2017年華生誕祭小話・カウントダウン(1)
2017年の名波華姉さんに関する小話は、来年の桂樹や蓮の誕生日あたりと連動して、「どうして第1幕の事件が起こったのか」を、少し詳しく掘り下げたいと思います。
そして、生前の彼女を知る新キャラの涼子ですが、『エンコサイヨウ』を隅々まで読んでくださっている方なら、彼女が何者なのか分かると思いますよ。
加えて、このエピソードには、東日本大震災や津波を連想させるような描写、そして、霧原の主観が、いつも以上に強く記載されています。
この物語はフィクションであり、登場する地名、人名などは、現実のものと一切関係がありません。また、本文中に記載されている内容は、重ねてになりますが霧原菜穂の主観であることを改めてお断りしておきます。
それらをご了承の上、読んでいただけると嬉しいです。
主な登場キャラクター:支倉涼子(新キャラ)、桂樹、華
名波華。
その名前の由来は……とても単純。彼女を産んだ母親から一文字拝借しただけだ。
名前を見て、『どの女との子どもなのか』を分かるようにするためだけに。
そして、そんな由来を知る人物は……もう、この世に1人しかいない。
「――ふぅ」
車を所定の駐車場に止めて、彼女はサイドブレーキを引きながら軽く息をつく。
三陸自動車道を使って約1時間、実際には初めて訪れる場所だったので、カーナビだけ、しかも1人でたどり着けるかどうか不安だったけれど……何事もなく、無事にたどり着くことが出来た。
これもまた、『彼女』が導いてくれたからなのか。
無地の紺色のワンピースの下には黒いタイツと黒いパンプス。助手席には同系色のロングコートとハンドバッグ、その隣には供花が置いてある。
肩の下程度まで伸びている髪の毛を、バックミラーで少し整えてから……彼女は助手席の荷物を持って、まだ風の冷たい3月の仙台市沿岸部へ降り立った。
彼女の名前は支倉涼子、華の大学時代の後輩であり、生前の彼女をよく知る人物である。
4年前の災害で多くの人が亡くなり、未だ行方知れずとなっている仙台市の沿岸部。
その一角に整備された共同の慰霊碑前にある献花台に、彼女――涼子はそっと、持ってきた花を置いた。
この時期は特に、多くの花や飲み物、食べ物が供えられている。しかし今、この場所には涼子1人だけ。駐車場でここから出ていく車とすれ違った程度だ。
海沿いの強い風が容赦なく吹き付け、沿岸の工事を進めている重機の音が、どこか遠くに聞こえて……まるで、世界から隔絶されているかのような、そんな印象さえ受ける。
だって、この周囲には……何もないのだ。
美しい景観を生み出していた木々は、根こそぎ持っていかれた。
家は流され、基礎だけが残った。
学校、工場、店舗など、生活を支え、人々を集めていた場所は内地に移転せざるを得なかった。
人が集まらなければ、この場所には何も残らない。
ここに誰かの生活があったこと、ここで誰かが生きていたこと、その全ては消失して、戻ってこなかった。
「華さん……」
彼女はボソリと故人の名前を呟いた後、乾いた青空に向けてそびえ立つ慰霊碑を見上げてから……頭を垂れて、手を合わせる。
3月とは言え、東北はまだまだ風が冷たい。彼女の髪をはためかせ、容赦なく指先の感覚を奪っていく。
頭をあげた彼女は、指先に自分の息を吹きかけながら……慰霊碑の隣にある説明用の立て札へと視線を移した。
ここで、何があったのか。
そして、『彼女』に関する記述は――どこにも、ない。
「本当だったんだ……」
涼子が落胆した様子でボソリと呟いた次の瞬間、第三者が地面を踏みしめる音が聞こえた。そして……。
「……支倉、さん?」
まさか名前を呼ばれるとは思っておらず、涼子は慌てて振り向き、相手の顔を確認した。そして……。
「名杙君……こんな場所で会うなんて、凄い偶然だね」
黒いスーツ姿でそこにいたのが、同じ大学で同級生だった名杙桂樹であることを確認し、肩の力を抜いた。
