結婚式
「若い頃に私が出会った不思議なお話です」
と言って語られた、少し悲しく不思議なお話です。
私は夜のお店で働いて居ましたが、不景気の折りに客足が減ったことで、昼間も何か新しい仕事は無いかと探していました。
当時流行り始めていた『レンタル彼女』という商売に興味を持って早速登録したのです。
飲み屋さんなどで働いていた私としては、同伴やアフターの軽いノリで稼げるために、わりと積極的にお仕事を受けていました。
仕事は事務所からメールや電話で割り振られて居ましたが。
時には指名料を払って指名をしてくるお客様もいます。
「指名で、○月○日にお仕事の依頼が来てるんだけど」
それは数ヵ月先の依頼で、私は少し困惑しました。
だいたいこういうお仕事の依頼の多くは、男性側の衝動に任せていて。
長くても一週間先程度先までの予定で組み込まれることが多かったのです。
この依頼者さんは旅行でも計画しているのか?と少し困惑していましたが。
「結婚式へ一緒に出席してほしいという依頼みたいね」
パソコンに送られてきたであろう依頼のメールを読み上げる事務員さんの声に、少し納得しました。
結婚式は始めてですが、コンサートや、イベント等の同伴依頼はわりとあったので。
「やります」
私は即決しました。
実際、レンタル彼女だと言っているのに、連絡先を聞いて個人的に会おうとしたり、ホテルに連れ込まれそうになったりと、この仕事の嫌な部分もみてきたので。
結婚式での同伴だったら、体を触られることすら無いのだろうという安心感があったからです。
その後も、事務員さんと依頼者の間でやりとりが進むなか。
「当日は、中野利奈(仮名)という名前で記帳していただければ、分かるようになっています」
という不思議な待ち合わせを希望されました。
まぁ、ご祝儀の中身は空でも大丈夫との事でしたし、知らない人の結婚式に自然に参加するのに必要な行為なのかなと納得することにしました。
もしかしたら、少し凝った演出として考えているのかもしれないと、内心少しワクワクしていたのも事実です。
当日、私は中野利奈として会場に行きました。
チャペル式の豪華な式場。
巨大なパイプオルガンまである立派なものでした。
参加する挙式は、参列する人数も多く。
私一人が紛れ込んでも、誰も気付かないだろうと思えました。
私は受付へ向かうと、覚えてきた中野利奈という名前を記載します。
そこで気付いたのは、新婦の名前が中野という名前だということ。
偶然の一致なのでしょうか?
どんな偽名でも良いのであれば、わざわざ混乱するような名前を付ける必要はないように感じるのですが。
それでも何食わぬ顔で名前を記載し、空の祝儀袋を渡したあと、その他の参列者と一緒に流れに乗ることにしました。
私の仕事は、別に目立つことではないので。
そんな私に声を掛けてくる人物がいました。
「利奈か?」
それは幾分年上な男性の声でした。
呼ばれた名前が役の名前だったこともあり、一瞬ためらいましたが、笑顔を作って振り返ると。
そこには声から察した年相応の男性が立っています。
年齢でいうと、50代中盤でしょうか。
「はい、利奈です」
等と、役に入りきれていない自己紹介をしてしまった事で、少し恥ずかしい気持ちになりましたが。
目の前の男性は嬉しそうに顔を綻ばせて手招きしました。
その笑顔に対して、男性特有のいやらしい感じはしなかったため、私はなんの疑いもなくその後を付いて行きました。
おじさんの風貌は髪を短く切り揃えていて、所々白髪が見えるような、普通のおじさんでした。
その彼が、式場の休憩スペースのような場所で振り向きます。
そこに設置されているちょっとおしゃれな椅子に案内されたので、私は座りました。
今、私はおじさんの「彼女」なのですから、彼が隣に座るのもお仕事と割りきっていましたが。
彼はそこで少し待つように指示し何処かへ行ったかと思うと、今度は同じくらいの年齢の女性を連れて戻ってきました。
混乱する私に、向かって彼らは笑顔で語ったのです。
「もう、会うことはないと思っていたが……本当に貴方は利奈にそっくりだ」
そうやって隣のご婦人と顔を見合わせる姿に、私は少しストーリーが見えたような気がしました。
この二人はご夫婦であるのは直感で分かったのですが。
きっと私が扮する中野利奈さんという方は、もうこの世にはいないだ。
