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21 焔の子

「ユリアス殿…ご無事で何より」


 皇魔を携え、中庭に出たユリアス達二人と二匹にディアゼルが歩み寄る。その手に持つ巨大な斬馬刀の神器『縛焔(レーヴァテイン)』は、柄から刃の尖端にかけて真っ赤に染まっている。刀身に絡まる赭い鎖に、血と肉がこびり付いたその様は、既に何体もの敵を屠った証だった。


「そしてお前は…リンカか。流石に足が速いな。大方、魔王覚醒の気配を掴み、此処へ来たのであろうが…ともあれ、良くぞ参った。お主の権能は万の勇兵に勝る」

「想像の通りです。少しばかり時間が掛かりましたが、間に合ったようで何よりです」


 リンカと言葉を交わすディアゼルに、ユリアスが覚えたのは驚きと納得だった。ディアゼルは悪魔であり、リンカは吸血鬼。双方共に魔族であるのだから、旧知の中であっても不思議ではないが、幼少の頃より世話になっていたメイドが、悪魔の王と知り合いとなれば、驚動は隠せなかった。


「二人は知り合いなのか?」

「この男は一応私の養父、という事になっております。私は吸血鬼ですが、かなり特殊な血筋でして。城で孤立していた所を、この男に引き取られたのです」


 リンカは柔らかな表情をユリアスに見せ、丁寧に事の次第を伝えた。成る程と一人得心するユリアスを置いて、ディアゼルは珍しいモノを見たかのようにまじまじとリンカを見詰める。


「……見る限り、良くお仕えしているようだな。良い事だ。そうなるようにと城から摘まみ出した訳だが……エセルもさぞかし喜んでいるであろうな」


 呟き、(しき)りに頷く姿を、リンカは不審そうに見る。ディアゼルはそれに気付かないまま、今度はユリアスへ向き直り、複雑な胸の内を表情に浮かべた。


「…神器を台座から抜いたようだな。本当に、それで宜しいか」

「当然だ」

「リンカが居るならば、ユリアス殿が魔王となる必要はなかったやも知れん。何れ後悔する事もあろう」

「リンカの事も分かっていて剣を取った。今後身に降り掛かることも知った上でそうした」

「…」


 ユリアスの言葉は真っ直ぐで、ならばディアゼルもそれに従うまでだった。ディアゼルは瞑目し、蟠った感情全てを喉に通した。


「…承知した。以降は我、『悪魔公』ディアゼル、この身全てを以て御身をお支えする。先立っては先ず────」

「ああ」


 手中に収まる魔剣を固く握りしめ、城に張られた結界に眼を遣る。魔力が揺らぎ、斑になった結界の穴を、神獣が巨大なその巨大な手で力ずくで広げ、キシキシと結界から嫌な音が発ち始める。精霊の騒めく声がユリアスの耳にまで届き、大樹が怯えるようにその葉と枝を擦り合わせた。


「……ディアゼル」

「アレを斃す。全ての英雄が夢見た神獣殺し。戦士としての箔が着くというものだ。だが、気負う事はない。此度は私に任せて下されば良い」


 幾つか存在する結界の穴を潜り抜け、巨体のモノを除き怪物群の大部分が侵入を果たしている。それに応じて、城の敷地内では、既にディアゼルの配下にある悪魔や魔獣達が戦闘を開始していた。

 三つ首の大狗はその巨大な顎から炎を吐き出し、標的を炙り焦がす。病魔そのものを扱う瘟鬼(オンキ)が両腕に黒の霧を纏い、振り撒けば、化物は立ち所に喉を押さえて苦しみだした。魔族と悪魔の混成軍もその刃を抜き放ち、血飛沫でもって化け物の群れを歓迎した。城壁で首をもたげた砲台が魔力の光弾を撃ち放ち、怪物達を吹き飛ばす。古びた首斬り斧を右手にぶら下げた男が敵を一匹ずつ丁寧に惨殺し、獣の毛皮を持った悪魔が肩に担った大剣で化物を叩き斬る。


「待って!」


 その、交戦を続ける群の中、少女とメイド、サクヤとエリーの二人が駆け抜け、姿を現した。息を整え、僅かに乱れた黒髪をそのままに、その瞳には血盟の念を秘めて、少女、サクヤは(こいねが)った。


「わたしも、連れてって」

「!それは……」

「足手纏いにはならない。絶対に。何があっても。約束する」


 そういう問題ではない、と違を唱えようとして、思い止まり唇を結んだ。ユリアスも覚悟を決めたのだ。それが彼女の覚悟の形だというのならば、否定する権利を持ち合わせてはいない。ディアゼルがそうしたように、ユリアスは彼女の想いを受け入れた。


「……分かった。けれど、危険だと感じたら迷わず下がってくれ。周囲を頼って、君が出来る最善の動きをして欲しい」

「うん、分かった。……わたしが言っていいのか、分からないけど、無理は……」

「……そうだな」


 歯切れ悪く発せられたサクヤの言葉に静かに応じる。彼女が自身の身を案じてくれていること位、ユリアスにも理解できていた。だが、今から始まる戦は、死力を尽くさずして勝てるような、温いものではない。


