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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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178/317

アムスタス迷宮#177

 捜索隊はかなりの速度で移動し、四阿のある雪山へと到達した。そして改めて四阿の近くまでたどり着いた時、そこに広がっていた光景に一瞬言葉を失った。

「・・・・・・これは」

「十中八九、ウズナとアルカの仕業だろう」

 四阿の周囲は、本来ならば何も無かった。雪が積もり一面の銀世界の中、四阿の周囲だけ雪がなく、岩だらけの地面を露出させていた。そのはずだった。だがl、今目の前に広がる景色は、記憶の中のものと一変していた。

 至る所に氷の塊が乱立し、ある種の幻想的な光景と化していた。だが、そこにある幻想は、決して神秘的と言うような良い感覚ではなく、どちらかといえば逆の、荒々しさ、凶事を示すような光景だった。周囲の雪は吹き飛ばされて、厚い雪の層の下にある岩山の地肌がが広がっている場所もあった。さらに、さまざまな場所に抉れたような痕跡が残されており、地面は穴ぼこだらけと化していた。

 さらに、変化はそれだけにとどまっていなかった。地面の一部は焼け落ちて、地面の一部がまるで硝子のようにキラキラと光っていた。さらには、一度積もった雪が解けたのだろう。そこそこ大きな範囲の雪が溶かされて一枚の大きな氷の板と化している部分もあった。驚くべきことに、その氷の下には、地面の窪んだところに溜まっていたのだろう、まだ凍っていない水が存在していた。他にも、この場にいる誰もが見たこともないような様々な鉱石が、おそらくウズナが作り出したと思しき氷柱のように地面に乱立していたり、刀身が紫電を纏っている剣が残置されていたりしていた。

 目に見える範囲でそれほどの変化があった。そして、別の視点で見ればさらなる異質さがそこには存在していた。

「なんですか・・・・・・、これ」

 エムの目には、目に映る景色が悍ましくて仕方がなかった。地面の至る所に、地面に突き刺さる槍のように、もしくは墓標のように呪詛や魔力塊が乱立していた。

 おそらく、それらのうち呪詛はアルカのものだろう。見覚えというべきか、そのような雰囲気がある。だが、それ以外の黒い魔力や禍々しい青紫色の魔力には見覚えがなかった。

「アラコムさん、シロシルさん。呪詛以外で他人に害をなすような魔術って、あるんですか?」

「・・・・・・理論としては、ある」

「・・・・・・実家の文献で、そのような記述は目にした覚えがあります」

 エムの目にしている景色は、同じく魔眼を持っているものでなければ見ることはできないだろう。だが、魔力の扱いに長けた魔術師であれば、ある程度のマナについては感覚的に感じる事が出来る。だからこそ、2人も同様にエムが見ているソレの気配を感じ取っていた。

 そして、2人が出した結論は同じものだった。

「まさか『呪術』の残滓があるとはな」

「呪詛よりはまだ対処のしようがありますが、それでも厄介ですね」

 『呪詛』は生命力が負の方向性に変質したものとされている。それは生命力に対して仇なすものであり、真っ当な人間ならば決して扱えるはずのない力。アルカが扱えている理由については不明だが、本質的にはこの『迷宮』内に出現した『亡霊』や『亡者』が扱っている力に等しい。

 一方、『呪術』は魔術としての術の一つの分野であり、皇国では禁術とされている分野の一つである。理由としては至って簡単であり、悪用された場合、最悪被害が際限なく拡大するためだ。『呪術』は主に他人に自身の生命力を打ち込み、相手の生命力の流れを妨害する事にある。それゆえ、掛けられた相手は身体の一部への生命力の循環に不調を来たし、身体の調子を崩す。また、それだけに止まらず、術者の思うままに対象者のマナを操ることで本人の意思にそぐわぬ行動を取らせたり、対象者の心身を操り秘密を吐かせることすら可能になると言われている。

 それ故に、『呪術』は禁術扱いとされ、僅かに閲覧制限がかけられた記録の中に、記述として残るのみであった。

 魔術師たちが困惑している一方で、兵士たちもまた別の光景を目にし驚愕していた。

「なんだこれ・・・・・・」

「デケェ・・・・・・」

「こんなのと戦ったって言うのかよ・・・・・・」

 彼らが見ていたのは、探索隊によって討伐された竜の死骸だった。初めて見るその異形の怪物に、兵士たちはただ驚くことしか出来なかった。一方でイオリフソは別の点に着目していた。

「ふむ」

 研究用に削った部分とは異なる部分が削られている。有体に言えば、肉が抉られている部分が見られた。その分量と削られた位置から判断すると、おおよその想像はつく。

(おそらく、2人が食べたのだろう。だが・・・・・・)

 周囲の環境によるものか、肉は凍っていたものの思っていた以上に痛んではいなさそうだった。それに、近くに焚き火を焚いていた痕跡が認められた。そのため、2人が体力の回復のために食べたのだろうと言う想像は容易についた。

「だが、だとするとこちらは?」

 イオリフソが視線を向けた先には、明らかに刃物を用いて解体され、肉や内臓が持ち去られた形跡があった。それに、切りとられている部分から身長を考えると、アルカでは高く、ウズナが作業するには少し低い。故に第三者がいた可能性が高い。そう考えざるを得なかった。

 ここで何かが起きた。そして、ウズナとアルカはそれに巻き込まれた可能性が高い。

 だが、何が起きたんだ?

 急速に湧き上がる不安を押し留め、空を見上げるも、今の彼の心情を表しているかのように一面を厚い雲が覆い、さらに暗雲が垂れ込み始めていた。

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