アムスタス迷宮#121 ギムトハ-3
ずっと外の様子を伺っていた少女が、いつの間にか動きを止めていた。特に観察している様子もなく、かと言って何かするわけでもない。その様子をギムトハは不審に思いながら眺めていた。
『蜥蜴』が襲ってくる。四阿にいた人々はそう聞いて混乱に陥った。今はそれに輪をかけて混乱が増していた。理由は言うまでもなく、先ほど瞬いた閃光と強烈な爆音、そして衝撃波にあった。見える位置にいたものならばともかく、奥の方にいた人にとっては突然空が明るくなったと思えば爆音と衝撃が届いたのだ。理由がわからなければ『蜥蜴』の攻撃と誤認してしまう。
だが、ギムトハは偶然にもそれが『蜥蜴』に着弾する瞬間を目の当たりにしていた。離れたところから宙を駆けるように閃光が飛び、『蜥蜴』に命中していた。すなわち、あれが『蜥蜴』によるものではないと理解していた。
(閃光が派手で目立つが、あの攻撃の本質は光ではなく別の何かだ。あくまでもあの光は副次的な効果に過ぎない。では何が考えられる。どうすればあのような光景を生み出せる)
真理を探求するものとして、先ほどまで『蜥蜴』に怯えていたことを忘れ、自然と先ほどの光景について考えていた。火薬ではない。そもそも、現状皇国が保有する兵器にあの様なものはないはずだ。あれば、少なくとも錬金術師や科学者たちの耳にそのような話は聞こえてくる。だからこそ、ギムトハはすぐに兵器の線を消した。
(だとすると、考えられるのは魔術だが・・・・・・。魔術は専門外だ。だが、それならば一体誰が?)
ギムトハも決して魔術に明るくはない。だが、あのような超兵器的な術が存在するならば、少なくとも魔術師たちも混乱はしないはずだ。だが、魔術師たちの様子を窺うと怯えた表情を浮かべているものが何人もいた。
その中で、気丈にも立ち上がり、魔術師たちを宥めながら『蜥蜴』の様子を伺おうとしている女性がいた。その女性が誰か分かった瞬間、ギムトハは彼女に頼ることを決めた。いくら魔術のことに疎いとは言っても、今の皇国の魔術師で有名な人は顔と名前くらいは知っている。その点で言えば、彼女がここにいるのはある意味必然と言えるだろう。
「アラコムさん」
「・・・・・・何ですか?」
近くに来た時に咄嗟に呼びかけてしまい、そして彼女の反応から拙いことをしてしまったと悟った。
いくら彼女が皇国を代表する魔術師の中に数えられているとはいえ、いきなり見ず知らずの人から話しかけられれば怪訝な表情くらいは浮かべるだろう。それに、彼女が錬金術師の界隈に詳しくなかった場合、ギムトハのことを知っている可能性は限りなく低い。
それに加え、彼女はかなり急いでいる様子だった。そんな時に邪魔されて気にしない人間はほとんどいないだろう。特に今は、周囲がかなりの混乱状態に陥っている。『蜥蜴』が攻撃される瞬間を見た人でさえ、アレがなんなのかわからないのだ。最悪な可能性としては、第三者的な動物があの『蜥蜴』を攻撃したものという説を否定できない。そんな中で急いでいるにも関わらず、人々に邪魔されながらも外の様子を伺おうと足掻いている彼女にとっては、わずかな時間でさえ値千金だろう。
だが、彼女はギムトハを認めると、表情から険しさが消えた。その様子はあたかもギムトハのことを知っている様子だった。
「えっと、錬金術師の・・・・・・」
「ギムトハ、と申します。もしやご存じで?」
「コウカさんからよく話はお聞きしました。それに、あなたの治療にも関わっていたので」
「その節はお世話になりました。ところで、先ほどの攻撃に何か心当たりでも・・・・・・?」
そう尋ねると、アラコムは小さく頷いた。
「心当たりは二つあります。その攻撃について詳しく伺ってもいいですか?」
そう尋ねられ、ギムトハは了承して手短に説明した。
遠くの方から閃光が飛んできたこと。それはとてつもない速度で『蜥蜴』に命中し、そこで爆発が起きたこと。爆発音と衝撃波はそれによるものだと言うこと。また、攻撃の様子からして既存の技術では説明がつかない点が多いこと。などなど私見を交えながら説明した。
その説明をアラコムは静かに聞いていたが、聞き終わると深い息を吐いた。そして『蜥蜴』のいる方向を眺めた。まだ誰かが戦っているのか、『蜥蜴』はこちらに接近してくることなくその場に留まり、咆哮を上げていた。そしてそれに呼応するように小規模な爆発などが見えていた。
「・・・・・・それで、アラコムさんはこの何かについて考えなどはありますか?」
「そうですね・・・・・・。そう言う攻撃をしそうなのはシロシルーー我々魔術師の隊長ですが、規模から考えるとウズナがしていてもおかしくないーー」
そこまで言ったところで彼女は唐突に言葉を切った。何か気になるものでも見つけたのだろうか。もしや『蜥蜴』かその周囲に異常が? そう思いながら彼女の視線の先を追った。
『蜥蜴』は今も変わらずこちらに近づいて来る様子はない。では一体何に彼女は驚いたのか。そう思いながら視線をずらしていると、ようやくギムトハもおかしなことに気がついた。
(あんな女性、この中にいたか?)
先ほどまで少女が立っていた場所には、いつの間にか女性が立っていた。この国では珍しい青みがかった黒髪は少女と一致する。だが、彼女は今見える女性ほど背は高くなかったはずだ。それに着ている服が全く異なっていた。
(一体、何が起きている?)
疑問が尽きぬ中、視線の先でまるで寝ているかの様にしていたその女性が、ゆっくりと目を開けはじめていた。