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【新章開始】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第3話:癒し学校、最初の授業

 朝の空気は、木の匂いがした。


 《聖塔》の跡地に建てた仮棟は、まだ壁が半分しかない。だから外の風も、広場の音も、そのまま入ってくる。閉じた場所じゃない。それだけで、ちょっといいと思う。


「はい、じゃあ始めます。癒し学校、最初の授業」


 私がそう言うと、長椅子に座っていた子どもたちがそわそわした。保護された子、療院を手伝いたい若い子、怪我人の家族までいる。顔ぶれはばらばらだ。


 でも一番前だけは、やたら気合いが入っていた。


 エリスが、ぴんと背筋を伸ばして座っている。膝の上には、小さなノートまで置いてある。


 かわいい。真面目すぎる。えらい。


 後ろの柱にもたれていたゆうりが、呆れた声を出した。


「学校っていうわりに、机も教本もないのね」


「あるじゃん」


「どこに」


「エリスの膝の上」


 エリスが大事そうにノートを抱えた。


「“みかたノート”なの」


「ほら、教本」


「手作りにもほどがあるでしょ」


 ラグナは少し離れた日陰で周囲を見ていた。ああいうところ、ほんと抜かりない。授業中でも、たぶん敵が来る前提で立ってる。


 私は子どもたちの前にしゃがみこんだ。


「今日やるのは、難しい癒し方とか魔法の話じゃないです。最初に覚えるのは、“見方”」


 後ろの席の男の子が首を傾げる。


「みかた?」


 その瞬間、エリスが勢いよく手を挙げた。


「はい!」


「どうぞ、エリス先生」


「え、えへへ……」


 照れながらも、エリスはちゃんとノートを開いた。


「“みかた”はね、だれかが小さい声を出していたら、ちゃんと聞くこと」


 私は思わず笑った。


「うん、正解」


 エリスは次の行を指でなぞる。


「いばっている人の後ろに、こわいものがいないか見ること。痛いって言えたら、それはつよいこと。やさしいの反対は、むししないこと」


 仮棟の中が静かになる。


 子どもたちだけじゃない。手伝いに来てた大人まで、真面目な顔で聞いていた。


 私は立ち上がって、木箱から包帯と木の人形を出した。


「そう。癒しって、傷を閉じれば終わりじゃないんだよ。どうしてその傷ができたのか、誰が痛いって言えなかったのか、そこまで見ないと意味がない」


 木の人形の腕に赤い布を巻く。


「転んでできた怪我と、殴られてできた怪我と、無理やり働かされてできた怪我は、同じじゃない。傷だけ治して原因を放置したら、また傷つくから」


 その時、仮棟の外に立っていたミレナが、小さく肩を揺らした。


 まだ中には入ってこない。喉の傷は少し良くなっても、人の多いところは怖いんだと思う。でも、今日はここまで来た。


 私は気づかないふりで続けた。


「じゃあ質問。誰かが“痛くありません”って言った。でも顔は真っ青で、手も震えてた。どうする?」


 少し間があいて、エリスがまた手を挙げる。


「ほんとにいたくないか、もう一回きく」


「うん」


「やさしくきく」


「うん、最高」


 エリスが胸を張る。その隣で、さっきの男の子も小さく手を挙げた。


「……言わされてるかもしれない」


「そう」


 私は頷いた。


「言葉だけ信じるんじゃなくて、その人が言えないものまで見る。癒す側は、それをサボっちゃだめ」


 そこで、外からかすれた声がした。


「……“かもしれない”じゃ、ありません」


 みんなが振り向く。


 ミレナだった。


 喉を押さえながら、一歩だけ前に出ている。顔色はまだ悪い。でも、昨日より目が逃げていなかった。


「“痛くない”は……言わされます」


 静かになった。


 私はすぐには言葉を挟まなかった。これはミレナが、自分で出した声だから。


「聖女は……まず従うもの、だって。自分より……国を優先しろって」


 掠れた声が途中で切れる。喉が焼けるみたいで、眉が寄った。


 私は一歩だけ近づく。


「もう十分。無理しなくていい」


 でもミレナは首を振った。


「救われるより……捧げる方が、美しいって……教えられ、ました」


 エリスが膝の上でぎゅっと手を握る。ゆうりの目が細くなる。ラグナは黙ったままだったけど、でもそれは突き放す沈黙じゃなくて、怒りを押し殺している静けさだった。


 私は息を吸って、吐いた。


「そっか」


 腹の底は煮えてる。でも、ここで怒鳴る回じゃない。


 私はみんなの方を向いた。


「じゃあ、この学校は真逆にする。痛いって言えた人が正しい。無理ですって言えた人も正しい。助けてって言えた人を、最初に守る」


 ミレナの目から、ぽろっと涙が落ちた。


 あ、と思った時には次も、その次も落ちていた。ミレナは慌てて口元を押さえる。泣くことまで怒られると思ってる顔だった。


「謝らなくていい」


 私ははっきり言う。


「泣けたなら、ちゃんと残ってたってことだから」


 エリスがとことことミレナのところまで行って、自分の布を差し出した。


「つかって、いいよ」


 ミレナが目を見開く。それから両手で受け取った。


「……ありがとう、ございます」


 ゆうりが小さく息を吐いた。


「初回にしては、悪くないわね」


「でしょ」


「でもあんたの授業、だいぶ世界に喧嘩売ってるわよ」


「最初からそのつもりだよ」


「開き直るの早いのよ」


 ちょっとだけ笑いが起きた。


 その空気の中で、ミレナが初めて仮棟の中へ入ってきた。


 私はその一歩を見て、少しだけ安心した。


 泣いても怒られない場所。

 痛いって言っても、黙らされない場所。

 従う前に、自分の傷を見てもらえる場所。


 たぶん、壊した後に作るべきなのは、こういう場所なんだ。


 外では、広場を作る木槌の音が続いている。


 まだ世界は全然大丈夫じゃないけど、ここからなら始められる。


本日はここまで。もしよろしければ、ブックマーク、感想、評価、いいねをよろしくお願いします。

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