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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2017年勝利生誕祭用小話・政宗さんのお仕事

 2017年の島田勝利誕生日短編です。

 『東日本良縁協会仙台支局』、その表の顔が分かるかも……?


 登場キャラクター:勝利、倫子、政宗、ユカ、統治

 7月下旬、夏休みが始まって少し経過した、とある平日の8時30分過ぎ。

 秀麗中学校3年・島田勝利(しまだ しょうり)阿部倫子(あべ みちこ)は、共にブレザータイプの制服姿で、仙台駅の西口にある、伊達政宗のステンドグラス前にいた。

 仙台駅でも屈指の待ち合わせスポットとして、常に人が多く集まる場所も、この時間となるとまだ人は少ない。駅を利用する人のほとんどが通勤している社会人なので、駅はあくまでも通過点、待ち合わせなどしていないのだ。

「島田くん、忘れ物はない?」

「大丈夫!! 1週間前から用意していたからね!!」

 倫子の問いかけに勝利は自信満々で頷くと、肩にかけているドラム型バックのチャックを半分ほど開き、チラリと横目で中身を確認する。

 クリアファイルの中にある質問状と学校からの依頼状、自分用のノートと筆記用具、財布とスマートフォン、お茶が入ったマグボトル。完璧だ。

 カバンを閉じてニヤリとほくそ笑み勝利の反応を見た倫子が、「じゃあ、行きましょうか」と彼を促す。

 2人は通勤客に紛れながら仙台駅を出て、駅周辺でも特に存在感のある、太陽に反射してきらめく31階建てのビルを目指して歩き始める。

 いつもと特に変わらない倫子の隣、同じ場所を目指して歩く勝利の眼差しには……いつもとは少し違う緊張感が、見え隠れし始めていた。


 夏休みの課題の1つに、職場体験がある。

 通常は中学2年生の夏休みに実施されており、学校と提携しているスーパーや企業などに生徒が割り振られ、与えられたノルマをこなすことになっているのだが……3年生になると、少しだけ内容が変わってくる。

 2人の通う私立中学校は、原則として同系列の高校へエスカーレーター式で進学することが出来る。そのため、いわゆる『高校受験のための勉強』が必要なく、夏休み期間中は3年間の総復習と称した課題をこなしつつ、他の中学生よりも気持ち的にはゆったり過ごすことが出来るのだ。

 ただし、これはあくまでも原則。エスカーレーター式で進学出来るのは、いわゆる『普通科』と呼ばれているコースであり、高校には更に別の『特別進学コース』や『外国語特化コース』など、『普通科』以外のよりレベルの高いコースも併設されているのだ。『普通科』以外を希望する場合は、年明けの試験を受けて合格しなければならない。また、外部の高校への受験を希望する生徒もいないわけではないので、他の中学生と同じように、受験勉強に勤しんでいる生徒もいる。

 話が少しそれてしまったが、勝利と倫子は共に、『特別進学コース』へ進むことを希望していた。倫子はそのコース内にある学費免除の特待生になるため、そして、勝利は……そのコースの卒業生に、憧れている佐藤政宗がいるから。

 理由としてはそれだけなのだが、憧れは十分過ぎる力になる。そして、『特別進学コース』への進学を希望している生徒は、夏休みの期間中に、自分たちでアポイントメントを取った企業やお店で働いている人についてレポートにまとめる……という、職場体験をよりグレードアップさせた内容の課題を提出する必要があるのだ。


 その対象として2人が選んだのが、あろうことか『東日本良縁協会仙台支局』である。そりゃあアポも取りやすいし、働いているのもある程度気心のしれた相手だ。レポートとしてまとめやすいという安直な理由があることは否定できない。

 とはいえ、ここはあまり積極的に情報を出して良いような職場ではない。最初にこの話を打診された統治は、仕事の内容が内容だけに断ろうかと思ったのだが……7月上旬、その話を聞いた政宗が、2人に協力しようと言い出したのだ。

