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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第六章 終わる世界
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ラストワンダーランド

 しかし、霧となった酒呑童子にダメージは与えられない。


「頼光様」


 頼光様とはあの青年の事だろうか。

 あの青年は僕の図書館の中にいる。会わせてやりたいが、そうもいかない。

 僕の図書館から彼が出ることは死を意味すると真里菜ちゃんが言っていた。

 会わせるわけにはいかない。彼らは僕の大事な人だったのだろう。そんな気がする。


「頼光様」


 僕は彼女を見下ろした。見下ろすしかなかった。

 彼女を抱き起し片手に抱く。

 綱子は震えていた。


「大丈夫か。綱子」


「頼光様、頼光様、皓人を守ってください。お願いです。今度こそ、今度こそ」


 泣きじゃくる綱子。僕は赤い霧の攻撃を受けながら彼女をガードした。

 綱子ちゃんは震える。


「もう無くしたくないの。忘れたくないの。皓人を忘れたくないよ!」


 僕は何も覚えていない。


「助けて。皓人を助けて。私はどうなってもいいから。お願い! お願い、誰か助けて! 助けて! 助けてぇぇぇ!」


 壊れている。

 赤い霧が僕に降り注ぐ。酒呑童子には間の者相手に半年、無双を繰り返した僕でも敵わない。向こうは重い攻撃をしてくるのにこっちはまったくダメージを与えられない。

 何度も切り結んだ体中が痛みを訴える。段違いだ。

 僕は綱子を横たえ、体をやせ細った狼に変えた。

 赤い霧に食らいつくが弾かれる。

 満月が力を貸してくれない。今までこんなことはなかった。

 僕は僕自身の力でこれを倒す必要があるらしい。戦う必要があるらしい。

 綱子ちゃんに向かって赤い霧が降り落ちる。

 僕はそれをすべて背で受けた。背中が熱い。


「誰か、皓人を助けて」


 綱子が僕の目の前で赤い霧に呑まれた。心臓が跳ねる。失うのか。無様に。

 記憶がはぜる。


『皓人。私はあなたの正妻です』


 正妻?


「僕が何者だろうとどうでもいい。ただ、彼女たちを守るためにそこにあればそれでいい」


 手足がしびれる。全身の力が抜ける。

 思い出。僕らの思い出。

 四月に出会ったこと。六月に再会したこと。秋にもいろいろあった。冬に受験、春にはバレンタインもした。みんなと暮らした記憶が脳を焼く。楽しかった記憶たち。

 僕の宝物。あの頃より離れてしまった。

 ああ、なんだ。

 狼の力なんてなくても強くなくても、僕が僕であればよかったのに。

 でも、そんなこと、僕はどうでもよかった。本当にどうでもよかった。

 ただ強くなれればよかった。最終決戦で、大蛇との戦いで思い知った。強くなければ何もできない。意味がない。それは恐れだ。恐怖だった。現状に満足できないのは恐れだ。解っている。そんなのはエゴだ。何もかも失いたくないというエゴだ。

 だから僕はここで負けるのだろう。全てを背負ったままで。それもいい。だが、彼女たちだけは助けなければ。

 僕を好きだと言って、僕に尽くしてくれた彼女たちを救わねば寝覚めが悪い。この街を救わなければ寝覚めが悪い。一族の為に?

 いいや、違う。僕は結局、利己的なんだ。自分の事しか考えられないんだ。

 僕は僕が憎い。僕を許してやれそうもない。

 僕は綱子ちゃんの頬に触れた。好きだ。

ほら、なんて利己的なんだ。人間なんて利己的な生き物で、僕らはそこから抜け出したくて足掻いて。それでも、誰かを助けるエゴもあるって信じたいんだ。だから今はこの道を真っ直ぐ歩いていける。


