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私のことと、貴方のこと

 明かりは自分がもっているLEDのペンライトのみ。小さな光が足下を照らしていた。

 風の吹くおとが鮮明に聞こえる。風が強くなったのだろうか。パジャマを取りに行ったときはそれほどでもなかったはずである。感じる空気も生ぬるい。暑さの残るこの時期だが、こんなにも不快な暑さだっただろうか。


 そういったことを考えていたせいか、どこかに足の指をぶつける。鈍いおとが風の音を一瞬にして消した。空気が凍る。足が固まって前に進めなくなった。

 ここでシズクの目が覚めると、非常に困る。まず幼馴染みの家を本人の許可なく夜中に探るということをしているのだ。見つかれば、いくら幼馴染みといえど彼女を不快にさせてしまう。それに、彼女がもし、本当に火影がいうようなものであったらどうなるか分からない。

 ユリは目をしっかりと見開いて周りを見渡した。息を整えながらライトをあちこちに照らすうちに風の音が耳に戻ってきた。



 ユリは記憶を頼りに玄関までたどり着いた。そして、明かりがついていたときも暗闇におちていたほうの廊下に正対する。



 黒曜石の色を塗ったくったような暗闇であった。明かりも吸い込まれてしまうのではないだろうか。そんな気持ちに陥った。不安の中、恐る恐るペンライトで廊下の奥を照らすと、何もない空間がくりぬかれたように姿を現した。フローリングの、なんの変哲もない廊下の一部分である。

 ユリは目を凝らしながらゆっくりと前に進んだ。先程通ってきた廊下と対になっているなら、それほど遠くない所に別の部屋に通じるなにかがあると推し量っていいはずだ。だが、心のどこかがその先には何もないのだと、行かなくていいのだと言っている気がした。もしもこの先になにかがあったら、今まで通りの彼女との関係が崩れると思っているのだ。日常は薄氷。それを妹の病で分かっていたユリは幸せというそれを自分から割りたくないのである。

 ユリは思わず眉をひそめた。すべてを分かりあっていたと思い上がっていた自分と、自分の幸せを守りたいという理由で足を止めさせようとしている心に腹が立った。

 時間を戻せる鍵と、記憶を改竄できる錠前。シズクがどちらかを持っているのなら、それは、副作用があったとしても時間を戻したい、または記憶を改竄したいのである。それほど、何かに困っているのなら、悩んでいるのなら、幼馴染みの自分がそれを受けとめ、力にならなくてどうする。自分だけ幸せを成り立たせるために、シズクにずっと悩みの上に張った笑顔をさせるなんて嫌でたまらなかった。そのためには、彼女の両親が帰ってくる前にこの家を探索せねばならない。

 自然と早足になった。音をたてないように、ひっそりとしながらも出来る限りの速さで歩いた。




 それから暫く歩いただろうか。それともすぐだっただろうか。行き止まりに着いた。そして、周りになにかないか見渡すと、右の壁に梯子があった。それは天井にあいている穴に通じていた。


 梯子をのぼろうと手をかけた。鉄でできているのだろうか。氷のように妙にひんやりとしている。蒸した空気とその感触の差が不安感を掻き立てて、心臓の音が速さを増した。

 ユリは目をしっかりとひらいて周りを見渡してから、ゆっくりと上へのぼっていった。未知の暗闇へと頭を突っ込んでいく。それはなんとも言えぬ恐怖と焦りが、心のなかに次々と産み落とされていくような気分だった。ただ、梯子をのぼっているだけなのに、自然と息が切れてくる。手汗をかいていることにも気づけなかった。



 この先には何があるというのだろう。誰もいるはずがないのに、誰かが来るのを拒むような殺気を放っている。生き物として、生まれた頃から備わっている本能というものが逃げたがっているのだ。 本当に夏の夜なのだろうか?こんなにも蒸しているのに、胸の奥が冷たい。手が震える。なんだか肌寒い。…………いや、これは気温のせいではないのだろう。心のなかに産み落とされたものがきっとそうさせているのだ。体の中心に氷塊をうめこまれたような冷え方。強く息をはいて、ゆっくりと息をすこしだけ吸うと、氷塊の冷たさがやわらいだ気がした。


 ユリは梯子をのぼり終え、床に足をつける。梯子をのぼるときにポケットにしまっておいたペンライトをつけ、周りを注意深く見渡したが、やはりそこに広がっているのは暗闇だけであった。そのせいか気がゆるみ、ため息を着いたが、直後、その音でさえこの静寂のなかでは目立ってしまうことに気づく。ユリはまた気を引き締めて、闇に飲み込まれた空間を歩き出した。


 ユリは歩いているうちに、自分が廊下のようなところを歩いていることに気づいた。それと同時に、どうしてこんな廊下を作ったのか疑問が湧いてきた。何処を照らしてもドアらしきものが見当たらないのもそうだが、なんだか無駄に長いのだ。歩いても歩いても、照らされるのは前に見た景色とよく似たもの。もしかしたら、永遠と同じところを歩いているのかもしれない、という不安を抱くほどであった。

 そういえば、シズクは自分の家のことも、家族のことも、一度も話したことがなかった気がする。随分と長く一緒にいたのに、シズクの家庭のことは、ちょうど、今ユリが見ている暗闇の如く、謎に包まれているのだ。そう思うと、自分は今まで、彼女の表面しか見たことがないのではないだろうかという、なんとも言えぬ冷たさが胸の奥をじわじわと焦がしていくような気がした。


 私は、彼女の何を見ていたのだろう。彼女の何を感じて、言葉をなげかけていたのだろう。太陽のような暖かな光を放っていた彼女には必ずそれ故の影があることを、分かっていると思っていたのだろう。私は、幼馴染みという関係にかまけて 、大切ななにかを見つめていなかったのではないだろうか。

 ユリの胸の奥には先程の冷たさに重なって、針で刺すような痛みが広がった。思わずユリは服の胸のあたりを鷲掴み、唇を噛む。歩く足は、痛みをまるで燃料のように変えて、今までよりもはやく闇のなかをかきわけていった。


 喉の奥には口を開ければ溢れ出てしまいそうな程の沢山の言葉が込み上げてきていた。それをはやくシズクの前で述べ、今まで自分たちに絡み付いていた関係を、不自然に成り立っていた距離を、そして、真っ直ぐ見つめ会わなかった怠惰を、すべて流し去りたかった。



 睨み付けた空間を照らし、ユリは足を止めた。そこには、今まで探していたものが立ちはばかっていたのだ。

 いたって、どこにでもありそうなデザインのドアが妙な威圧感を放っている。その闇に包まれ、謎に飲まれた存在が、ユリの心をジクジクと焼いているのである。きっと、この心を具現化したのなら、少し焼けただれ、所々が炎症を起こしているが如く、赤くなっているのだろう。

 ユリは静かに熱を帯びた息をはいた。そして、ドアノブをゆっくりとひねり、恐る恐る闇のなかに足を踏み入れた。


 

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