第1話 草薙の剣(KUSANAGI)
2144年。東京、旧・新宿区地下エリア。
かつて「不夜城」と謳われた都市の地下は、今や冷え切った巨獣の臓腑に等しかった。
漆黒の闇を切り裂くのは、米軍特殊核国防衛部隊『A N V I L』が放つ6条のタクティカルライトの光だけだ。湿り気を帯びた埃が光の柱の中で乱舞し、10年以上前の退廃的な匂いを運んでくる。
「各員、歩幅を殺せ。この辺りの床は、19世紀のビスケットより脆い」
隊長のミラーが、暗視ゴーグル越しに低い声を飛ばす。
最後尾を歩くウィリアム・クラークは、愛銃のHK416のストックを肩に預け、左右の瓦礫の山を警戒していた。
「了解ですよ、スティーブン少佐。しかし、わざわざ日本の幽霊屋敷を探索しに来るなんて、我が軍も物好きだ。これならまだ、アラスカで不凍液を飲んでる方がマシだ」
ウィリアムの軽口に、隣を歩く狙撃手のサンチェスが肩をすくめる。
「不凍液はよせ。……クラーク、お前さっきから足元が疎かだぞ」
「心配はよせ。俺の靴は、この国の古いアスファルトよりも賢い。"Relax, Sanchez. I’ve walked on thin ice my whole life, and I haven’t even gotten my socks wet yet."(落ち着けサンチェス。俺は人生ずっと薄氷の上を歩いてきたが、靴下を濡らしたことすらないんだ)」
だが、その直後だった。
ウィリアムが足を踏み出した床——コンクリートの剥落した先にあった鉄板が、断末魔のような軋み声を上げた。
「――っ、全員走れ!!」
ウィリアムが叫ぶのと同時に、床が崩落した。
物理法則に従い、彼の身体が急激に重力に奪われる。咄嗟に手を伸ばしたが、掴んだ瓦礫は砂のように指の間をすり抜けた。
「クラーク!!」
仲間の絶叫が遠ざかる。
落下する数秒間、ウィリアムは自身の心臓の鼓動が耳元で鳴り響くのを聞いた。
「"Well, this is a hell of a first date."(こいつはとんだ初デートだな)」
皮肉を吐く間もなく、身体を激しい衝撃が襲った。
背中を硬い金属面に叩きつけられ、肺の中の空気がすべて強制排出される。視界に火花が散り、世界が暗転した。
数分か、あるいは数十分か。
ウィリアムは、顔に滴り落ちる冷たい泥水の感触で意識を呼び戻した。
「……カハッ、……クソが」
全身に走る軋むような痛み。彼は反射的に肩の無線機を叩いた。
「こちらクラーク……聞こえるか。……エクスプレス便で地下まで落とされた。リーダー、応答しろ」
返ってきたのは、鼓膜を不快に掻き毟るようなノイズだけだった。
「リーダー? スティーブン少佐? ……クソ、"Great. Silence is the only thing that's free in this world, I guess."(最高だ。この世でタダなのは静寂だけ、ってわけか)」
ウィリアムは立ち上がり、予備のライトで周囲を照らした。
そこは、上層の廃墟とは一線を画す、冷徹なまでのテクノロジーが支配する実験室だった。
彼はまず、脱出の可能性を模索した。
見上げた先には、十数メートル上方にぽっかりと空いた「穴」がある。だが、周囲の壁は滑らかなセラミック板で覆われ、足掛かり一つない。
「登るのは無理か。……じゃあ、爆破で段差を作るのはどうだ?」
彼はポーチからC4爆薬を取り出し、壁の接合部にセットしようとしたが、すぐに手を止めた。
壁の奥から聞こえるのは、重厚な機械音と、何かが循環している液体の流れる音。
「下手に爆破すれば、地下水に呑まれるか、酸素不足で干物になるのがオチか。"I'm not in the mood for a Viking funeral today."(今日はバイキング式の葬式を挙げる気分じゃないんだ)」
脱出の試行錯誤は、すべて「不可能」という結論に突き当たった。
ウィリアムは諦め、周囲を探索することを選んだ。
そこには、重厚なマホガニーのデスクと、一台の古びた端末があった。その傍らに置かれた『重要機密』と書かれた黒いファイル。
手に取りパラパラとページをめくると、ウィリアムの瞳が鋭く細められた。
「特殊核……材料、密売ルート。……おいおい、このリストにある名前、国防総省の重役が混じってやがるぞ。"This list is more explosive than the nukes themselves."(このリスト、核兵器そのものより爆発力がありやがる)」
驚愕する彼の視界の端で、部屋の隅にある「何か」が脈動した。
それは、空間を歪ませるほどの質量を持った青白い光の渦。ゲートだった。
「おいおい、これは現実か?」
困惑するウィリアムを誘うようにゲートは心臓のように不規則に鼓動した
