アムスタス迷宮#190
今、四阿付近では、地上でも上空でも苛烈な攻防が行われていた。
山頂の方角から飛んできた鋼鉄の鳥。その数は目に見える範囲で既に10体は飛んでいた。彼らのうち、半数程度は上空で竜と戦っている。だが、残りの半分程度は上空からシロシルたちへと襲いかかってきた。
そして、その鳥と協力する様に山頂の方角から迫り来る兵士たち。彼らの装いはアムスタス皇国正規軍のそれとはまるきり異なり、雪山の地表に溶け込む様な色彩をしていた。それ故、距離感がいまいち掴みづらく、応戦する兵士たちの攻撃も周辺には着弾しているものの、有効的な攻撃になっているとは言い難かった。一方で敵の火器の精度は凄まじく、竜の死骸を盾にしなければまともに耐え凌ぎ、反撃することすらできない有様だった。
「どうする。下山して体勢を整えるか?」
「そうしたいのは山々だが、地の利を敵に取られている。ただでさえ単純な戦力比でも不利だ。逃げようにも逃げられないな」
周囲から聞こえてくる言葉も、まだ軽口を叩く余裕はあるものの、空元気に過ぎないことぐらいは皆わかりきっていた。
実際、今のところ、空陸どちらの攻撃による被害も、竜の死骸とエムの魔法によって大惨事へと繋がってはいないが、それもいつまで保つかはわからなかった。そんな中、先ほどは上空から考えられないほど殺傷能力の高い爆弾や、こちらをまるで打ち出された魔術の様に追尾してくる爆弾を落としてきた鋼鉄の鳥が、今度は銃撃を伴って降下してきた。四方八方から五月雨式に攻撃を受けては、いかにエムの魔法の範囲が広いと言えども、必然的に穴は生まれてしまう。
「おいおい、マジかよ・・・・・・」
「ほう。この結晶は敵の攻撃によるものだったのか」
流れ弾が雪原に命中した瞬間、着弾地点を中心として半径1ラツ程度の雪原が先ほど見つけた不思議な鉱石とそっくりな物へと転じた。以前周囲を探索した時にはついぞ見かけなかったものの正体に合点がいくと同時に、それはここで奴らと同じ勢力のものが何者かと交戦していた証でもあった。シロシルも雪が鉱石化する瞬間を見ていたが、見た限り、魔術らしき気配はごくわずかに感じたものの、詳しい事は調べない事にはわからない。だが、今は何よりも敵を撃退する事が最優先だった。
「奴ら、距離を詰めてきませんね」
「する必要が無いからだろう。我々の攻撃は打ち上げる都合上、あまり効力射が得られないのに対して、奴らは撃ち下ろすだけでいいうえに、精度自体も奴らの方が上だ。わざわざ危険を犯す理由がない」
兵士たちが怒鳴り合うのを聞きながら、シロシルは上空の敵を睨んでいた。打ち下ろしてくる敵よりも、上空から好き勝手に攻撃される方がよほど厄介だった。
十中八九敵の兵器だろう。だが、遠い上に早く動くため、詳細がわからない。それに、アレが生き物でないと言う保証もどこにもない。尾の辺りから炎の尻尾を引き連れていても、それがその様な進化を遂げた異世界の生き物ではないと言う保証はどこにもない。
シロシルが時折打ち上げる魔術攻撃に対しては、反応する個体としない個体がある。さらには、攻撃に使用した術式によっては、例えば炎魔術には反応したのに対して風魔術には反応しなかったりと規則性が見られなかった。
だが、降下してくると言う事は必然的に互いの距離も詰まる。そして、中にはシロシルの攻撃に被弾する敵も出てきた。だが、命中しても特に何か影響が見られるわけでもなく、悠々と飛び去っていた。しかし、やはり気にする個体は出てくるのだろう。その中のうち一体が功を焦ったのか、はたまた攻撃の確実性を高めるためかはわからないが、こちらに対して異常に接近してきた。距離にして、恐らく最接近時は20ラツ(約35m)もないだろう。そして、それはエムに対してあまりにも迂闊だった。
「・・・・・・捕まえました!」
最も近づく一瞬を狙って、エムが自身の魔法の範囲に敵を捕らえた。敵の鋼鉄の鳥は、空中に磔にされた様にぴたりと止まっていた。だが、エム自身の消耗も相当激しいのだろう。全身が水でも浴びたかのようにびっしょりと汗をかき、エム自身の視線もぴたりと敵に向けられたままだった。先程まで展開されていたエムの防御陣は崩壊し、敵の攻撃が雨霰と迫ってきた。また、敵も仲間を助けるためか攻撃がより激しさを増していた。
それだけに留まらず、エムが捉えた鋼鉄の鳥も、ジリジリと動き始めていた。だが、先程までと比べると細部を見る余裕はある。瞬間的にシロシルはそれを隈なく観察した。そして、シロシルは襲いかかるソレが、敵の兵器である事を確信した。
「中に人が乗っている。更に、生物らしき特徴なし。ならば、手の打ちようがあるな」
そう呟くと同時に、目の前で磔にされていたそれが、徐々に動く速さを増していった。
「あっ」
エムが小さく悲鳴を上げた直後、敵は完全に逃げ去っていった。貴重な手掛かりを逃してしまったことは素直に残念に思ったが、これ以上無理に留めてもエムが無駄に消耗するだけだっただろう。それに、必要な情報は手に入った。
操っているのが、あくまで人ならば打てる手は幾らでもある。
「アラコム、チイラ。手を貸せ」
「何か手を思い付いたんですか?」
「ああ」
そう言ってシロシルは2人に小さく耳打ちをした。
「・・・・・・確かに、効果はあるかも知れませんが」
「そんな簡単な手に引っ掛かりますかね?」
「そこはやってみないことには分からないが、やらないよりはマシだろう」
そう言いながら、シロシルは準備を始めた。それをみて、2人とも同じ様に準備を始めた。




