遣いなんて要らない、本心で通じ合える、何物にも変え難い、大切な親娘の絆。その温もりを改めて実感した様子のキナは、もう一度ギュッとイブキの身体を抱き締めると……。
「……ふふっ。こいつめぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。おりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
「きゃふっ! んふっ、あはっ、あははははっ! 母上ぇぇっ! くすぐらないでよぉぉっ!」
だらしなく着こなした着物の隙間から手を突っ込み、その柔くすべすべな肌をくすぐり倒す。
「あぁもう、可愛過ぎでしょぉ……ほんと、自慢の愛娘だわぁ」
「ふっ、んぅっ、にゃははははっ! だれかっ、だれかたすけてぇぇぇぇっ!! 母上にくすぐり殺されるぅぅぅぅっ!!」
その後、イブキの叫び声を聞いた里民が「なんだなんだ」と続々と駆け付け、平穏な騒ぎとなったのは、また別の話。
これが、『鬼』の異名を持つ親娘の日常風景。
他の妖族から見ても、羨ましがれる程に仲睦まじい親娘だったという。
彼女たちの関係性は、例え離れ離れになったとしても、決して途切れることはないだろう……ただ一つ、絶望的な不幸が起こることさえ無ければ……。
「──イブキ、大好きだよ」
「えへへっ、うんっ!」
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
『ナビード』の拠点は世界各地に点在しているが……その中でも主要拠点として多くの兵力が滞在するのが、人族の領域内にある『ヒュマニジム基地』だ。
『魔域』で取れる『魔硬石』で構成された特殊な高壁で四方を囲まれており、正面門には『仙域』に生息する『幻獣』と呼ばれる二匹の巨大生物が陣取って外からの侵入を見張っている。内部には人族の中でも選りすぐりの精鋭兵士たちが、一つの軍団として日々鍛練に励んでいた。
まさに、現世における『最強の軍勢』が駐在する拠点。
ただ、そこにある施設で、決して表沙汰には出来ない機密の研究が執り行われていることは……未だ、ごく一部の関係者しか知らない。
「──んん~、この『鬼』とは実に素晴らしい素体だ。生命力、身体能力、抵抗力……どの種族と比べても、格段に優れている。これ一つだけあれば、『呪術』の開発がはかどるという話も納得だな」
ドクター・ラス。
人族の技術発展の若き貢献者であり、ナビード専属の技術顧問として拠点基地にラボを構えている。
白衣に身を包んだ彼の目の前には、半裸の状態で四肢を壁に埋め込まれた、麗しい身体の『鬼』が力無く項垂れていた。
「…………イ……ブ、キ…………」
「イブキ? あぁ、娘のことか。心配するな。お前が実験に付き合ってくれる以上は手出しはしないさ。まぁ、死んじまったらそれまでだがなぁ?」
「……ッ……グッ、ゥゥゥゥ……ッ!」
ラスの残酷な脅し文句に、鬼女のキナは歯を食い縛って痛々しい呻き声を漏らす。
その胸元には紫色の刻印が浮かび上がっており、それが鼓動するように、光の激しい強弱を繰り返しているようだ。それによって強烈な痛みが伴うのか、鬼女はその度に掠れた嗚咽を漏らしながら、ボロボロと涙を流していた。
「ほぅっ、いいじゃないか。ほれ、頑張れ頑張れ。愛しい愛しい娘の身体が惜しければ、死ぬ気で我らに尽くせ、哀れな敗戦者よ」
目の前で必死に苦痛に堪える鬼女を眺めながら、ラスは満足げに笑みを溢す。
彼の実験が更に進展しようとしたところで、突然、ラボの入り口扉が勢い良く開かれ、一人の男が怒りの形相で飛び込んできた。
「──ドクター・ラスッ!! てめぇッ、俺たちに【呪術】を掛けてやがったな!?」
「帰ったか、ザカラ。ご苦労だったな、お蔭で魔族と妖族のいいデータが取れた」
ザカラと呼ばれた男は、ここ数日間、妖域と魔域に滞在する代闘者の元を訪問していた人物だ。
妖族と魔族共に様子がおかしくなっていることに気付いたザカラは、密かに彼らの動向を見守っていた。そこで、現在ドクター・ラスが研究している【呪術】の刻印が自身の身体に刻まれているのを発見し……自分たちが間接的に、妖族と魔族に【呪術】の影響を撒き散らしていたことにようやく気付いたのである。
「ッざけんなよ、てめぇッ……【呪術】の洗脳で作り上げた兵士に、信念もクソもあるかッ! あんなモン、ただの操り人形だろうがッ!」
「その情熱とやらで、英雄様のスカウトが上手くいったわけじゃあるまい?」
「ぐッ、そ、それは……ッ」
ザカラとドクター・ラス……両者の方針は決定的に異なるが、大きく進展を見せているのはドクター・ラスの方だ。
それを理解しているからこそザカラは、彼に対して強気に出ることが出来ずにいた。
「まぁ、精々楽しみにしていろ。この【呪術】も、完成は間近だ。なにせ、仙域の『幻獣』すらも洗脳することが出来たんだからな」
「そうやって、あの英雄たちも手駒にするつもりか……?」
「さっきからゴチャゴチャと……一体、何が気に入らない? 代闘者も、この鬼も、所詮は戦争に勝つ為の道具だ」
「んだと……ッ」
「それを私は、こうして有能に使ってやろうとしているのに何が悪いというのだ?」
「ぁ、ぐ……ッ」
ドクター・ラスはニヤけた顔でそう言いながら、目の前のキナの髪を鷲掴みにして、棒切れを扱うように乱暴に振り回す。
その横暴な行為を制止させたのは……開けっ放しの入り口から、いきなり飛び込んできた兵士の震え声だった。
「──た、たた、たたたた大変ですッ!!」
「なんだ騒々しいぞっ!」
「正面門の幻獣が倒されッ、高壁を突破されましたッ!!」
「なに……ッ!? そんな馬鹿なッ……幻獣を倒した上に、あの魔硬石の壁を突破するなどッ……い、一体、どこの種族がそんな馬鹿げたことをッ!? どれだけの軍勢を引き連れてきたんだッ!?」
ヒュマニジム基地は、世界最高峰の防護が備えられている。それを外側から破るなど……難しいどころか、不可能に近い事態だったからだ。
しかし、次に兵士がガタガタと震えた声で口にした報告に、ドクター・ラスは顔を真っ青に染めることになる。
「い、いえッ────ひ、一人ですッ」
「…………は?」
「あの、『妖族の代闘者』が────たった一人で乗り込んできましたッ!!」
そう、敵う筈がないのだ……世界最高峰『程度』では。
これから彼らの身に降り掛かる災難、それは────異世界からやって来た『物の怪』なのだから。
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