働き台風6 ランチ3
川瀬さんが、四月なのに煮込みがあるのねえ、という。
彼女は岐阜の出身だったとふと思ったが、岐阜と味噌煮込みの関係について僕が何かしっているわけではない。
ここの味噌煮込みは一年じゅうあるよ、と松月がいう。
名古屋名物だからね、と長岡がいい添える。
僕からみれば、名古屋も岐阜も同じようなもので、そんなことはいってもしょうがなく、黙っている。
ここが岐阜ではなく名古屋だということは、まだどことなく自信がないようでもある。
かわりに、東海地方のチェーン店なのかときいたら、じつは地元の山田屋でバイトをしていた、と長岡がいう。
彼の地元は名古屋市のどこかとしかおぼえていない。
僕も、バイトはいろいろやったがどれも長く続かなかった、という。
急に、長岡はあたりを見回し、障子の下においてあるずんどうの人形を、立ち上がって持ってきた。
「これ、店のシンボルだって、しってた?」
「なんだこれ」
松月が覗きこむ。
箱根の七福神でしょ、と川瀬さんが当然のようにいう。
いわれてみれば、たしかに七福神で、それくらい見りゃわかるよ、と松月がいう。
僕も七福神だと思ってながめたら、さっきまでほかの何に見えていたのかわからなくなった。
どう見ても、七福神だ。
「入れ子になっているのよ」
と川瀬さんは説明した。
長岡が七福神を持ち上げる。
上半身だけがはなれ、なかから同じ七福神があらわれた。
「へえ、たまごみたいだな」と松月は感心する。「むかし、そんなおもちゃあったろ」
たまごっちのことか、と長岡がいう。
「なつかしいよね。たまごっちも、十二たまごも」
川瀬さんは七福神に手をのばす。
「前にちょっとマイブームになったことがあって、七福神じゃないけど、ロシアの人形でこういう入れ子のものがあって、ずんどうなところが何ともいえなくって、友達のあいだでもへんにはやっちゃって」
どうやら、そのときに色々と入れ子の玩具や人形を集めて
十二たまご
なんて名前をしっていたらしい。
十二たまごという言葉は、一度きいたら忘れられなく、幻獣の卵みたいだ。
なぜか、とてつもなく巨大な十二たまごが僕の視界を覆い、まばたきを数回して、これもきえる。
いつのまにか、桜の花びらが一枚、テーブルの上にある。
上着を脱いだとき、かくれていたところからおちたのだろう。
今朝の、満開の桜並木が思い浮かぶ。
たった一枚の花びらをなぜかふりはらう気になれず、人差し指のはらをおしつけ、取りあげた。
花びらはますますしおれ、色褪せたようになる。
場違いなところに紛れこんだ花片にすぎなくなる。




