出て行った
「綱子ちゃんを知らないっスか?」
「綱子ちゃんがどうかしたのか?」
どうだっていい。
「鬼と戦うと言って、出て行ったっス!」
「そうか。空美、赤雪姫を起こせ」
「どうやって」
僕は空美の額にキスをした。
「起きろ、赤雪姫!」
「何をするの。真里菜ちゃんがリンゴのお神酒を作ってくれていると言うのに! 早回り? 先回りなの?」
真っ赤な空美。
「何って、姫にキスをしようと。届かなかったか」
「皓人。私にキスしても、赤雪姫は起きないよ」
「じゃあ、何にキスをすればいい」
リンゴ酒を作った真里菜ちゃんが奥から出てくる。
「先輩。空美さんが赤雪姫にならないと駄目ですよ。それに、限界さんのキスじゃないと起きないでしょうね。彼は光の妖精ですから。困ったことですっ」
空美が蒼白になった。
「嫌だよ……限界、嫌だよ。ううううううぅぅぅぅう」
「よしよし」
空美の頭を撫でる真里菜ちゃん。
気の毒になった。
「ですから、宴を開きませんか。赤雪姫がびっくりして置き出すような宴を。その方が空美さんも安全です!」
「どんな宴なんだ?」
興味が湧く。
「赤雪姫に衝撃を与えるんですっ。それならいいでしょう?」
よし。
僕は黒鋼を取り出した。霊的な物だけが切れる刀。
「これで衝撃を与える」
「赤雪姫を殺す気?」
空美が慌てる。
「こんな物、物ともしないんだろう? 君たちの長は」
「確かにそうだけど、もっとロマンチックなのがいいよ」
泣きそうな空美。
「例えば」
「王子様の頬ずりとか」
「僕は王子様じゃないが君に頬ずりしてもいいのか?」
「いいよ」
真里菜ちゃんが真っ赤な顔をして席を外す。
空美は赤雪姫にチェンジした。制服が真っ赤なドレスに変わって行く。
しかし。
「空美。僕が思うに頬ずりってかなり変態っぽいと思うが?」
『黙って。黙って頬ずりして!』
寝ているはずの赤雪姫は僕が頬を寄せると顔を真っ赤にした。それでも彼女は固く目を閉じている。これは……。
「効いています。赤雪姫に届いていますっ」
真里菜ちゃんがどんどんリンゴのお酒を備える。リンゴのいい香りが辺りに充満していく。
「行くか」
僕は頬を寄せて赤雪姫の頬に頬ずりをした。
「きゃぁぁぁぁっぁぁぁ」
赤雪姫は飛び起きた。
「ななな妄りに頬ずりなどと、破廉恥な」
「起きたのか。狸寝入りかと思ったが」
「狸寝入りですわよ」
「それはそうだろうな。一年であんたは目覚める。そう糸には書いてあった。大蛇が穢れた神だったからだ。僕が思うにあんたが眠っていたのは空美を壊さないためだ」
「ええ。わたくし、空美の負担になりたくないんですのよ。この前の戦いでは肉体を駆使しましたから」
『そんな、赤雪姫。私戦えるよ。鬼の雨の中でも戦える』
「無理はいけません。大蛇であなたがどれだけ無理をしたか」
労わり合う二人。
「それは優しいが、その優しさで一般人が鬼になったら本末転倒じゃないか? 赤雪姫。戦えるか。短時間でけりをつける」
「皓人。そうは言ってもわたくし……空美を痛めるわけには」
気持ちはわからない。理解できない。
「そうやっていつまでも悩んでいろ。僕は行く」
「わたくしは」
「守るべきものがピンチの時に守れないで何が長だ」
「わたくしは空美を助けたい。助けたいのよ……もう組んで長いんですもの。お願いよ。皓人」
僕は駆け出す。誰の気持ちも痛いほどなのに、それをどうにもできない外側の存在の僕はなんなのだろう。そう考えた。あのうちには二度と戻れないだろう。そんな予感がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
神殿の外にヒルメはうずくまっていた。黒い模様は体中を蝕んでいる。
闇色だ。闇に汚染されている。
「ヒロやん」
「ヒルメ」
小さな体を抱き上げる。可愛そうだとは思わない。どこかその感覚が眠っているように思う。
「ヒルメ」
「ヒロやん。ヒロやんがわらわの所に初めて来たときは生意気で小さなガキじゃったが、よくぞ大きくなって。わらわ嬉しいぞ」
「しゃべるな。神気が減って行く。力を失うな」
「ヒロやん、苦しいならばわらわがそなたの記憶を戻してやってもいい」
そうは行っても。
「僕は君の知っているヒロやんじゃない……」
別物だ。
「ヒロやんじゃ。たとえ記憶がなくとも、それ以外の何物でもない」
「僕は」
「何を言うか。変わらんよ。基本変わらん。お前はお前で他の何者でもない。お前としては強く別の物に生まれ変わりたかったのじゃろう。それでも、お前はお前なんじゃ。それだけじゃ。何も変わらない」
「ヒルメ」
「どれだけ遠回りしても近道してもそれは変わらん」
死刑宣告を受けた気分だ。
「ヒルメ。僕は」
「変わらんお前に頼みがある。綱子を追え。重蔵の力を借りよ。後は無害が導いてくれる」
「ヒルメ、君はここで」
朽ちていくつもりなのか。




