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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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149/316

アムスタス迷宮#148

 その焔は様々な場所から見えた。

 アラコムが作成した剣を次々に装填し、打ち出している兵士たちからも。

 ギムトハたち手隙の術師たちが周囲の雪から剣を作り、残弾を補充しているところからも。

 シロシルたち先程まで戦っていたものたちが居た場所からも。

 四阿で、ひたすら解読作業を続けている魔術師たちからも。

 怪我や病気などで戦うことができず、四阿の近くで見ることしかできない者たちからも。

 そして、当事者である『彼女』からも。

 焔は、一枚の大きな壁のように広がって『彼女』のもとへ飛んできた。その速度、そして範囲は凄まじいものがあり、たとえ今から全力で回避に移ったところで、確実に半身は焔に巻き込まれることが予想された。

 さらに、焔の射線が最悪の方向を向いていた。このまま回避に移れば、身体の半分に大火傷を負うことは間違い無いだろう。だが、それだけで死ぬとは『彼女』は思っていなかった。だが、『彼女』の後ろにはバリスタを操作している射場があった。この焔の勢いならば、確実にそこまでは到達するだろう。そして、ここから射点までは約半エリム(約900m)あるが、そこへこの炎が到達するのは五つ数える間に十分に届くだろう。それまでに、この光景からその未来を予測し、逃げられる者はどれほどいるだろうか。

 また、そのさらに後ろには四阿があった。流石にそこまで届くとは思いたく無かったが、丘の上の惨状を思い直すと完全に否定することは出来なかった。そして、今四阿の周囲には非戦闘員か傷病者しかいない。つまり、咄嗟に危険を判断し、回避行動に移れる者が極端に少なかった。『竜』が『彼女』に執着せず、後方の陣を壊滅させる判断を下した場合、火力を上げて攻撃されたら射場はともかく四阿に控えている者たちはなす術なく焼き殺されてしまう。

 そこまでを一気に判断し、『彼女』が下した決断は『此処で焔を食い止める』ものだった。

(とはいえ、流石にこれほどまでとはな・・・・・・)

 偶然なのか狙っていたのかは定かではない。だが、それも今となっては些細な問題に過ぎなかった。此処で食い止めなければ、『この娘』の仲間が死ぬ。それに、後方から支援攻撃を飛ばしてくれる拠点が消えるだけで、戦力的な傾きは大きなものになる。

 だが、逆にこの攻撃を凌ぎきれれば『竜』は余力を無くす。そうなれば、『竜』がそれこそ身命を賭して殲滅するとでも言うような思考にならない限り、こちらの勝ちはかなり確実なものとなる。もちろん、その時に『彼女』に多少なりとも余力があるか、虚勢を張れるだけの余裕があれば、の話とはなるが。

 迫り来る焔の壁と自身の余力、さらに魔力防壁を展開する猶予を考えると、かなりの賭けになると考えられた。だが、後々のことを考えると乗らざるを得ない状況に追い込まれていた。

「全く、厳しいものだがっ」

 ついぼやきが口を飛び出した。そして腕を一線に薙ぐと、『彼女』の前に氷の壁が展開された。もし、以前洞窟のところで『彼女』が同じように氷の壁を展開しているところを見たことがあるものがこの光景を見れば、その時の情景を思い出しただろう。だが、今回展開された氷の壁は、その時と比べて強度も枚数も遥かに上だった。

 それにも関わらず、焔が氷の壁と接触した瞬間、一枚目は熱の余波で溶け、2枚目以降も次々と打ち破られていった。だが、焔も易々と貫通できているわけではなかった。5枚目の壁を突き破り、6枚目に展開された氷の壁でとうとう焔は止められた。

 『竜』と『彼女』のせめぎ合いにより大量の蒸気が発生した。それは、『竜』と『彼女』の意志の通し合いでもあった。互いに魔法により攻撃ないし防御を行なっている。それは単純に魔力がぶつかるのではなく、互いが作り上げた世界が衝突するに等しいものだった。

 『魔法』はその名前の通り、『魔力』によって『法則』を敷く。故に、『魔法』は現実を塗り替えるだけの力が必要になり、それは裏を返せば常に世界の法則から圧力を受けると言うことでもある。すなわち、『魔法』は常に世界から妨害を受けている。その妨害を跳ね除けてなお自身の世界を創り上げられるからこそ、『魔法』は一見不可能なことでも可能にしている。

 そんな『魔法』が激突する。それは乱暴にいえば、世界の法則も、相手の創り上げた世界も同時に破壊することに他ならない。故に、互いの『魔法』に対する修正力や反発はとても大きなものとなり、周囲一帯には魔力の余波による『嵐』が発生した。互いに世界を拒絶し、相手の世界を拒絶する。魔法がぶつかっている面では、互いに互いを壊し合い、莫大な力が渦巻き四方八方へ荒れ狂っていた。

 そんな中で『彼女』は歯噛みしていた。

(やはり、魔力が足りない、か)

 このままでは、耐え凌ぐことはできる。ただ、それはあくまでも耐えられると言うだけだ。その後、『竜』を相手にするだけの余裕はない。同じことは『竜』にも言えるだろう。だが、『竜』は『彼女』以外の人間に対しては特に力を使わずとも打ち倒すことができるのに対し、『探索隊』は全力を尽くしても『竜』に脅威として認識される可能性は低い。それは、『彼女』が動けない段階で『探索隊』全体の敗北が決定すると言うことでもあった。

(せめて、回復する余裕か、あと一手があれば・・・・・・)

 つい無い物ねだりをしてしまう。だが、中途半端な攻撃や援護は意味をなさない。現に、今もなお氷の剣は飛んできてはいるが、その悉くが荒れ狂う魔力の余波により、空中であらぬ方向に吹き飛ばされるか、砕け散っていた。最低でも、シロシルの全力攻撃かアルカの呪詛による攻撃でなければ脅威とは見做されない。

 どうすれば。

 どうしたら。

 この状況を切り抜けられるーー?

 考えは纏まらず。ひたすら目の前の脅威に対処し。『彼女』の思考は突飛のない考えであっても縋りつきたいほどに追い詰められた。そうしている間にも、1枚、また1枚と氷の壁は砕けていった。だが、それは焔も同じことが言えた。氷を1枚1枚砕くたびに、その勢いは目に見えて落ちていた。

 このままの状況が続けば、ギリギリのところで『彼女』は防ぎ切ることができる。しかし、少しでも何か前提条件が変われば、『竜』に軍配は上がるだろう。少しも集中を切れない攻防の最中、その均衡は不意に破られた。

「なっ・・・・・・」

 目の前で、焔の壁がそのまま動きを止めた。それはあたかも時間が切り取られたかのように。そんなことができるのは1人だけだった。

 だが、この攻防に割って入ってくるとは。

「戦えるのか、エム」

「はい。『少し』休むことができましたので」

 身体を雪の中から引き起こし、ふらふらとした足取りではあったものの、しっかりと『竜』を見据えてエムはそう答えた。

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