「すまない。無茶をする」

「……うん。だから、私も出来る限りのことをする。貴方を支えられるよう全力を尽くすから」

「ああ。頼りにしてる」

「…けど、これだけは約束して」


 身体を転じて背を向けようとするユリアスに向けて、サクヤは緊張を滲ませながら声を掛けた。


()()()()にだけはならないで」

「…カミサマ?」

「うん。今は詳しく説明する時間はないけど…きっと、魔王の力を使えば分かると思う。お願い。これだけは、覚えておいてほしいの」

「分かった。君がそう言うなら、そうしよう」


 


「……来る」


 空間が撓むような殺気に緊張が走る。結界がゆっくりと崩落していく。巨腕が色の揺らぐ結界を裂き、砕く。身を起こした巨体が太陽を隠し、巨きな影が地面を這った。竜と人の合間のようなソレは、装甲から覗く鋭眼で下界を睨め付ける。貴様を殺す、と何よりも雄弁に語る殺気。吐き気が催す程のそれに、サクヤは足をふらつかせ、それでも確かに、己の両足で立ってみせた。


『魔王ノ匂イガスル。酷ク臭ウ。我等ガ神ノ敵。殺セト命ジラレタ、アノ匂イダ。二人?イイトモ。双方共ニ殺セバ、問題ハナイ。ナニ、生マレタテノ魔王ダ。ソレ如キ、コノ私デサエ、容易ク殺セルトモ』


 誰に言うでもない独り言。しかし、それに込められた明確な殺気は、紛れもなく本物だった。威圧感に骨が軋み、頭蓋が震える。

 慣れはしない。それでも、決めた事だ。それに、地下に封じられていたあの屍と比べれば、どうということはない。畏怖はあれど、心を殺意で固めれば、それが付け入る隙は生まれない。


「……ユリアス様」

「…問題無い」


 ここにきて恐怖などあるべくもなかった。皇魔を長剣から短槍へと切り替える。一、二メートル程の飾り気の少ない漆黒の槍を構え、一歩踏み出した。

 先ず殺すべきは神獣に付き従う化物共。Aランクを中心に、AAランク、AAAランクも混ざったその軍を退けなければ話にならない。


「ディアゼル、アレの能力は?」

「精霊、またはそれに近しい者等の魔力を奪う事だ。我等悪魔(デーモン)、亜精霊の類が扱う魔術は効きが悪くなり、下手をすれば魔力を吸われる。特に、今、ここにいる純粋な精霊達はその殆どが奴の支配下にある」

「そうか。……殺せるか?」

「無論。時間さえ出来れば。だが、周りの雑魚が邪魔になるな」

「分かった。…けれど、あの怪物達、呼び名がないと不便だな」

「それは然り。魔獣に非らず、神獣に非らず。まして聖獣でも精霊でもなし…」


 ディアゼルは少しばかり考える様子を見せる。未だ嘗てない、不安定な生命の気配。到底正しい有様とは思えないモノ。それがアレらだ。


「…ならば、便宜上『異妖物(ゴーレム)』とでも呼べばどうだ?」

「『異妖物(ゴーレム)』…。了解した。俺達が『異妖物(ゴーレム)』の群れを斃し、場を整える。そしてディアゼルが神獣の相手をする。それで行こう」

「…御意」


 ディアゼルは首肯すると共に歯噛みする。本来であれば、己が全盛ならば、魔王の手を煩わせる事など無かった。魔王の手を借りなければ神獣一体すら屠れない、魔王の剱として有るまじき現状が、彼の矜持を甚く傷付ける。ユリアスはディアゼルの手に籠る力が強まった事に気付きながら、それに言及することなく、戦いの構想を練り続ける。


「リンカは神獣の妨害を。サクヤは精霊の制御を。出来なければエリーの指示に従ってくれ」

「御随意に」

「うん」


 作戦の共有が終わると同時、空気が破裂する音が轟いた。結界は完全に破壊された。これで最早、異妖共を邪魔する物は何一つ無い。今まで城の外にいた異妖物の群が侵入する事で更に抵抗は激化するだろう。魔王軍所属の数百の精兵が、得物を強く握り直し、殺意に色めいた。


『RURRRR、LaaAaaaaaaaaaaaaa』


 異妖の者共が鬨の声を挙げ、一斉に侵攻を開始する。

 ユリアスは黒槍を構え、全身の魔力を励起させた。妖術による肉体強化を重ね掛け、特に脚に魔力を集中させる。槍の鋒を怪物の内の一体に向け、緩く、自身を落ち着かせる為の呼吸を挟んだ。


