第6話 強者
和希はただ呆然としていた。
校内に入り込んだ百匹近い魔物の大群を一掃して出てきた二人の魔法使い。
「随分と手こずってるみたいね………水嶋さん………」
事前に感じ取っていた校庭の様子を確認するように一通り眺めて、六花は言う。
落胆している訳ではないが、Bランク魔法使いならこんなものかという結果に、あまり感情の籠らない声になってしまった。
「さすがに新人ちゃんには厳しい数だったわねぇ。危なそうだから、増援に来たわよ」
大して心配していなかったのか、久菜がまるで重みのない声で言う。すると和希は驚いた顔で、
「あなたは、確か………『E機関』の《風術士》……久乃木久菜さん……」
「へぇ~、わたしのことまで知ってるのね……」
戦場とは思えないニコやかな笑みを見せる久菜に、六花は隣で小さなため息を吐く。
数体の大型狼から発せられている獣特有の殺気。それを間近で受けているにも関わらず、六花も久菜もどこ吹く風だ。まるで動じた様子も、臆した様子もない。
和希にはそれだけで分かった。
……この二人………魔法使いとしての次元が違う……。
ハッキリ言って、ゾッとした。目の前に魔物がいるというのに、何も感じていない。平常心、とはまた違う。本当に普通でいる。まるで、魔物がそこにいることが当たり前のように。
立ち尽くしている和希を追い越して、二人は前に出る。
「久菜……行くよ……」
眼鏡を外し、六花が言った。
「オーケー」
軽く微笑んで、久菜が答えた。
狼たちの唸り声が、戦慄を奏でるように響き渡る中で、六道六花は左手を首のチョーカーにやり。久乃木久菜は右手に握った杖を前に突き出す。
最初の発動は、六花の水。
「『我が手に水を――【アクア】バースト』」
身体の前に現れた水の塊は、凝縮された力を解放するように、狼たちへ発射された。
「『風を纏え――【ウィンド】スクリュー』」
続いて放たれた久菜の魔法。
空気を巻き込んで暴風の如く弾け出す風は、余波だけで周囲を揺らせている。
あまりに強い魔法の圧力に、和希は後退った。
四大元素の水と風による二重魔法。属性に限らず、同列の魔法の同時展開は互いに干渉し合ってしまって本来の力を発揮することが出来ない。
互いの良い部分だけを活かし、相乗効果で威力を上げることが出来るのは、最上級ランクに位置する魔法使いくらいだろう。
水の激流を暴風が巻き込んで、大型狼の群れをも飲み込む、巨大なサイクロンを作り出す。
収まった頃には、後に何も残らなかった。
和希があれほど手こずっていた狼たちを、彼女たちは一瞬で一掃してしまった。
「これくらい綺麗に掃除出来ないと、前線では戦えないわよ?」
笑顔で振り返った久菜が、意地悪く言った。
「久菜……」
「だって、わたしたちが現役の頃なんてホントに化物みたいなのがいたじゃない? エリアの最奥なんて、大概そんなもんだし……」
「魔法学校卒業したての新人に求めることじゃないでしょ………それに、ソロで戦場に出ることなんて普通はないんだから……」
眼鏡をかけ直しながら六花が言うと、久菜はクスクス笑った。
「新人時代に、ソロで支柱エリアに突撃してた姫が言えることじゃないけどね」
「…………それより、機関からの連絡は?」
久菜の指摘に詰まったのか、六花は和希の方を向いて、何事もなかったように話を変える。
「えっ、あ、はい………」
いきなり振られて戸惑ったが、和希は答えた。
「もうじき、このセーフティエリアを警備している方たちが到着する予定です……それと、私の先輩である『アース』の魔法使いも……」
と、言っているうちに、もう到着するようだ。次から次へと、魔法使いの気配が動き回り、この学校に向かって来ている。
「そう……、なら事後処理はあなたたちに任せるよ……」
少し突き放したように言ってスタスタと校舎の方へ戻っていく六花と、後に続く久菜。
「あの!」
そんな二人を、水嶋和希は呼び止めた。
「なに?」
足は止めたが、振り返ることなく、六花は問う。
何も話し掛けるな、という雰囲気を背中で表していたのだが、和希は勇気を振り絞って声を出した。
「もう一度、考えてもらえませんか?」
主語のない言葉だったが、なんのことだかはすぐに分かった。
「チーム入りの話なら、私の返答は変わらないわ……」
刺すような冷たさを言葉に込めて、六花は否定を投げつける。あまりにあっさりとした切り捨て方は、食い下がることも許さない。
和希が何も言えなくなり、六花はそのまま歩を進めようとしたところで、第三の声が聞こえてきた。
「あんまりつれないこと言わないでよぉ…………六花ちゃん……」
ビキッ、と六花の身体が固まった。見れば久菜も、同じように凍りついている。
固まった首をギリギリ動かしながら、ゆっくりとそちらへ目をやると、和希の後ろに、新たな人影があった。
「ハァイ、六花姫……久菜……久しぶりね」
手を挙げながら、気さくな挨拶を飛ばしてくる高校生くらいの少女。長い金髪を後ろで束ね、髪と同色の金色の瞳。どこか妖艶さを醸し出す美しい容姿の彼女は、
「儒道………ジュリ……」
「これまた随分と懐かしい人が来たわね……」
六花は訝しげにその名を呼び、久菜が目を見開いた。しかしジュリは気にすることなく、普通に笑いかけてくる。
「FCオールスター選抜以来ねぇ……二人とも立派になっちゃって……」
魔法機関『アース 』所属。現魔法機関MLL総合ランク三位――儒道ジュリ。エリア踏破に参加している千人以上の魔法使いの全てが、その実力や魔法ランクに捉われず、単純な実戦戦闘能力で評価されるマジシャンズ・レベル・リーグで三番目に位置する存在。
そして、六花と久菜より一期上の先輩だった。
『E機関』のメンバーと並び、五年前に新設した『アース』の中で第一世代を担ったエースクラスの魔法使い。その人が、目の前に立っている。
「和希がいつまでたっても連れて来てくれないから、こっちから見に来てみればこの有り様だし……もう、ちゃんと姫のナイトを勤めなきゃだめでしょ?」
「す、すみません……」
ジュリの言葉に縮こまる和希。それを見て、六花は呆れたように頭を抑えた。
「………ジュリ先輩……あなたですか……この後輩に余計なことを吹き込んだのは……」
今にもため息を吐きそうな姿に、ジュリがむっとなる。
「別にぃ~、わたしが言ったのは本当のことだけだしぃ、チームを組むのに姫様たちが必要だったのも事実だしぃ」
「……はぁ」
六花は重いため息を吐いた。この人は昔から苦手だ。エリア踏破をしていたときにも何度かその場で即席チームを組んだことはあったが、どうにもマイペースで、掴み辛い。何を考えているのか分からないから、先の行動も読めない。
警備部の魔法使いたちが到着し、バタバタとし始めたのを見て、取り敢えずこの場での話は打ち切りとなった。