【4】砂埃と羽 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「ジー。ジー。」
「ああ。俺はジールだ。」
「ジー、おぉぉ、ジー。」
「そうだ。ジール、わかるか?ジール。」
「ジーぅ、ジーぅ。」
「よし、その調子だ。」
シャワーを浴びた濡れ髪で、よじ登るようにしてローテーブルに手をかけ、不安定な腰を前後に揺らし、二本足で立ち上がったまま、口に指を押し込むようにして咥えた。
「うぅぅ。あーーぁ、あー。」
酒を飲むジールもまた、濡れ髪に下着姿であぐらをかいている。恐怖を知らない好奇心旺盛な暴れん坊は、唾液まみれの手を差し伸べ、1歩、1歩、近づいていく。
「お、やるか。新しいチャレンジだな。こい。」
一歩進む度に重心が揺れ、足を踏ん張ろうとするが、押し返す加減を誤って、後ろに座り込んだ。
「いいぞ。もう一度、テーブルに立ってみろ。」
おおー、おぉー、うー、言葉がまるで通じているかのように、彼は四つん這いでテーブルに向かい、よじ登るようにして立ち、ジールをもう一度見る。
「ジーぅ、ああーう、おおーー?」
「よし、こい。」
小さな足がまた、一歩を踏み出した。頭を左右に揺らし、両手を前に突き出し、2歩目で前に重心が倒れ、足をまた前に出し支えるが、勢いが止められずに更にもう1歩踏み出す。そのままもう一歩、またもう一歩。ジールに飛び込むようにして倒れ込んだ。
「あはははっっ。坊主、やるじゃないかっ。」
皮の厚い大きな手で雑に撫でられた細い髪は、絡まるように上下左右に乱れた。
「“小さなゾンビ”みたいだな。ほれ、立ってみろ。」
両脇を手で支えられながら立たされ、足に力を入れ、おぉ、おぉ、と声を出す。
「そうだ、こっちにこい。」
ヨタヨタと小さなゾンビがジールに近づいていく。だが、前につんのめるようにバタリと倒れる。泣くか?と思い覗き込むと、しっかりと顔を上げ、けらけらとわらった。
「坊主、その調子だ。また立ち上がれ。」
ジールはグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「ジーぅ、ジーぅ。」
「坊主、こい。芽生える恐怖に打ち勝つんだ。」
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【4】
砂埃と羽
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「おぉい、最近のジール、なんか変じゃあないか?なんて言やぁいいのかわっかんねぇが、“こわくねぇ”んだよ。思わねぇか?」
昼食を食べ終わったダンカーが、残り2本しかない前歯に順応性オーラルピュリファイアを付けたまま、休憩所に入ってくる。
「おい、ダンカー、また口腔装着着いてるぞ。」
「おお?!ほんとだ!あちゃー!これ着け心地良すぎて忘れちまうんだよなぁ。がははっ。」
「確かに、ジールさん、笑う事が増えた気がするな。」
カイトが持つ燃焼デバイスがカプセルを検知する。アルコールの匂いが立ち込めたあと、点滅していた赤色が、緑に点灯した。
「ジールはなぜ赤ん坊がいることを言わねぇんだぁ?あいつから言わねぇから、聞けねぇんだよなぁ。カイトも知ってるだろ??」
ダンカーの声が工場に響き渡る。ジールさんに聞かれたらどうするんだよ、呆れた表情で燃焼デバイスを鎖骨の下に押し込む。
「人には人の事情がある。バンナムでは、特に。俺は噂には耳を貸さない。首を突っ込むとろくな事がない。ジールさんのことだ。いずれ話をするだろうさ。」
「その赤ん坊、昼間はエミリちゃんのところにいるんだろ?なぁなぁ、カイト、エミリとジールの子どもなのかな?!」
ダンカーに静止をするように手のひらを見せ、深呼吸をしながら燃焼デバイスを抜く。
「そんな出鱈目な推測を大きな声でばら撒くな。ジールさんはそんな人間じゃないだろう。俺達を拾って、こうやって雇ってくれているんだ。軽率な冗談はよすんだ。」
人工肺が可動範囲を回復させ、空になった気化性グリセロールのカプセルは、カランッと音を立て正確に屑籠に放り投げられる。
「冗談じゃあないぞ??俺は真面目に言ったんだぜ。」
お前は正気か?