「やろう」


 言うや否や、押し寄せる敵の波、その先頭目掛けて地を蹴り、肉薄する。


「ru,ra?!」


 無駄口は要らない。前足による一撃を避け、右足で蹴り、吹き飛ばすと槍で首を掻き切った。それを行った本人が驚く程に、神器は易々と硬鱗を裂いた。余りの容易さ。余りの脆さ。その感触に沸々と内から湧き上がる衝動を抑え込むと、ユリアスは黒槍に焔を宿らせる。


 悪魔公(ディアゼル)の焔。

 『獄熱』の焔とは、魔力そのものを燃やす魔焔。魔力、つまりは生命力たる妖力に、精神力たる霊力、果てには魂までも燃やし尽くす焔。それを振るうにあたって掛かる制限は一つだけ。『魔焔を発生させる際には、自身の肉体か自身の神器、そのどちらかを起点にしなければならない』。それだけである。

 魔焔は、大気中の魔力に燃え移り、消す方法は発動者の意思、またはその場に存在する魔力を余すことなく使いきる事のみ。或いは体内の妖力の操作が卓越していれば、自身の身に移った魔焔は消す事が可能かも知れない。何れにしろ、圧倒的な能力を誇る、自身の命すら喰らう焔だった。


「シ、ィッ」


 腕、足、脇腹、脛。横を抜けるついでに切り裂き、薙げば、赭の焔に包まれ、化物達は為す術も無く死に絶えていく。飛び掛かってくる化物の懐に潜り込み、首を突き、焔を注ぐ。足元から食らい付いてくる蛇モドキを跳んで避け、右の化物の頭を蹴り抜き、昏倒させ、魔焔を纏った左足で踏み潰した。

 右の手で黒槍を取り回し、空いた左手で触れた敵を影で縛り、時にはそのまま締め殺し、時には魔焔で焼き殺す。時折深い傷を受けるも、傷は緋い煙に包まれ消えた。


 身体中を支配する異様な興奮。殺せ殺せとせっつかれる。魔王としての権能を振るえる事に、魂がけたたましく喜んでいる。だが、権能の真髄は、こんな物ではない。魂に根付く魔力。魔王の力の根源。それを使おうとして───既の所で堪えた。


『貴様、ソノ神器、貴様ガ魔王ダナ?貴様コソガ魔王ダナ? 良イ、殺ス。待ッテイロ。貴様モ自身ノ悲惨ナ最期ハ知ッテイヨウヨ。今、ココデ殺シテヤロウ』


 エリーの言う通り、神獣は随分とお喋り好きらしい。目当ての獲物(ユリアス)を発見した神獣は、意気揚々と一歩を踏み出し、大きく地面を揺らした。甲殻に包まれた指先でユリアスを指し示し、神獣はキシキシと身体を揺らして嘲笑する。

 その横顔目掛け、巨大な刃が叩き衝けられた。神獣は大きく半身を反らし、苛立ちに喉を唸らせた。間髪置かずに巨剣が呻り、甲殻にぶつかり金属音を響かせる。

 神獣に襲い掛かるは巨大化し、魔焔を纏った縛焔。ディアゼルもまたその肉体を巨大化させ、悪魔として本来あるべき姿へと戻っていた。頭は狼と山羊を混ぜたようなそれであり、身体は五、六メートルの筋肉質なもの。そこから放たれる一撃は重く、鋭い。無視しようの無い痛烈な斬撃に、神獣は怒り牙を剥く。


『貴様! マタ貴様カ。悪魔公。悪魔ノ王。身窄ラシイ、憐レナ王! 鬱陶シイ焔ヲ使ウ者。我如キニ手コズル、情ケノナイ王! 効カン! 悪魔、精霊ノ術ガ効クコトハナイト、イツ学ブ!』


 瞬間、赭の魔力がディアゼルから噴き出し、その魔力を神獣が喰らった。神獣に喚ばれた巨大な根が、地面から這い出る。それはしなり、空気を食い破りながらディアゼルへと迫り………一瞬動きが鈍り、その隙に()が纏わりつく。静止した根はディアゼルの神器に絶ち斬られ、魔焔に包まれた。


『オノレ……影ト闇ノ王、ソシテ精霊使イ…贋作カッ………ルゥッ!?』

「シィッ!」


 言い切らぬ内に神獣へと『縛焔』が迫り、その堅牢な甲殻との間に爆音が鳴り発つ。それに応えるように長大な巨腕がディアゼルへと振るわれた。ディアゼルは身体から赭の魔力を散らしながらもその一撃を的確に捌き、焔を纏った縛焔を叩き衝ける。

 神獣の反撃で弾かれた事を利用し、跳び上がる勢いで地面を蹴り破る。刹那の間に視界から消えると、宙で態勢を整え、ディアゼルは神獣の足を砕きにかかる。それに神獣もまた即座に反応し、蔦でディアゼルを捕縛した。四肢に絡まる吸魔の蔦を焔でもって引き千切り、頭上の根を縛焔が引き裂いた。勢いのままに襲い来る縛焔に神獣は拳を突き出す。一瞬の拮抗の後にディアゼルは一歩踏み込むと、堅拳を神器の腹で滑らせ、神獣の大腿に縛焔を通らせる。傷口から爆発したように吹き出る焔を『樹』の魔力で治癒しながら、神獣はディアゼルを睨み付けた。


