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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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138/316

アムスタス迷宮#137

 『蜥蜴』に渾身の一撃が命中したことを確認したアルカは、その場に倒れた。先ほどの一撃は、それこそ人の胴回りもあろうかと言うほどの大きさの『呪詛』であり、現状アルカが放つことのできる『全身全霊の一撃』でもあった。

 そしてその一撃は遥かに強力なものだった。ーー術者となるアルカの身体も壊してしまうほど。発射台として使っていた右腕は、今や肩から先に黒い塗料を塗ったかの様に真っ黒に染まり、感覚も鈍くなっていた。動かそうと思えば動かせるものの、その感覚は鈍く、どちらかといえば右肩から先がなくなったかの様であった。

 また、全身の『生命力』を用いて撃ち出したために、もはや今のアルカに動く余裕は一切なかった。そんな状況のなか、カザハの声が聞こえてきていた。

[良かったのか、ここで切り札を切って]

(良い。皆が動けるうちに機会を作れた方が私たちの勝利条件に合致する)

[今狙われたらどうするんだって言う話だよ。・・・・・・まあ、上手く直撃したから良いものの]

(直撃しなくても、その時の隙でエムが何かやってくれる)

[他人任せ、か・・・・・・。変わったな、アルカ]

(色々あったからね、カザハ)

[本当に。・・・・・・今はゆっくり休め]

(そうする。・・・・・・あとは、よろしくね)

 カザハにそう託すと同時に、アルカはゆっくりと目を瞑った。その身体は吹き荒ぶ風によって巻き上げられた雪によって、徐々に覆い隠されていった。


**************************


(あの一撃は文字通りアルカさんの今の全力。すなわち、これ以降アルカさんの援護は期待できない)

 現状を冷静に見据えながら、エムは『竜』へと駆け寄った。

 今はまだアルカの『呪詛』により満足に動くことができていない。だが、それも長くは持たないだろう。

 『竜』が持つ『生命力』は推定でも一国を壊滅させるに十分に足る量がある。一方で、先ほどアルカが打ち込んだ『呪詛』は、どう見積もっても皇都を壊滅させることはできても国を壊滅させるとまでは言えないほどの威力でしかない。故に、時間がかかれば『竜』は問題なく動き始めるだろう。それを避けるためには、今のうちに畳み掛ける必要があった。

 他の者たちもいまが好奇と捉えたのか、一斉に攻撃に移っていた。そんな中、エムは『竜』の身体に触れると、『竜』のマナを探り始めた。

(出来るかどうかじゃない。アルカさんはアレほどの覚悟と行動を示しました。なら、わたしも、わたし達もやらなければ)

 そう思いながら、懸命にマナを広げていった。これまでに戦闘が行われ、特にウズナやアルカ、シロシルといった『魔術防壁』に対して対応可能な攻撃手段を持つ人たちが懸命に攻撃していたことも有利に働いていた。そのお陰で『魔術防壁』は著しく消耗しており、本来ならば『竜』にはじかれていたかもしれないエムの拙い魔法も、徐々に浸透しつつあった。

 この状況でエムがやろうとしていること、それは『『竜』自体の時間を操り、回復を妨害』することだった。欲を言えば、『竜』自体の時間を停止させてかつてのギムトハのように固めてしまいたかったが、さすがにそれは高望みが過ぎるというものだろう。欲を掻いて失敗するよりは、堅実な手段を取るべきだ。そう思いながらエムは『竜』のマナを掌握しようとしていた。


**************************


(なんだ? 突然刃が通りやすくなった)

 イグスは剣を振りかぶりながら、突如生じた異常事態に混乱していた。

 イグスもなんとか生き残りながらここまで辿り着いていた。だが、最早四阿に突入した時共にいた部下は、もう1人だけになってしまっていた。

 あるものは探索中に野生動物に襲われ。

 あるものは病に倒れ。

 あるものは天象気象に嫌われ。

 そして、大多数は目の前の『蜥蜴』の手にかけられて死んだ。

 イグスにとって己の命は大事だ。できれば命の危機に瀕することなく生きていたい。だがそれ以上に、たとえ半年程度の関わりだったとしても、同じ釜の飯を食べた仲間の仇を目の前で放り出すほど人でなしだとはなりたくなかった。

 だからこそ、イグスはたとえ1人となろうとも『蜥蜴』に攻撃する気概で残り続けた。

 しかし、そんなイグスの気概を嘲笑うようにイグスの攻撃は全く効く様子がなかった。剣は硬い鱗の前に弾かれ、手が痺れた。剣は容易に刃こぼれし、最早折れていないのが奇跡とさえ感じられるほどだ。

 だが、とイグスは思う。

 初めて『蜥蜴』を見たときは、恐ろしさからただ逃げることしかできなかった。そして、自分がもっと早くその決断を下せていたならば、部下は死なずに済んだのではないかという後悔があった。1人だけで戦うことになっていたとは言え、単独で時間稼ぎができていたウズナが羨ましくもあり、妬ましかった。

 正直、今の自分が四阿に入る前と比べて劇的に技量や能力が向上したり、彼女らの様に何かしらの特殊能力に目覚めているとも思っていない。ただ、怒りと衝動に任せて戦っている今、思うことは一つだけだった。

 ーーさっさとくたばれ。さもなくば何処か行け。

 そして今、いかなる理由によるものか、攻撃が徐々に通り始めている。先程までは弾かれて傷一つつかなかった鱗が、今では小さな罅が入り始めている。肉に刃が食い込む様になり、微細な出血が確認できる。傷の修復も遅い。

 これなら俺でもいける。戦える。

 手応えが生じてきたことに暗い高揚感を覚えながら、イグスは剣を振りかぶった。

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