第四十話 人狼の大後悔時代
落ち着け、私。ミルカとはずっと同じベッドで寝てきたけど、これまで何も無かった。まあ、悪戯したり、抱き合って寝たりはしたけど、それはおふざけの範囲。ミルカのことは大好きだけど、私にそっちの気はないし、ミルカもそうだろう。
一応、自分の身体を確認したけど、何かがあったようには見えなかった。とにかく、ミルカを起こして状況を確認しよう。私はミルカを揺すって起こした。
「う~ん、リンさん。何ですか?」
ミルカが毛布にくるまったまま、目を擦る。
「ミルカ、アンタここがどこか分かる?」
ミルカは、目を開けて周りを見回した。
「ああ、あの酒場の二階ですね。リンさん覚えてないんですか? 女将さんがそのまま帰ったら危ないから、空き部屋を貸してくれるって」
「そ、そうなの」
変なところじゃないのは、安心した。そこでミルカがニヤリと笑う。
「リンさん、この部屋に入った後、ふはははっ、私はこわ~い狼だぞ~。美味しそうなミルカを食べちゃうぞ~、って叫んでましたよ」
「嘘でしょ!」
私はそれを聞いて、頭から血の気が引き、気を失いそうになった。とんでもない黒歴史だわ。しかし、ミルカの攻勢は続いた。
「さっきは私が食べられちゃいましたから、今度は私の番ですよ。今なら、生だ~」
ミルカが私を押し倒し、胸を揉み始めた。
「ちょ、ミルカ。もう、夕方よ。早く帰らないと」
店を出る前に、また汗をかいてしまった。その後、身なりを整えてから一階に降りた。お金を払うついでに、さっきの蜂蜜酒や焼き菓子について聞いてみたら、どちらも酒精がけっこう強いものだった。ここは女性客しか入れないお店で、日頃の鬱憤晴らしにそうしているらしい。
確かに日頃のストレスは吹っ飛んだ気がするけど、最後に別のストレスがのしかかった気がした。
カーターの店に戻ると、カーターから一緒に夕食を食べようという伝言が残っていた。それで部屋で待っていると、しばらくしてカーターが戻ってきて、いつもの酒場に連れていってくれた。
「それでシルバーボンド子爵令嬢との面会はどうだったんだい?」
私はレイナと話したことを、そのままカーターに伝えた。すると彼は腕を組み、考え込んだ。
えっ、何かマズい対応があったの?
私がドキドキしながら様子をうかがっていると、しばらくしてカーターが口を開いた。
「貴族の誘いを断るのは良くないけど、今の話だとそんなに気にしてないようだし、大丈夫かな」
そうか、やっぱり断っちゃマズかったんだ。でも、部下になったら、日本に帰れないし、しょうがないよね。カーターも大丈夫そうだって言ってるし。
「じゃあ、今はあまり当てがないんだね。だったら明日、商人仲間が集まるんだが、来てみるかい? 誰かが何か知ってるかもしれない」
「そうなんですか。是非、お願いします」
私は一も二もなく同意した。
翌日、私たちは先日注文した革のズボンを受け取りに、革職人の工房へ行った。その後は、カーターとの約束の時間まで、大通りをブラブラして過ごした。あの革職人は、ズボンを試し穿きしようとしたら、覗こうとしたのでミルカに止めてもらった。
ズボンはまだ関節のあたりが固かったけど、サイズはピッタリだった。革を慣らすために工房からずっと穿いてきたけど、途中で屈んだり、脚を開いたりしていたら、ミルカに怒られた。足首までの長いズボンだけど、足を広げること自体が、はしたないらしい。
日暮れ前、私とミルカはカーターに案内されて、いつもとは違う酒場に来た。日中はズボンだったけど、ここでは人と会うので、変に思われないようスカートにしておいた。その店は、いつもの酒場より、大通りに近い場所にあった。たぶん、大通りに近いほどいい店なのだろう。
中に入ると、いつもの店と広さはあまり変わらないものの、椅子やテーブルに傷や汚れが少なく、きちんと手入れされている印象だった。今いる客は五、六組の商人たちのようだった。
「やあ、みんな。今日は私の友人で、息子の命の恩人を紹介するよ」
カーターはそう言って、その場の商人たちに私たちを紹介してくれた。
ここにいる商人たちは、みなカーターと同じように、拠点となる街とエルバーデンの間で商品を運んで商売しているようだった。彼らはいつも大口の商人としか話さないせいか、私たちのような若い女性と話す機会が少ないようで、いろいろと話しかけてくれた。
「なあ、カーター。アルブレヒト様はどうだ? 古物を集めているが、古地図なんかもあるって聞いたぞ」
「そうだな~。だが、簡単に会ってもらえるか?」
「あの人は、だいたい暇みたいだし、若い女の子たちがコレクションを見せてほしいなんて言ったら、喜んで説明しはじめるんじゃないか」
カーターともう一人の商人の会話が気になったので、私は聞いてみた。
「あの、アルブレヒト様っていうのは、どういう人なんですか?」
「ああ、あの人は現領主様の叔父なんだが、前領主様の時代から仕事は兄に任せて、自分は趣味の骨董品の収集だけしていたような人なんだ。追い出されたってワケじゃないんだけど、領主様の館とは別のところに小さな館を持っていて、そこで趣味の収集を続けているんだよ」