「丁度1件、『縁故』と関係ない仕事もやってるし……それについて語っておけば、あの2人も理解してくれると思う。全部俺が対応すれば問題ないんじゃないか?」

「それはそうかもしれないが……」

「歯切れ悪いな、統治。名杙的にはやっぱ問題あるのか? ここで中学校に貸しを作っておくことは、決して悪いことではないと思うけどな」

 最近は企業が人手不足で忙しいことなどもあり、職場体験をさせてくれる企業や店舗がほぼ固定されているらしい。要するに、新規で学生を受け入れてくれるような、そんな余裕のある企業や店舗が少なくなっているそうだ。

 そんな中で『東日本良縁協会仙台支局』が了承すれば、少なくとも、中学校側からの印象は良くなる。そして、それを統括する名杙の印象も、決して悪くなることはないだろう。

 利点を説明されると思わず頷いてしまいそうになる。統治は慌てて思考を切り替え、最も危惧している点を確認した。

「今回、『縁故』に関することは絶対に記載しない。これをあの2人に守らせた上であれば、名杙は俺が話をつける。出来るか?」

「ああ。勝利君と阿部さんなら問題ないだろう。可愛い後輩が頼ってきてるんだから、先輩としてカッコイイところ見せようぜ」

 こう言って、政宗が得意げに笑うから。統治もまた覚悟を決めて、名杙当主を含めた要人の了承を得てきた。そして改めて担当教諭とも打ち合わせをして、下記の内容を了承させたのだ。


・担当教諭の巡回はなし。(統治もいるし、2人とも政宗の知り合いのため)

・写真撮影は政宗のみ。事務所内は撮影しない。

・レポートに関しては、例え内容がどれだけ優れていても、外部のコンテストに応募しない。


 以上を学校側に了承させて、そして、今日――遂に2人は『東日本良縁協会仙台支局』に、1日密着することとなったのである。


 時刻は8時45分。集合時間5分前に到着した2人を、ここで働いている山本結果(やまもと ゆか)が、いつもどおりの表情で出迎えた。

 私服姿のユカは、襟の付いたグレーのポロシャツに膝上のショートパンツ、足元はハイソックスとスニーカーという出で立ちで、室内でもいつものキャスケットをかぶっている。

 2人よりも明らかに年下に見える彼女は、2人よりも明らかに大人びた態度で、少し緊張気味の2人にネックストラップを手渡した。

「おはよう。政宗から聞いとるけど、今日は2人とも1日ここにおるっちゃんね。荷物は端っこの方に適当においといてくれれば大丈夫。はい、このゲスト扱いの入館証を首から下げとってねー」

 ユカからそれを受け取った2人が首からかけていると、衝立の向こうから統治が顔を出す。無地の白いワイシャツの下は紺色のジーンズという、仕事にしてはラフな格好の統治がユカの隣に立って、2人を軽く見下ろした。

「今日は1日、この部屋で過ごしてもらう。トイレはエレベーターの近くにあるからそこを使って欲しい。あと、昼食の買い出しに出る際は鍵の関係もあって俺が付きそうから、遠慮なく言って欲しい」

 統治の言葉に倫子が「はい」と返事をすると、2人に対して頭を下げた。

「分かりました。今日は宜しくお願いします」

「お、お願いします!!」

 つられて勝利も頭を下げつつ……本来、真っ先に2人に対応すべき人物がいないことに、首をかしげるしかない。

「あのー名杙先生……政宗さんは……?」

 顔をあげながら問いかける勝利に、統治は少し言葉に詰まった後……ため息をついて、現状を説明した。

「佐藤は朝1番、緊急で得意先に向かっている。昼過ぎには戻ってくるから、佐藤へのインタビューはそれ以降になるな」

「え? まずは全員がここに来るわけじゃないんですか?」

「ケースバイケースだ。今日のように直接得意先に出向いて、そこから一度も帰ってこない……なんてこともある。うちは職員の人数が少ない分柔軟に対応していかないと、顧客をライバルに取られてしまうからな」