涼子と桂樹は、学科は違うものの、同じ年の4月に入学した同級生だった。
社会福祉について学ぶために志願して入学した、仙台市内の私立大学。その中で興味を惹かれて参加してみた学外活動を主としたサークルで2人は出会い、そして……。
「いらっしゃい、興味を持ってくれて嬉しいな。私は名波華、福祉心理学科の3年生。ここでは部長の次に偉い人ってことになってるから、どうぞ宜しくね」
そこで二人を含む新入生を出迎え、説明役として話をしてくれたのが、当時副部長を任されていた華だった。
涼子は華と初めて出会った時、その堂々とした立ち居振る舞いに圧倒されたことを覚えている。それは決して一方的な威圧感ではなく、自分の話を最後まで聞かせてから、「何か質問はある?」と優しく問いかけてくれる、場の雰囲気を作り上げる才能が突出しているように感じていた。
長く艶やかな黒髪をなびかせ、とてもチャーミングに笑う。そんな彼女の姿にも憧れて、涼子はこの活動に参加することを選んだ。
「支倉涼子です。幼い頃からずっと『スズ』って呼ばれてますので……そう呼んでもらえると嬉しいです」
「宜しくね、スズちゃん」
自己紹介の後、真っ先に自分をあだ名で呼んでくれたのも華だった。
このサークルの主な活動内容は、仙台市内やその近隣にある児童福祉施設を訪問し、入所者の子どもとコミュニケーションをとったり、クリスマスなどのイベントでは出し物を企画したり、サークルの卒業生で立ち上げた子どもに関するNPO法人の活動を手伝ったり……学校の勉強と並行して用意しなければならないことも多く、子どもと楽しく遊べればいいと思っていた涼子の理想は、最初の2ヶ月で砕け散った。特に涼子は実家のある石巻から、日々電車で1時間以上かけて通っていたこともあり、日中の授業を終えて、サークルに顔を出して活動に参加し、家に帰って翌日の用意、ともなると、日付を超えないことの方が珍しい日々が続く。殊更1年目は必須科目に英語や外国語などの一般科目が含まれており、専門的な勉強というよりも、高校時代の延長のような気がして……自分が学びたいことは何だろう、と、時折迷ってしまうことも多かったように思う。
ただでさえ慣れない環境に自分から飛び込んだ。今までは石巻で、顔見知りばかりの世界だったけれど……この大学はスポーツに力を入れていることもあり、全国から人が集まってくる。正直、高校からの知り合いなど誰もいない、全て最初から積み重ねなければならないのだ。
笑顔は得意だ。けれど……神経を使うことも、また事実であり。
でも、自分が選んだ道、選んだ学校だ。決して安くない授業料を負担してくれる両親や、応援してくれている家族、友人のことを考えると、この程度のことで音を上げるわけにはいかない。
そう思えば思うほど、心と身体が乖離してしまい……後に友人から聞いたところによると、その時の自分は、笑顔が顔に張り付いたようだったらしい。ちっとも自覚がなかったけれど。
そうやって自分を騙して過ごしてきた6月下旬、いつも通り授業を終えた涼子は、サークル棟の中にある部室へ顔を出した。10畳ほどの広さがある部屋の中には既に数名の上級生が集まっており、その中央に長机を3つほど並べて置いた上で、擁護施設に寄贈する七夕飾りの用意に追われていた。
「お疲れ様です」
荷物を部屋の脇にある所定の棚へ置いた涼子へ、上級生の男子学生が笑顔で近づき、彼女へとあるリストを手渡してくる。
「スズちゃん、悪いけど今日も、ここにある備品のチェックを頼んでいいかな?」
それは、昨日から頼まれている作業。室内にあるハサミやコピー用紙の束の数などの備品が、リストと実数でどれだけの差異があるのかをチェックしていく。補充の検討や過剰なものはないかなどをチェックするためには、必要な仕事だ。