「ゲートの中を探索するほど、希望を捨ててはいないんでね」
ウィリアムは捨て台詞を吐き再び周囲を探索した。
数時間が経っただろうか、ウィリアムは果てしない深淵の探索で精神を削られていた
「なんだ、これは」
ウィリアムは一つのアタッシュケースを発見した。
中を開けると二重構造になっていたであろう強化ガラスのケースが砕け散り、
一挺の異形な銃が保管されていた。
手に取ると、驚くほど重心が安定している。
スライドはマットな黒。だが、グリップからマガジンにかけて、まるで生き物の神経が通っているかのように、青い発光体が脈動している。
スライドの刻印を確認する。
『JTX k-0.0/AOM (Japan Weapons Type-0.0 Kusanagi / Anti-of-American)』
ウィリアムは鼻で笑い、銃口をゲートに向けた。
「『草薙』はの意味はわからんが『反米』か。……この国のエンジニアは、俺たちを歓迎するつもりは毛頭なかったらしい。"Nice to meet you, too, you little piece of iron."(こちらこそはじめましてだ、この鉄屑め)」
背後の穴は、先ほどの振動で完全に崩落し、もはや光すら届かない。
前方のゲートは、意志を持っているかのように、ウィリアムを招き寄せるように輝きを増していく。
悩んだ末ウィリアムは先ほどの黒いファイルを読んでから考えることにした。
目次から全て目を通しファイルをめくる。
『異世界地図、主要3大陸、特殊核原材料』
「やっぱり日本語の翻訳は米軍のマスクには厳しいらしい、異世界などあるわけがない。もしこの翻訳が合っているなら日本人は頭がおかしいことになる」
さらにページをめくるとそこには記録が書かれていた
「2090年2月新宿の異常放射線観測の先には青い発光するゲートのようなものがあった。政府はこれを国家機密とし、地下に観測施設を建設した。調査を進めると、ゲートは既存の元素と未知の元素で構成された安定した混合物であることがわかった。またゲートは大量の放射線を発していることがわかったが、人体への悪影響は確認されなかった。我々はこれを特殊放射線と名付けた」
「2090年3月29日ゲートの鼓動が確認され一秒間の特殊放射線量の増加が見られた」
「2090年4月20日ゲートが徐々に大きくなっていることが発覚した」
『2090年7月25日ゲートの大きさは縦2メートル、横3メートルと発見時の約二倍のサイズになってゲートの肥大化は止まった。そしてゲートの先には約5兆266億3872万立方メートル(約地球の五倍)の空間につながっていることがわかった』
「2090年9月7日衛星用小型電波装置をゲート内に投入」
「2090年10月8日ゲート内から電波を確認、約一ヶ月の電波ラグが生じることがわかり、地球から0.083光年離れていることがわかった」
「2091年12月24日政府による調査隊 J G E(10名)が結成された
「異世界初回調査記録2091年1月15日:J G Eによる初のゲート侵入。調査員は数分で帰還したが、彼らの報告によれば、ゲートの先は『空が紫に澱んだ未知の荒野』であった。また、帰還した調査員の細胞が、特殊放射線によって活性化していることが判明。老化の一時停止、あるいは遅延の兆候が見られる。我々はこの現象を『新人類への進化』の鍵と推測した」
『異世界調査記録2091年9月21日、J G Eが現地住民を発見、 謎の魔法・呪術なようなものを使用3名が犠牲になった。また現地看板のような物に書かれた言語にはラテン系、ゲルマン系そして中国語、日本語の漢字、ひらがなが使われた混合言語が用いられていた。解読:可能」
「2093年12月12日:異世界初回調査記録 資源探査の過程で、地表に露出する結晶体を発見。これを『オーズ(AUSE)』と命名。わずか1グラムのオーズが、既存の核燃料数トン分に匹敵するエネルギーを放出し、かつ制御可能な特性を持つことが判明した。同時に、このオーズがゲート付近から漏れ出す特殊放射線の発生源であることも確定した」
「2105年5月:オーズの軍事転用実験を開始。対外的には『次世代クリーンエネルギー』と公表。だが、我々は知っている。これこそが、他国の追随を許さない究極の核——『特殊核』の正体であることを」
「2110年8月:不測の事態。ゲート内から未知の寄生生命体が侵入。研究員22名が犠牲となる。寄生生物は宿主の神経系を掌握し、肉体を異形へと変異させた。これに対抗するため、対異生物用兵器『JWT(Japan Weapons Type)』シリーズの開発を急務とする。コードネーム:KUSANAGI(草薙)。JWTシリーズのプロトタイプJTXが完成した」
『2118年5月6個のJWTシリーズ・3個のJWTexシリーズが完成した。以下10個所在を記す』
