蹴速、勝つ。
「ふう。美味いのは少しだけ。クロを頼ったほうが、良かったかあ?」
亜意は魔界に戻っていた。元アイ城付近にて下級魔族を食い散らかし、魔力の回復を図っていた。魔界で睡眠を取れば1日で全快するのだが。
「アオ!」
アオミドリがやってきた。
「言ってよ、もう。いきなり魔獣が減り続けて、びっくりしたじゃない」
「ああ?」
少しだけ凄んで見せると、アオミドリは数歩下がり、態度を変える。
「いや、ここらはアオの領地だったからね。うん。問題ないよね」
どうしてこんなのが2番魔王なのか。キならともかく。あの馬鹿(魔神シロ)は何を考えているのか。何も考えていないのだろう。
「クロは居るよな」
「うん?多分。今日は何も用事が有るなんて知らないし」
魔族をいたぶるのも楽しいが、少し飽きた。クロに頼んでパッと回復してもらおう。
「モモも誘うか」
最も心優しい魔王。モモ ヤサシサ。その優しさのあまり魔力の直接回復、直接成長を好まない。目の前のおとぼけ魔王ですら、下級魔族を殺すのにためらいを持ち合わせていないのに。
たまに帰って来た自分が誘えば、食ってくれるかもしれない。
「モモちゃんのとこ行くの?」
「おお」
「僕は、どうしよっかなあ」
ついてくる気か。この野郎。
「ついてくるんなら、連れてけ。今飛ぶのは面倒だ」
「はーい」
魔王アオミドリに引っ張ってもらって、モモ城へ。
ピンポーン
「あら!アオちゃん!」
モモは驚きつつも、丁重に出迎えてくれた。
「もう、お仕事はいいの?」
「まだだ。案内役を今は、やってる。明日またこっちに来る、その時は人間としてだがな」
「へええ。頑張ってるなあ」
アオミドリの感想は、人ごとっぽくて、いらつく。
「なあモモ。あたしはこれから、魔力の回復をクロに頼みに行く。一緒にどうだ」
「それって・・」
「ああ。魔族の血だ」
「ううん・・」
「僕も一緒に行くよ」
「こんなんでも、ちょっとは賑わう。今日はさ、あたしの帰還祝いってことでよ」
「う、ん。そうよね。行って、みる」
ためらいつつだが、モモは同意してくれた。多少の罪悪感が無いではないが。飲ませて魔力の増強を肌で感じさせれば。モモも許してくれるのではないか。
モモにへりくだる必要もないが、モモを蔑ろにする事もない。
今度はモモが魔神城まで連れて行ってくれた。
「クロ、飲み物頼む」
「承りました。魔力補給に重点を置いて、ですね」
「ああ。モモの分もな」
「僕のも」
「少しで良いですから」
一行はいつもの食堂へ。
「あいつは、またどっか行ってるのか」
「そういえば。最近、魔神様見ないね」
「ええ。わたしの家にも姿を見せないし」
「少し考えたいとか。1人の時間を過ごしておいでです」
クロがお盆を持って来てくれた。亜意とモモには、アップルソーダ100人衆から直搾りの血液入り。アオミドリには、蹴速と魔神が飲んだと噂の鏑矢サイダー種子島味。
「美味しい!これが蹴速君の好みかあ」
アオミドリは満足していた。
「悪くない。どうだ、モモ」
「うん。美味しいよ」
言葉通り、不機嫌ではない。取り繕っているのかどうか。あの馬鹿が居れば分かるのに。
ふん。
「明日、蹴速を連れてくる。お強いお仲間とご一緒にな」
「そ、そっか。じゃあ魔神城には、近づいたらいけないね」
「そーゆーこと。分かったなモモ」
「うん。大丈夫だよ、元々魔神様に来てもらってたし」
「そーか」
ま、一杯飲んだ。それで良いか。
「どうですか?アオ様」
「ん。良いぜ。8割方戻った」
「そうですか。魔神様への直接的貢献ですから、100人衆から20人程を搾りました」
「ひゃはは。あの野郎のとっておきのおやつを、そんなに使っちまったか。いい気分だぜえ」
亜意のテンションは跳ね上がった。
魔王のためなら使っても良い、その言いつけは言わないでおくクロであった。
神無は仕事に追われていた。
先日焼滅した街の後始末。抵抗し、殺された人員の補充。何処から回す。回した後、どれくらい保つ。重要拠点でなかったとは言え、隊長(在前御徳と同格)クラスの人員も消された。不幸中の幸いとして、火山噴火の避難民の退避場所が出来た。ゲートが消えた以上、問題なしとしておく。また開く「かも」しれないレベルの危険性を監視しておく余裕はない。避難民を警報器として使う。ある程度の警戒はさせるが。
二神として一切問題のない仕事だ。でも、蹴速に言ったら、嫌われるかな。
神無は何となく笑んだ。己黄に会いたい。海鶴と話したい。こんなに人恋しい人間だったのか、俺は。新しい自分を知るのは、こそばゆいような。嫌な気分ではないぞ、蹴速!