誰かがやらないと、必要な時、必要な備品が足りないことになる。しかしそれは元々彼が頼まれていたことであり、たまたま一昨日手伝った涼子の手際が良かったため、昨日から「これはスズちゃん1人で大丈夫だよね」と、押し付けられてしまった仕事なのだ。
備品は全て、部屋の片隅にある棚にまとめられている。しかしどこに何があるか分からない涼子にしてみれば、順不同のリストが好き勝手に指定する備品を探すだけでも一苦労だ。それに、1人だけ外れた場所での作業になるため、話の輪の中に入ることが出来ない。現に、先にここで飾りを作っていた、桂樹を含む同学年の数名は「断りなよ」という目線を送っていた。
しかし……相手は上級生である。そして、他の上級生の誰もがそれを咎めないということは……誰もがその役割を、自分に望んでいるということ。
ここで波風を立てると、居づらくなってしまう。
そう思うと、自分の意見など言い出せるはずもない。
「はい、分かりました」
涼子が笑顔でそれを受け取ると、彼は「ありがとう、助かるよ」と謝辞を述べて、自分は他の仲間と共に七夕飾りを作る作業に戻る。
本当は自分も、飾りを作る作業を手伝いたいのに。
涼子が心のなかで諦めのため息をつきながら、昨日どこまでチェックしたかとリストを1枚めくった次の瞬間――
「――こんにちはー」
よく通る声と共に、華が部室に顔を出した。場の雰囲気が明るくなり、挨拶が飛び交う。
自宅の用事で彼女は1週間以上顔を出していなかったのだが、そんなことを感じさせない様は流石だと思った。
「スーズちゃん、こんにちは」
「こ、こんにちは名波先輩……!!」
すれ違いざまに声をかけられ、涼子はリストを両手で握ったまま軽く会釈をする。華は笑顔で通り過ぎようとしたのだが……数歩進んだところで立ち止まり、くるりと踵を返した。
そして、今度は涼子の正面に立つと、彼女の顔を覗き込み……手元のリストに視線を落とす。
「スズちゃん、そのリスト……部長が確か相田君に頼んでいたはずだけど、どうしてスズちゃんが持ってるか、教えてくれる?」
「え? あ、それは……」
涼子が答えられずしどろもどろになっていると、華は左手を腰に当ててため息をついてから……既に視線をそらしている彼――先ほど、涼子にリストを押し付けた張本人をギロリと睨んだ。
「相田君、ちょっとこっち来てくれる?」
「……ハイ」
観念した様子で椅子を立った彼が、すごすごと2人のところへ近づいてくる。華は涼子の手からそっとリストを抜き取ると、やってきた彼に笑顔で押し付けた。
「相田くん、君はいつからそんなに偉くなったの? 手伝ってもらうならまだしも、まだ慣れない1年生に全部押し付けて……就活で4年生がいないことも多いからって、ちょっと気が大きくなったのかな?」
「そ、そんなつもりは……ただ、スズちゃんの方が手際が良かったから、俺よりも彼女の方がいいかなって――」
「――言い訳はみっともないよ。スズちゃんの優しさに甘えて、上級生として恥ずかしくないの?」
ピシリと言い放たれ、彼はそれ以上何も言えなかった。そして、華は自分から目をそらしている2年生と3年生を見渡してから……スズの方を見て、深く頭を下げる。
「ゴメンね、スズちゃん。こんな状況で言い出せるわけないのに……嫌な思いさせちゃって」
その姿に、涼子は慌てて頭を振って、頭をあげるように懇願した。
「か、顔をあげてください!! 何も言えなかった私もいけなかったんですから……!!」
「ありがとう。でも、これはこの場の雰囲気がスズちゃんを追い詰めちゃったんだと思う」
顔を上げた華は涼子を見据えて、優しく言葉を続ける。
「このことは部長にも報告しておくわね。あと……これからも何かあったら、私でも他の幹部でも誰でもいいから伝えて欲しいな。直接言いにくいなら、メールでも大丈夫だから」
「はい、分かりました」
「まだ慣れないことが多いから、緊張することも多いかと思うけど……少なくともここでは、何も我慢する必要はないんだからね」
