27話・見限りたくとも出来ない理由
ギルバードの元をいつものように訪れると、キラキラしい容貌の男性二人が先客としていた。金髪に茶色の瞳をした男性はわたしの訪れに意外そうな顔をして右目のモノクルに指を添え、その隣の赤茶の髪に宝石のガーネットのような赤い瞳を驚きに見開かせていた。
「ジェーンさま?」
「シーグリーン卿のことが心配でお出でになったのですか?」
わたしの入室に不審そうな顔をする宰相の横で、オックスは驚きを隠せずに聞いてくる。
「いけませんか? 彼はまだわたしの許婚ですもの。無視なんて出来ませんわ」
ふたりは眠り続けているギルバードのもとを、わたしが毎日のように訪れていたことを知らなかったらしい。お供の侍女のダリーを振り返ると、ダリーは心得たように持参したお見舞いの花を花瓶に生け始めた。
「てっきりジェーンさまは、婚約破棄を申し出るぐらいだから、ギルバードのことは見限っているのではないかと思っていたよ」
オックスがおどけて言う。わたしも出来ればそうしたかったけれど、ギルバードのもとを最初に見舞った帰りに彼の父親であるエメラルドグリーン侯爵に出会い、頼まれたのだ。
「こんなことになって申し訳ない。でも、息子の目が覚めるまで付き添っていてはもらえないか」と。
侯爵はギルバードとは共に暮らしていなかった。ギルバードの母は四年前にはやり病で亡くなっているが、その夫人とも別居していた。侯爵は低位貴族の出でありながら武勇に優れ将軍職にあった。そこをギルバードの祖父の先代のエメラルドグリーン侯爵に見込まれて、侯爵家に婿養子に入ったのだ。
まもなく夫人がギルバードを身篭り出産すると、侯爵邸からは出て別宅で愛人と暮らし始めたと聞いている。こういうことは貴族社会では珍しい事ではない。貴族にとって結婚とは政略がらみのことなので、結婚してその家の跡取りとなる子を持てば、お互い愛人を持とうが問題はないというのが背景にあった。
ただ、二人の結婚は奇妙なことに意外すぎた。五宝家ともあろう当主が低位の貴族出身の将軍を娘婿に迎えるなど有り得ない事でふたりの結婚が突然すぎたこと、結婚後、十月を迎えることなく夫人が出産したことなどから色んな憶測で噂話が流された。
将軍には長年の恋人がいたのに、それを夫人が寝取る形で奪ったのだというのがその中でも有力な話で、本当のところはどうなのか良く知らないが、将軍は息子の許婚であるわたしに頭を下げてきた。その姿に夫人との仲の真相はどうか知らないけれど、ギルバードのことは父親として大切には思っているのだなと思った。