「そうなんですか……」

「というわけで、午前中は2人にちょっとした作業を手伝ってもらおうと思う。このことに関しては、レポートにも簡単に記載してくれて構わない。山本、頼んだぞ」

 話をふられたユカが、「はいよー」と軽く片手をあげて……一度、衝立の向こうに引っ込んだ。

 そして、何やらガラガラと音を立てて台車を押して戻ってくる。その台車には文字が印刷されたA4サイズのコピー用紙が、いくつかのポイントで互い違いになりながら、1メートル×4列ほど積み重なっていた。

「いやー助かるよ。コレ、統治が今開発しとるアプリのマニュアルなんやけど、経費節約のために手作りっていう意味不明なことしよるけんねー」

 ユカは苦笑いを浮かべながら、書類の上に置いていたホッチキスをそれぞれ2人に手渡した。

 勝利はそのホッチキスを受け取りながら、タワーになっている紙の束をしげしげと眺める。

「マニュアル……妹さん、これを冊子にすればいいんですか?」

 ユカはもう『妹さん』呼びへのツッコミは諦めているので、「そうそう」と話を流しつつ、髪の束を順番に沿って、テーブルやソファに並べていく。

 そして、タワー1列分を並べ終えてから、2人に「この順番で取って、端の3箇所をホッチキスでとめてね」と説明をして、ユカ自身も作業を始めた。

 ユカに続き、勝利と倫子も順番通りに紙を取り、ホッチキスで1つの冊子に仕上げていく。これらの作業は学校でも嫌になるほどおこなっているので手慣れたもの。3人で淡々と作業を続けること約30分、とりあえずタワー2列分の作業が終わったところで、ユカが2人に「お疲れ様、少し休もっか」と、一度休憩を促す。

 2人でソファに座り、一息ついていると、机を挟んで2人の前に座ったユカが、安心したような表情で息を吐いた。

「いやー本当に助かるよ。やっぱ、人海戦術は大切やね」

 そんなユカへ、倫子がオズオズと尋ねる。

「山本さん、こちらではアプリケーションも開発しているんですか?」

「うん。といってもゲームとかじゃなくて、身内用のシステムやけどね」

「そのマニュアルを、わざわざ紙で印刷して送るんですか?」

 PDFなどでいくらでもマニュアルがダウンロード出来る時代に、あえてこれだけの冊子を作る理由は何なのだろう。

 素直に疑問を抱いた倫子に、ユカは苦笑いで返答する。

「これはまだ開発が終わったばっかりで、これから売り出していこうとしとるんよ。このマニュアルは、その営業用の資料。とりあえず全国にある支局に送って、このアプリのことを知ってもらうところから始めるんだって」

 ユカの言葉に、勝利と倫子は改めて、自分たちが作った冊子を見つめる。

 30ページ近いものが30冊程度あり、これで半分なので実際はこの倍の『支局』に送付することになるのだ。その手間を考えると、メールで一斉に送った方が、効率的のような気がしてしまうのだ。

 素直にそう思った勝利が、ユカに率直に問いかける。

「わざわざ送るより、メールを使った方が効率がいいんじゃないですか?」

 彼を「そうやね」と一旦肯定したユカは、何かを思い出したのか、再び苦笑いを浮かべた。

「確かに今はメールでいくらでも営業できるけど、これだけの量の書類、PDFをダウンロードして印刷してもらう手間をコッチが先回りすることで、相手の負担を減らして、良い印象でアプリを見てもらえる可能性がある、って……政宗が言ったんよ」

「政宗さんが……」

「『支局』のお偉いさんの中には、まだまだ紙媒体じゃないと受け付けない人もおるけんね。若い担当者にはメールを送って、偉い人に冊子で営業をするっていう二段構えらしいよ。あたしはよく知らんけど」