自分の状況を理解して、優しく受け入れてくれること。
そんな人がここにいてくれることが、素直にありがたいと思える。
「……はい、ありがとうございます」
彼女の物言いに安心した涼子は、久しぶりに肩の力を抜くことが出来た。
その様子を確認した華は、どこか満足そうに頷いた後……リストを持って決まりが悪そうにしている彼に、いたずらっぽい視線を向ける。
「あと……相田くん、君、後で私とスズちゃんに、飲み物とコンビニスイーツくらい買ってきなさいね。ここで女子のハートを取り戻せないようじゃ、彼女なんか夢のまた夢よ」
「分かりました……って、どうして華さんにまで俺が買わなきゃいけないんですか!?」
「いいでしょうそれくらい。流れ弾だと思って諦めなさい。あと、買ってくれるんなら……その仕事、手伝ってあげてもいいわよ?」
そう言ってニヤリと笑う彼女に、彼もまた、肩をすくめて了承する。
2人が連れたって、備品が置いてある棚の方へ歩いて行く背中を見つめながら……涼子は改めて、華に憧れを抱いてしまうのだった。
そんな日々を繰り返し、涼子と桂樹が3年生へ進級する春……華は卒業して、このサークルのOBやOGが主導しているNPO法人に就職した。大学側としては優秀な華に大企業への内定を取ってもらって箔をつけたかったらしいのだが、当人がそれを全て拒絶し、NPO法人の職員としての進路を選んだ。
そのため、彼女が卒業をしてもちょくちょく会うことがあり、その度に「スズちゃん、元気にしてた?」と気さくに声をかけてくれたものだ。
そんな彼女とは、打ち上げの席などで何度か話をしたことがある。涼子に妹がいることを聞いた華は、「姉妹かぁ……私にはいないから、羨ましいなぁ」と、目を細めて呟いた。
「華さんには姉弟とか……いないんですか?」
卒業後に先輩呼びはやめてくれという華の希望で、涼子は彼女を下の名前で呼ぶようになっていて。
何気なく尋ねたこの質問に、華は一瞬口ごもった後……ゆっくりと首を横に振った。
「うん、私……一人っ子なんだ。だから、スズちゃんが羨ましいな」
「そうなんですか。華さんはしっかりしてるから、下に妹さんとかいるかと思ってた……あ、名杙君はどうなの?」
テーブルを挟んだ向かい側に座ってビールを飲んでいた桂樹に涼子が尋ねると、桂樹はコップから口を離して、首を横に振る。
「俺も姉弟はいないよ。第一、いるようなタイプに見える?」
「あ、うん……それは分かるかも」
「ちょっとスズちゃん、桂ちゃんのことどう思ってるのー?」
見かねた華が突っ込みを入れて、みんなで笑い合う……そんな時間を、過ごしてきた。
そんな、かけがえのない日常を――あの災害は、全て、全て、何もかも、全てを――奪い去る。
大学卒業直前の3月、実家のある石巻で被災した涼子は、見慣れた景色が奪われる瞬間を、目の当たりにした。
黒い波に家が、車が、命が――その全てが飲み込まれ、何も遺せずに消えていく。
サイレンがうるさいとは思えなかった。それ以上に耳に届く声が、音が――眼の前の現実が、涼子の全てを麻痺させていく。暫くの間、その時の音が鼓膜にこびりついて離れないほどに。
全てを白く染める雪と共に、何もかもを洗い流してしまった大自然の脅威に……涼子は言葉を発することが出来ない。
隣で泣き続ける高校生の妹の手を強く握って、立ち尽くすことしか出来なかった。
涼子の実家があったのは、沿岸部にほど近い場所でもあったため……家族は何とか内陸部へ逃げることが出来たが、実家は、思い出は、全て、消えた。
そして、避難所となった学校の体育館で……先の見えない日々が始まる。
「スズちゃん……私達、これからどうなるっすか?」
友人を尋ねて避難所にいた顔見知りの少女・名倉里穂の問いかけにも上手く答えられず、涼子は無心で――大学に入学した直後と同じような心境で、全国から運ばれてくる物資の仕分けなどを手伝っていた。