その代わりに私は出席するのだということ。
これは憶測でしたが、新婦の名前が中野さんだったことから、きっと利奈さんの妹か何かの結婚式なのだろうということ。
仕事柄、相手の作り出す設定に乗る事が多いので、私はすぐに切り替えることができた。
「今日はよろしくお願いします、全力で利奈さんとして参加させていただきます」
そういうと、夫婦の笑みはより一層深まったので。
こういう仕事をしていて、こんなにやりがいがある、ほっこりする仕事に出会えるなんてと、少し感動しました。
彼らはきっと親族の控え室に行くのでしょう。
「また後程」
と言ってその場を離れました。
私も本来なら親族なのかもしれませんが、あの夫婦が用意したサプライズみたいなものだろうということで、一般参加者に混じってイベントに参加することにしました。
荘厳なパイプオルガンの音色に促され、新郎が入場し、祭壇で新婦を待っているのを見ていると、今のところ結婚願望がない私でさえも、こんな挙式がしたいという気持ちにさせられるようでした。
チャペル後方の観音扉が開くと、待ちに待った新婦が登場です。
背筋を伸ばし、一人でヴァージンロードを
歩く姿は、後光が射しているように美しく感じました。
ベールに包まれたその顔ははっきり見ることは出来ませんでしたが、遠く祭壇で近いのキスをする際に見えた顔は、確かに私に少し似ているような気がしました。
そうして、披露宴の時間になり、皆がぞろぞろと移動します。
私は席次表通りに席に座りました。
しっかり姉として席が用意されていました。
その円卓には両親の名前として、やはり同じ中野姓の席も二つあります。
こういうものは新郎新婦側が作るものでは?
と少し疑問はわきましたが。
もしかしたら妹さんも、亡き姉の席を用意することで、喜びを共有したいと思ったのでしょうか。
それを見て両親が思い付いたサプライズだったのかもしれません。
「優奈のウェディングドレスは綺麗だったな」
高砂辺りに気を向けていた私の後ろから声が掛けられます。
いつのまにかご両親揃って席についていらっしゃいました。
「私も結婚したくなっちゃいました」
本心からでた言葉でしたが、旦那様は少し曇った顔をしてしまいました。
私は利奈さんを演じてはいますが、実際の利奈さんは……。
失言というほどではないと思いますが、この役は少し立ち回りが難しいなと、私は頭を抱えます。
当然口数も少なくなってしまいましたが。
元来私はただの代理ですから。
ニコニコとして座っているだけで良いはずです。
司会進行が登場し新郎新婦を招き入れると。
実際会話などをしなくても問題はありませんでしたし。
テーブルに食事が並び、乾杯をしました。
ご夫婦は飲めないのでしょう、ワインは断ったようです。
本来ジュースで乾杯するのでしょうが、それもお断りしたのか、円卓にいる私と笑顔を交わすだけでした。
私は食事を摂りながら、結婚式の進行の方に気持ちを向けていました。
何度かご両親の方へと視線を向けるのですが、毎回悲しそうな笑顔を向けられ、会話に詰まるので、いつしかそっちへ向く回数が減っていたようです。
進行も半ばに差し掛かります。
それまでにも、何度か新婦さんと目があったような気がするのですが、他の誰かと見間違っているのか、あまり驚いた様子がありません。
本来だったらここに居ないはずの姉が居座っているのですから、少しくらい驚いても良いのに。
このご夫婦の企みは失敗しているのかもしれませんが。
キャンドルサービスとして、新郎新婦がテーブルを回るこの時が、妹さんと接近する最大のチャンスです。
手に汗握る時間が過ぎました。
そうしてようやく新婦がこの席まで近づいてきました。
間近で見る新婦は、確かに私に似ていました。
両親の背中をじっと凝視するようにみていた視線を、すっと私の方へと向けます。
そして、やんわりと笑顔を咲かせました。
「今日は来てくれてありがとうございます、貴女のお陰で両親も結婚式へ来てくれました、一緒に歩くことは出来なかったけれど、晴れ姿を見せれただけでも満足です」
という言葉に、ヴァージンロードを一人で歩いてきた新婦の姿を思い出しました。
すっと伸ばしたキャンドルが、テーブルの真ん中に火を分けます。
ほんのりと明るくなったテーブルには、もうご両親の姿はありませんでした。




