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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
12/121

恋人の日総集編:その指先まで/続・里穂と仁義の楽しい試験勉強……?

 6月12日は「恋人の日」らしいので、ブログに掲載している小話をまとめたり付け足したりしました。

 『エンコサイヨウ』でこの日に便乗できるのは……今のところ、この2人だけです。


 登場キャラクター:里穂・仁義

【2016年クリスマス短編:その指先まで】



「うへー……寒いっす」

 電車から降りた里穂は両肩を抱え、一度身震いした。

 仙台市内の高校に通うようになって、約10ヶ月。彼女が住んでいる石巻からは、電車一本で行けるが1時間以上かかる。加えて里穂は女子サッカー部に所属しているため、朝は午前7時からの朝練に間に合うように家を出て、夜は午後7時までの部活が終わってから家に帰る生活を続けていた。

 自分でもよく続いていると里穂は常々思う。好きこそものの上手なれ、とは、言い得て妙。

 石巻から仙台圏へ通勤・通学している人は多く、仙石線(仙台と石巻を繋ぐJRの路線)の終点でもある石巻駅では、里穂以外に多くのお客さんが降りていった。

 でも……今日は、いつもと少しだけ客層が違う。

「そうっすよね、みんなデートだったのかなぁ……」

 手袋を忘れた両手が、冷たくかじかんでいく。楽しそうに肩を並べて前を歩く男女の背中を見つめながら、里穂はマフラーで口元を隠し、溜息をついた。


 今日は12月25日、クリスマス当日。

 恋人と一緒に歩いたって……何も、不思議ではない。

 

 自分が選んだ道だ。高校も、部活も、その他諸々も。

 既に学校は修了式を過ぎているため、昨日から1日部活動三昧。楽しかった。冬の大会で勝ち進んでいる先輩達の練習を間近で見て、自分も早くああなりたいと心から思うほどに。


 分かっていた。前のように時間が取れないことも、そのために彼へ我慢させていることも、全て。

 分かった上で選択した。それを、彼が受け入れてくれることも全て見越して。


「……うへへー、これは雪が降りそうな寒さっすねぇ……」

 自分の中に浮かんだマイナスの感情、それを全て一旦意識の外においやって……改札口を目指す。

 カバンにぶら下げたパスケースをかざし、改札を出ると――


「――里穂、おかえり」

「ただいまっす」


 駅の待合スペースにあるベンチ、そこに座って文庫本を読んでいた柳井仁義(やない ひとよし)が、本にしおりを挟み、それを黒いロングコートの右ポケットに滑り込ませ、その場に立ち上がる。

 彼が駅まで迎えにくるようになって、約10ヶ月。2人の家までは、徒歩15分ほどの道のりだ。最初は申し訳無さから迎えを拒んでいた里穂だったが、「夜道は危ないから、里穂が嫌がっても僕は勝手に迎えに行く」と繰り返す仁義に根負けして、今に至る。

 ニット帽を深めにかぶり、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべている彼は……近づいてきた里穂へ、本を入れた反対の左ポケットから手袋を取り出した。

「これ、忘れたでしょう? 今日は雪が降るって散々ニュースで言ってたのに」

「ハハハ……面目ないっす。ありがとおぉっ!?」

 苦笑いで受け取ろうとした里穂の手が宙をかすめる。

 何もつかめなかった理由は、仁義が、その手に持っている手袋を自分の頭上まで高く掲げたから。

「ちょっとジン、意地悪はやめて欲しいっすよー。さっきから寒くて寒くて、手が動かし辛いっす!!」

 自分を見上げて口を尖らせる里穂に、仁義は「ハイ」と左手の手袋だけを渡した。

「えぇー!? 天気予報も手袋も忘れたあたしは、片方だけしかつけられないってことっすかー……ジン、クリスマスなのに意地悪っすねー……」

 がっくり肩を落とす里穂を横目に、仁義は残った里穂の手袋を自分の右手にはめる。

 そして……ふてくされた表情の里穂を見下ろし、左手で、自分のコートの左ポケットを指差した。

「里穂、今日は雪がふるかもしれないから、念のために僕も駅まで歩いて来たんだ」

「あらまぁそれは大変っすね……むしろ申し訳ないっすね」

「だから、荷物は半分しか持てないし(普段は自転車のかごに全て入れている・そして、里穂のトレーニングも兼ねてジョギングで帰ることが多い)、普段より少し時間がかかるかもしれないけど……里穂の片手くらいなら、ココに入るよ」