 そう言って足を組み直すユカに、勝利は再び問いかける。

「あの……妹さんは、どうしてここで働いているんですか?」

「どうして、って?」

「いや、その……最初は5月の連休で遊びに来ているだけだと思っていたんですけど、どうもそうじゃなさそうだし。今は夏休みだから、アルバイトしているんですか?」

「……」

 勝利の問いかけに、ユカはどう答えたものかと思案する。場の空気を察した倫子が話題を切り替えようとしたが、逆にユカに視線で制された。

「そうやね……いつかある程度話した方がいいと思っとったけど……」

「……」

 もったいぶるユカの言葉に、勝利が軽く息を呑む。

 ユカはゆっくり息を吐きながら、勝利を真っ直ぐに見据えた。そして――

「……あたしは、政宗の妹じゃなか」

「えぇっ!? そうだったんですかぁっ!?」

 室内中に響く勝利の声に、隣に座る倫子が「ヤレヤレ」と頭を抱える。

「あたしは政宗の妹でもないし、もっと言うと身内でもない。同期、っていうのが正しいかもしれんね」

 その言葉を受けた勝利は、一度軽く目を開いてから……すぐに笑みを浮かべて、彼女の言葉を否定した。

「ハッハッハ、何を言ってるんですか妹さん。第一、妹さんは僕達より年下でしょう? 政宗さんの同期だなんてそんな……」

「まぁ、信じられんのはしょうがないけど……あたしは特殊な病気で、体の成長と年齢がズレとるんよ。『縁故』としての能力があるけん、ここで働けるけど……この能力がなかったら、きっと、生きていることを諦めていたと思う」


 『縁故』の能力があるから、生きることが出来た。

 そう語る彼女に、勝利は反射的に問いかける。


「その能力が……『縁故』としての能力が、嫌になったことはないんですか?」


 かつての彼は、この能力が嫌で嫌でたまらなかった。

 人間関係を可視化出来ること、それはつまり、本音と建前が異なる人間を見分けることになってしまう。

 自分に対して笑顔を向けていても、心の中でどう思っているのか……それが、視えてしまうのだから。


 どうしてこの人は、自分のことが嫌いなのに、笑顔で近づいてくるんだろう。

 嫌いなら嫌いだと、はっきり言って欲しい。

 そうすればちゃんと、君と向き合うことが出来るのに。


 勝利の言葉を受けたユカは、即座に迷いなく返答する。

「そりゃあ、嫌なことだらけだよ。どうして自分にこんな力が、って何度思ったか分からん。でも……この能力のおかげで、政宗や統治、仙台のみんなと出会えた。あたしが使い方を間違えなければ大丈夫だって、そう思えるようになったけん、今はそこまで嫌じゃなかよ」

「使い方を、間違えなければ……」

「そういうこと。どんな道具に対しても同じことが言えるけど、正しく使えば大丈夫って思っとるよ」

 彼女の経験から裏打ちされた力強い言葉に、勝利はユカが自分より年下ではないことをはっきりと悟った。

「妹さんは……この仕事、好きですか?」

 無意識のうちに問いかけると、ユカは間をあけずに返答する。

「うん、好きだよ。でないと続けられんよね」

 あっけらかんと言い放つユカへ、倫子が心配そうに問いかけた。

「あ、あの、山本さん、ご病気なんですか……?」

「ハッ!? そうだった!! 大丈夫なんですか!?」

 我に返って慌ててユカを心配する勝利。ユカはそんな2人に笑顔で「大丈夫大丈夫」と手をヒラヒラと振る。

「普通に生きて行く分は大丈夫なんやけど、いかんせん、年齢と肉体が乖離しとるけんねー。政宗くらい気を遣わんで接してもらえるほうが、むしろありがたいかな」

 そう言って口元に笑みを浮かべるユカに、倫子は「分かりました」と首肯する。

 勝利は、ますます謎が深まったユカを見つめながら……とりあえず頷いた。


 その後、マニュアルを全て冊子にした後、依頼状となる頭紙を追加して、封筒に入れて糊付けしていく。

 そんな事務作業に終わりが見えた午前11時過ぎ、『仙台支局』に政宗が戻ってきた。

「――政宗さん!!」

 彼の姿を真っ先に見つけた勝利が、ひときわ大きな声を出した。その声に導かれるようにユカと倫子も家をあげて、スーツ姿の政宗にそれぞれ会釈をしたり、軽く手をあげたりする。

