今を生きる
すべてが順調だと思っていた矢先、オービルが再び倒れた。無理がたたって、小さくなった肝臓が悲鳴を上げたのだ。オービルは今、あの怪我の時、縫合をした先生に絶対安静を言い渡されたけど、隙あらば動こうとするので、ステファンさんが見張っている。
オービルの病状を聞いて、
「ボクが悪かったんだよ。オービルのことだもん、仕事があれば、医者に言われたって養生しないで走っちゃうことくらい簡単に予想できたのに」
とシュンとなってそうつぶやいたジェイ陛下にあたしは、
「ううん、そんなことないよ。オービルはね、ジェイ陛下が国を挙げてやらなくても、同じことをヘイメでやろうとしてたんだ」
と返した。
そう、規模はもちろん全然違うけど、やろうとしていたことは同じだった。規模が小さい分楽かとも思うけど、逆にこっちでやるよりニールさんたちのサポートがないから結果オービル自身はもっと無理してたと思う。
なにより、あのとき移動続きで倒れていなければ、ううん、倒れていてもそれをあたしの見ている前でなければ、オービルは、『騎士団はこんなもんじゃない』なんて言いながら今の数倍は無茶をして、もっと早くに拠ん所ないことになっていたに違いない。それに、ここケイレスはアルスタットの王都。この国の最先端の知識・技術で治療してもらえるのは、まさに、『怪我の功名』と言って良いんじゃないだろうか。
でも、このオービルの症状の悪化はあたしにも原因があると思う。あたしは最初にオービルが倒れたとき、
『あたしのなけなしの栄養学を総動員して頑張る』
と彼に誓ったのに、最近のあたしは「Taverna la Bianca」の地域特性を生かした全国展開に必死になりすぎて、お店で食べてもらうことが多くなった。決して体に悪い物をみなさんに提供しているわけではないけど、外食は総じて塩分量が多め。健康な人ならどうってことないけど、一個になった腎臓や小さくなった肝臓には負担が高い。それに、元々ヘイメの味付けは濃い目なので、オービルが自由にメニュー選びをすると、より塩分量の多い物をチョイスしてしまうのだ。
だけど……
「ごめんね、あたし仕事減らしてもっとオービルのそばに居られるようにするから」
と言ったあたしは、
「要らん要らん。俺を壁のない牢に閉じこめるのは止めてくれ」
と返したオービルの言葉に胸を突かれた。
「俺はな、怪我をして騎士団に戻れなくなった自分はもう何の価値もないと思っていた。平和なヘイメの町では俺が領主としてしゃしゃり出ていくことなんてないしな。
俺は、お前がヘイメに現れるまで、生きたまま死んでいたのだ。
だが、それをお前が変えた。お前は俺に今を生きろと言った。やれることをすればいいと。そのお前が今度は俺に生きたまま死ねと言うのか?」
と聞かれて、
「誰もそんなこと言ってないよ!」
あたしは思わずそう言って声を荒げた。すると、
「俺を心配してくれている気持ちは解ってる。だがな、俺はもう部屋にくすぶってまで長生きしたくはない。
心配するな、俺はやれる事しかやらん」
オービルはそう言ってあたしの頭を撫でる。その表情は何かを悟ったような顔をしていて、あたしが口出しできるレベルを既に超えてるような気がした。
「オービル……」
そうだね、これがもし逆の立場だったら、あたしだってきっと同じ事、言ったと思う。あたしはもう何も言わなかった。
……そしてオービルはこの2年後、39歳で遠い国へと旅立っていった。




