アムスタス迷宮#147
(やはり、一筋縄では行かないか)
『竜』に攻撃を加えながら、『彼女』はそう思案していた。現状、『彼女』が主導権を握って戦い、『竜』を圧倒している。だが、それが見せかけ上のものであることを『彼女』は、そして『竜』も理解していた。
今はまだ後方から数多の剣が飛んできている。その勢いと軌道から、おそらく投擲機か何かで飛ばしているのだろう。と言うことは、剣が尽きても何か岩とかあれば多少は支援が続くと考えられる。だが、それらもいつかは終わりを迎える。そして、それが潰えてしまえば『彼女』は1人で『竜』と戦わざるをえなくなる。
問題なのはその部分だった。多少回復しているとはいえ、『彼女』は万全には程遠い。この状態で『竜』と戦っても、いいところ互角と言ったところだろう。ではそうなる前にーー支援が続いている今ーー速攻を仕掛けて撃退できないのか、と言う話が生じる。
だが、それはできなかった。理由としては単純で、速攻をかけられるだけの余力は、いまの『彼女』にはなかった。『念動力』で剣を操りながら、時折氷やその他魔法を飛ばしながら戦っているとはいえ、その戦術は決して余裕があるからではなく、逆に余裕がないことの裏返しだった。
今、『彼女』は回復しながら戦いを進めている。だが、最低でも足止め、可能ならば撃破を狙う攻撃となると、今の『彼女』には荷が勝ちすぎていた。それをするためには足止めだけでも回復量のほとんどを消費してしまう。では、それ以上に力を使う撃破狙いとなると、回復量どころか、今ある余力を消費しなければならない。だが、それをして仕舞えばそう遠くないうちに力尽き倒れてしまう。そしてそれは、最悪の場合『竜』を野放しにしてしまうことを意味する。それを防ぐためには、『回復量』を『消費量』が上回らないように気をつけながら戦う必要があった。
今、『彼女』と『竜』の余力の関係は、まだまだ『竜』が圧倒的に優位にある。その余力を削りつつ回復し、『竜』を撃破できるだけの余裕を蓄えるとなると、どうしても非現実的な時間が必要になる。
(せめて1ルオ(2時間)回復に専念できれば、速攻を仕掛けても十分勝算があり、仮に失敗しても立て直せるだけの余裕が生まれるのだが・・・・・・。無いものねだりをしても仕方があるまい)
どこの誰がそれほどの時間を稼げると言うのだろうか。非現実的な仮定を打ち消し、考えを切り替えながら、『彼女』は目の前の戦いに集中した。
おそらく、『竜』はもう万全の状態であれば『彼女』の方が上だと認めている。だからこそ、『彼女』が余裕を手に入れる前に何がなんでも撃破してこようとしてくるはずだ。今はまだ、こちらの手数をどうにでも増やせる分、『竜』を防戦に追い込み反撃を封じているが、剣が飛来しなくなればその力関係は一気に逆転する。こちらの手数が減れば、『竜』は嬉々として『彼女』に攻撃を行うだろう。そうすれば『彼女』は回復どころではなくなり、余力を貯めるどころか、力尽きる未来が確定している不利な防衛戦を展開せざるをえなくなる。
『竜』もその考えに至っているのだろう。もしくは、『彼女』の様子からそう推測しているのか。しきりに機会を窺っては、多少強引でも『彼女』目掛けて攻撃を行なっていた。それに対処するとなると、躱わすにしろ防ぐにせよ耐えるにせよ、わずかばかり不利になる。そしてそれが積み重なっていけば、反撃される可能性も現実味を帯びてくる。
(だが、力関係を認識させて『竜』を慎重にさせたのは良かった)
現状、最悪の可能性は、『彼女』の余力が心許ないことを完全に見透かされ、遮二無二攻撃されて主導権を奪われることだった。正直なところ、攻防の関係性が反転すれば、『彼女』は一気に不利となる。今の『彼女』に『竜』の全力攻撃を防ぐだけの力は、たとえ全力を尽くしたとしても無かった。
あとはこのまま、多少なりとも回復できれば。
そう思っていた時だった。
恐れていた事態が起きた。
ひたすら耐久戦を仕掛けてくる『彼女』に痺れを切らしたのだろう。口から漏れて見える焔は、明らかに今までのものと比べ、質が格段に向上していた。氷の剣を突き立てて妨害しようにも、多少は『彼女』の魔力で保護されているとはいえただの氷の塊に過ぎないそれは、『竜』の口から漏れてくる焔の余波で尽く蒸発していった。
たとえ焔を吐かれても、『彼女』ならば回避するのは簡単なことだった。だが、回避することで少なからず攻撃は手薄になる。そこを突かれると主導権の逆転は十分に起こりうる。そして何より、『彼女』が回避してしまうと、その焔はそのまま後方で投擲機を操作している兵士たちを容赦なく焼き払うだろう。吐き出される焔の侵攻速度と範囲は、常人には見てから回避が間に合うようなものでは無かった。
かと言って、防御すれば、そのまま攻守の関係は入れ替わり、防戦一方となってしまう。そして耐えるには純粋な竜の身ならざる『ウズナ』の肉体に不安が残った。
(どうする)
もはや一刻の猶予もないなか、『彼女』は打開策を探した。そんな彼女を嗤うかのように、無情にも焔は吐き出された。