「うむ!」
己黄は空に向かい、1つ大きく声を上げた。何も無い空に。理由は知らぬ。意味も無い。だが、我が要る。我が居るのだ。
「うむ!」
海鶴が昼食に呼びに来るまで、己黄は空を見ていた。
一一人有我は1人、自宅にこもっていた。やる事はない。強いて言えば、何もしない事が仕事だ。魔神の存在。あのニュース以後、身動きが取れない。この間まで、二神が南海に新天地を求めに行っていたというのに。今はこのちっぽけな街を維持するのに必死だ。惰弱な人間共を守ってやらなければいけない。
有我は生まれつき、一一人以外の人間より強い。弱いという事を知らない。知らなかった。
魔神。そして、蹴速。
食べたい。
有我は内なる声をかき消した。ボクは一一人だけど。有我なんだ。蹴速君のお嫁さんなんだ。子供も孫も見たい。有我のままで。
一一人になってからの一一人の人間で、孫の顔を見た者は、まだ居ない。
海鶴は、よく分からなくなっていた。
蹴速の妻。人間の子を産み育てる。子孫繁栄に身を費やすはずであった。だが、今の状況は。
「卵割れるようになったね。えらい!」
「ふ。まだ、祝寝のように片手では割れない」
人間の女と共に有る。妾であるのは問題ない。そもそも食われるつもりでさえ、あったのだ。
「海鶴!我が溶こう!」
「うむ。任せるぞ、己黄」
龍とも姉妹になった。この、不器用で気が強く弱気で繊細な、愛しい妹。
故郷を捨てた。いや捨てられたのか。海の民が陸に上がる意味。蹴速は汲んでくれたようだが。
このような、暖かな幸せなど。思いもよらぬ。
海鶴は、よく分からなかった。海神にもなれず、海に終の棲家を求める事も出来ぬ人魚が、なぜ幸福を感じているのか。
だが祝寝が居る。己黄が居る。神無も蹴速も帰ってくる。私の家が、ここにある。それだけは、分かっていた。
側仕え、クロ ハメツは魔神に会っていた。クロは魔神と、ほぼ一心同体。魔神が何処に居るかが分かるし、すぐに会いに行く事も出来る。
「露天風呂ですか」
「うむ。クロちゃんも、おいで」
魔神は太陽風呂を浴びていた。今日のフレアはいい温度だ。クロもとりあえず、素っ裸になりタオルで前を隠し、太陽に浸かった。
「いい空じゃ」
「はい」
太陽の照らし出す無数の星々。あれから、どれくらい増えたのか。
「明日。蹴速様が、いらっしゃるそうです」
「うむ」
知っていた。クロの心は素直に伝わってくる。
「強い仲間をお連れになるそうで」
「うむ」
蹴速が言うほどなら、期待出来る。もしや、自分は死ねるのだろうか。
「アカ様は、何時復活させます?」
「ふむ」
考えていた。アカはどう甦れば嬉しいのか。100倍強くして復活させると、怒るか嬉しんでくれるか。ま、蹴速とじゃれあえる位でよかろう。
「ほい」
「あら」
そこには、生まれたままの姿の魔王アカ ゲンキが。
「お?どしたの、おれ」
「蹴速に挑んだのは、覚えておるか」
「うん。あー、一発でやられちゃったんだっけ」
「はい。他の魔王様方の嘆願も有り、復活の運びとなりました」
「ほんと!?良いなあ。幸せだなあ」
「うむうむ。これも我が魔神としての教育のたまもの」
「そーだね!ありがと!魔神さま!」
純粋なアカに、ちょっぴり言わなきゃ良かったと思った魔神。アカの思考回路は知ってるだろ視線のクロの目が痛い。
「ふむ。アカよ。強くなりたいか」
「うん!」
「手段は選ばずとも良いか」
「ん?他の魔王を犠牲にしてとかは、嫌だよ」
「安心せい。わしは穏健魔神。そのような真似は、せぬよ」
クロは口を挟まない。
「ならいいよ!何したらいいの」
「ほい」
魔神はアカの額に指を突いた。アカは目をチカチカさせる。
「どうなったの」
「蹴速並みの力になったぞよ」
「え。ほんと?」
試しにアカは飛んでみる。太陽を1周。
すごい!速い!軽い!力が、満ち充ちている!
