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第一話:砂漠の残火 ― 偽りの王冠と、黄金の旅路 ―

銀の髪に紅の瞳。

二十半ばの若々しい美貌に、悠久の時を宿した女。

人々は彼女を「銀麗の吟遊詩人」と呼ぶ。

彼女が語る時、世界は震え、精霊は騒ぎ出す。

呼び起こされるのは、愛か、憎悪か、あるいは――。

一羽の翼を失った鳥が紡ぐ、贖罪の物語。

砂漠の夜は、生き物の熱を奪い去る死の抱擁に似ている。

 昼間のうだるような熱気はどこへやら、吹き抜ける風は剃刀のように鋭く、旅人の肌を削っていく。

「……冷えるな」

 焚き火に枯れ枝を投げ込みながら、カイルは呟いた。彼はまだ二十歳を過ぎたばかりの若者で、家を飛び出し、一攫千金を夢見てこの砂漠を渡るキャラバンに身を投じていた。その隣には、三日前から旅の道連れとなった女――『銀麗の吟遊詩人』と呼ばれた女が座っている。

 紺色のマントを深く被り、その下から覗く長い銀髪が、炎に照らされて赤銅色にゆらめいている。マントの隙間から覗く脚は、旅慣れた逞しさと、目を背けたくなるほど瑞々しい肉感を湛えていた。

「ねえ、あんた。何か、歌ってくれよ。あんた、吟遊詩人なんだろ? この寒さと、退屈を紛らわせるような景気のいいやつをさ」

 カイルの軽い問いかけに、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 赤い瞳。吸い込まれるような深紅の双眸には、若々しい顔立ちに似合わない、数千年の月日を凝縮したような「重み」があった。

「景気のいい話は、私の喉には馴染まないわ。……代わりに、一つ物語をしましょう。それは、かつてこの砂の下に埋もれた、黄金の都の王の話」

 彼女の声が響いた瞬間、空気が変わった。

 風が止まり、爆ぜていた焚き火の音が、遠い雷鳴のように低く籠もる。周囲に漂う精霊たちが、彼女の言葉という『器』に引き寄せられ、実体を持たない熱となって渦を巻き始めた。

「その王は、民を愛していた。けれど、それ以上に『永遠』を愛してしまった。彼は老いを恐れ、死を遠ざけるために、天に住まう鳥の翼を奪い、それを煎じて飲んだの」

 彼女の手が、リュートを力強く弾いた。

 ――ベベン、と不協和音が響く。その音は、カイルの心臓を直接鷲掴みにした。

「ねえ、想像して。翼を奪われた鳥が、泥にまみれて吐き出した最後の呪いを。王の体は朽ちることなく、けれどその魂は、一分一秒ごとに千年の苦痛を味わう孤独の檻に閉じ込められた……」

 カイルの視界が歪んだ。焚き火の向こうに、豪奢な宮殿が見える。黄金の椅子に座り、腐り落ちる皮膚を必死に繋ぎ止めながら、虚空に向かって叫ぶ王の姿。それは物語ではなく、カイル自身の『記憶』として脳裏に焼き付いてくる。

「王は叫んだわ。許してくれ、死なせてくれと。けれど天は答えない。なぜなら、彼が奪った翼は、天へ言葉を届けるための唯一の手段だったから。……あなたが今、追い求めている『黄金』も同じよ。それを手に入れた時、あなたの喉は永遠に癒えることのない渇きに焼かれる。故郷を捨て、愛を捨て、手に入れた金貨が、あなたの墓標を飾る冷たい石ころに変わる瞬間を、あなたはもう予感しているはずよ」

 彼女の声が、カイルの胸に身を切るような『悔恨』を突き刺した。

 カイルは思い出した。家を捨てるとき、泣き縋る母の腕を振り払った自分の手の冷たさを。金さえあれば幸せになれると信じ込み、守るべきものをゴミのように切り捨ててきた己の浅ましさを。

「黄金を抱いて死ぬのと、愛を抱いて飢えるのと、どちらがマシかしら? 王は一万年の孤独の末に、自分が奪ったのが『鳥の羽』ではなく、自分の『心』だったことに気づいた。……あなたは、あと何年かかる? その手に握った一握りの砂が、黄金に変わるのを待ち続けるために、あといくつの愛を殺すつもり?」

「ああ……あああああ!」

 カイルは叫び、砂を掴んだ。

 目からは、止めどない涙が溢れ出す。それは王の悲しみか、それとも自分自身の後悔か。もはや区別がつかない。感情の奔流が、堰を切ったように彼を呑み込んでいく。

 愛おしさ、怒り、そして逃れられない絶望。

 彼女が語り続ける間、カイルは自分の人生のすべてを、その一瞬で再体験させられていた。魂が削られ、形を変えていく。

 やがて。

 彼女が最後の一節を歌い終え、リュートの音が砂漠の闇に溶けて消えた。

 そこには、ただ静寂だけが戻っていた。

 カイルは地面に突っ伏したまま、嗚咽を漏らしていた。体中の力が抜け、まるで古い脱皮を終えた蛇のように、心の中の『淀み』がすべて洗い流されていた。

「……苦しかったわね」

 ふと、頭上で澄んだ声がした。

 見上げると、彼女はすでに立ち上がり、紺色のマントを整えていた。赤い瞳には、憐れみも、悦びもない。ただ、語り終えたという静かな事実だけが宿っている。

「魂を揺さぶられた、なんて言葉じゃ足りない。……あんた、一体何者なんだ?」

 カイルが掠れた声で問う。彼女は答えず、ただ東の空を指差した。微かに白み始めた地平線。

「私はただの、語り部。去った者の言葉を、残された者に届けるだけの……羽を失った鳥よ」

 彼女はリュートを背負い、一度も振り返ることなく歩き出した。

 その歩みは妙に落ち着いており、二十半ばに見える彼女の背中には、この砂漠の砂一粒一粒よりも長い歳月が重なって見えた。

 カイルは、彼女が去った足跡を見つめながら、拳を握りしめた。

 明日、彼はキャラバンを離れ、故郷へ戻るだろう。金ではなく、奪ってしまった『心の翼』を修復するために。


 銀麗の吟遊詩人は、今日も旅を続ける。

 誰かに魂を分け与え、誰かの感情を暴き、あるいは自らの罪を語り継ぐために。

 そしてまた、語らうのだ。

お読みいただきありがとうございました。

彼女の語る物語は、聞く者の魂を映し出す鏡。

次はどのような場所で、どのような感情が呼び起こされるのか……。

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