恵まれた大きな体と、
人一倍汚れた顔、
未だに外されていないピュリファイア、
大きな声。
ため息に乗せるように漏らす。
「単純すぎる。」
「おーーーい!!仕事するぞーーー!!」
廃材の鉄くずをハンマーで叩く音と、大きな声が響く。
「ダンカー、またな。」
「おう、カイト、怪我すんじゃねぇよ!」
「おう、お前もな。口腔装着を外せ。」
「ああー!がっはっはっ!!忘れてたぁ!!」
男達がぞろぞろと作業場へ戻ってくる。コンプレッサーと発電機が起動され、ブロワーとモーターの重低音が再開する。
バンナムに襲いかかった数年に一度の猛暑は、その勢いを鈍らせながらも、最後の足掻きを続けていた。
嵐の日からもうすぐ一年が経つ。
金属加工専門業者、“バンナードメタル”は、
バンナムの夢から醒めてもなお、
その稼働の勢いを止めることはない。______
風が粉塵を巻き上げる。
逆らうことはできない。
砂ぼこりが舞い上がる。
「あーぁ…、バイクが砂まみれだ。」
エンジンを停め、吸気口を覗き込んでため息をつく。
「フィルター付けないとエンジンやられちゃうなー。」
グローブの指先でタンクを撫で、ご機嫌なスマイルのマークを描いた。ガレージの方から足音が近づいてくる。
「お前か。このうるさいバイクの持ち主は。」
臙脂のチェックシャツの袖を捲り、
指先を拭いて黒い油をつけたデニム姿。
ワイズガレージの整備工場から、
口髭を生やした中年男性が近付いてくる。
骨格の良さが服の上からでも分かる。
オーガニックシガーに火をつけ煙を吐くと、
元気か?とトーンを明るくした。
「ワイザーおじさん!見てよこれ、砂まみれだ!」
「ボナハートの土地を見てきたのか?あそこは時期によって砂嵐ができる。ノンフィルターであそこを走るのは野暮だぞ、ユダラ。」
「ちょっと周辺を見に行ってきたんだ。キャブレターを洗いたい。工房、貸してくれない?」
「ああ、好きに使っていい。デニスから色々聞いているぞ。ボナハートに穴を掘るのか?」
ワイザーの吐き出すオーガニックシガーの、優しい甘い香りが風に乗る。
「そうだよ。地盤が硬すぎて苦労しそうだ。」
「ユダラ、お前達が作ろうとしてるものだが、見つかったら大騒ぎになるんじゃないか?」
「なるだろうね。量子生成装置なんてものが作れる技術があるなら、目の色を変えてあらゆる人間がやってくるよ。」
タンクに書いたスマイルのマークに、シャクトリムシの体を書き足していく。
「デニスは、お前を信じきっている。やれるのか、本当に。」
「はははっ、やってみなきゃわからないよ。でもね、デニスは自分を過小評価しているよ。設備さえ整えたら、可能性は充分ある。」
ボナハートの隣町、ニールの閑静な住宅街で、走り去る車にワイザーは一瞬目を引かれるが、真っ直ぐと目を見て質問を続ける。
「プロジェクトの申請はどうするんだ?その装置がある事をありのまま書くのか?」
「はは、おじさんは本当にするどいなぁ。」
「お前は突拍子もないことを平気でやってのけるからな。寿命が縮まないように、聞いておきたい。」
「おじさん、デニスにこっそり伝えたりしない??」
「がははっっ、あいつに内緒にするつもりなのか。」
「だって、きちんとした親に育てられたせいか、あいつはそういう所、ガッチガチなんだよ。親がどうもガッチガチなのかもしれない。」
「ガッチガチなのは、俺の性質だっ!」
「知ってるよ。怒んないでよ。」
「…お前は無茶をする。心配になるんだ。」
息子の今後を案じているわけではない。再度確認するように、若者の肩にドンと分厚い手を乗せた。
「ありがとう。そんなに心配いらないよ。もう大人なんだ。このプロジェクトは、立ち会いできちんとした申請をしようと思ってるよ。」
「その装置を全て見せて説明するのか?どういうことだ。」
「もちろん説明する。嘘の説明を。」
「お前、虚偽の申請をするつもりか!!」
お前はまた、と言いたげだったが、シャクトリムシの体に羽根を書き足している姿に、魂胆を感じトーンをすぐに戻した。
「おじさん、このバイク、どこのバイクかわかる?」
「なんだいきなり。これは、ローランドのrd550じゃないのか?」
「すごい!エンジンを見て良くわかるね。さすが天才だ。でも、その他は全て違うよ。フレームもタイヤもスイングアームも、フロントフォークもハンドルもキャブレターも、全て僕が作った。」
「なんだと?!全てワンオフか?!」
「ホイールはもちろん、別のバイクのホイールから、3Dプリンターで外注したけどね。もしも、このエンジンすら、僕が作ったとしたら、なんのバイクか分かる?」
「そうだな…、きっとわからないだろう。そういう事か。全てオリジナルで作られた、この世に存在しない装置に関して、誰も虚偽を見抜けないということか。」
「そう!仮に巨大なコンピュータだと言われても、信じるしかないんだ。全ての部品を見せても、どんなに優れた天才が見ても、疑う余地はない。何よりも、立ち会いの申請が通れば、このプロジェクトは、無条件で“白”になる。」
「お前の考えることは、合理性が高すぎて、納得せざるを得ない。虚偽の申請が正義に反していても、プロジェクトは正義だ。デニスには、なんて説明するんだ。」
「適当に上手く言えば、“そっか、分かったよユダラ君!”って納得してくれると思うよ。」
それを聞いて豪快に笑うワイザーに、
思わず心が綻ぶ。
この人の事が、本当に大好きだ。
「…はぁ。その姿しか思い浮かばん…。ユダラ、外にいてもなんだ、中に入ろう。バイクをもう少しじっくり見せてくれ。」
「うん。乾燥してるし、喉が乾いたよ。」
ワイザーはそそくさと工房に向かって歩く。バイクを押しながら、その後ろ姿を見ていた。
タンクに書かれたスマイルは、
羽を得て今にも飛んで行ってしまいそうだ。
やっぱり、この人がいい。
「おじさん!」
「なんだ。」
「バギーを、一緒に作って欲しいんだ。」




