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クロスオーバー外伝『陽気なシスターと世話焼きブラザー』

電子書籍版、破門皇帝フレデリカさん中巻発売記念! Kindleにて読み放題or300円です! ばいなう!


これは前話のピエレッタが、同作者の別作品に出てくる陽気なシスター・ピエレッタだったならのミュージカリズムストーリー!




 11世紀、小アジア・ミュラ。




 ──少女に死が迫っていた。


 それは安穏とした死や緩慢に看取られて死に行くものではなく、直接的に人の悪意によるものだ。


「どこだ! 尼が一人逃げたぞ!」

「探せ! 異教徒の女を慰み者にしてやる!」

「かましてやるぜ! かましてやるぜ!」


 相手はトルコ人の山賊だ。そして彼らから逃げてその町にあった聖堂へと入り込んだのはまだ年端も行かない少女のシスターだった。

 この聖堂に本来居るべきキリスト教の司祭らはどこに行ったのだろう。既に異教徒のトルコ人らに殺されてしまったのかもしれない。大きな聖堂で修道院まで隣接しているが、人の気配はなかった。

 少女は聖地を目指して旅をしていた。彼女一人だけではなく、時折行われる巡礼の旅人の中に混じり、エルサレムへと向かう途中だったのだ。

 この時代、キリスト教の聖地であるエルサレムはイスラム王朝が支配していたが、キリスト教徒の巡礼を禁止しておらず、また異教徒を無差別に虐殺することを禁じていたので辿り着きさえすれば聖地にて祈りを捧げることができたのだ。

 だが、その道中はとてつもなく危険があまねいていた。

 無数に発生する旅人の危機。その一つとして、シスターは珍しくもない窮地に居たのだ。

 無力な少女は震え、神にすがりついて慈悲を乞うしか無い──


「ホーリー・シット! こいつはコトだぜ! クソッタレのトルコ人(ターキー)共め! 移民させてやらねーからな!」


 はずだったが、少女は悪態を付いて聖堂の中を見回した。

 少女の名はピエレッタ。神の声を聞いたので聖地目指してエンヤコラと旅に出た、アグレッシブ系はぐれシスターだった。

 このご時世に複数人の巡礼ツアーに参加したとはいえ修道女が危険な中東を目指すだけあって、やたら勝ち気な性格をしている。ついでに言うならば元現代人で中世に生まれ変わった経歴を持っていた。


「このままじゃファックされてサヨナラだ! おお、神よ! 哀れなシスターに援軍を二名ほどください! スミス()ウェッソンを指名するぜ!」

 

 往年のアメリカ映画スターの相棒S&Wがあれば全員脳天を撃ち抜いてやるのに……と思いながら、聖堂にある木製の机と椅子を入り口に放り投げて簡易的なバリケードを築く。

 だがガッタンゴットン音が鳴って居場所を伝えることになる上に、こうやって作ったバリケードも援軍か脱出手段が無ければ取り外されるのだろうが……なにもやらないよりマシであった。


「居たぞー! クソアマだー!」

「キンタマ潰された仲間の仇を打て!」

「かましてやるぜ! かましてやるぜ!」

「チッ! もう来やがったなターキーめ! ジョートーだ! クリスマスのご馳走にしてやらあ!」


 入り口を蹴り破り、ごちゃごちゃと積み上げられたバリケードに怯みながらもトルコ人数名が無理やり聖堂に押し入ろうとしてくる。

 その目的にはここに逃げ込むまでに、既に数名はピエレッタが股間を蹴り上げる、レンガを投げつけるなどの手段で負傷させたことへの恨みもある。捕まってはただで済まないだろう。

 だが不敵に笑う金髪のシスターは歯をむき出しにしながらボクシングのような構えを取る。


「来な! オレのパンチが世界に通用するかチャレンジのときだ! こちとらジャック・ジョンソン(奴隷出身で黒人初のボクシングヘビー級王者)の伝記を聖書より先に読んだぜ!」


 考えなしにそうやっているわけではない。バリケードを作るついでに、聖堂内の机椅子に燭台など全部床に並べ、大雑把に行動を制限するようにしたのだ。

 具体的には入り口から侵入してきたトルコ人は足元が散らかっていない、細い道に誘導されるようにまっすぐピエレッタへ一人ずつ並んで向かって来ざるを得ない。

 三体一の勝負から、タイマンの三回勝負へと場を整えたのだ──少なくとも、一瞬で一人ずつ倒せば囲まれない、といった程度の仕掛けだが。

 

