みながアンに着いていくと
「みながアンに着いていくと言ったのですか?」
お茶の時間に王妃様が私を見て言った。目を少しだけ大きく開け、片方の眉だけを上げている。
王妃様かお茶の時間でもとても優雅にされるので、こんなふうに感情を見せてくれることは珍しい。
「私、というよりもオズにかもしれません」
音を立てずにティーカップを置く。一年生の時は王妃様とのお茶の時間は苦痛でしかなかったけれど、今はとても楽しいひととき。
紅茶を浴びせられ、泣いて帰ったあの日が嘘みたいに思う。
あの日は王妃教育が辛くてオズに慰めたもらったなあ。あのときオズから王妃様の気持ちを教えてもらったから、今まで頑張ってこられたんだと思う。今では王妃様のことをとても尊敬しているし、母と同じくらい大好きだ。
「アン、謙虚なのは美徳ですが、過ぎれば侮辱にもなりますよ」
王妃様は自虐混じりの私の言葉に眉を少し寄せた。
「アンの仲間たちはアンのことを信頼し、ともに領地を作り上げていきたいと思ったからこそ、この先の人生を賭けてもいいと思ったのでしょう。その気持ちを無下にするような言葉は許されませんよ」
「……、はい。すみませんでした」
「わかればよろしい」
口の端が少しだけ持ち上がる。王妃様は『表情で国を動かすことがあるから常に鍛錬しなさい』と言って、こういう時でも私を鍛えてくれている。だから感情がわかるのはほんの少しの動きだけ。口の端があがったってことは喜んでくれたんだろう。
「たしかにオズワルド殿下は人を惹きつけます。努力家で、勤勉で、たった2年で魔法剣士としても頭角を現していると聞きました。魔法騎士団の団長が辺境の領主にするのはもったいないと陛下に嘆願しに来たほどです」
うわあ、さすがオズ!
オズを褒められると自然と頬が緩む。オズの魔法はこの国に来て急成長したから、魔力の制御にとても苦労してた。最初は私と手を合わせて魔力をお互いに巡らせるところから始め、今は自由に好きな分を引き出して使えるようになっている。
「これ、そんな風に表情にすべて出してはいけません」
王妃様はふうっと息を吐きだすと、表情をやわらげた。今日の鍛錬はひとまず終わったらしい。
ふわり、といい香りがする空気が動き、顔を上げると王妃様が私を抱きしめていた。
「あと半年で卒業ですね、アン」
「はい」
「ああ、アンが辺境に行ってしまう日が近づいていると思うと、私も寂しい。アンはよく私に付いて来てくれました」
最初の頃は怖かった王妃様が今ではこんな風に私のことを思っていてくれる。それがとても嬉しい。
「こうなるとオズワルド殿下がちょっと憎いですわね。いっそ魔法騎士団長に協力して、辺境行きはなしにしましょうかしら?」
「ええっ!?」
「ふふ、冗談ですわよ。アンったら本当にかわいいんですから」
王妃様はそっと私から離れた。
「アン、王妃教育はそろそろおしまいです。残りは貴女が何をすべきか考えて行動なさい。いいですね?」
そう言うと、王妃様は私の頬にキスをした。
「アンのくるくる変わる表情がとても好きですよ。王妃としては欠点ですが、公爵夫人としては武器になりえます。アンはアンの道を行きなさい。時々わたくしのことを思い出してくれれば本望です」
それでは、と言った後、王妃様はきりりと表情を引き締め、陛下の元へ戻っていった。多分この後は陛下と仕事をなさるのだろう。
「ありがとうございます」
私は王妃様の後ろ姿に深く頭を下げた。
寮に戻ると、入り口のところでオズが待っていた。
「お疲れ様、アン」
馬車から降りる私をエスコートし、いつものように男子寮と女子寮の間にあるベンチに座る。そのままどちらかの部屋に行ってお茶を飲む日もあるけれど、今日は胸がいっぱいでそんな気持ちになれない。
ぼうっとしていたんだろう。オズが心配げな顔で私を覗き込んだ。
三年生になってさらに男らしい顔つきになって、とっても格好いい。こんな素晴らしい人に愛されているなんて、と幸せをかみしめる。
「そろそろ王妃教育がおしまいになるの」
オズの肩に頭を載せて呟く。オズはそっかーとだけ言い、優しく頭を撫でてくれた。
「がんばったね、アン。おめでとう」
「ありがとう。オズのおかげだよ」
「いやいや、アンが頑張ったからだよ」
「そんなことない。オズが支えてくれたから」
そのまま体を滑らせてオズの胸に額を押し付けると、オズは腕を伸ばして私を囲ってくれた。頭に小さくキスを落とし、そのまま額を私の頭に乗せる。
「これでやっとアンをお嫁さんにできるんだね」
嬉しい、と言いながら額をぐりぐり押し付けてくるオズ。子どもの頃と変わらない仕草に自然と笑みがこぼれた。
「これでやっとオズにもらってもらえるね」
ふふ、と笑う。
そうだね、とか、やったー、とか、そんな感じの返事がすぐに帰ってくると思ってたのに、沈黙が続いた。
もらってもらうなんてはしたなかったかな、と恐る恐る顔を上げると、耳まで真っ赤になっているオズが目に入る。
「……、アン、それ、反則」
「え?」
「可愛すぎる。今すぐ食べたくなるくらい」
「ええっ!?」
「でも今はこれで我慢しとくね」
そう言うと、オズは私の顎に手をかけ、そのまま唇を合わせた。
深いキスが長く続いて、しばらく体が言うことを聞いてくれなくて困った。
次の日、クラスの皆様や下級生に『ラブラブが過ぎます!』と揶揄われてしまい、恥ずかしくて一日中顔が赤かったけど、仕方ないと思う。
私もいつかオズみたいに『羨ましいか!? はっはっは!』ってできるといいなあ。
読んでいただいてありがとうございます。
少し間が開いてしまいました。卒業まであと少しなので終わるよう頑張ります。