その後、ライフラインや交通手段の復旧に時間がかかったこともあり……結局、大学の卒業式には出られず、また、事務員として就職するはずだった石巻市内の水産加工企業が津波で被災し、壊滅的な被害を受けたため、全従業員を解雇せざるをえなくなってしまった。そのため、新卒採用予定だった涼子も、働き先を失って……結局、周囲のツテもあり、以前から興味があった市内の花屋で、アルバイトを始めることにしたのだ。
彼女がひたすら供花を売っていたある日……明らかに客ではない様子の男性が1人、涼子を訪ねてくる。
彼は「フリーライター」と書いてある名刺を彼女に手渡すと、開口一番、何の悪意もなくこう尋ねた。
「生前の名波華さんについて、何か知っていることを教えてほしい」と。
華が亡くなったことを知ったのは、この瞬間だった。
茫然自失の今の涼子からは何も聞き出せないことを悟った彼は、「また来ます」と言い残して立ち去っていって。
その後、動揺が消えない彼女の様子を心配した花屋の店主が、早退するように促してくれて。
そこから仮設住宅までどうやって戻ったのかは覚えていないが、家についた涼子は携帯電話でサークルのメンバーと久しぶりに連絡を取った。
そこで、華があの災害で亡くなったこと。
そして……その直前の華の行動が、メディアでちょっと『悪意のある』取り上げ方をされそうになっていること、それに関して既に東京から取材に来ている記者もいるから、迂闊に何も喋らないようにという話を聞いた。
「スズちゃんは……ネット、出来れば全国ネットのテレビとかも、見ないほうがいいと思うよ」
そう、警告されていたのに。
涼子はバイト先の店主の了解を得て、インターネットのニュースサイトを見て……その内容に、絶句するしかなかった。
あれから、4年。
月日は流れ、世界は動き続ける。
全てを奪われたはずの沿岸部には防潮堤が整備され、道路が嵩上げされ、線路や住宅街が内陸に移設されて……人々は確実に、あの災害から立ち直ろうとしていた。
でも、だからこそ広がっていく『差』があるように感じている。
宮城県内でさえも、あの災害は最早過去のこと扱いだ。月命日ごとに地元新聞紙や地元放送局が特集を組んだりするけれど、それ以上の情報はほとんど流れないようになって。特に仙台の街中は目立った被害がなかったこともあり、今まで通りの賑わいをみせて、東北の玄関口としての役割を果たしている。
でも、石巻などの被害が大きかった地域では、まだ、人がどこに移動して新しい生活を始めるのか、意見がまとまっていない地域もあるのが現状だ。
一度家が流された場所には住みたくない人、それでも先祖から続く、亡くした家族と共に過ごした愛着のある土地を守りたい人――意見が一致しないまま、時間ばかりが過ぎていく。
そして何よりも、まだ、行方不明の人が多くいるのだ。
遺骨があれば、まだ……まだ、諦められる。
けれど、何の前触れもなく家族と、友人と、同僚と引き離され――遺品も、遺骨すらないのに「死んだ」と言われて、「はいそうですか」と受け入れられると思っているのか。
親の帰りを待ち続ける子どもに、どう説明しろと言うのか。
空っぽの墓石に祈りを捧げて、誰に届くというのか。
(墓石をたてることを1つの区切りにしている人がいることも、事実ではあるけれど)
取り残されていく。
あの時から進めないまま、4年前から動けずに、取り残されていく感覚。
時間が解決してくれるなんて――簡単に言わないで欲しい。
取り残された人々は、時間が止まっているのだから。
そして、災害発生から2年後に建立されたこの慰霊碑横の立て札には、この地域で何があって、多くの人が亡くなったのか、等が簡単に記載されているけれど……最初は、『地域に住んでいた住民や、消防団員らの誘導で、多くの人が避難した』と記載されていた。