ファッキュ(くたばりな)!」


 少女は掴みかかってきた先頭の男の腕をダッキングで避けながら、握っていたレンガを下から突き上げるようにして叩きつける。

 細腕とはいえ躊躇いもなくレンガで顎を砕かれては一溜まりもない。男の足から力が抜ける。

 次の一人。容赦しないとばかりに蹴りを叩き込んでくる。ピエレッタの体を蹴飛ばし、地面に転がしてから無力化するつもりだ。


余裕(ボーリン)!」


 容赦がないのはピエレッタも同じだ。相手の蹴り足を受け止めつつ向こう脛をレンガの角でえぐる。激烈な痛み。悲鳴をあげて倒れた男の頭にレンガを叩きつけた。

 あと一人。


「アーララ! 女の子相手に剣を使うなんてそれでもジェダイ・ナイトかテメー! 愛していたのに!」

「かましてやるぜ! かましてやるぜ!」

「あんたが憎い!」


 最後の一人はもはや我慢ならぬとばかりに刃物を抜き放っていた。さすがに刃物相手に素手では厳しい。レンガも投げてしまった。

 そんな危険な状況であっても彼女は軽口を叩き続けていた。そういう性根なのだから仕方がない。

 ピエレッタは後ろに下がりつつ椅子を手に取る。


「こうなったら香港映画ばりの椅子攻撃を見せてやるぜ!」

「かましてやるぜ!」

「アチョー! ホアー! ホッホッホアッホアアアアアーッ!」

「かましてやるぜ!」

「ぬあっ! こいつ強ッ!? しかもオレってば香港映画は『死亡遊戯』のオチしか覚えてねえし! チョッチョッ! あっ椅子壊れた! アイヤー(投げつけた椅子の破片が避けられた声)! 待ってトム! 私達話し合う必要があると思うの! 一旦冷静になりましょう!?」


 ブンブンと剣を振り回しまくるトルコ人に対して、そこらの落ちているゴミや燭台を投げつけながらピエレッタは聖堂を逃げ回るが、眼が半ば裏返っているような表情で大きく開けた口からよだれを流しまくっている男は気にせずに襲いかかってくる。

 椅子の一撃が頭に直撃したが、首をコキコキと言わせて何ら痛痒を感じていないゾンビの如く寄ってきた。


「ヘイ! おたくひょっとしてシャブやってない!? クソッタレ! 刃物持ったシャブ中のレイパーとか地獄の組み合わせかよ!」


 どうにかすり抜けて逃げようにも、入り口にあるバリケードの残骸を飛び越えなくては外に出られそうにない。僅かでも背中を見せて立ち止まったら背後から追いついてきた敵に切られそうだ。

 それに外にはまだトルコ人の仲間が居る可能性も高い。大騒ぎしながら出ていったら間違いなく見つかるだろう。どうにかここで相手を倒して、こっそりと逃げなくては捕まってしまう。

 とにかくピエレッタは、いっその事ヤク中の相手を走り回らせてダウンさせることにした。酒を飲んで走り回っても酔いが回るのだ。クスリを使って走れば少なくとも平気ではいられないだろう。

 挑発的な文句を怒鳴りながら聖堂を逃げ回る。


「ファッキン・ヤク中(ベースヘッド)・フレンド! クスリは止めて聖書を持とう! そして恵まれない子供とエイズ患者に募金をするんだ!」

「かましてやるぜ! かましてやるぜ!」

「オーケイ! 今自首するなら陪審員の説得は任せてくれ! 十二人の怒れる男たちにポップコーンを山盛りご馳走して買収するからよ!」

「かましてやるぜ! かましてやるぜ!」

「ここはオレっちの大先輩、コネチカット州からアーサー王の時代へタイムスリップしたザ・ボスの戦法でテメーを倒す! えーと、ランスロット卿すらなぎ倒した投げ縄は何処かに落ちてないかな? もしくはダイナマイト!」

「かましてやるぜ! かま──」


 ごん、と鈍い音がした。ピエレッタは振り返る。ひょっとして足を滑らせて転んでくれただろうか?

 するとそこには、背の高い金髪の男が立っていた。手には重そうな石製の板を持っている。彼は眠たげな眼差しをピエレッタに向けながら口を開いた。


「勝手に石棺に入って昼寝していた俺が言うのもなんだが……お前らうるさすぎだ。教会では静かにしろ」

「ワオ。ひょっとしてあの祭壇にある墓から出てきたわけ?」


 ピエレッタが視線を行き来させると、祭壇に置かれていた四角い石製の箱の蓋が開いていた。どうやら、男が持っているのはその蓋らしい。それでトルコ人を殴り倒したようだ。

 手を叩いてピエレッタは仰々しく跪いて聞いた。


「オオ……まさか貴方様はここに祀られていたイムホテップ大神官では……!?」

「色んな意味で全然違いすぎる」


 呆れた様子で男は言った。




 *****




 どうやらその男は単独でブラブラと旅をしているだけの男らしいと、ピエレッタは聖堂にて話を聞いて理解した。

 ボロボロの聖堂は敬虔な信者すら入るのを拒みそうなぐらい散らかっていて、気絶したトルコ人三人は口と手足を縛って奥の部屋へ転がしておいた。運が良ければ発見され、悪ければネズミの餌だが、神のみぞ知ることだ。


「慰謝料貰おうぜ慰謝料」

「大した額は持っていないようだな……む、これはアヘン粉末か」

「おっ貰っとけ貰っとけ! シャブでも鎮痛剤とかに使えるだろ」


 ついでに山賊の懐を漁った二人だった。

 そして屋根裏部屋で夜を待って脱出することに決めて二人は今後を話し合っていた。こういう古い教会には大抵隠し部屋があることをピエレッタは知っていたのだ。

 

「なるほどね。オレっちもエルサレムまで旅をしてる途中だったわけよ」

「エルサレム……あんなところにまで遥々行くとは、敬虔な信者というのは度し難いものだな。祈りなど何処でやっても同じだと思うが」

「そう言うなよ! オレなんか(ヤー)様に直接エルサレムまで来いってお言葉を頂いたわけ。それに我らが合衆国プレジデント、ケネディだって月へ行くと宣言したときこう言ったんだぜ。『我々がそれを行うのは、それが簡単にできるからではない──困難だからこそだ!』ってね!」


