第2話 奴隷商人と科学者
PETU(People for the Ethical Treatment of Univers)、宇宙の倫理的扱いを求める人々の会は、DOXA(Deep Outerspace Exploration Agency)、深外宇宙研究開発機構の科学偏重主義に対抗して勃興した倫理団体だと思われている。だが真実を見極める者が見れば、それらが一卵性双生児であることに気づくであろう。表と裏、内奥と外殻。あらゆるものは、相反するように見えても、内実においては同質だということを知る者は多い。
例にもれることなく、PETUとDOXAはそういう関係にあった。いや、内実を知る者に言わせれば、それは一つの組織、一つの理念から生まれたのだと憚らないだろう。
「やつらの思惑など気にする必要はないのさ。しょせん同じ穴の貉だ」
脂ぎった筋肉質の奴隷商人は自室に戻るとデスクに陣取って、通信回線を開いていた。
「俺がただの商人だということを忘れるなよ、どっちの味方でもない。俺が欲しいのは金だ。あとはそっちが考えることだ」
商人のけばだった声の向こうから、ノイズに混ざって律儀に説明しようとする若い男の声がした。
「それはわかっているつもりだ。しかし、わたしの立場も考えてくれたまえ。どちらにも顔を立てなければならない苦労があるのだよ」
通信機の前で、褪せて汚れた緑色をしたPETUの制服を着た男は、わざと音程をはずしたような声で言い返した。
「十分に面倒をみてやったはずだ。ガキどもだけならまだしも、あいつらの親を調達してやったことを忘れるなよ。立場を考えろってことだ、こっちは命がけなんだよ」
「すべては科学の進歩のためなのだよ。わかるまい。だが君らが派手に動くことで、こちらに被害が及ぶことをわたしは望んでいないのだよ。そこを理解してくれたまえ」
「それはこっちだって同じだ。俺たちはお前らの道具にはならない。商人っていうのはな、独立気風がすべてなんだよ、わかるだろ?」
男は軍装とも作業着とも判別しえない上下に別れた服のポケットから、サイキックガムを取りだして口に放り込んだ。覚醒作用のある塊が、スピーカーの向こうにいる男への憎悪で、つぶれて歪ゆがんでいた。
「どちらにしても、いかなる情報の流出も許されないのだ。それだけは肝に銘じてほしい、こちらも馘がかかっているのだよ」
「そういう言葉を聞きたかったんだよ、旦那さん」
男の口の中でにやつくように炭酸がはじけていた。
「ともかく、しばらくは奴隷の取引きは控えて欲しい、支払のほうは何とか手配するから、それまで取引は中止してほしい」
「わかった、じゃあ手筈通りにするぜ。話はここまでだ」
声に同調して明滅していた通信機の赤い光が消えると同時に、ノイズが去ってくちゃくちゃというガムを噛む音だけがしていた。
「しかたがねえ。現地調達で稼ぎを受けとりに行くとするか」
とつぶやき、船内通信を開いて、
「軌道を離れるぞ。行き先は月基地だ。しばらく商売はおあずけだ、くわしいことはブリッジで話す」
と言ったあと、椅子から立ち上がった。
「やりきれないことばかりだ。こっちがボロ船だってことがわかってやしない。月も安全とは言えないってのにな」
男は噛んでいたガムをごみ箱に吐きだしたが、標的をはずして、船内靴を引きつける磁気をおびた床にへばりついた。唾液の混じったガムが、踏みつけられ固まっていくだけのことだった。
ブリッジについた男は、やくざ風の男たちに次々と指示をくだしていった。サイキックガムのせいなのか、そこにいる同輩たちに自分と似たものを感じとったのか、脳が酸性の海に浸っているような高揚感に酔っていた。
「それはわかっている。お前たちが心配することじゃない、ともかく警戒だけは緩めるな。スリルはこの先にあるってことだ!」
いつもより上機嫌な口調がそのまま男たちに伝染してゆき、充血した眼へと瞳へと濁った油の膜が広がっていった。ブリッジは際限なく小惑星を回る退屈軌道――ティディーちゃんコースからの解放感と喧騒に満たされていた。
海賊船とも輸送船ともいえない、ありふれた長方形の煤けた船が、船首を月へと向けて宇宙の海をへらへらと走っていた。