「すごいよ!蹴速君の力!こんなに速く飛んだの、初めてだ!」
「良いのお・・」
「自分であげた力に、拗ねないでください」
「だ、だって。わしも蹴速と同じ体験したいし」
「あなたは蹴速様と、対等に向き合えるじゃありませんか」
「お、おお!そうじゃの!」
うむうむ。大威張りで胸を張る魔神を見て、なくても良い変化があるのだと知ったクロであった。
「明日、蹴速様がいらした時に、お呼びしますね」
「うむ!」
「おれも連れてって!ここから1人じゃ、帰れないよ」
「承りました」
アカを連れて帰還するクロ。帰った先ではちょっとしたパーティーが催され、キも集まり、楽しい1日になったとさ。
魔神は。
「今度。本気で蹴速をモノにする。活きの良い蹴速も好きじゃが。鎖に繋いだ飼い犬も大好きじゃ」
自分の行動を決めていた。
翌日。準備フルの蹴速一行は魔神の前に、居た。外に連れ出し、
「まずは腹ごしらえ」
祝寝、海鶴、己黄を始め、二神、三鬼の人間に作ってもらった豪勢なお弁当群。それらを魔神、魔王達の前に並べる。
「食ってくれ」
近づかないと言っておきながら、総勢集合していた魔王達にも十分な量がある。今頃、祝寝達はまた夜に向けて奮闘しているだろう。自分達だけが負けるわけにはいかない。
「ど、毒かな。でも魔王が毒に負けたら、すごい恥ずかしいよね。そういう狙いかな」
「違うだろう。同じ入れ物から取り出している。毒殺は由緒正しい殺害方法ではあるが、これだけの大人数は邪魔だ。毒を無効化する物を事前に摂取するにもな」
体質によって摂取量が変わるのはもちろん、効かない人員も居るだろう。蹴速以外の人間の居るこの場で毒殺は、面倒が多過ぎる。
そんな小理屈は正直、どうでもいい。
あの蹴速が、謀殺?有り得ない。魔神に何度も直接挑むキチガイが、そんな小賢しい真似を。
己の命を惜しむ者が魔神の相手に選ばれる事もない。
「美味しい!蹴速君、美味しい!ありがとね!」
「おお。たっぷり食ってくれ。おかわりは沢山ある」
殺した者と殺された者が、楽しく会話している。蹴速も初体験だ。
軽兵はここぞとばかりに腹に収める。無双双児もまた、会場を走り回りあちらこちらに首を突っ込む。梅はモモ、特盛と話をする。蹴速は魔神と向き合い、お互いのコップにハイパーコーラを注ぎ合う。側には有我、ジン、アカ、超騎士が離れない。さりげなく会場を回り不足を補うクロ。アオミドリ、キ、亜意は隠しだてするでなく、普通につるんで食べている。
宴会は、それなりに盛り上がった。
後片付けに勤しむ一行。ゴミは魔神城で引き受けてくれるらしい。持ち帰るのは軽い荷物だけで済む。
「ちゃんと、腹いっぱい食べたな?」
「うん!」
ジン、アカを始め、皆から頷きが帰ってくる。
「今から戦うんやけど。魔神。おれは連れてきたほぼ全員をお前との戦いに使いたい。1人は見学」
「よいぞ。言った通りじゃ。仲間を連れてきて良い。良い子じゃ、蹴速」
「そっちは、魔王は、来るのか」
「行かない」
「行く!」
「アカ!」
「アカちゃん、やめとこうよ」
「・・・アカさんは来る。それで良いんやな」
「うむ。アカも少々強くなっておる。他の魔王には手出し無用」
「おお」
これで人間側は、蹴速、梅、有我、ジン、軽兵、無双双児、超騎士。魔神はアカと、7対2。数の上では圧倒的だが。
「作戦会議をしてもいいか」
「構わん。戦術を練って良い。全てを傾けよ」
魔神は落ち着いていた。昂揚しているでなく、狂喜しているでなく。蹴速を静かに待っていた。
「しばらくかかる。悪いけどゆっくり待ちよってくれ」
「うむ。許す。幸い、暇つぶしの肴もあるしの」
お弁当群の中には当然のように、お菓子おつまみが入っていた。一体何を想定して作ったのか。