 実際彼女はこの世界に転生してくる前に、唯一神を名乗る者からそう指示を受けていたようである。

 身振り手振りを交えながら陽気に未来人の言葉を口にするピエレッタに、隊長は然程興味がなさそうに肩を竦めた。


「知らん。月に行くならインドラにでも頼め。兎のように連れて行ってもらえる」

「ワーオ、そいつは夢のある話だ。ケネディに会ったら言っとくよ。ところでオタク、どうせ目的無い上に旅慣れてるんだろ? お前さんも一緒に行かねえか? エルサレム。モサドにマークされてるCIA職員だってんならだったら無理は言わねえけど」

「むう……まあ、構わんが」


 特に彼は旅の目的があるわけではない。精々、各地の寺院などに保管されている異端の妖術書でも見物しているぐらいだ。

 ピエレッタとしても旅慣れているサポートがいれば心強い。行動力はあるが、土地勘は殆ど無いので巡礼ツアーに参加したのだったが、このままでは二進も三進も行かないところだった。


「そうだ。ところでオタク、名前なんて言うんだ?」

「名か。これまで幾つもあったが、捨ててきた」

「おいおい、指名手配やっちゃってるんじゃないだろーな。便宜上呼ばないといけないから適当に名乗っとけ」

「適当にと言われても」

「イムホテップでどう?」

「嫌だ」

「ピーター・パーカー」

「ダメだ」

「ベンおじさん」

「死にそうだ」


 そのような取り留めのない会話を繰り広げた結果、彼のことは隊長(コマンドー)と呼ぶことになった。

 彼の喋り方がシュワルツネッガーのように聞き取りにくいとピエレッタの意見によってである。これまでヨーロッパ人ともアラブ人ともアジア人とも会話をして聞き取りにくいなどと言われたことがなかった彼は少し凹んだ。


「それで隊長。エルサレムまで旅をするのにオススメルートある?」

「このまま陸路で行くのはまったく勧められんな。セルジューク朝の支配域にあるここらは、キリスト教徒にとって危険地帯だ。ほんの二十年ぐらい前までは東ローマ帝国と殴り合っていた戦場だからな」

「だよな。変装でもしないで大丈夫かなーと実は思ってたんだツアー中も」


 ピエレッタは自分の修道服を見下ろす。何処から見ても異教徒の女とアピールしているもので、山賊からすれば嬲ってよし、売り払ってよしのボーナスアイテムが歩いているようなものだった。

 ここまで進んできたキリスト教側のツアーも危機管理がなっていなかったのだろう。フランスから出発したので、ここらの情報はあまり仕入れていなかったのだ。

 隊長が考えながらアドバイスをする。


「まあ、確実なのはイスラム商人の船をチャーターし、エルサレムの外港ヤッファへ直接向かうことだろう。イスラム側に奴隷として売り払わないような信頼できる商船に高い運賃を払う必要があるが」

「船旅かー、一応前のメンバーに聞いたんだけど、海賊とか多いらしいからさ」

「大手の商船ならば予め海賊に通行料金を払い、襲わないように頼んでいるから大丈夫だ。コンスタンティノープルで見つかるだろう」

「おっ、あの大都会イスタンブールだな。確かにギリシャ人だけじゃなくて、人種があれこれ行き交ってる街だったぜ。よし、ならひとまずそこまで戻るか」


 と、言うことになり、二人は東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルへと向かうことにした。


 その道中……


「ところでピエレッタ。カネはあるのか」

「ナッシングのツブテ。『幸せのちから』に出てきたウィル・スミスみたいなホームレス」

「俺もあまり持っていないのだが、船賃は高いぞ」


 ピエレッタの時々言う、隊長にとって意味不明なことは無視することを早くも覚えたらしい。

 旅客船ではなく品物を載せる貨物船に乗り合いすることになるので、二人分の寝るスペース分は単純に載せる商品が少なくなるということだ。その分の補償。

 航海日程には風具合も関わるが、長ければ一ヶ月は掛かることもある。その分の食事代、また余計に二人分食料を積み込むスペースの代金が余計に掛かる。 

 下手に金銭をケチれば余計な面倒を招くだろう。


「んー……ならコンスタンティノープルでひと稼ぎしねえとな」

「錬金術で黄金でも作るか」

「いやここはヒットする前にアップルとグーグルとコカコーラの株券を買おう。売ってないかしらん」


 適当にピエレッタは隊長の提案を流した。


「商売を始めるにも、オレらは元手も商品もねえ。だが身一つはある!」

「労働か。あまりオススメできないが……」


 身分も怪しい外国人労働者がまっとうな仕事につけるかどうかは怪しいものだ。

 だがピエレッタは歯を見せて笑いながら首を横に振る。


「いんや。労働じゃなくて芸能さ! ほら見てみろよ、このオレちゃんの美少女容姿を! それに声も前世はトランスフォーマーのお調子者みたいだったけど、今はレディガガやセレーナ・ゴメスとデュエットできそうな美声なわけだ。というわけで路上ライブでカネを稼ごう」

「お前の前世など知らんが、遍歴の楽士をやるのか……正直、身分的には低い階級の仕事だぞ、それは」

 

 通常の街に定住している楽士とは違い、遍歴の楽士というのは住所不定の自称ミュージシャンで、安い娼婦宿で女を口説いて生活するような輩が多かったのだ。

 他にも大道芸人や曲芸師、道化役者など芸能に関わる者が下賤な職業だという常識は、洋の東西を問わずに昔はあった。

 しかもこの場合、ヨーロッパで旅の楽士を卑しい仕事だと決めたのがピエレッタの所属しているキリスト教会なのだから、シスターの彼女が歌謡いとして銭を稼ぐのは中々奇妙なことだ。