 しかし、里穂はジト目のまま、荷物を半分仁義に押し付ける。

「えぇー、自分じゃないポケットに手を入れるのは、歩きづらいっすよー。それに、万が一転んだら、2人とも怪我をするかもしれないっす」

「じゃあやめとく? 里穂が嫌なら、手袋は返すけど」

 そう言って右手の手袋を外そうとする仁義に、里穂は持っていた左手の手袋を突き出す。

「手袋は、ジンが両方つけていいっすよ。ジンは昔から冷え性っすからね」

「え? それじゃあ里穂が……」

「私なら大丈夫っす。だって……」


 だって。

 里穂は、満面の笑みと共に両手を突き出した。


「私はジンに会えて、一緒に歩いて帰れるっていうだけで……嬉しくて、一瞬で手の先まで血が巡って、暖かくなってるっす」


 結局2人して手袋をせずに、家までの道を歩くことに。

 県道沿いの歩道は、時折通り過ぎる車の明かりが眩しいけれど、今の時間帯はそこまで混み合っていない。道沿いの商店も閉まっており、先程通り過ぎたコンビニが眩しいだけの、暗い田舎道だ。

 歩き慣れているとはいえ、点在する街灯の明かりのみでは心もとない。いつもは自転車のライトで照らしている道を、仁義がスマートフォンの懐中電灯アプリを使って照らし出している。

 冷たく張りつめた空気が肌を刺し、口を開くのも痛いくらいだけれど……でも、今は無理をしてでも、隣りにいる彼と話をしたいから。

 里穂は、自分の荷物を半分持って、歩幅を合わせて歩く仁義を覗き込み、白い息とともに言葉を外へ。

「ジンは、その……クリスマスに何か欲しいものはないっすか?」

「当日に聞くかな、それ」

 苦笑いを返され、里穂もまた、苦笑いをするしかない。まぁ、本当は家に帰れば渡せるように準備してあるけれど……特に本人の希望も聞かないまま買ってしまったので、少しだけ不安なのだ。

 そんな里穂を、仁義が意味ありげな表情で一瞬覗き込んでから……。

「……里穂、ちゃんと用意してくれてるでしょ?」

「はっ!? ば、バレてたっすか!?」

 冷たい空気に里穂の声がよく響く。仁義はそんな彼女の態度を喉の奥で笑いながら、前を向いて目を細めた。

「まぁ……態度で分かるよ。僕のこと探るような時は、大体、用意したものに自信がないときだって。あと、毎年交換してるんだから、今年だけ買ってないなんて不自然でしょ?」

「うぅぅ……その通りっす、さすがっす……」

 ガクリとうなだれた里穂は、もうどうにれもなれと開き直ることにした。


 お見通しなんだ、彼は。

 いつも、いつでも。


「……ジン、その……」

「里穂?」

 急に声のトーンが下がった里穂を、仁義が心配そうな表情で覗き込む。

「大丈夫? 寒い? やっぱり手袋つけたほうが――」

「違うっす、その……えぇっと……」


 お見通しだから。

 だから……先を見越して、我慢させているんじゃないか。

 我慢しなければならないのは、彼ではないのに。


「……前みたいに、ジンと一緒にいる時間が……あまり、とれなくて……でもそれは、仙台の高校を選んだ私の責任で……だから……」

「里穂……」

「それなのに、寂しいって思って……私、本当に自分勝手だなって……」


 高校は楽しい。

 部活も楽しい。

 放課後も楽しい。


 でも、そこに――君がいないことが増えて。


 去年までは一緒っだった君がいなくて。

 楽しいんだけど……我に返ると、物足りなさを感じることがある。


「ゴメン……私、なんでこんなにワガママなんだろう……」


 立ち止まり、どこか悔しそうに吐き捨てる。

 寒さとは別の理由で、里穂の声が震えた。

先程まで嬉しくて暖かかったはずなのに、握りしめた両手は……指先まで、ひどく冷たい。


 仁義はそんな彼女の前に立つと、スマートフォンを一度ポケットに片付けてから、荷物をそっと地面に置いて、キョロキョロと周囲を確認して……。


「……ワガママでいいよ、里穂」


 そう言って、うつむく彼女を優しく抱きしめる。

冷たくなった里穂の体を、少し卑屈になっている彼女の心を、少しでも、暖めたくて。

「僕に対してはワガママでいいよ、っていうか、そんなのワガママじゃないから、気にしすぎ」

「だ、だって……全部私の都合で……」

「それを受け入れたのは僕だよ。里穂が楽しいなら僕も嬉しい。それに……」


 行き場のない自分を救ってくれた彼女は、いつも明るく輝いているから。

 そんな彼女が曇らないように、迷わないように……もっと、強くなりたい。


「里穂が卒業して……その、結婚したら、それこそずっと一緒にいることになるんだから。あと約2年間、僕も独身生活を楽しむよ」


 そこまで言って仁義は一度息を吐くと、彼女の頭越しに夜空を見上げた。

 張り詰めた空気の中で瞬く星は、普段よりもずっと、ずっと綺麗に輝いて見える。


 今日は12月25日、クリスマス当日。

 恋人と一緒にいたって……何も、不思議ではない。そんな1日だから。


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【第2幕幕間語:続・里穂と仁義の楽しい試験勉強……?】

※時間軸としては、『エピソード5:心の先にある愛のカタチ』の後になります。



「……ジン、私もう……我慢出来ないっす……!!」

 5月中旬の日曜日、時刻は12時を少し過ぎたところ。

 午前中に『仙台支局』絡みの大仕事を終えた仁義が、石巻にある家へ帰ってくるやいなや……諸事情によってその仕事に帯同出来なかった里穂が玄関で仁義を出迎え、彼が「ただいま」と言う前にこんなことを言い出したのだ。