 凄まじい攻防だ。再び戦闘が開始された事を確認し、ユリアスは浅く感嘆の息を吐く。立っているだけでもディアゼルは神獣に力を吸われているのだ。それでも尚、あれ程の剣術を扱っている。その剣は豪快かつ正確無比。巨体に見会わぬ速度で常に場所を変えて移動し、時には神獣の攻撃さえ易々と利用する。例え空中に打ち上げられても見事に切り返していた。

 負けられないと、ユリアスはその手中にある皇魔を構え直した。


「…」


 化物共を斬り、薙ぎ、穿ち、殺し、作った道をディアゼルが通り神獣に切り掛かる。

 真っ当な作戦だ。だが、敵はディアゼル一人では勝てなかった相手だ。

 何よりも必要なのは神獣の動きを阻害する事。その為のリンカであり、サクヤは神獣の操る精霊に働きかけ、邪魔をする。エリーはその護衛だ。全員が全員、各々の仕事をこなしていた。ユリアスもまた、己に出来る限りの事を探し、実行する。


「ロイク、ディアゼルに群がる敵を殺す。乗せてくれ」


 手早く指示を出し、黒馬へと変化したロイクに跨がり、走り出す。

 噴水は砕け、炎は広がっていく。血の匂いで満たされた戦場を駆け抜け、馬上から敵を刺し貫き、殺す。飛び掛かる化物を魔焔で怯ませ、槍で串刺し、持ち上げる。舞い散る血を吸血鬼(ヴァンパイア)の固有妖術『血力変換』で自身の魔力へと変え、そのまま死体に魔焔を纏わせると、背後の敵へと放り投げた。

 黒馬を操り、ディアゼルの足元に身を寄せた。彼の妨害を試みる異妖物を穂先で穿ち、槍の柄で殴り飛ばしながら、ディアゼルへと語り掛ける。


「いけるか?」

「…いやッ、厳しい。夜になればリンカの影が奴を喰らうが……」

「身体はそれまで持つのか?」


 結界は破れ、城にも敵が押し寄せている。どこかに籠って防衛戦をする事は不可能。何よりディアゼルは今も魔力が吸い取られている。夜まで待てば、ディアゼルの身体が先に壊れるだろう事は明白だった。


「……難しい」

「……短期で決めなければ」

「そうなる」

「何が足りない?」

「隙だ。隙さえあれば殺し切ろう」

「リンカにこの会話は」

「聞こえているであろうな」


 流石と言うべきは吸血鬼の聴力だろう。【契約】したことで身体が吸血鬼や悪魔に近付いているとはいえ、今のユリアスはそこまでの聴覚を持っていない。彼女は何も言わずとも自分で考え、臨機応変に対応してくれる。今、ユリアスとディアゼルが会話をする為に時間を稼いでくれているように。それらを踏まえ、彼女にならば戦場の大部分を任せても問題ないと見る。

 ディアゼルの言葉に微かに考え───


「……異妖物の相手をリンカに任せる」

「ユリアス殿は?」

「ディアゼルと組んで神獣の相手を」

「承知」


 殲滅力という点ではリンカの方がユリアスよりも高い。ユリアスもなりふり構わず魔焔を撒き散らせば殲滅は出来るが、燃やすモノと燃やさないモノを指定できる程、まだこの力には熟達していない。一度リンカに殲滅を任せる方が効率も良いと判断した。

 加えて、神獣の狙いは魔王であるユリアスだ。ユリアスが直々に前線に出る以上、神獣はユリアスを狙う他ない。そうなればディアゼルに割かれる意識は当然減る。アレにとっての目的はユリアスだが、脅威はディアゼルなのだ。そこの()()()()さこそが付け入る隙と見た。


『我ヲ前ニオ喋リトハナ!影ノ王ノミデ我ヲ抑エラレルト?甘ク見ラレタモノダ!随分ト余裕ラシイ!』


 二人の会話を遮らんと、神獣が魔術を行使し、蔦が唸りを上げてユリアスらに迫る。ディアゼルがそれを切り落とすと、リンカは会議終了と認識し、己の仕事へ移った。


「始まったか」

「うむ」


 影と血が蠢き、音もなく化物共を殺し、着々と敵の数を減らしていっている。そのことを生命が消える気配で感じ取りながら、槍を双剣へと変える。長剣よりも短い二振りの剣を構え直し、眼を細めて神獣を伺う。