「作戦を立てる。まず、軽兵、無双双児。3人でアカを足止めしてくれ。その間に魔神を倒す」
「分かった」
「やってやるぜ!」
「分かりましたわ」
「無理せんでいい。強くなったらしいし。以前のあいつでも、トドメを差し切るには本気を出さんといかんかった。絶対に無理するな」
「そんなにヤバイのか。了解だ。いざとなれば逃げるから安心しろ」
「大丈夫!蹴速よりは弱いさ!ならなんとかなるって!」
「同感です。あのような野生児に負ける私達ではありません」
こいつらなら、大丈夫や。蹴速は、彼らから感じるふてぶてしさに安心した。
「こっちの陣形は?」
有我が聞いてくる。全員がしっかりと蹴速を見る。
「おれとジンが突っかかる。有我は隙を見て、魔神の行動を妨害。梅も同じやけど、梅は神隠しを有我と共同で使ってもいい。超騎士は一番きついが、全員を結界で守ってくれ。特にジンを」
「ボクは梅ちゃんと一緒?」
「ああ。いざとなったら梅を連れて逃げてくれ。有我の身体能力なら出来る」
「りょーかい。梅ちゃんが神隠しを使ってる最中だったら、危ないからね」
「なるほどな。私がもし、魔神の腕に触れれば、魔神の力で魔神を攻撃することも出来るが」
「それをやったら間違いなく梅は死ぬ。いかに超騎士の結界があろうが、梅自身の肉体が保たない。前に出過ぎて、魔神に目を付けられんようにしてくれ」
「ふふ。特盛に言った事が自分に。了解だ」
「おれは?おれは?」
「おれと一緒や。魔神に突っ込む。その時、おれの事は考えるな。いつも通りに戦え。おれがお前を軸に動く」
「ふんふん。いつも通り?」
「全力で叩きのめせ。チャンスはおれが作る。変な事は考えんでいい。おれに譲るとか、魔神の動きを抑えるとか。そんなもの全て要らん。普段のままで良い」
「うん。分かった」
「超騎士。出来れば8人全員の結界を。出来るか」
「余裕です。私も戦うとなれば厳しいでしょうが、結界のみなら。特盛さんもお守り出来ます。そしてジンさんを重点的に」
「おお。間違いなくジンが攻撃を食らいまくる。可能な限り守ってやってくれ」
「分かりました。お任せください」
「ああ。任せる」
作戦は完成した。勝てるのか?上手く行くのか?そんなものは知らない。勝てると分かっているなら、それは戦いではない。勝目も負け目もあるのが、戦い。
「待たせた」
「よいよい。では、楽しもう」
それでも、絶対に勝つ!勝って帰る!!
「おおおおおおおお!」
いきなり蹴速が飛び込んだ!純粋な速度、速さにかまけた動きで速攻!魔神は受ける。
「かあっ!」
数瞬の拳劇。幾千のやり取りの後、蹴速は魔神から距離を取った、次の瞬間、魔神は吹っ飛ばされた。
「行くよ!」
ジンの猛攻。だが遅すぎる。吹っ飛ばされた魔神は態勢を整え、られない!蹴速が行く!魔神の休む暇を与えない。徹底的に速撃で追い込む。そしてジンを追いつかせる。
「ボクらの出番は、しばらく無いね」
「ああ。だが気を抜くな」
「もちろん」
天上で行われる人外の戦いを見物する有我と梅。お互い抜刀しているが、出番はまだ。だが来る。その時、全力を出せるよう、2人はじっと待っている。
「もう!おれも蹴速君とやりたいのに!」
アカは3人の相手をさせられていた。戦いが始まるや否や取り囲まれていた。
「それなら、おれ達を倒してからにす・・」
決める気満々の台詞途中で、軽兵は全力で逃げた。魔王アカの動きが良すぎる。それでも3対1。
逃げた軽兵を追うつもりだったアカは、無双双児の連撃をさばいていた。直撃で食らっても、大したダメージではない。食らいつつ、攻撃すればよいのだが。
蹴速と同等の能力を持っている自分が、そんなみっともない戦い方を!