 仕事だったので黒いウィッグと眼鏡をつけている仁義は、片手に荷物をもったまま、靴を脱げずに立ち尽くす。

 そんな彼を一段高い玄関ホールから見つめる里穂は(身長差があるので、一段高いくらいで目線の高さがおなじになる)、心なしか目をうるませて……更に顔を近づけた。

「ジン……ダメっすか?」

「……言いたいことは何となく分かるけど、とりあえずこの荷物を受け取ってくれないかな?」

「へ? 荷物?」

「里穂に頼まれた参考書。昨日、統治さんが言ってたものだよ」

「おおっ!!」

 里穂は近づけていた顔を引っ込め、仁義が持っていた紙袋を受け取った。

「ありがとう、これで明日からのテストもバッチリっすよ!!」

「それは良かった。じゃあ、午後からも勉強頑張ってね」

「分かったっす!!」

 里穂は本を持っていない手でビシっと敬礼すると、そのまま回れ右をして家の中へ入ろうと……。


「……って、違ーう!!」


 入ろうとして我に返った里穂が、慌てて仁義に向き直り、靴を片方脱いだ彼を押しとどめる。

「違うっす、そうじゃないっす違うっす!! ジン、私はもう我慢が出来ないっす!! 外に出たいっすー!!」

 泣きそうな顔で――家から出られないストレスで――訴える里穂に、仁義は肩をすくめて言葉を返す。

「しょうがないよ、里穂は大事な時期なんだから。高校に入って初めてのテストで赤点取るのは嫌でしょう?」

「それはそうっすけどー!! 昨日からずーっと勉強ばっかりっす!! 少しくらい外に出たいっすー!!」

 そう言ってジタバタ暴れる里穂に、仁義は苦笑いを浮かべて……脱いだ靴をもう一度履き直した。

 そして、つけていたウィッグを外す。銀色の綺麗な髪の毛が、光に反射してキラキラ輝いた。

 「出来るだけ外見を隠さず、ありのままの姿でいる」こと、これが、日常生活における里穂との大切な約束事だから。

 少し汗ばんだ頭皮が空気に触れて気持ち良い。仁義はウィッグを下駄箱の上に置いて息をつくと、ズボンのポケットから自転車の鍵を取り出した。そして。

「……じゃあ、イオンのフードコートでお昼ごはんでも食べる? ゲーセンも30分なら付き合ってあげるから、それが終わったら帰ってきて一緒に勉強だよ」

 そう言って、里穂を見つめた。

 普段は見下ろしている彼女が、仁義と同じ目の高さで……心から嬉しそうな笑顔を見せてくれる。

「うん、ありがとう!! じゃあ、ちょっと準備してくるっす!!」

 そう言ってバタバタと家の中へ戻っていく里穂を見送りつつ……口元に浮かんだ笑みを隠すことが出来ない。

 里穂はいつも学校や部活が忙しく、こうして、日曜日の午後を一緒に過ごすのは久しぶりだったから。

 本当は自分が一緒に行きたくて提案した、というのは、自分だけの秘密にしておこうと思う。

「……仕事の報告は、後からでいいか」

 さすがに『縁故』のことを大多数がいる場所で話すことは出来ないから、今日の報告はもうしばらくあと、家に帰ってきて、勉強が終わった後になるだろう。

「里穂……嬉しそうだったな。良かった」

 あの笑顔を見ると、ついつい甘やかしてしまいそうになるけれど。

 仁義は「ゲーセンは30分」と改めて心に刻み、準備を整えて戻ってくる彼女を待つ時間を楽しんだのだった。


 そして。

「よしっ、次はエアホッケーで対決っす!!」

 イオン内にある広いゲームセンター、昼食を食べて太鼓をたたきまくった彼女が、仁義の手を引っ張って次のステージへ誘う。

 ちなみに、約束していた30分という時間制限まで……残り3分をきったところだ。

「ちょっと里穂、僕は30分って言ったよね!?」

「ジーン!! ほらほらー!! 時間は待ってくれないっすよ~!!」

「落ち着いて!! 前向いて走らないと転んじゃうよ!?」

 仁義に満面の笑みを向けた里穂が、再び前を向いて目的の場所を目指す。強く手を握ってドンドン進んでいる彼女に引っ張られながら……仁義は改めて思うのだ。


 ほら、あの笑顔を見ると……ついつい、甘やかしちゃうんだよなぁ、と。


挿絵(By みてみん)

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