アムスタス迷宮#196
「コウカさん!」
即座にイガリフがコウカを護るように抱え込んだ。
だが、彼の決死の行動もも気休めにしかならないだろう。今、皇国で正式採用されている鎧は、銃に対してあまりにも無力だった。
実際、探索に赴く前の話ではあるが、新式鎧を正式採用するにあたり、意見を求められたことがあった。その際、耐久性能に関して『銃弾を防げるか否か』という質問が出た。その際、鎧の作成を請け負った職人は何と言っていたか。
『約50ラツ(100m)以上離れたところからなら、大盾も併用すれば貫通する事は無いでしょう。また、同じところに何度も攻撃を受けない限り問題ないと考えます』
たしか、そう言っていた。
しかし、それが職人の感覚による根拠のない話だと言うことはすぐに発覚した。確かに、『距離50ラツ』から、『一般的な兵士』が狙って撃った場合、100発中貫通した弾は皆無だった事から、大楯を用いればまず間違いなく貫通はしないと目された。だが、試験後に鎧を調べてみると、確かに貫通痕は無かったものの、内側に向けて鎧の金属板が捲れている箇所が存在した。また、隊長に言われて試験を見学していたアルカ曰く『そもそも鎧どころか大楯にすら当たっていない』と言っていた。
そのため、特別任務部隊独自に調査した。結果は心底肝が冷えるものだった。
アルカにより『距離50ラツ』から正確に狙われた場合、大楯の最も厚い中心部かつ、鎧の最も硬い部分に当たれば、中は無事であると目された。だが、大楯に当たるだけでは普通に貫通し、且つ場合によっては鎧に穴も開いていた。また、幾ら大楯と鎧の防御力が完全に生かされるように構えたとしても、同じ箇所に銃撃を受ければ5発と耐えられていなかった。
そして、鎧単体でどこからの距離ならば耐えられるかを検証した際には、『アルカ並の腕前』が前提条件とはなるが、単発であっても距離170ラツ(約300m)からでも貫通する可能性があることが判明した。
また、職人の前提知識にも問題があった。
戦場において、銃を扱う兵士は距離20ラツ以上50ラツ以下でしか殆ど発砲しない。普段アルカを見ていると忘れがちではあるが、銃を扱える兵士といえども、皆が皆その扱いに関して名手と言われるほど秀でているわけではない。現状、皇国軍においては、『銃を専門として扱える兵士』ではなく、『専門は他の兵科だが、銃を使う事はできる』程度の兵士しかいない。また、銃自体が高価であることに加えて、火薬や弾丸の量産体制も整っているとは言い難い。故に、アルカのように『銃を専門として扱う兵士』は逆に希少である。
そんな兵士たちが銃を扱うため、命中精度は極めて悪く、また弓などと扱いが異なるために苦手意識を持つものが少なくない。必然、兵士は命中率を少しでも高めるためにできるだけ近づいて撃とうとする。一方で、弓と異なり速射ができないために、敵に距離を詰められそうになると、銃を放り出して扱いなれた剣や槍などを構え始める。そのため、実際の戦場において銃を持った兵士が戦う距離は20ラツ以上50ラツ未満と言われている。
アルカのように、『200ラツ以上の距離』『1ウニミ(2分間)で16発同一箇所を撃ち抜き』『精度を無視すれば20発発射可能』とか言う兵士は、アルカ以外に見たことがない。
だが、敵の持つ銃はこちらの知るそれよりも遥かに長射程、高精度、高威力を誇るようだった。確実な事はわからないが、明らかに1ウニミの間に1500発は撃てるだろう。そう思わせるような発砲音が響いていた。
そんな銃弾の嵐とも言える中、動けるものは誰1人としていなかった。何せ、2人を庇おうと動き始めた瞬間、その脅威はこちらに指向された。
それにも関わらず動こうとした者は軒並み撃ち抜かれた。全員の様子が見えたわけではないが、それでも目の前で眉間から血液を吹き出した兵士を見た時は、即死を疑う余地もなかった。
「どうする! このままじゃ被害が出るだけだ!」
「だが、迂闊に動くわけにもいくまい!」