・JTX k-0.0/AOM (Japan Weapons Type-0.0 Kusanagi / Anti-of-American)
所在:確認 場所 新宿施設
・JWT m-0.1/AOQ(Japan Weapons Type-0.1 Muramasa / Anti-of-china)
所在:不明 第二次異世界調査にて所有者:死亡
・JWT y-0.2/AOL(Japan Weapons Type-0.2 Yata-No-Kagami / Anti-of-England)
所在:不明 第一次特殊放射線戦争にて紛失
・JWT t-0.3/AOPA(Japan Weapons Type-0.3 Ame-No-Totuka / Anti-of-France)
所在:確認 場所 レイン大陸 京状の滝
・JWT y-0.4/AOGE(Japan Weapons Type-0.4 Yomi-Ji / Anti-of-India)
所在:確認 第二次特殊放射線戦争にてアメリカ軍に強奪 場所 Neo-New-York
・JWT o-0.5sp/AOM(Japan Weapons Type-0.5-special Orochi / Anti-of-American)
所在:不明 第三次異世界調査にて紛失
・JWT f-0.6/AOQ(Japan Weapons Type-0.6 Futu-No-Mitama / Anti-of-china)
所在:不明 第三次異世界調査にて所有者:死亡
・JWT T-0.7Ex(Japan Weapons Ex Type-0.7 TSUKUYOMI)
所在:確認 場所 レイン大陸 南西の果てコイズ湖
・JWT A-0.8Ex(Japan Weapons Ex Type-0.8 AMATERASU)
所在:確認 場所 カイル大陸 ゼウス超山脈 頂上
・JWT A-X Ex(Japan Weapons Ex Type-X IZANAGI)
所在:確認 場所 レイン大陸 レーメイ山脈 麓 スンズ村宝庫
「2120年11月:最終報告。第四次世界大戦 オーズの採掘権を巡る戦争が激化。ゲートの維持に莫大な電力が必要となるが、オーズの反応が不安定化。ゲートは『呼吸』するように脈動を強めている。万が一、ゲートのバランスが崩壊した場合、新宿から半径50キロメートルは空間ごと消失する恐れがある。我々はこの事実を封印し、施設を放棄する。……願わくば、後の世の誰かがこの『剣』を使いこなさんことを」
「……ハッ、冗談だろ?」
ウィリアムはファイルをマスクにアップロードしデスクに放り投げた。
今、自分の背後で青白く光っているのは、ただの便利なワープホールではない。地球を混乱に導いた核戦争の原因であり、同時に新宿を消滅させかねない時限爆弾だ。そして、それを手に入れるために、自国の高官たちが密売に手を貸していた。
「"So, the high-ups were selling the world for a few glowy rocks. Truly, human greed knows no borders."(つまり上層部は、光る石っころのために世界を売り払ってたってわけか。全くだ、人間の欲ってのは国境を知らないな)」
ウィリアムは再び『草薙』を手に取った。マガジンから漏れる青い光は、ファイルに書かれていた『オーズ』の輝きそのものだった。
2144年の最新鋭技術を詰め込んだはずの自分の装備が、急に時代遅れの玩具のように感じられる。
「俺が落ちたのは、ただの穴じゃなかった。歴史のゴミ捨て場だ」
不意に、ゲートの脈動が激しくなった。空気を震わせる重低音が、ウィリアムの骨の芯まで響く。
穴は塞がった。通信は死んでいる。残されたのは、30年以上前の日本人が残した呪いの銃と、地獄への入り口。
「ゲートの中を探索するほど希望を捨ててはいない……と言ったが、ここで餓死を待つほど、俺は聞き分けの良い兵士でもないんだ」
ウィリアムはJTXを構え、サイトの向こう側に揺らめく「紫の荒野」を見据えた。
「"Let's go, Kusanagi. If you're really meant for 'Anti-of-American,' you've got an American friend to carry today."(行くぞ、草薙。お前が本当に『反米用』なら、今日はアメリカ人の友人を運んでもらう)」
『俺は必ずこの世界を平和へ導いてやる』
彼は、迷いなくゲートの渦中へと足を踏み入れた。
身体が粒子に分解されるような奇妙な浮遊感の中、ウィリアム・クラークの意識は、2144年の東京から、8大陸のひとつカイル大陸の乾いた風へと連れ去られていった。