 政宗は勝利と倫子に近づくと、苦笑いを浮かべたまま、後ろ手で頭をかいた。

「2人ともゴメンね。本当は俺が対応しなきゃいけないのに、事務作業を手伝ってもらっちゃって……」

「大丈夫です!! 政宗さんこそお疲れ様でした。これからはずっとここでお仕事ですか?」

 勝利の言葉に、政宗は首を横に振る。

「うーん……そうしたいところなんだけど、ちょっとまたすぐに出なきゃいけないんだ。でも、14時過ぎには戻ってこれるから、インタビューはその後でもいいかな」

「お、お忙しいんですね……」

「よりにもよって今日は特にね……本当にゴメン。ケッカ、頼んだぞ」

「分かっとる。さっさと統治と打ち合わせして行ってこんね」

 ユカの言葉に頷いた政宗は、足早に衝立の向こうへ消えた。その背中を見送るでもなく自分の作業に戻るユカに、勝利が目を丸くして声をかける。

「政宗さんと名杙先生の打ち合わせに、妹さんは参加しないんですか?」

 結局『妹』呼びは変わらないのかと苦笑しつつ、ユカは首を横に振る。

「あぁ、あたしはよかと。今日のこの仕事に関してはノータッチやけんね。さー、さっさと終わらせるよー」

 そう言って促された2人は、再び、封筒に資料を詰める作業を再開するのだった。


 昼食を食べた後に宛先の書かれたシールを全て貼り付け、部数を確認して、ユカが統治に報告をする。

 衝立の向こうから確認にきた統治は、手元のリストと封筒の宛先を見比べて、数を確認してから……倫子と勝利に軽く頭を下げた。

「2人の手際が良くて本当に助かった。ありがとう」

 統治の言葉に、勝利がビシっと敬礼をして笑顔を向ける。

「お役に立てて光栄です!! それで、この封筒はどうするんですか?」

「箱にでも入れて、車で郵便局に持っていこうと思う。島田君、悪いがそこまで手伝ってもらえるだろうか」

 この申し出に、勝利はハキハキと返答した。

「当然ですよ名杙先生!! あれ、じゃあ……阿部会長は?」

「阿部さんは山本と別の作業をしてもらう。今が13時30分だから……戻ってくる頃には、佐藤もここにいるだろうからな」

「分かりました。お手伝いします!!」

 かくして、ダンボール二箱に分けた封筒の束をかかえ、統治と勝利は近くの郵便局へ出向くことになったのだった。


 車で5分ほどのところにある、仙台中央郵便局。

 そこで全ての手続を終えた統治と勝利は、大通りを再び仙台駅方面へ向けて出発する。

 助手席に座ってシートベルトをつけた勝利を確認した統治が、アクセルを踏んで車を発進させた。

「……あの、名杙先生。1つ聞いてもいいですか?」

「どうかしたのか?」

「その……『仙台支局』、人が少なすぎませんか? 政宗さん1人で歩き回っているみたいだし、名杙先生は名杙先生で忙しそうですし……」

 普段、勝利と会っている政宗は、当然ながら彼と会うことを予定に組み込んでいるので、遅れることはない。

 しかし、今日の政宗は、朝から一人で走り回っており……事務所にほとんどよりつけない。ユカはともかく、統治も別に、彼の仕事を手伝う素振りがないのだ。

 本当はどうして統治が何もしないのかを問いかけたかった。しかし、それを伝えて統治が気分を悪くするのはいけないと思ったので……昼食時に倫子からもアドバイスをもらって、少し遠回しに聞いてみることにしたのだ。