『魔王…!ソウカ!魔王自ラ我ノ相手ヲシヨウト言ウノカ!良いイ。面白イ!来ルガイイ。殺シテヤロウ。殺ストモ!ソノ首、御方ヘト捧ゲヨウ!』


 竜のような、人のような巨怪は、嬉しそうに肩を揺らす。それと同時に放たれる巨大な樹の根を躱し、いなす。サクヤが妨害しているのか、僅かに動きが遅いが、大きさが大きさだ。避け損ねて喰らった傷は緋の煙となり、空気と混じって消えていく。傷と痛みに意識を絡め取られながらも、ユリアスは神獣へとすれ違いざまに刃を立てる。


「……ッ」


 竜のそれに似た甲殻は、その見た目に相応しい強度を誇り、幾ら切ろうと浅傷が残るばかり。ディアゼルの剣は効いてはいるが、それでも有効打と言えるものではない。神獣の攻撃がディアゼルに直撃することはないが、依然有利は神獣にある。ならばと、ディアゼルへと声を掛ける。


「…俺が奴の足を挫く。ディアゼルは温存してくれ」

「出来るのか?」

「やるしかない」


 神獣の攻勢は増している。神獣としてはディアゼルを早く殺してリンカの相手に移りたいのだ。これまで以上に精霊を酷使することで、蔦や根を使った攻撃の手を烈しくしていっている。

 槍を模った樹枝が地面から勢い良く()()、ディアゼルがそれを叩き壊す。槍衾をロイクが飛び越えるも、蔦の鞭が進行を妨害する。根が意思を持つかの如く波打ち、ユリアスを呑み込まんとする。それらの対応に皇魔を振るうばかりで、神獣へ近付くことさえ叶わない。

 アレは魔王城周辺に棲まう精霊全てを隷属させている。黒魔の森に憑く精霊は樹木の精霊のみではない。闇精霊や霧の精霊、実りの精霊も居るだろう。現状アレが樹精霊の力しか扱わないのは、恐らくはサクヤの妨害の成果だ。世界樹の木霊(ドライアド)と強い縁を持つ彼女は、精霊に働き掛ける事が出来る。だが、サクヤの助力あってさえこの様だ。樹精霊の能力さえ捌き切れない。質を伴った物量に、ユリアスは後手に回る他なかった。


(……どうする)


 アレに対して悪魔の術は効き目が薄い。それは魔法であってさえもそうだ。ユリアスが今持つ魔法は三つ。その内効果的な物はリンカの『影』の権能のみ。エリーから借り受けた『約束』の権能も、神獣相手にどこまで通じるものか。そも、神獣相手に此方に利のある約束を取り付けるのも手間だ。


(せめて片足……!)


 ディアゼルが集中的に攻撃を続けた事で、神獣の左膝は負荷が蓄積している。その脚目掛けてロイクを駆って距離を縮めていく。蔦が頭上を強襲し、左を樹根が迫り、転がり込んだ木の実が爆ぜて右側面を潰す。下から突き上げてくる槍から逃げながら、左の根を皇魔で切り裂き、迎え撃つ。空いた左の空間にロイクの身体を滑り込ませ、更に加速させた。押しては返し、波の如く命を狙う攻撃の数々を潜り抜けていく。

 段々と、神獣の持つリズムが読めてきた。ユリアスとロイクを狙うのは、神獣の意志の元行使される魔術群だ。ユリアスらの動きに応じて、それを迎撃する為に発動されている。ならば、その反撃を察すれば、どうにか躱す事は出来る。


「『霧の大地に請い願う……」


 詠唱と共に霊力、妖力を神器に伝わせる。脳が沸騰するような感覚に酩酊しながら、全力で大気から酸素を汲み上げる。ほんの微かな間隙を縫って、ロイクの足が地を蹴り進んでいく。障害を一つ跳び越え、二つ斬り捨て、三つ灰燼に換え、四つ、五つ、六つを加速で置き去った。遂に人馬一対が神獣に接触する。その間際、神獣の爪先が()()と持ち上がった。


「────!」


 足先で攫うようにして、神獣はユリアスらを蹴り上げた。身体が持ち上がり、浮き上がり、吹き飛ぶ。腹の中で内臓がぐるりと廻るような気配がした。風の切れる音が耳を掠め、それから少しして、背中に凄まじい衝撃が走った。最低限の受け身さえ取れずに城壁に打ち付けられ、倒壊した壁に埋もれる。


「ユリアス殿────」


 ディアゼルの声が聞こえる。してやられた。神獣の動きを読み、その攻め手の合間に付け入っているつもりが、その実誘われていたのは此方の方だった。足元に誘導され、痛烈な脚撃を喰らわされた。だがそれでも、あれだけ派手な攻撃を受けて尚、ユリアスの身体は健在だった。


「……ゥ……構うな」


 リンカ様々だ。以前のユリアスであれば、一溜まりもなく死んでいた。しかし、逆に捉えれば、上手く距離を稼いだとも言える。瓦礫の山から身を起こし、裂傷と骨折を癒しながら、ユリアスは目に映らないモノ達に向け声を上げた。


