エンコサイヨウ7周年記念外伝①:宵闇ランナウェイ(下)
「さて、どこへ行くための情報が欲しい?」
自分を見下ろす彼の目を見ると、思ったよりも若い――20代前半程度であるように見える。ただ、今は彼の年齢など気にしている場合ではない。ユカは背後を気にしながら、彼に情報提供を促した。
「ここから最短距離で行ける、人目が気にならない場所」
「了解。じゃあ……うん、この横断歩道渡るから」
刹那、「信号が変わるまで待つ」という決断をした彼に、ユカは思わず目を見開く。
「うぇっ!? そ、そげな悠長なことでよかと!?」
「だって最短距離って言ったでしょ、お姉さん。信号変わったらダッシュね」
「そ、それは……っていうか、なしてあたしのこと、さっきからお姉さんって……」
どうしても気になっていた。普通であれば、見た目が小学生……どう見積もっても中学生以下である彼女のことを、お姉さんとは呼ばない。全ての女性に対してそう呼んでいる可能性も否定出来ないけれど、彼の言葉にはなにか確信がある、ユカは直感でそう思った。
彼は疑惑の目を向けるユカの方を見る……こともなく前を見据えたまま、歩行者信号の横に表示される残り時間を確認しながら、軽妙に返答する。
「え? だってそうでしょ? それとも若年寄って呼んだ方がいい?」
「もう何でもよか……好きにして」
ユカは半分投げやりな気持ちで息をつくと、彼に倣って歩行者信号を見上げた。次の瞬間、車道の信号が赤に変わり――
「――じゃあ、いくよ。ついてきてね」
刹那、彼は長い脚を大きく踏み出し、横断歩道を駆け出した。ユカも慌てて彼の後に続き、ピンクの頭を見失わないように自分の足を動かす。
彼は商店街を50メートルほど直進した後、不意に、路地の方へ右折した。ユカも慌てて後に続くと、彼は路地を更に20メートルほど進んだところで立ち止まり――ある方向を指差す。
「ここは、どう?」
「え? ここ……神社?」
路地裏、建物に挟まれるような位置に、赤い鳥居とのぼり旗がひっそりと出現したではないか。鳥居の先には20メートルほどの砂利道が続いているが、暗さもあってその先は不鮮明。今、ユカたちが立っている路地裏も含めて、見える範囲に人の気配は感じられない。
商店街から少し離れただけで、世界は、こんなに静かになり――隔絶される。
「こげなところに……」
「この砂利道の奥、突き当りを曲がったところには本殿があるよ。もう、社務所も終わってる時間だから……大きな音を出さなきゃ大丈夫なんじゃないかな。ちなみに縁結びで有名な神社らしいね」
「うっわ……」
偶然が生み出した皮肉めいた結末に、ユカは苦笑いで肩をすくめた。そして彼を見上げ、軽く頭を下げると、ずっと気になっていたことを口に出す。
「ありがとうございました。あの……失礼ですが、どなた様ですか?」
至極当たり前の問いかけに対し、彼はサングラスをかけ直しながら、爽やかな笑みでこう言い放つのだ。
「あ、それは別料金だね」
「なして!?」
「当たり前じゃん。1つの情報に対して、1つの見返りって決めてるの」
だったらさっきはオフショルとロングヘアーって2種類の情報を与えただろうがという苛立ちを文句と一緒に飲み込んだユカは、負けてたまるかと必死に食い下がる。
「さ、さっき、外見的な特徴だとサービスって言ってくれたやんね!! ほ、ほら、サービスしてよ!!」
「あぁ確かに。じゃあいっか」
意外にも素直に頷いた彼は、「そうだね……」と数秒間考え込んで。
「世渡り上手なピンク髪と会った、ってシュガー君に伝えてみると通じるんじゃないかな」
「は? しゅ、シュガー……あ、さとう……」
暗に「政宗に聞け」と言われたユカが、「じゃあ、好きなタイプくらい本人に聞けばいいのでは?」と首を傾げていると……彼はくるりと踵を返し、「じゃあねー」とその場から立ち去ってしまった。