 勝利の問いかけに、赤信号で車をとめた統治が、渋い顔で言葉を返す。

「それを言われると……何も言えないな。『仙台支局』は俺と佐藤が2人で始めて、また3年にも満たない組織なんだ。今はまだ、この街で地盤を固めるのに必死で、職員の増員までは手が回っていないのが現状なんだ」

「名杙先生は、その……地盤固めに参加しないんですか?」

 意を決して尋ねる勝利に、統治はチラリと視線を向けた。そしてすぐに前を向いて信号が変わったことを確認すると、ブレーキを解除して、再び車を走らせる。

「……俺にもう少し、頼りがいがあればいいのかもしれないな」

「え?」

「佐藤は昔からああなんだ。まずは自分が率先して動いて、道を作ろうとする。俺も山本も手伝うと言っているんだが……佐藤は営業の才能が突出しているから、俺達が下手に手を出すよりも、自分がやったほうがいいと思っているし、事実その通りなんだ。そこは完全に、俺の力不足だな」

 どこか自嘲気味に呟いた統治へ、勝利は慌ててフォローを入れる。

「な、名杙先生も頼りがいはありますよ!! 森くんだって、先生が来るようになってからパソコンがフリーズしないし動作も安定しているって喜んでましたし!!」

 中学生のフォローに薄く笑いを浮かべた統治は、前を見据えたまま、はっきりと言い放った。

「ありがとう。きっと佐藤は、そういうのも上手いんだと思う」

「へ?」

「適材適所、個人の才能を見極めて、それを最も生かせるところで働かせる……俺にとってはそれがアプリの開発であり、学校への定期視察でもある。山本も山本でその才能を生かして、佐藤の仕事の一部を引き継いでいるんだ」

「そうなんですか……名杙先生は、この仕事、好きですか?」

 勝利の問いかけに、統治は躊躇いなく首肯した。

「ああ。やりたいことをやらせてもらって、とても有り難いと思っている。ただ、そうやって仕事を振り分けてはいるつもりなんだが……どうしても、佐藤1人の負担が増えてしまっていることは事実だ。島田くんが早く大人になって、佐藤の仕事を手伝ってくれると有り難いんだがな」

「……」

 統治の言葉に勝利が口をつぐんだとき、フロントガラスに、『仙台支局』も入っている大きなビルが映り込んだ。


「――お待たせしました、2人とも」

 時刻は14時を15分ほど過ぎたところ。ようやく『仙台支局』に戻ってきた政宗が、応接用のテーブルにコーヒーとともに腰を下ろした。そして、机を挟んだ向こう側、冷たいお茶が入った2つのコップの先で、それぞれに質問状とノートを構えてコチラ見つめる2人に、いつもの笑顔を向ける。

「さて、これからは2人のインタビューを受ければいいんだよね。しっかし、俺の時はこんな課題なかったけど……最近の中学生は大変だね。あ、お茶は適当に飲んでいいからね」

 そう言ってコーヒーを飲む政宗に、倫子が「宜しくお願いします」と頭を下げる。

「では、佐藤政宗さん……肩書とお仕事の内容を教えていただけますか?」

「肩書は『経営コンサルタント』。主に、仙台や宮城県内の中小企業を中心に、それぞれの企業が抱える問題点を解決したり、より効率よく運営出来るようにしたりするお手伝いをしています」

「具体的にどんなことまでなさっているのか、伺うことは出来ますか?」

「うーん……どうしてもクライアントのことがあるから、あまり詳しくは言えないけど……例えば、営業力をあげるために適切な人材を一緒に見極めたり、部署ごとの仕事を整理して効率化を図ってもらったり。割と口を出させてもらうことが多いかな。その分責任もあるけど、やりがいもあるよ」

「佐藤さんはお若いのに成功していらっしゃいますけど、何か心がけていることはありますか?」

 倫子のこの質問に、政宗は首を横に振った。

「俺はまだ成功していないよ、阿部さん。今日だってクライアントにミスを指摘されて、何とか軌道修正したところなんだ。危うく契約を切られるかと思ったけど……今度国分町で奢るって約束したら許してもらえたよ」