 だが彼女は気にしないように肩をすくめる。


「いつの時代だって若造がろくに働きもせずに音楽で成り上がろうとすると批判を受けるものさ。なあに、やってダメなら他の方法を考えればいいってね! つーわけで隊長。歌だけだとアレだから何か楽器無い?」

「ふむ……」


 隊長も歌によって布施を得る状況を思案する。あまり下賤な、それこそ娼婦宿でドサ回りをする楽士ではなく、もっと稼げるようにしなくてはならない。

 それならばただの遍歴の楽士ではなく、旅の聖職者が聖歌を歌って寄付を募る、という形になるだろう。

 ならば高級感を出すための楽器も効果的に思えた。だが手持ちには無いし適当に作るにも材料を揃えるのが大変だ。


「わかった。コンスタンティノープルに付いたら楽器と演奏場所を見つけよう。心当たりはある」

「マジ? ちなみに何を演奏できるんだ?」

「オルガンだ。前に悪魔……いや知り合いのプルソンから教えられたことがある」

「ヒュウ! やるじゃん! じゃあオレは到着までお歌の稽古でもするかね。ちゃんと曲も思い出さねえと。伴奏はアドリブで頼むぜ。楽譜とか書けねえから」

「何から何まで行き当たりばったりだな……」


 そういうことになり、適当に思い出した聖歌風メロディをピエレッタが口ずさみ、それを聞きながらどう演奏するか隊長は考えるのであった。



 *****



 リュキアからぶらぶらと旅をしつつ襲ってきた山賊を返り討ちにしてちょっとした路銀を稼ぎながら二人はようやく大都会コンスタンティノープルへと辿り着いた。

 この時代、キリスト教圏で最も栄えている都市であり、世界でも三指に入るだろう。

 町行く人はギリシャ人、イタリア人、ロシア人、東欧人、アラブ人、トルコ人も大勢居て様々な商品が行き交ったり、古くから残る大聖堂などの巡礼者も多い。

 二十年ほど前に東ローマ帝国はセルジューク朝に大敗を喫し、アジア方面の領地をほぼ失うという危機的状況に陥っているのだが、だからといって厳戒令やイスラム教徒締め出しなどをしては酸欠で死ぬように衰退してしまうので、交易をこれまで以上に盛んに行って失った領地分の税を賄おうとしているのだ。

 

「ヒュウ、しっかしやっぱ人多いなここ。適当に路上ライブしても声が雑踏に紛れて消えるんじゃね?」


 ピエレッタがお上りさんのように見回しながら言う。


「安心しろ。観光の一等地を合法的に手に入れてやる」

「そんなツテあるのか?」

「今から作る」


 スタスタと隊長は街の中心部、遠目からも宮殿が見える方向へと向かって進んでいくのでピエレッタははぐれないように付いていった。

 

「いきなりお城ライブとかじゃないよな?」

「惜しいな。その近くだ」


 二人が辿り着いたのは城の近くに建てられている超巨大建造物、アヤソフィア大聖堂であった。

 これは東ローマ帝国が誇る大建築によって作られた正教会の建物で、コンスタンティノープル主教座といえばここに置かれていた総本山である。

 メガ・エクリシアの別名も持つ最大の特徴は市内の宮殿よりも巨大なドームであり、ソロモンの神殿にも勝る宗教建築だと時の皇帝は喝采したほどだ。

 幾度も修繕、修復を加えられてそびえ立つその巨大な建物は、正教徒のみならずカトリック教徒や或いはイスラム教徒すら巡礼にやってくる。


「前に通りかかったとき、遠目で見たけどこりゃすげえな。え? ここでやるの?」

「いや、ここにある噴水が確か何年も前から故障したまま放置されているはずだ」


 隊長が案内するとアヤソフィアの西側にある正門入口前にある広場には、微細な神話的彫刻の入った大きな東屋があってその内部に噴水飾りらしい彫刻が置かれていた。

 更にその噴水には固定されてオルガンが設置されている。


「元々この周りにも小さな聖堂があったのだが火事にあってな。この噴水と水オルガンだけが残った。噴水の故障と共に動かなくなっているようだがな」

「それでどうすんだ?」

「直す。そのついでに調律とか言って演奏して客を呼ぼう」

「おお、頼もしいぜパパ。今度ベンチと犬小屋も作って」


 そういうことになった。

 このアヤソフィア大聖堂という世界遺産的建造物は、年季が入っている上に巨大すぎてあちこちに亀裂などの破損が起こりやすい。そしてその修繕費もまた国家予算レベルになってくるので、こういう細かいところなどは手付かずで故障したままだったのだ。

 特にこういった建築技術はイスラム教徒の技師を呼ぶことが多く、今はセルジューク朝とも関係が悪いために中々手が出せなかったのだろう。

 隊長は勝手に修復するのも不可能なので、まずは大聖堂に居る主教に面会をした。

 白いヒゲを蓄えたかなり高齢そうに見える主教は隊長の姿を見て露骨に顔を引きつらせた。


「げげげげ、ゲーベル!? なんでこんなところに!?」

「久しぶりだな。主教になったのか。おめでとう。あんなに異端の妖術書を自宅に溜め込んでいたお前が……」

「ばっ馬鹿野郎! それを口に出すな!」


 二人の会話を聞いてピエレッタは頷きながら言う。


「エロ本を持ってたとか持ってないとかで相手を責めてるみたいなノリだな」


 どうやらそこの主教と顔見知りだったらしい隊長(ゲーベルも昔の名前の一つらしい)が、あれこれと許可を取って噴水の修理を請け負った。やはり修理ができる者が居なくて困っていたらしい。噴水と水オルガンの機能が組み合わされて無駄に複雑になっており、並の技師では難しい。