「精霊達、聞こえるか。()()だ」


 神獣と『約束』を交わしている余裕はない。そもそも、神獣本体に『約束』を結ぼうと効果がない。ならば、『約束』の相手を変えれば良いのだ。


「神獣に力を貸すな。俺達の邪魔をするな。対価は…後で決める」

『阿呆ガ!賢シラナ!』


 無数の傷が緋い霧と化して失せていく。ユリアスと同じく瓦礫から這い出たロイクへと、視線のみで変化(へんげ)の指示を出せば、その躰は黒い()に包まれる。


「ソレの言いなりが嫌なら、契約に応えろ」


 精霊達が騒めいた。強引に従わされ、権能を引き出されるのは苦痛だ。存在を磨り潰されるような苦しみが、精霊達を襲い続けている。それから逃げる為、ユリアスの提案を請けようとした精霊の動きを、神獣が引き留めた。


『何ガ契約ダ。馬鹿ラシイ。オ前ラハ我ガ僕。勝手ナ真似ヲ許スモノカヨ』

「サクヤ、一度で良い。精霊達を」

「…うん!」

『ア?』

「───ル、ォァッ!」


 呼気鋭く振り抜かれたディアゼルの大大剣が、神獣の脚部を強打する。剣撃のみに留まらず、焔を纏った左拳が、腹部に幾度も叩き込まれた。横合いからの攻撃に、神獣は堪らず応撃する。


『エエイ、オノレ!執念イ!茶々ヲ入レルナ、悪魔公!』


 ディアゼル目掛け拳を突き出し、弾くように振り払う。

 その、神獣の気が逸れた一瞬、サクヤの『眩惑』が、ほんの僅かに神獣の権能を上回った。その一瞬で良かった。精霊達の首を縦に振らせるには、その隙だけで十分だった。


『ナント!』


 『約束』は『約束』だ。それがどれ程適当な口約であれ、どれ程稚拙な契約であれ、結ばれたのなら、それは効力を発揮する。それがエリーの、『無情』の悪魔エリクシスの、【確約】の権能だ。


『ダガ所詮ハ魔術。我ガ権能ニ勝ルモノデハ…?否、コレハ…約束ノ!()()カ!』


 神獣から精霊の群れが引き剥がされていく。神獣は再び手繰り寄せようとするが、後一歩が足りずに終わる。動揺を露わにする神獣を他所に、ロイクの転身は完了した。

 筋張った肉体は更に雄々しく、骨格はもう一回り巨大に、逞しく。深い黒の体毛はそのまま、脚は()()()()に。ユリアスは変身を終えたロイクに跨り、号令を下した。


「ロイク!全速だッ!」


 その声に応じるように、彫刻が如き筋肉を誇示するように、黒馬は上体を逸らし、高く嘶いた。邪魔する物は最早存在しない。霧を引き摺り、風を突き破り、ロイクは忽ち最速に至った。その上で、ユリアスは神器を大戦斧へと変貌させ、魔術を練り上げていく。


「『霧の大地に請い願う……』」


 発動するのは水・闇を複合した【黒極理(ブラックロジック)】。ユリアスにあって、ディアゼルに存在しない長所は、まず第一に精霊に近しい存在でないこと。第二にこの水魔術だ。半ば魔法の域にあるこの魔術は、リンカも持たない手札であり、神獣の予想の内から外れた攻撃手段である。これを使わぬ手はない。


「『煙る息吹を我が元へ、黒が神気をこの腕に』」


 周囲には当たり前に霧が渦巻いている。霧とは『水』の魔術的属性を持つと同時に、『闇』属性も併せ持つ。特に、ここ南大陸の霧は黒神と縁深いモノとして扱われる。蠢く霧と闇、双方共に最高の触媒となる。それらを介して、神器に魔力が奔っていく。


「『汝こそは黒き者。八つ首の獣。(シシ)喰らいの大羊。熾天塞ぐ帷の君。屍束ねる嵐の王。神力通るに限り無く、汝が鋒、何人も妨ぐ事能わず』」


 禁術故に難度は高い。増して、揺れる馬の上(不安定な場所)からの術式構築だ。だが、ロイクの精神に動揺はなく、ユリアスを信じ切っている。ならばと己を信じ、不安と疑念を封殺した。


「『我、力及ばぬ人の身なれば。理成らざるその力、万象統べる彼の司、欠片ばかり拝借願う』」


 【確約】の魔法で精霊行使を封じ込めたとはいえ、所詮は悪魔の術であり、権能としての格も、数ある魔法の中で比べれば中の上。対して神獣の扱うアレは、上の中だ。綱引きになれば、負けるのは此方だ。なるべく速く、可及的速やかに、脚を一本持っていく必要がある。

 

「『霧纏い、闇を撚る。咎人降す裁きの司』」


 迷いなく魔術を織り上げていく。ユリアスの邪魔立てを試みる異妖物は、自身の影から伸び出た()()()に貫かれ、それでも止まらぬモノはロイクに轢き殺される。一直線に駆け抜けるロイクを遮るものは何もなかった。