銃声にかき消されないように声を張り上げた。だが、叫んだ声にまともな返答が返ってくる事はなかった。当たり前だ。未知の脅威に対し、誰も何もいい考えを思い浮かべる事はできなかった。
そうしているうちに、永劫に続くかと思われた銃声が途絶えた。冷静になってみれば、撃ち続けられたのはわずか四半ウニミ(約30秒)程度だっただろう。だが、それだけで周囲は負傷者の呻く声で溢れていた。
「・・・・・・マジかよ」
「おい、取り敢えず2人を収容するぞ。弓兵は援護を・・・・・・」
「無理だ。皆動転している」
振り返ると、片腕から血を流していたままネルがそう言っていた。さらに、腹部も赤く染まりつつあり、誰かの銃を杖代わりに立ち上がっているような状況だった。
「ネル。お前、腹が、腕も・・・・・・」
「わかってる。だけど、2人を連れてくるには支援攻撃が必須だろう。精々、わたしがちゃんと銃を撃てる事を祈っときな」
そう言ってネルが構えた瞬間だった。
嫌な予感がした。
そうとしか言いようがなかった。咄嗟にネルを突き飛ばした。次の瞬間には、突き飛ばしたイグムの右腕に焼鏝が捩じ込まれたかのような痛みを感じた。視界には、腕が変な風に弾け舞う光景が映し出されていた。ふとネルをみると、彼女の左肩の周囲にも新しく赤い跡がついていた。
幸い、先ほどのように長く続く事はなく、数発で終わった。だが、それだけで被害は大きなものだった。
「・・・・・・おい、なんの音だ?」
遠くの方で兵士が怯えながら周囲を見渡していた。耳を澄ませば確かに何か低い音が聴こえる。
(上、か?)
腕を押さえながら空に目を向けた時だった。
はるか上空からソレは降りて来た。
まるで大皿のように薄く平べったい円形のソレは、銃を構えた兵士らしき影の上に来ると、つぅー、と滑るようにそのまま降りてきた。そのあまりにも現実離れした光景に目を奪われた。だが、ソレも長くは続かなかった。
突如、ソレから音が響いてきた
【今すぐ武器を捨てよ。抵抗の意思を見せれば攻撃する。こちらとてむやみに貴様らを攻撃する意図はない。繰り返す。無事でいたくば速やかに武器を捨てろ】
恐らく、彼らの言語で何かを話しているのだろう。だが、生憎なことに其方の言葉がわかる者は誰1人としていなかった。
「あいつら、なんて言っていると思う?」
「大方、『ここは我々の領土だ。変な真似をするな』とかそんな感じじゃない?」
ネルは傷口を抑えながらそう返してきた。だが、こちらとてわからない以上、警戒を解く気にはならない。たとえそれが悪手だったとしても。
そうしてその円盤を窺っていると、下の方に何か開口部らしき部分が見え、そこに敵兵が回収されていた。そして敵兵の姿が見えなくなる直前のことだった。
パン。
一つ、銃声が聞こえた。
振り返ると、捜索隊の兵士の1人が銃を構えて円盤を撃っていた。それは恐らく円盤にとってはなんら痛痒を感じるものでは無かっただろう。だが、敵に大義名分を与えるには十分だった。
【警告はした。これより、攻撃に移行する】
何事か話したと思った瞬間だった。見ると、円盤の外周部に、丁度円を8等分する位置に謎の光があった。その光が膨れ上がった、と思った直後には光線が放たれた。その光線は兵士目掛けて飛んでいた。
「は?」
誰もが呆然と見ている中、その兵士を中心として半径5ラツ程の範囲が文字通り消し飛んだ。
誰もが現実のものと受け入れられずに見ているしか無かった。だが、その脅威は去る事はなく、次々に襲いかかってこようとしていた。
「逃げろ!」
あちこちから悲鳴が上がった。だが、そんなことを意に介さない様子で再び光点が円盤に生じていた。
もはやこれまでか。
そう覚悟を決めた時だった。
円盤が動きを止めた。そして急速に上昇した。直後、一瞬前まで円盤があった空間を巨大な氷柱が何本も飛んでいった。
こんなことをするのは、一人しか知らない。万感の想いを込めて叫んだ。
「・・・・・・ウズナ!」
その声に呼応する様に、白い『竜』がイグムたちを守るかのように飛来した。