 ついでに旅のシスターと調律で演奏に使うことも許され、アヤソフィアにあった修理用道具も借り受けて二人で修復を行う。


「意外にお前も手伝えるのだな」

「これでもDIYでちっちゃいお堂ぐらい建てたことあるんだぜ。トーホク地方で」

「そうか。まあ、助かる」


 自分でも水オルガンを作ったことがあり、構造を完全に理解している隊長の指示でテキパキとピエレッタも作業をして修理は進んだ。


「そうだ! 野外ライブするんだからここのところをチョチョッと改造して音量アップさせてだな」

「ふむ……やたら物々しい感じになるが、やってみよう」


 教会関係の修理を行っているので宿坊と食事は出してくれたので宿代が掛からなかった。

 改造する部分も多いので隊長が知り合いを喚んで手伝わせる。


「楽器に詳しいプルソンと冶金学に詳しいハーゲンティだ。こき使おう」

「おう! シクヨロなおふた方!」


 陽気に握手してくるピエレッタ。

 プルソンと呼ばれた、ラッパを片手に持っているいかにも音楽家といった男はそれに応えながら言う。


「我輩は天使ランクの音楽家プルソン様である。熊によく乗ってるから『熊のプーそん』とか呼ばれることもある。我輩が手伝うことを光栄に思え。ところで猫はお好きかな?」

「ワーオ。ならオレはクリストファー・ロビンだぜ。猫? あたいネコ大好物だよジェシーおいたん。だってごちそうだもの。ハァーハハハハ」

「お前には絶対猫の使い魔渡さんからな」


 そして老人のハーゲンティとも握手をする。


「わしがそいつに錬金術を教えたのだがのう。こやつときたら敬意も払わず小間使いのように呼び出しおって」

「まあまあ。お爺ちゃんのいいとこ見てみたいー! オレっちが一杯奢ってあげるから!」

「仕方ないのう」 


 そうしてやがて、直す目処が立ってきたあたりで、


「よし! じゃあライブの宣伝を書いたビラを街中に張って人を呼ぼうぜ!」


 ピエレッタが紙束を持ってきてそう提案する。イスラム圏ではヨーロッパよりも早く紙が普及しており、コンスタンティノープルでも普通にこの時代では購入できたのだ。

 

「じゃっじゃじゃーん! 東洋の大発明! 木版印刷で一気に量産だぜ!」

「む。それは便利そうだな」

 

 珍しそうに隊長がそれを見る。

 更に彼女が用意していたのは木版を刃物で削って作った版木である。それに墨や染料を塗ってこすれば、簡単に紙へと転写できる。

 意外なことにこの単純な仕組みの印刷物は、中世後期になるまでヨーロッパでは使われなかった。中国や日本では八世紀ごろからは使われていたというのに。

 『アヤソフィア前噴水修復記念演奏会』『ワケあって托鉢中』『THIS IS IT』と書かれて何やら怪鳥の如きポーズを取ったシスターの図も彫り込まれていた。


「本当ならチケットも売りたいところだけど新人バンドだからな。ん? この場合は信心バンドか……」

「意味はわからんが。ちょっと待て。隅の方に、あの主教の名前を彫って入れておこう」

「まるで公認ポスターみたいだな!」


 サインを偽造コピーすることに躊躇いのないコンビであった。

 そうして目を引くように紅花から作られた赤の染料で印刷され、ピエレッタと隊長が街のあちこちに貼りまくった。

 何事かと街の人は足を止めて内容を確認する。当時のコンスタンティノープルは世界でも屈指の識字率を誇る都市で、ギリシャ語かラテン語ならば成人の七割前後は読むことが出来たという。

 娯楽に飢えていた昔の時代。更にコンスタンティノープルの人は音楽が大好きであったので、なにか真新しい宣伝に引かれて当日はアヤソフィアに数千人以上が集まる凄まじい動員数になった。

 これに慌てたのがアヤソフィア大聖堂の総主教を始めとする聖職者たちだが、許可を出したらしい話になっている主教が「後で叱りまくりますから! 今から解散とかだと暴動起きますから!」とか必死に説得をして、どうにか当日はライブが開催された。

 

 東屋を囲むように人々は集まっている。そこには水を汲み上げて流れさせる噴水に、磨かれたオルガン。そして和式の賽銭箱が置かれていた。『おさいせん』と露骨に書いている。ピエレッタのDIYだ。

 集まって近くに居る観衆はざわめいていた。その改修されたオルガンと特設ステージは、異様な構造になっていたのだ。

 具体的には歪曲した大きなパイプが放射状に突き出し、まるでハリネズミのようになっているのだ。

 ピエレッタの考案と隊長の技術力で完成した簡易型音響メガホン、スピーキング・トランペットである。また、歌うステージの上には半球状に紙のドームで覆っていて、歌声を空に逃さずに水平方向へ飛ばす仕組みだった。

 