「そ、そうなんですか……?」

「まぁ、俺1人のミスじゃなかったから、最終的に許してもらえたけどね。とはいえ、後輩にカッコイイところを見せるどころか、ミスを補填するために走り回ってるところしか見せられないなんて……情けないけどね」

 そう言って苦笑いを浮かべる政宗は、コーヒーを一口すすった。そして、そのカップを机上に戻してから……揺れるコーヒーの水面を見つめ、一度、息をつく。

「でも……そうやって、1人の些細なミスが、大きなトラブルに発展してまうことはよくあるんだ。だから、常に何があっても逃げ道や打開策を想定しておく、それで、心に余裕をもたせるように心がけているかな」

 結果的に質問の答えになったことで、倫子が慌ててノートにペンを走らせる。

 そんな倫子の隣で話を聞いていた勝利は……自分がしようと思っていた質問状を見下ろした。

 そこには、「この仕事に就いた理由は何か」「今後、どうしていきたいか」など、予め決めておいた、当たり障りのない質問が記載されている。


 でも、今の勝利が聞きたいのは……そんなことではない。

 勝利は顔をあげると、彼を真っ直ぐに見据えて問いかける。


「――政宗さん、今の仕事は……好きですか?」


 予想外の質問に、隣でペンを走らせていた倫子がその手を止めた。

 そして、勝利の横顔をチラリと見やり……彼がいつになく真剣な表情で政宗を見据えていることに気がつく。


 気になっていた。

 自分の体に異常をきたしているのに、ここで働き、生きていくことを決めたユカ。

 名杙というより大きな組織の中央にいながら、あえてここで働くことを選んだ統治。

 2人は自分たちの仕事を「好きだ」と、迷いなく言い放っていた。

 そんな2人をつなぎとめている政宗は、彼自信がここで働くことを、どう思っているんだろう。

 1人で奔走して、色々なことを抱え込んで、それでもなお笑い続ける。

 今の仕事は……好きなんだろうか。


 政宗もまた、真剣な眼差しの中学生に見つめられて……数秒間考えた後、一度、呼吸を整えた。

 きっと彼が聞きたいのは、上辺だけの言葉ではない。

 政宗の本業――『縁故』としての仕事も含めた答えを待っている、そう思ったから。


 だから、迷いなく返答する。

 未来へ向かう彼を、迷わせることがないように。


「はい。俺は、今のこの仕事が好きです。今日みたいに失敗だってするし、思い通りにいかないことも多いけど……でも、自分が作った組織で、信頼できる部下と働いて、日々が本当に充実しています。だから俺は……この仕事が好きです」


 はっきりと言い放つ政宗に、勝利と倫子は圧倒された。

 こんなに仕事を楽しんでいる大人を……久しぶりに見たような気がしたから。

 無言になる2人に、苦笑いの政宗が場を取り繕う。

「こ、こんな答えで良かったかな。なんか、改めて聞かれると恥ずかしいね」

 我に返った倫子が、「い、いえ!!」と言葉を返し、羨望の眼差しを向ける。

「凄く……凄く素敵だと思いました。佐藤さんが名杙先生や山本さんに慕われている理由が、少し分かったような気がします」

「ハハハ……阿部さん、買いかぶりすぎだよ。勝利君、こんな答えで大丈夫?」

「え、あ……」

 政宗の言葉に、勝利は慌てて居住まいを正した。そして、政宗に対して座ったまま直角に頭を下げると、すぐに顔を上げて、改めて政宗を見据える。

 彼の瞳に輝いていたのは、自分の憧れている人は間違っていなかったという喜びと……自分もいつか、彼の力になりたい、そんな、未来への確かな目標。

 勝利は勢いのままにノートへメモを走らせると、いつもの声音で、政宗へ言葉をぶつけるのだ。

 これからも自分の目標でいて欲しい、そんな期待を込めて。

「やっぱり政宗さんはカッコイイですね!! 僕の目標はやっぱり政宗さんですよ!!」

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