その背中に、何の迷いもない。
「あ!? ちょっ、えぇー……!?」
その背中は迷わず来た道を戻り、商店街へ続く角を曲がって見えなくなる。
「な、何やったとやか……結局、政宗の知り合いなん……?」
まるで狐につままれたような気分だが、今は、こんなところで呆けている場合ではない。
「さて、と……切り替え切り替えっ!! まずは、証拠写真ば残さんといかんね」
鬼ごっこを終わりにしなければ、ユカは自宅へ帰れないのだから。
先程いなくなった彼に案内された神社は、入り口は商店街から一歩外れた裏道沿いにあるのみならず、鳥居をくぐってから更に本殿までは砂利道が伸びている。先程の彼が言った通り、20メートルほど先に曲がり角があるようで、ユカが立っている入り口からは、社を拝むことは叶わない。
要するに……この砂利道を奥まで進んでも、不法侵入で咎められることはない。参拝客か迷子を装えばいのだ。そして、自身の身も隠しやすい。
逃げられないリスクはあるけれど、もとより逃げるつもりなどないのだから丁度よい。ユカは持っていた荷物を一度地面に置くと、専用アプリを起動したスマートフォンを改めて構える。相棒のハサミはケースを外し、ズボンのポケットの中で準備万端。そして、ゆっくりと呼吸を整えながら、その瞬間を待った。
数分後、神社の入り口に、先程の少女がゆっくりと姿を表した。距離が離れたことで、もしかして……追ってこれない、もしくは諦めたのではないかと思っていたけれど、あれだけ明確な悪意があったのだ。そう簡単に開放してくれないのは当然のことだろう。
ユカは少女の方へスマートフォンを向けて、彼女の全身を一枚、写真に収めた。刹那、フラッシュが一瞬だけ辺りを眩しく照らし出し、少女の異様な姿をぼんやりと浮かび上がらせる。その凄惨な姿から、事切れる直前に何らかの悲劇が発生していたことは容易に想像出来るけれど……それが、ユカの行動を止める理由にはならない。
一瞬、名前などを聞いてみようかとも思ったが……目の奥に微かな鈍痛を感じ、長期戦は不利だと判断を下す。
残っている『関係縁』は1本。それを迅速に対処して終わりだ。
宵闇の風を受け続けて乾き始めた唇を舐めてから、前を見据え――持っていた荷物をその場に置き、ハサミの柄を握る。不幸にも一瞬で消えることが出来なかった、少女がこの世界で生きていた残り香を、完全に消し去るために。
これが、今の自分が成すべきこと。
己の意思で選び、歩もうとしている『道』だから。
「しっかり言葉も聞けんで申し訳ないけど……あたしはまだ、そっち側にいくわけには……いかんけんねっ!!」
自分自身に言い聞かせるように吐き捨ててから、砂利道を蹴り飛ばして前へ進んだ。
ユカから近づいてきたことで、少女の動きが少しだけ止まる。『縁故』にとって最も危険な瞬間は、対象に近づいて『関係縁』を掴むまでの瞬間だ。逆に言ってしまえば、この瞬間さえクリアしてしまえばいい。そのためには、相手にもっと油断してもらう必要がある。
ユカは右手にハサミを握りしめ、左手で自身が被っていたキャスケットのつばを握ると――それを取り去り、勢い任せに前方へと高く放り投げた。
暗い夜空に帽子が高々と舞い上がる。少女は思わず、帽子の軌跡を追いかけようと視線を上に向けて――
次の瞬間。
帽子は、パサリと砂利道の上に落ちる。
追いついたユカはそれを拾い上げると、軽く汚れを払うように手で叩いてから……静かに定位置へと戻し、右手に持っていたハサミの刃をケースの中へ。
パチン、と、ケースが定位置に収まった音が響いた瞬間、首筋の冷や汗を撫でるように、夜風が吹き抜けていった。
『はぁっ!? 一人で『遺痕』に対応したぁ!?』