「あー、お集まりの紳士淑女の皆々様ー! 大変長らくおまたせしました。正午の鐘が鳴り終えたので、これより特別演奏会を開かせて貰いまーす! イェイ」


 そのメガホンを使ってピエレッタが群衆に呼びかける。

 ピエレッタの声もよく通り、かなりの声量を持っているのだが──その声を拾い上げて指向性を持たせ飛ばすメガホンによって、1km先でも彼女の声が聞こえる。

 材質に銅管を使っては声音が変わるので紙を束ねた筒を使って音を飛ばしていた。


「どうか聴き終えた後、拍手の一つでも送ってやろうと思うぐらいに楽しまれたならば、お気持ち一つ、この托鉢巡礼僧にエルサレムまで行くための寄付金をば……さて! 本日オルガンを演奏されるのは、ブラザー・コマンドー!」

「アスタラビスタベイベ」


 オルガンの椅子に座った隊長が手を上げて、そう言えと指示されていた言葉を言いながら挨拶をした。

 その格好は前まで来ていた白い長衣ではなくそれをタールで黒く染めて、すなわち聖職者のようになっている。シスター・ピエレッタに合わせて化けたのであった。冷静で的確な判断だ。

 ついでに顔にはピエレッタから渡されたレイバンのサングラスを付けていた。彼の方が似合うからという理由で渡されたのだ。そのサングラスは彼女が転生するときに神から貰った転生特典である。

 

「そしてお歌はこのシスター・ピエレッタが担当するぜ! それじゃあ早速行くぜ! 『天使に(シスター)ラブソングを(・アクト)』!」

 

 ピエレッタは特に聖歌の勉強をしたことがあるわけではない。

 なので現代に生きていた頃に見た映画をパクってそれっぽい歌に合わせたのである。

 こちらもスピーキング・トランペットで音を遠距離まで届くようにした水オルガンの旋律が広場に響き渡り、よく耳に通る声がざわめきを消して群衆の間に染み渡っていった。

 ピエレッタは彼女が自慢するだけあって美しい歌声だった。歌い方も曲もなにもかも、この時代にはそぐわない現代的なものだが、それゆえに初めての物珍しさから聴き入り、人々は声の綺麗さに震えそうになる。



『わが主に付いていく 何処までも迷わずに……♪


 ここからどんなときでも 主とならば一蓮托生……♪


 わが主と何処へでも 行くことこそが運命……♪


 出会った時から 皆がそう信じた……♪


 主とならば遥か深き海も いと高き山をも越えていける……♪


 主がおられれば魂は不滅 だからいつまでも付いていく……♪


 イエイッ!』


  

 オルガンの曲調が激しくなる。何処でどのような雰囲気の曲を演奏するかは予め相談していたが、どういった伴奏になるのかはぶっつけ本番であった。

 だが隊長はそのしかめっ面をしている顔つきとは裏腹、激しく演奏しつつミスのない演奏し、観衆は突然の変調に驚いて口を半開きにする。

 先程までの大人しく、歌声を静かに響かせる曲とは打って変わって、ピエレッタはステップを踏みながら大きく腕を開きポップを歌い叫ぶ。



『アイラビュッ♪ アイラビュッ♪


 かましてやるぜ! かましてやるぜ!


 一緒に行こうぜ お前さんとなら何処へでも♪


 (あし)の海だって問題ねえ シナイ山も登ってやらあ♪


 オレらは無敵のコンビだ! だから行こうぜ何処までも!』



 やたらとリズミカルだ。ピエレッタは歌いながら手拍子をしながら軽く踊っている。

 シスターがそのように陽気に歌い踊るというギャップに教会関係者は眼を剥き、美少女のノリに引っ張られる若者などは見よう見まねで手拍子を合わせ出した。

 


『一緒に行こうぜ お前さんと何処までも♪


 オレらに越えられない難所は無いだろ♪


 ヤーさん愛してる! ラブ! ラブ!


 アンタに言われりゃエルサレムでも行ってやらあ!

 

 信仰を疑わんでくれよ オレってば結構永い付き合いじゃん!


 アイラビュッ♪ アイラビュッ♪


 かましてやるぜ! かましてやるぜ!

 

 ヤーさんマジラブ! フォーエバー!

 

 アフリカだろうがインドだろうがオレら二人ならマジ行けるからよ!


 ラーブー! オウイェイ!』

  


 ノリのいい若者を数名引っ張り上げて肩を来んで即興の合唱をしながらピエレッタの聖歌は続く。 

 どんどんと手拍子の音は増えていき、またギリシャ語からラテン語にして二番を歌ったりして器用に歌声を多くの人に届かせ。

 やがて集まった数千人から拍手と大量の賽銭を送られて、ピエレッタと隊長の演奏会は大盛況で幕を閉じたのであった。




 *****




 寄付金は大量に集まったのだが、予想以上の人気に新たな問題が発生した。

 次のライブはいつかという問い合わせが殺到したのだ。

 はじめは渋い顔をしていたアヤソフィア大聖堂の総主教庁も、凄まじい盛り上がりを見せた旅のシスターに是非暫く留まって欲しいと言ってきた。

 街の有力者を始めファーストライブに来なかった人たちもそんなに評判なら是非と、以前に増した動員数が期待されそうだったのだ。


「まあ……カネはあればあるだけ旅で使いようがあるが」

「しゃあねえ、暫く稼いで行くか」


 今度はライブチケットの印刷、総主教庁の聖歌隊とのコラボ、隊長によるオルガン指導なども次の演奏会までに準備をする。



 そして今度はローマ時代に作られた競馬場を貸し切り、大規模野外ライブが行われた。これがまためちゃくちゃ儲かった。教会側も、予めピエレッタからの提案でグッズ販売や飲食物を専売することで多額の利益を得てにっこりである。

 また、教会に木版印刷の技術を教えてピエレッタのブロマイド絵を大量に刷って販売すること行ってこれも凄く売れた。ピエレッタにもロイヤリティが山のように入ってきた。

 

 更に事態は大きく動いた。今度はローマ皇帝が演奏を聴きたいとオファーが入ったのだ。聖歌隊にも緊張が走る!

