25話・あなたはいつまでも寝ていればいいのよ
しかし、ギルバードはわたしの予想を外してなかなか目を覚まさなかった。こんこんと眠り続けている。翌日から毎日のように彼のもとへ通うのが日課のようになってきた。一応、彼の許婚と言う名目上、無視なんか出来そうになかったし、原因も分からないままポックリ逝かれたとしたら寝覚めが悪い。
「ギルバード。いつまで寝てるの? 起きなさいよ」
一週間も過ぎたのに彼には変わりがなかった。ひたすら眠り続けている彼は血色もよく、整った顔立ちは忌々しいほど美しくて頬は薔薇の花のような赤みが差し、今にも起き出して来そうなのに、いくら声をかけても体を強請っても反応がない。
長い睫毛が伏せられた目蓋を眺めているだけで、わたしには何もできない。そのことが苛立たせた。これは婚約破棄を言い出したわたしへのあてつけなのかと、文句も一つも言いたくなる。
「お嬢さま。ギルバードさまは何かの呪いに掛けられてるのかもしれませんわ。お伽話では、長い眠りについたお姫さまの目を覚まさせるのは王子さまのキスでしたわ。もしかしたら……」
「やめてよね。リリー。わたしがギルバードにキスしたら目が覚めるだなんて考えてないわよね?」
「……お試しになってみては……?」
「嫌よ。ギルバードには婚約破棄を申し出てるのよ。なぜこんな奴にキスしてあげなくてはならないの」
恐る恐る顔色を伺うようにリリーが言ってくる。冗談じゃない。ギルバードはわたしのなかでは元婚約者なのだ。こうして見舞いに来てるのは、別に彼に特別な感情があるわけじゃない。まだ形ばかりの許婚としての義務だ。
(そんな相手に口付けなんて……)
ふと、婚約破棄を聞きつけてわたしの元へやってきたギルバードが、深く唇を重ねて来た時のことを思い出した。
『……覚えておいて。僕はきみ以外の女性と婚姻はしない……』
あの時、何を思って彼はわたしにそんなことを言ったんだろう? 今のギルバードの姿からは見当もつかないけれど。
「お嬢さま。わたくしは先に出て待っていますね」
リリーがギルバードを見つめ続けるわたしに気を利かせたように言って部屋の外へ出る。本来なら貴族社会では、婚姻前の若い男女が一部屋に共にいるのは宜しくないとされて侍女が付き添うのが当たり前とされているけど、リリーのなかでギルバードは眠り続けているし、例外とみなしたのだろう。
わたしは黙ってギルバードの顔を見続けた。
「あなたは今、どんな夢を見てるのかしらね? 夢の中でも女性の尻を追い掛け回してるに違いないわね」
憎たらしい人なんだから。その時、ギルバードが誰かの名を紡いだような気がした。
「……ー」
それはメアリーなのか、ジェーンなのか聞き取れなかったけれど、女性の名前である事は確かだった。
「なんと言ったの? ギルバード」
聞き返したのに答えはなかった。
「何よ。馬鹿ギルバード。何かに呪われてんじゃないわよ。寝てる場合じゃないでしょう?」
いらっときてわたしは彼の唇に自分のそれを重ねた。でも特に何も変化はなさそうに思えた。
「何なのよ。変わりないじゃない。お伽話もあてにならないわね? あれは眠ってるのがお姫さまだったから? あ~あ。わたし、して損じゃない?」
リリーの言ったお試しは効き目がなかったようだ。何ごともなかったような顔をして眠り続ける男が憎たらしい。
「ずっと何時までも寝ていれば良いのよ。あなたなんて」
ギルバードの眠る寝台から離れて部屋の外に出たわたしは気がついてなかった。彼の手の指がドアが閉まると同時にぴくりと反応をみせていたことに。