「『”刃”が権能、借り受ける────!』」


 脳が煮え立ち、精神が融解していく錯覚。水属性魔術を行使するとなれば、決まって向かい合わなければならない副作用。それらを受けながらも、()()()という確信があった。魔術が纏まっていく。紡いだ言の葉が連なり、意味が結ばれていく。


『貴様……』


 霧が渦巻き、ユリアスの手元へと収束する。神獣が戦慄くと共に、それは結実した。


「【裁断】ッ」


 霧を纏い、白の反射光を纏った皇魔が、擦れ違い様に神獣の脚へと叩き込まれる。持ち得る全ての魔力を注ぎ込まれたその一撃に、神獣の装甲は罅割れ、骨に喰い込む程に神器は深々と突き刺さった。それを確認し、ロイクの勢いに手が離れるその前に、刃に集った魔力に、魔焔を引火させた。


『ガ、アアァァァ!?』


 魔焔とは魔力を燃やす焔だ。膨大な魔力は、そのまま内から焦がす火焔へと変じた。爆発的に焔が膨れ上がり、ロイクに乗って駆けるユリアスの背中を掠める。体内で盛る炎に、神獣の身体が拒否反応を示した。


『貴様ッ貴様キサマキサマ貴様貴様キサマ貴様ッッ!!』

「ッ!?」


 悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 神獣が地を踏み鳴らし、精霊の悲鳴が響き渡る。地団駄の勢いで地面が跳ね、その勢いに負けてロイクから飛び降りた。精霊達の悲痛な叫びに歪めた顔は、驚愕に塗り替えられる。

 砂埃が晴れ、そこにあったのは、傷が修復しては燃やされてを繰り返す甲殻の姿。それも遂には回復速度が上回り、傷は癒えていく。


「精霊を、喰ったのか……」


 樹精霊を喰らい、取り込む事で魔焔を魔力で塗り潰し、そして傷口を塞いだ。ほんの僅かな合間に響いた精霊の悲鳴にそれを察し、ユリアスは目元を歪める。


 刹那、神獣の全身から、強烈な憎悪の念が立ち上った。

 根だけでなく巨大な蔦がうなり、しなり、ユリアスへと喰らい付く。それに応じて、咄嗟に腰から黒剣を抜き取った。

 真上からの一撃を横に跳ぶ事で避け、地面から這い出る蔦を魔焔と黒剣とで斬り、燃やし、二本目の根を右腕を砕かれながらも絶ち斬る。右腕から緋い霧が立ち昇り、急速に癒えていく傷と痛みを無視し、次の攻撃に備える。


「グ、…」


 殆ど治りかけた右腕を構え、痺れる痛みに歯を喰い縛った。

 足を取る蔦を()で呑み、背後から超速で迫る根に魔焔を叩き込み、爆発音と共に引きちぎった事を確信し───


「!」


 襲い来るディアゼルと、その刃を無視した神獣は、ユリアスにその長い腕を振り抜いた。

 黒剣と左腕でそれを受け、そのまま凄まじい勢いで吹き飛び、なんとか体勢を整え、両の足で地面を滑る。


「…」


 神獣を睨み付ける。蔦、根。精霊を御する時は、必ず、ほんの僅かに、瞳が瞬く間もないほどに、それでも確かに神獣は隙を見せていた。獲物に止めを指す時ならば尚、油断する。それらを踏まえて態と足を崩して見せた。


『シマイダ!』


 これぞ好機と、神獣が大きく踏み出す。それを見て、ユリアスは、()()()()()()()()()()()()()()()()を変化させた。


『!』


 皇魔が融解し、神獣の血管に潜り込んだ。傷口を遡り、心臓までの道のりを、液状に変形した神器が直走る。血管がズタズタに切り裂かれ、神獣の身を激痛が襲う。


『ギ…グ、ァアァァアァア!!!』


 神器の侵入を留める為に、神獣は己の太腿を根で縛り、地面に膝を突く。殺意に染まった意志で、ユリアスの息の根を止めようと、喰い殺した精霊の力を行使する。


「リンカ」


 術発動時の小さな隙を、大きな隙へと広げてやった。そうして生まれた長い硬直。それを逃すな、という命令。リンカはそれに応えてみせた。


「【影縫い】」


 影が濃く、濃く、更に濃くなっていく。それでも起動し、ユリアスを殺そうとする大木の根を、サクヤが阻害し、ディアゼルが叩き斬る。


「捕らえなさい」


 神獣の影が蠢き、足下から神獣の全身を覆っていく。影は身体に絡みつき、満足に動くことは叶わない。あまりに呆気なく。神獣は自由を失った。

 最早身動きは取れず、扱えるのは喰らった精霊の力だけ。それもサクヤに阻害される始末。サクヤの力は、精霊のものを元に編まれた力故に、神獣相手ではその真価を発揮できない。だが、高位魔法の域にまで達している彼女の力は、例え神獣が耐性を持っていようと、十分な働きをする。

 先程から掛けられていた『眩惑』が正しく発動した。神獣が精霊を使役し、足掻こうにも、惑わされ、何一つ許されない。


 身動きの取れない神獣に、ディアゼルが迫る。いよいよ、止めの時だ。

 縛焔に絡まる鎖は解け、赭の炎へと変わった。腕に赭の魔力を纏い、その神器、『縛焔(レーヴァテイン)』を水平に構え────────









 嫌な予感がした。

 ディアゼルは、あの日、ユリアスの部屋を訪れた日、そして、つい先程、何と言っていた?



