53話・余のことが嫌いになった?
ルイ国王のお誕生会で起こった簒奪劇は、その後、メアリーとオックスが国家反逆罪を問われ、その企みに協力した者たちや一族郎党を巻き込んで処刑台へと送られたことで幕を引いた。メアリーの一件で五宝家の一つ、ルビーレッド家はこれで絶えてしまうのではないかと、貴族のおしゃべり雀達は騒いでいたが、宰相らは完全に潰す事は避けたらしかった。
新しくルビーレッド家当主に納まったのは衛兵に所属していたフェリペだった。彼はオックスらの祖父の兄弟で、他家へ婿入りしていた末弟の孫にあたる。現在は某男爵家の当主となっていたが、もともと次男で衛兵に所属していた。当主だった兄が馬車の事故で亡くなり、その後を引き継ぐ形で当主になっていた。彼の実力は高く評価され、グレイ隊長の下、副隊長の任についている精鋭だということで注目を浴びていた。
宰相はオックス達の身の処遇を決める際、将軍らと話しあってルビーレッド家のその後をたくす事が出来る人物として彼を選出したらしい。
前世の記憶を取り戻してからは、処刑の未来を案じていたわたしとしては願ってもない展開に驚いたが、ライバルの悪役令嬢がいなくなったことで当面の命の危険は回避したとばかりに安心しきっていた。
ただ、ルイが自分にキスしてきたことで、彼との関係が単なる幼馴染で終わらなくなってきたような気がしていた。頻繁にルイのもとに通っていたのが気まずく思われて足が遠のいてきた頃、宮廷で暑気払いの為の夜会が開かれた。
「パール公爵。ジェーン嬢。久しぶりだね」
「陛下もお変わりないようで」
「公爵。しばらくジェーン嬢を借りてもいいかな?」
「どうぞ構いませんよ」
夜会で父にエスコートされて会場入りするとすぐにルイに声をかけられた。わたしの身支度が遅くなり、夜会についた時にはすでに夜会は始まっていた。ダンス曲が丁度、途切れた時に顔を出したので、それまで伯爵夫人と踊っていたルイはこちらに気がついたらしく、片足を引いて一礼すると、真っ直ぐにこちらに向かってきた。
彼は他人の目もあるせいか、普段のようには呼びかけてはこなかった。それがちょっとだけ一線を引かれたように感じられたけど、父にわたしを借りる了承を取り付けたことからいつものルイに変わりはないらしい。安心した。
「少しバルコニーで話そう」
父の快諾の声で、ルイはわたしの手を引っぱるようにして足早に歩き出す。向かう先はバルコニーだ。今まではわたしの歩みのペースに自然と合わせてくれていたのに、気が急いているのか彼の歩みは大きかった。
「きみはここ最近、顔を出してくれなくなったね? どうして? この間のことで余のことが嫌いになった?」
バルコニーにあるベンチに促がされてふたりで肩を並べて座ると、矢継ぎ早に聞かれる。彼は気持ちの余裕がないようで何かに怯えている様に見えた。ルイはこの間、わたしにキスしたことで嫌われてしまったのではないかと考えているようだった。
それでわたしに距離を置かれていると考えているのなら、それは違う。彼の行動に驚いたのは確かだけど、ルイを嫌っているわけではない。ただ何となく苦手になってしまっただけだ。訳の分からない気持ちでルイに接したくはなかったし、こうしてルイを目の前にしてると嫌でもこの間のキスが思い出されて、胸がドキドキしてくる。気持ちがそわそわしてきて何だか妙に落ち着かないのが不自然に思われて居たたまれない気持ちになるから。
二人きりのバルコニーに沈黙が満ちる。窓一枚向こう側では曲が流れていて、楽しそうにダンスを踊る人達の姿が見えた。この場にはルイしかいないのに、傍観者なんてあの夜空の月しかないのに、わたしは自分の気持ちを上手く伝えられそうにない。それでもルイの誤解だけは解いておきたかった。
「ルイのことを嫌いになんてなれないわ」
「じゃあ、なぜ?」
問いかけてくるルイは今にも泣きそうになっていた。それを見て抱きしめてあげたくなるのは彼に甘いせいだろうか? もう彼は十五歳だ。姉のような存在のわたしに抱きしめられて慰めてもらう年ではないというのに。
ではいっそのこと、あの日からわたしが悩んできたことを、教えてもらったほうがスッキリするのではないかと思った。その答えがもしかしたら思いがけないことでショックを受けるかも知れないけれど、どうせこの後、ショックを受けるなら遅いか早いかの差だ。
「わたしも良く分からないの。ただあの日から考えている事があるの。どうしてあの時、あなたがわたしにキスしたのかってことを。その答えを教えて欲しいの」
「ジェーン。きみにはちゃんと伝わってなかったんだね? じゃあ、今から伝えるよ。その答えを。余はきみのこと……」
「ああ、いたいた。見つけたわ。ジェーンちゃあん」
ルイが言いかけた言葉を遮るようにしてこの場に飛び込んできた者がいた。あまりにもタイミングが良すぎるような気がしないでもないが、相手のこげ茶色の髪をした細身の姿を認めてこの人ならやらかしそうだと思った。彼はガルムの弟にしてギルバードの兄でもある。その後からやってきたギルバードがその場から連れ出そうとした。
「グレイ義兄さん、戻るぞ」
「何よ。何を遠慮する事があるの? ギルバード。ジェーン嬢とあんたは許婚同士じゃない。その許婚と他の男がふたりきりでいて不安にならないの?」
「義兄さん。陛下の前だ」
ギルバードは、バルコニーにいるのがルイとわたしと知って慌てたが、グレイには通じない。彼はふてぶてしくあんた達は許婚同士なのにどうして一緒にいないの? と、言い放つ。この国の陛下を前にして不敬な態度だが、もともとグレイは相手が誰であろうと物怖じしない言い方をする。気にしない男なのだ。そのことを良く知っているギルバードは早くもやつれた様子を見せていたが、ルイはすくっと立ち上がった。
「ジェーン。この話はまた今度。ギルバード。邪魔したな」
「はっ」
「ルイ……」
ルイは一度も振り向かずに行ってしまった。




