風の中でたなびいたひとつの言葉
言うだけ言って、先生がいなくなっちゃったので、あたしたちには何とも気まずい空気が流れ、それを払拭するかのように、オービルが、
「旨そうだな」
と言いながらお粥に手を伸ばす。そして、一口食べてすぐ、
「味がしない」
味付けを忘れてるぞと、あたしを上目遣いで見た。
「忘れてる訳じゃないよ。これを乗っけて食べるんだよ」
それに対してあたしは、そう言いながらお粥の入っているお皿に海鮭フレークを振りかけた。それを再び口に入れたオービルは、
「これで絆(オムスビ)の味になったな」
最初からこうすればいいのにと言う。
「それじゃ、全部海鮭の味だけになっちゃうじゃん。
今日は帰ってきたばっかだったし、あまりいろんな物もいっぺんに食べられないかなと思って海鮭だけにしたけど、あっちではこうやってお米も水だけで炊いて、いろんな味のおかずを少しずつ付けるんだよ。お米ってそのまま炊くと淡泊な味だから、結構どんなものとでも相性が合うんだよ。
そうそう、これも飲んでみて。出来立てのミソで作った、浅蜊のミソ汁だよ」
「そうか、これがあのズータ豆か……」
倉庫いっぱいの腐った米を買うと言った時には、本当にこいつどうかしたのかと思ったがなと、オービルが笑いながら味噌汁の入ったコップ(だって、アルスタットには当然お椀なんて存在しないもん)に口を付ける。
「病気じゃないけど、一応吐いたから今日はお粥にしたし、浅蜊はね、タウリンっていって肝臓を守る成分がいっぱい入ってるの。
こうやって、身体に良い物を摂ってちゃんと休養すれば、きっと長生きできるわ」
あたし、なけなしの栄養学の知識を総動員して頑張るから。鼻息も荒くそう言ったあたしに、
「旨い、異世界の料理は皆優しい味がするな。いや、レイコが作るから優しい味になるのか」
と返すオービル。い、今なんてった? 日本語的滑舌じゃないから、あたしの耳にはイレイキョにしか聞こえないけど、確かにレイコ……麗子って言ったよね。
「なんなの? 男の嫁をもらったつもりはないんじゃないの?」
それに対して、思わずそうツッコミを入れてしまったあたしにオービルは、
「いや、あれは半分は本心だが半分はウソだ。
俺以外の男にお前の本当の名を呼ばれたくなかったっていうか、そもそもお前の名前を知ってるのは俺だけで良いっていうか……」
って、耳を疑うような砂を吐く台詞を吐いたもんだから、あたしは軽くフリーズして、おかわりとオービルが差し出したお粥のお皿を危うく落としそうになった。
「お、オービル」
ねぇ、熱、出てない?? おでこに手を当てたあたしに、オービルは、ムッとした表情で、でも優しくその手を払いのけると、
「レイコ、本当にお前は俺みたいな男で良いのか」
と言った。
「当たり前じゃない。昨日も言ったように、あたし嫌々結婚したんじゃないよ。オービルだからだよ」
確かに最初は住むところが確保したかっただけだけど、いつしかあたしの心の中は過保護で正義感が強く、優しいオービルでいっぱいになった。
「じゃぁ、子供のことは……ちゃんと考える」
そしたら、オービルは蚊の鳴くような声でそう言った。見ると、茹で蛸状態。自分の嫁相手に、このピュアな反応って、どうよ。ホントにあたし、ママになれるんだろうか。ちょっと心配……
そして、あたしたちはオービルの体調が落ち着いてから、味噌・醤油含め、山ほどの乾物をひっさげて王都ケイレスにお引っ越し。乾物の面倒を見てくれたニールさんシムルさんが引き続きオービルのサポートをする事になり、動けないオービルに代わって、地方視察やら現地指導にあたることとなった。ヘイメの屋敷は今まで通りダリルさんが取り仕切ってくれている。
……で、あたしたちがケイレスに引っ越した約1年後、あたしたちに娘が生まれた。何とか、ママにはなれたよ。ってか、オービルって基礎体力がありすぎるほどあるから、心配することなんてなかったみたい。
名前はマリエル。英語の海から。ヘイメの海を思い浮かべてあたしが名付けた。
また、あたしはアンテナショップ「Taverna la Bianca」を開店、丼・寿司など日本ではおなじみのメニューを次々作って、発信し続ける。
すべてが順調だと思っていた。
……だけど……