魔神シロは少々後悔していた。蹴速、ジンと千千競競の戦いを演じる最中、アカの心を読んだ。あれでは、蹴速の能力の全てを引き出せない。もう少し言い方を変えれば良かったか。らしくもない反省などしてみせる。
退屈だから。
今の所、蹴速から目新しい動きが見えない。ジンとやらも大した強者。見事な力よ。だが、蹴速よ。おぬしの次にこれか?これで、わしが満足出来ると、思うたか。
ふん
鬱屈を少し漏らす。ジンとやらをとっとと殺して、蹴速を落として。他の者を魔王と一緒に食して、おしまい。とっておきの決戦にケチが付いたが、仕方なし。完璧である事を求めてはいけない。うむうむ。
「梅!構えろ!」
魔神の動きが鈍ったのを見てとった蹴速は梅に声をかける。用の分からぬ梅は言われるがまま構える。ジンの攻勢に移った瞬間、蹴速は本気で梅の元に走り、梅に蹴りかかった。
「行くぞ!」
梅の構えた剣に触れた蹴速の足が、消える!そしてジンと戦っている魔神の背中に、足が現れる!直撃で蹴りを食らった魔神は、前に倒れこむ。そしてジンの追撃。
「おおお!」
ジンの拳が全てを破壊する!今まではガードに成功し続けていた魔神が、さばけない。魔神の右半身は、ちぎれ飛んだ。
「ほう」
気を抜いてしまっていたのは事実だが。蹴速に背を触れられた。
少し面白い。
全く躊躇せずトドメにかかるジン、だが。
「逃げろジン!」
蹴速の声が鼓膜に触れた瞬間、全力で退いた。
魔神の生きている左手がカウンターを打っていた。しかも一切減退していない一撃。トドメを差しに掛かる、防御の出来ない瞬間にもらっていたら死んでいた。
「有我、梅、これからも便利に使う。待ちよってくれ」
「了解!」
「行け!蹴速!」
123456789、10。数千の拳、蹴りが飛び交う瞬間を10数えただろうか。魔神の半身は完全に回復していた。
「これが魔神かー」
「絶対に油断するなよ。攻め急ぐ必要はない」
「うん!」
と言ったものの。魔神の右半身が消えていた時に決めきれなかったのは、痛い。そんな事を言えば、ジンは死ぬ。間違いなく魔神は下手な手心を加えない。おれの同類。
ニタリ
魔神が笑んだ。実に嬉しそうに。
蹴速は油断をしていない。わしを心から真剣に案じておる。もっと、楽しませておくれ。
今度は魔神からの攻勢。蹴速が迎え撃つ。魔神の一撃を二撃で。数百の拳劇を数千の蹴りで。正面から付き合っては、いけない。ジンの動きやすいように、蹴速は立ち位置を修正する。防御も回避も全てジンを想いながら。
ぎりっ
魔神の歯ぎしりが聞こえた。今、蹴速と魔神は鼻と鼻が、唇と唇がくっつきそうな距離で打ち合っている。頬は何度も触れ合い、吐息も交換し合っているだろう。
心が読めても、幸せかどうかは別問題のようやな?
魔神は蹴速を見つめた。蹴速も全精力を傾け、拳を蹴りを打ち込みながら、魔神の目を真っ直ぐ見た。
お前が言うたことや。心なんてあやふやなもの。言葉にして形にしてそれからが本物。
これがおれの全て!