 一同は念入りの合唱訓練を積み、お互いにぶつかり合い、時には投げ出し、時には涙し、そしてついに皇帝の御前演奏会にて大好評を得たのだ!

 皇帝が彼女に帝国で一番の歌手だと言う内容を刻んだ指輪を報酬で渡し、ピエレッタは東ローマ帝国に君臨する歌い手のトップに立ったのだった……


「ピエレッタちゃんのアイドル激闘編、これにてフィナーレ……!」

「エルサレムはどうした、エルサレムは」

「疲れたんだよ! ここまで映画一本出せるぐらいあれやこれや活動しまくって! カネは十分溜まったからエルサレムへそろそろ出発しようぜ!」

「そうか。ならば支度をしよう」

「っていうか最近、オレのファンが増えすぎてなんか夜道も歩けねえっていうか。パパラッチがめっちゃ追いかけてくるの。アイドル生活も楽じゃねえな」

「俺は貴族の娘にオルガンを聞かせてくれというのでと言われて行ったら危うく食われるところだった」

「オレっちもご年配の真面目そうな修道女からは、アイドル活動なんてはしたないと眉をひそめられてな。『このオメゲがーッ!』とか罵られたぜ」

「なんだオメゲとは」

「知らね」


 散々芸能活動で大ヒットしまくる美男美少女のコンビなので、人気もヤバイことになっていた。

 だが二人の(というかピエレッタの)目的は社会的な成功や地位ではなく、エルサレムまで行くことなので厄介なしがらみになりつつある状況はよくなかったのである。

 更に、


「あとどうやら聞いた話では、皇帝が西ヨーロッパの教皇に対してイスラム圏へ侵攻する傭兵を大規模に募ったそうだ。大きな戦争が起こるぞ」

「それって十字軍ってやつじゃん。あんまり詳しかねえけど、いい話は聞かねえなあ」


 ピエレッタが嫌そうな顔をする。元現代人とはいえ世界史を真面目に勉強していたわけではないのでうろ覚えだが、エルサレムまで巻き込まれて酷いことになった程度は知っていた。

 

「よし。とにかくさっさと出発しちまおう。伝説のアイドルは歴史の闇に消えるのさ」


 もとより旅慣れていた隊長と、執着しないピエレッタのコンビだ。出立は早かった。

 まずそのままでは二人共、旅商人にすら顔を覚えられている(ブロマイドを販売したため)ので騒がれないように変装することにした。

 隊長は白い長衣に帽子、付け髭をつけてイスラム風に。ピエレッタはアバヤと呼ばれるアラビア半島の伝統衣装、目元以外を隠した黒いローブを身に纏った。

 お互いの姿を確認してピエレッタは、


「まるで『指輪物語』のガンダルフと黒騎士みたいだなオレたち」

「知らん」

「エルサレム終わったらこの皇帝から貰った指輪を火山に捨てに行ってみるか」

「意味がわからん……ところで、信教的に平気なのか? イスラム教徒の格好をして巡礼するのは」

「ん? 別にいいんじゃね? カトリックもイスラムもヤーさんを崇めてるんだから、どっちで祈ろうがヤーさん的に同じじゃん」

「そういうものか」


 ピエレッタが信じているのは唯一神そのものであって、どうやら既存宗教の対立や教義ではないようだった。ある意味、本人が直接神から声を掛けられてエルサレムを目指しているので、新たな預言者と言えなくもない。

 そしてディナール金貨やディルハム銀貨が詰まったバッグを隊長が担ぎ、港にて目をつけていたイスラム商人の船に乗り込んだ。


「いざ船出のときを迎えるオレたち、シスター&ブラザーのコンビ。来週は恐るべき地中海を恐怖のズンドコに叩き落とす暗黒海賊忍者組織、デスヴァイキング海賊団のお出ましだ! スミスとウェッソンが火を噴く! 未来に向かってヨーソロー!」

「もうちょっと大人しくしていろ」


 ──斯くして二人は、船に揺られてデスヴァイキング海賊団に襲われたりしながらも(本当に居たのかとびっくりしたようだ)、隊長とシスターのコンビネーションで返り討ちにして旅を続けるのであった。


 そして有名人の二人が旅だったことに気づいたコンスタンティノープルでは大騒ぎになり、市内では落胆の嘆きとピエレッタグッズの価格高騰、一時は皇帝が捜索の軍を出そうと命令をしかけるほどの事態になった。