『自分の為に生きろ。もういい』


 白い僕が黒色の僕に囁く。遠くで満月狼が笑っていた。その笑みはいつもと違ってどこか優しい。


『皓人。やっとお前がわかった気がする。皓人。共に亡びるより、共に行こう。狼も人間も一人は寂しい』


僕は満月に腕を伸ばす。満月も僕に手を伸ばす。その瞬間、世界が爆発した。

 屋上で荒れ狂う鬼たちが、一斉に石に変わった。

僕が触れるだけで赤い霧が塵になる。足を伸ばす。それだけで赤い霧が消し飛んでいく。


「ここは僕の領域だ。僕はお前たちを許さない。許すものか。八つ裂きにしてやる」


 僕は人の姿に帰ると、綱子ちゃんを抱いたまま、その赤いマフラーを掴んだ。

 赤いマフラー。ヒルメちゃんのマフラーで空を駆ける。

 頼光さん、玉藻ちゃん、武者小路さん、ウオープ。ワンダーランド。僕に力を。

 僕はたくさんの糸に守られて飛んだ。

 流星のように天を駆け抜け、ただ一つ無害を掲げる。

 赤い空が爆発して辺りに薬石が降る。酒呑童子は断末魔をあげて薬石になる。

 町中をヒルメちゃんの祈りが辺りを支配していく。あちこちで光の柱が上がる。

 横志摩家の賽銭が間に合ったのだろう。何よりだ。

 鬼になりかけた人たちもこれで元に戻るだろう。僕はどこに戻るのだろう。

 町を出よう。記憶は戻ったが、昔の僕には戻れない。あんな純粋な人間には戻れない。

 去ろう。横志摩邸に綱子ちゃんを横たえてマフラーを返した。

 さようなら、綱子。

 君がそこまで僕を想ってくれているなんて思わなかった。

 だからこそ、僕がいなくなった時が怖い。僕がいなくなった時の君が怖い。

 別れよう、綱子。互いで互いが大きくなる前に。

 思い出さえあれば僕は生きていける。体を引きずり、横志摩家の門を目指す。

 体が重い。支えなくては。この両足で。

 その背に温かい手が添えられた。


「先輩。帰りたかったら帰ってきていいんですよ」


 正門には真里菜ちゃんたちが立っていた。

 全身武装をしている。彼女たちもさっきまで戦っていたのだろう。

 息を切らしている。


「後片付けをしましょう。一緒に。まだ雑魚鬼たちが散らばっていますっ」


 海美も空美も晴れやかな顔をしている。


「身を引くなんて馬鹿げているっスよ」


「私様もそう思うぞ」


 空美も海美も僕に笑いかける。暖かい。

 ああ。僕はなんてものを捨てる所だったんだ。

 膝を折る。


「ただいま」


「お疲れ様ですっ」


 微笑む真里菜ちゃん。


「お疲れっス!」


 元気な空美。


「お帰りなさい、皓人。私様はずっと待っていた」


 泣きじゃくる海美。


「僕のマスコットに、僕の側室に、僕の王子様元気だったかい?」


 海美が泣く。空美は微笑んでいる。

 真里菜ちゃんは僕に懐く。みんなぼろぼろだ。

 その時、綱子がゆっくりと起き上がった。


「そしてこの私が正妻です。この私が! ようこそ、あなたのハーレムへ。お帰りなさい……ううううぅぅぅぅっぅ。わああああぁぁぁぁぁぁっぁん」


 綱子。


「ただいま」


 やっと帰ってきた気がする。僕は幸福だ。

 どこにも行かない。ここが僕の戦場だ。共に笑い、共に生きよう。

 いつの間にか僕の頭は黒髪に戻っていた。


「綱子。明日、デートをするかい?」


「遊園地がいいです」


 真里菜ちゃんがほほ笑む。


「私はお料理教室に行きたいですっ」


 海美がにやにやしている。


「映画館がいいぞ」


 空美が両手を広げた。


「スポーツ観戦がいいっス!」


 全ての日曜日をつぶして一か月かけて全部廻ろう。バレンタインのリベンジだ。楽しもうじゃないか。

 僕らは陽光の下で力いっぱい綱子を抱きしめて笑った。

長らくおつきあいくださってありがとうございました。

ここまで読んでくださった皆さんに感謝です。

ありがとうございました。

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