数分後、ユカからの簡素なメールに気づいた政宗からの鬼電に仕方なく出て、簡単にあらましを説明すると……電話の向こうの支局長様が、漏れ聞こえる居酒屋の喧騒に負けない大声を張り上げている。うるさすぎて、反射的にスマートフォンと耳の距離を取った。
ユカは今、仙台駅へと続く商店街に戻ってきて、点在するペンチに腰を下ろしていた。時刻は間もなく19時になろうかという頃。時間外労働と極度の緊張で空腹極まりない状況なので、この電話を早めに終わらせてさっさと帰りたい。
『ケッカ、聞いてるかケッカ!?』
「聞いとるって。だって、しょうがないやろ? 緊急事態やったっちゃけん。政宗か統治の到着ば待っとったら、あたし、生きとらんよ?」
脅すように淡々と事実を突きつけると、電話の向こうの彼は『そ、れは、まぁ……』と、口ごもってしまった。
「とにかく、こっちは無事に終わったと。やけんが政宗も、始まったばっかりの宴会、抜けてこんでよかけんね。ケッカちゃんは直帰するっす。詳しい報告は明日でよかやろ?」
『あ、ああ。お疲れ様。助かったよ』
「よかよ。あ、そういえば……政宗、一つだけ早急に聞きたいっちゃけど」
『なんだ?』
早急、というユカの言葉に、政宗の返事に緊張がのったのが分かった。そんな彼へ、本日最大の疑問をぶつける。
「政宗を『シュガー君』って呼ぶ、世渡り上手なピンク髪の男性に心当たりって、ある?」
次の瞬間、電話の向こうで『マジかよ……っていうかこの時間にうろついてんのかあの人……!!』という、なんとも言えないうめき声が聞こえてきたので。
とりあえず……薬にも毒にもならないような関係なのだろうと結論付けて、ユカは電話を切った。
そんな電話と同時刻。
ピンク髪の彼は、仙台駅西口の2階、待ち合わせの定番スポットでもあるステンドグラス前にいた。サングラスは外しており、周囲をなんとなく見渡している。
相当に目立つ容姿のため、行き交う人がチラチラとこちらを気にしているけれど……そんな視線、今更すぎて特に何とも思わない。
だって……外見なんて、外面なんて、いくらでも取り繕うことが出来る。
その奥にある真意を隠すための、殻でしかないのだから。
「――セトさん」
次の瞬間、自分を呼ぶ見知った声が耳に届き、セト、と呼ばれた彼は、黒目を動かして対象を探す。
そして――
「よう、仁義。仙台で会うなんて新鮮だな。元気してたかー?」
彼の方へ近づいてくる柳井仁義に軽く手を挙げると、口元に人懐っこい笑みを浮かべる。
世渡直生、彼は……仁義が生きるためのもう一つの手段を教えた人物だ。
Q:結局、セトさんは何者ですか?
A:仁義に情報収集のコツを伝授してくれた人です。8幕でもうちょい詳しく出てくる予定です。
Q:シュガー君慌てすぎじゃない?
A:彼はセトさんに『いくつも』弱みを握られており、ユカがセトさんと接触したことでその弱みが増えたことを悟ったのです。だから、慌てるのはしょうがないですし、身から出た錆なのです。
Q:なんでピンク髪なんですか?
A:某アイドルさんが似合っていたから……。
久しぶりに主人公が仕事をしているシーンを書きました。動きがあるシーンが苦手すぎて課題です。精進します……!!
作品も8年目、二桁がおぼろげに見えてきました。今後も自分のペースを守って発信していければと思いますので、お時間がある時によろしくお願いいたします。
すぺしゃるさんくす:狛原ひのさん
彼女のこのイラストを見せていただき、急遽、セトさんは本文でサングラスをつけました。
この怪しさがたまらんのです。目がちょっと見えているのが最強なのです。本当にありがとうございます……!!
そして気付いたら挿絵が増えていたんだ……ま、まさか令和になってもこんな幸運があるとは!!
ハイパーカッコいいセトさんと、困惑するお姉さんを描いてくださったのは、おが茶さんです。本当にありがとうございます……!!