 また、ピエレッタの発想と隊長の技術で作り上げられた、時代を超越した音響装置や印刷機などがコンスタンティノープルには残されたが──

 後の政変、第四回十字軍の略奪などによって完全に破壊され、歴史の闇へと消えていった。

 ただ無数に印刷されて残ったブロマイドと、謎の歌姫ピエレッタが存在していたことだけが歴史に語られる。




 その後のピエレッタと隊長は、エルサレムの外港ヤッファへ無事に辿り着いて、イスラム教徒のフリをしてエルサレムへ巡礼をし、


「死んだイエスを祀る聖墳墓教会で祈るのか? それともアブラハムが息子のイサクを捧げた岩のドーム……ソロモンの神殿跡もあるが」

「よくわかんねえから全部やっとくか。御朱印とか貰えないの?」


 と、順調にエルサレムでのお祈り実績を達成したのであった。


「これからどうする」

「んー。人生ってのは目標を達成しても続いていくわけで。来世は期待できそうだが、残りの人生も楽しまねえとな。よし! 折角しがらみのない身分なんだ。世界を旅して回るってのもオツなもんじゃないか? 相棒。どうせヒマなんだろ」

「ふむ……お前がそれを望むのならば、付き合ってやろう」

「じゃあまずは適当にインドを目指そうぜ。こういうときはインブラ(インドをブラブラ旅すること)って相場が決まってるんだ。質のいい葉っぱも吸いてえし」

 

 ──そうして二人はなぜかギター(ピエレッタの指示で隊長に作らせた)を背負って、それをかき鳴らしながら世界を巡る旅に出ていくのであった。


「一緒に行こうぜ♪ お前さんと何処までも♪」

「陽気なやつだ」


 幸いなことにピエレッタは転生時の特典で、隊長はなんとなくあらゆる言語をマスターしていたので何処でも言葉に困ることはなかった。


 様々な街に立ち寄り弾き語りで金を稼ぎ、襲ってくる盗賊を何度も返り討ちにして身ぐるみを剥がした。

 立ち寄った農村で井戸を掘り、漁村で海老の養殖を教えて各地で人々と交流した。

 自生していた良質の大麻で煙を吐きながら星を眺め、エベレストの山頂に記念碑を立てて、中華料理大会で皇帝に認められ、鎌倉武士に追いかけられ、エスキモーの犬ぞりで旅をしてオーロラを見た。

 アラスカを渡りカナダの地層になった崖にあった恐竜の頭蓋骨に『ジャスティン・ビーバー参上』と彫って、インディアンのヤバメな葉っぱをキメキメになり、逆に隊長に作ってもらったアルコールでインディアンをキメキメにしたりして交流した。

 中南米のピラミッドを見物していたら捕まって危うく心臓を捧げられそうになり隊長から助けられたり、ナスカ高原にUFOの絵を落書きしたりした。


 何処へ行っても言葉は現地で生まれたかのように通じるし、健康で頑丈な二人はまさに世界中を旅した。

 武力と錬金術や科学技術を持つ隊長。度胸と愛嬌、それに現代人の知識で地理などを把握しているピエレッタのコンビは様々な国、民族にとって「突然現れた謎の客人」として記録に残されていく。一部の部族では来訪神の一種とまでされて神話に組み込まれたりした。

 王に無礼を働いて追いかけ回されたことも、貧しい村を救ったことも、各地でアイドルとして活動したことも、はたまた最高峰の頂上に名前と年代を残して初登頂した証拠などなど。

 後世において研究者らは頭を悩ませる。このやたら旅をしまくり伝説残しまくり、時代を超越した遺物まで発明しまくりの謎コンビは、一体何者なのだろうかと。

 中世のコンスタンティノープルに突然現れ、世界中で目撃談の残る不思議な旅人。場所によっては天の使いだとか、旅の神だとか信仰もされるようになった。


 二人が一体どこで没したのかは不明であり──或いはまだ旅をしているのではないかとさえ言われていた。



「さぁて相棒! 次はどこに行こうか!」

「久しぶりにインブラするか」



 二人を信仰する者たちは、金髪でギターを背負った二人組の旅人がふらりと自分の町に現れる日を待っている。




──西暦1953年。


登山家エドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイはエベレストの山頂にたどり着いていた。

「せーので登ったはいいが……おいおい、まさか驚いたな! マロリー卿じゃないか、サー!」

「まさか三十年もここに居たとは……」

二人はエベレスト山頂にて、凄まじい風と寒気が吹き荒ぶ中でうずくまったように事切れている、氷漬けの死体を目にして思わず敬礼をした。

間違いなく、三十年前にエベレストに挑戦し──そして行方知れずになった偉大なる登山家、ジョージ・マロリーの遺体であった。

「第二登おめでとう、って言われてる気分だ」

ヒラリーは分厚い防寒着の下で肩を竦めながら、マロリー卿に近づいた。

人類初登頂の夢。名誉。栄光。それはマロリー卿のものなのだろうか。いや、生きて帰れなかったから、まだ自分たちにも目がある。ここでマロリー卿を見つけたことも、いい土産話にしよう。

そう思ったヒラリーは、遺体がなにかに抱きついているのに気づいた。

「なんだこれ?」

「氷の柱……いや、石の柱かな」

山頂に墓のように突き刺さった柱。雪も全て風で吹き飛び、何百年も凍りついた表面は艷やかであった。

指で表面をなぞると、文字が刻まれていることに気づく。

「おいおいおい! まさか、マロリー卿より先に誰かがこれを突き立てて行ったのか!?」

「なんて書かれてる?」

「えーと……英語だな。『地の利を得たぞ I HAVE HIGH GRAAAAAND』『シスター・ピエレッタ&ブラザー・コマンドー』……」

それは冒険家たちの誰もが知っている、中世の時代に世界中で痕跡を残していった二人組の旅人の名だった……

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