しかし、自治体がこの書面を案として公表し、意見を募った際に……「その地域にいた住民の、素人の誘導のせいで多くの人が亡くなったことがあったので、その表現は不適切ではないか?」という意見が、主に県外から多く寄せられたそうだ。そして、協議が重ねられた結果……その文言は削除されたそうだ。
新聞や地元のニュースでは見ていたけど、実際にそれを目の当たりにすると、華の存在が否定されているようで少し悲しくなってしまう。
涼子は白い息を吐きながら空を見上げ……軽く目を閉じながら、視線を水平に戻す。
今日、ここへ来たのは……報告したいことがあったから。
ここに来て、彼女に届くかどうかは分からない。でも、彼女に関しては何の手がかりもないので……ここに来るしかなかったのだ。
「そうだ、名杙君……私、今度結婚することになったの」
花を供えて祈りを捧げ終えた桂樹は、涼子の言葉に薄く笑みを浮かべて「おめでとう」と言葉を返した。
「ありがとう」と笑顔で返答した涼子は、再び、空に向かってそびえ立つ慰霊碑を見上げ……目を細める。
「ここに来て、華さんに会えるなんて思ってないけど……でも、どうしてもここに来なきゃいけないって思ったんだ。だから、華さんを知っている名杙君に会えて、良かった」
「支倉さん……」
「日程が決まったら招待状とか送るね。名杙君、一人暮らしじゃなかったよね……?」
「ああ。実家に送ってくれて構わない。楽しみにしてるよ」
桂樹はそう言って、「じゃあ、また」と、静かに踵を返す。
再びその場に残された涼子は、視線を水平に戻した。そして、少し遠くにある防潮堤、その先にあるはずの海を想い――目尻に涙をにじませる。
「見てほしかったな、華さんにも……本当、どうして、まだっ……!!」
華はまだ、見つかっていない。
車に戻った桂樹は、運転席で1人、スマートフォンに届いたメッセージを確認しながら……目を細めた。
もうすぐ、悲願を達成することが出来る。
華が最期にいた場所、そこに残っていた痕跡を必死に辿り――『彼女』を、探し当てたのだから。
本当は、先程の涼子にも会わせてあげたいけれど……今はまだ、『普通の人の目には見えない』状態だから。
絆という言葉は、聞き飽きた。
そんな幻想にすがるくらいなら――自分は、確実に『縁』を繋いでみせる。
例えそれが――命の冒涜に繋がるような、死神の所業であっても。
「――俺はもう戻るつもりはありませんよ、華さん」
そう呟いた桂樹は、スマートフォンを助手席に置いて……車のエンジンをかけた。
久しぶりに、キャラクターの特性(食いしん坊のユカやヘタレの政宗など)に頼らない『エンコサイヨウ』が書けたような気がしています。
華の物語をどう書こうか考えた時、彼女の生前の様子を時系列ごとに羅列していこうかと思ったんですけど……どうにもしっくり来なくて。
華自身が霧原にちっとも自分の事を話してくれなかったので、来年登場予定のキャラクターを前倒ししました。涼子は石巻組として、そして、桂樹の同級生であり、生前の華を知る存在として、来年(2018年)の本編で活躍してくれる、はずです。多分きっと。頑張ります。
そして久しぶりに災害に対する思いを強めに書いたので、皆さんも色々と思うことがあるかと思いますが……こうやって考えてもらえるだけで、思い出してもらえるだけで助かります。
華に関しては、本編の開始時点で「亡くなっている」ことが大前提、生き返らせることが「出来ない」ことが大原則なので、今後も語るとすれば過去の話です。そのため、こうして過去を知るキャラクターの視点から語ることが多くなるかと思いますが、それだけ他人から語れる物語があるというのも、華の人徳が成せる技だと勝手に思ってます。
改めて……華、誕生日おめでとう。
君の生きている姿をもうしばらく綴ることが出来るのは、とてもとても嬉しいです。引き続き何かと引っ張り出してしまうかと思うけど、これからももう少し、霧原につきあってくださいね。