蹴速が離脱すると間髪入れずジンが拳を振るう。その嵐に魔神も押される。速度は一切足りてないが、速度で立ち向かおうとすると、蹴速のカウンターに飲み込まれる。蹴速は常にジンから離れない。蹴速を警戒しつつジンの相手をするため、魔神は実力を封じられていた。
「有我!来い!」
蹴速が魔神を叩き落とす!即座に有我が斬りかかり、魔神はそれを気にも留めない、が。ジンが追いついた。遅いジンを、しかし振り払おうとすると羽虫のように有我がまとわりつく。
・・・蹴速はどこに。
梅と一緒だ。
「これで終わらせる。飛ばしてくれ」
「ああ。帰ってこい!」
神隠し発動。現れる場所は魔神の背後。
気取った魔神。振り向くが、振り向いた右手を掴まれ、左手をジンに取られ、足を有我に取られる。捕縛完了。2秒で解かれるので、即殺す。
以前のような勢いだけの蹴りではない。全身全霊を込める。比喩でなく、全てを叩き込む。
総質量9080兆トンの蹴り。魔神に食い込んでなければ味方もろともこの星が吹っ飛ぶ一撃。完全に決まった。
魔神の肉体は崩壊していく。
「見事」
「おれの独力では勝てんかった。すごかったぜ」
「蹴速よ。もし生まれ変わったら、わしも」
「ああ。一緒に遊ぼう」
「ふふ。またの」
全てを塵に変え、魔神シロは消えた。
蹴速もまた消耗していた。全てを注ぎ込んだのだ。もう、蹴れない。
「勝った!!蹴速!勝った!!!」
大喜びのジン。皆もまた安堵の表情を浮かべている。魔王アカと対峙していた3人もボロボロだが、なんとか生きている。
「魔神様が、負けた」
信じられないキ。
「お見事。流石は魔神様に見込まれた少年」
魔王達に聞こえるよう喋るクロ。
「クロ。おれ達はどうすれば、良い」
「そうですね・・」
言いかけたクロを置いて、アオミドリは飛んだ。
魔神の仇討ちを!
しかし超騎士の結界に阻まれ、ジンに吹っ飛ばされる。
「もー。落ち着けよアオミドリ」
先程まで殺し合いをしていたアカは、それでも行こうとするアオミドリを止める。
「な、なんで!魔神様が殺されたんだよ!」
「当たり前じゃん。どっちかが死ぬなんて。殺し合ってたんだぜ?」
「だ、でも」
「今日は蹴速君の勝ちだよ。それより覚悟決めろよ?今日おれ達死ぬぜ」
「あ・・・」
魔神亡き今、蹴速より強い魔族はいない。この場の魔王は皆殺しにされ、魔界は人間の領地になる。
「ねえ、キさん、クロさん」
「なんだ」
「ボクらは魔界を取らない。そっちも人間界を荒らさない。それで良い?」
「ああ・・・そうだな」
「よろしいのでは」
「じゃ。そーゆーことで」
有我は撤収にかからせる。蹴速の消耗が不味い。蹴速から迫力が失せている。超騎士も疲労が見える。ジン、梅、有我だけでは。魔王全員を相手取る余力は無い。
「すげえな。魔神を殺っちまうとは」
感嘆し、言葉もない亜意が蹴速を癒す。
「おれの手柄なら大威張りやけどな。皆の協力無しでは、こうはならん。まだまだよ」
寝転がり、亜意の膝枕に横になる蹴速。
彼を抱き上げ、ジンが言う。
「さ、帰ろう」
「だな」
これ以上はいい。亜意にとっても悪くない展開だった。魔王は死なずに済んだ。下手したら、この場の人間全員に仇討ちを挑むハメになっていた。命拾いしたかな?
亜意は最後に魔王達の顔を見てから、ゲートを開いた。
「帰って宴会じゃ。またな魔神!今度はお前も来い!」
蹴速は大声でそう言い残し、ジンに抱えられゲートを抜けた。
人間達は行ってしまった。
静かになった魔界。魔神の失われた魔界。
魔神が蘇った。
「あー、死んだー」
「魔神様!!!!」
驚愕をアオミドリが代表し言った。
「復活にも時間かかるのう。あまり便利でもないの、この体」
ため息をつく魔神。
だが魔王に取ってはため息で済まされる事態ではない。
「・・・蘇ったのであれば、今すぐ追いかけ、人間を根絶やしにしては」
キが提案する。
「今回はわしの負けじゃ。恥をかかせるでない」
「申し訳ありません」
「強かったね、蹴速君」
「じゃの。ああも使いこなせるとは」
蹴速単独の挑戦は、また次回にお願いしよう。今日はこれから用が有るのだから。
「行くぞ」
「は」
「は?」
「人間界。蹴速が言っておったろ。祝勝会じゃ!」
魔王はもう、魔神に反旗をひるがえすべきかどうか真剣に悩んだ。
「それ、魔神様が死んだ記念ですよ」
アオミドリの突っ込み。だが。
「うむ。わしも初めて死んだしの。良い記念じゃ」
「そーすか」
魔王達は何も考えず魔神に付き従った。
その後。
人間界に現れ、宴会会場を襲撃。コップと皿を頂戴した魔神、魔王達はそれはもう賑やかに、楽しんだそうな。勝った者と負けた者で、楽しく愉快に。
魔神編。完。