『この命を賭して』


 そう言っていた。確かに、言っていた。

 彼がしようとしていることを、理解してしまった。

 それは刹那の理解だった。

 悪魔公の力を借りた以上、ユリアスにもその知識がある。無意識の中に潜んでいた知識と知識が結び付き、答えへの道筋を形作った。


 嫌な予感がした。

 神器の効果は、その焔を縛ること。あの赭い鎖は、悪魔公の魔焔を封じるモノだ。

 そして魔焔とは、()()()()()()()()()炎だ。だからこそ、鎖によって魔焔を縛っている。アレは、悪魔公の持つ過ぎたる熱を抑える為の拘束具なのだ。


 ならば、それが解ければどうなる。




「『七門開錠』」


 神器に付いた錠前の全てが音を立てて開き、鎖が解け、焔へと変わっていく。赫い焔を纏い、縛るもののなくなったその大剣は、煌々と輝く。正しく、太陽の如く。


「『我が肉体を捧ぐ』」


 四肢が悲鳴を上げ、呼気に火の粉が混じった。


「『我が精神を捧ぐ』」


 瞳が煌々と瞬き、浅黒い肌から蒸気が吹き立った。


「『我が魂を捧ぐ』」


 その神核(心臓)が、赭く燃え始めるのが分かった。


「『─────我が身全てを捧ぐ』」


 戦場に立つ(ディアゼル)が剣を掲げ、粛々と宣言した。

 彼の種族は悪魔であり、悪魔とは対価と引き換えに魔力を強化する術を得意とする。それは悪魔術(デビルトライ)と呼ばれる術。十を捨てて十を得る、百を捨てて百を得る魔術。そして、その魔術は、捧げる物の価値が高ければ高いほど強く効果を発揮する。


 確信した。全てを悟った。







「ディアゼルッ!!」



 振り向き、誇らしげに口端を持ち上げる、その顔に命じた。


「『止めろ』ッ!」


 エリーの権能、【確約】の権能を以て、それを留めた。


「な、にをッ!?」


 『我は陛下の命令に従う』と言ったその誓いを、宣言を、『約束』として、彼の肉体を縛った。がくん、とディアゼルの動きが詰まり、その神核から輝きが褪せていく。縛焔(レーヴァテイン)に宿った赭の魔焔は鎖へと戻り、その圧は失せていった。


「俺が殺す」

「何故! 我が身、この身一つで良い! アレを屠るには、『魔王』にならねば……」

「貴公が死ぬより、余程()()だ」

「……ッ」



 魔王、その力の根源へと手を延ばしながら、思う。


 魔王になりたい訳ではない。しかし、これは元から解っていた事なのだ。それを承知でありながら、それでも、とユリアスは剣を取った。背中の少女を助ける為に。結局、こんなものは自己満足だ。それだって解っている。

 ただ、簡単に諦められるなら、こんな事にはなっていなかった。


 それに、それが例え醜い自己満足であれ、自己肯定であれ、自己救済のためであれ、ユリアスは大切に想った(ひと)を助ける為にこそ、剣を取った。運命を背負った。ならば、貫き通すのが道というものだ。

 運命への恐怖はあった。だが、躊躇いはない。あるものか。


「【大権(レガリア)】」


 心臓から、【黒】が溢れた。


悪魔公について:

『魔界が真中に玉座ありき。それを守護する王ありき。

 愚かにもその怒りに触れし王国、一夜の後に砂漠と化せり。驕るなかれ。喚ぶなかれ。その名を口にするなかれ。

 彼こそは悪魔公。畏れるべき悪魔の王。火山が化身にして魔界全土を統べる者。

 彼こそは悪魔公。竜と交わり、鬼と交わり、数多の魔と目合った者。

 彼こそは悪魔公。魔王が財の源なり』


『語り屋モルク老の語り』 より一部抜粋



 過去、悪魔公を喚び、彼を使役しようとしたことで怒りを買った国は幾つか存在した。その内の一つ、かつてカルヲ王国と呼ばれた国は、悪魔公の魔焔によって砂漠へと変えられてしまった。現在のカーウィル砂漠である。魔力の枯れたこの砂漠は、未だ尚作物の育たない不毛の土地であり、悪魔公の焔が燻っているとされている。


『最もうつくしいひと』 チャーネル・カーデアン著 より一部抜粋

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