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蹴速、嫁をもらう。

「んで」


 蹴速はもらった情報を思い出していた。


「ここから海に出れば何とかなる、か」


 国の首都から港まで少し走ってきて2分で着いた。


「久しぶりなんよなあ。行けるかあ?」


 対魔蹴速は自分の世界で、世界を股にかけて活躍していた。その時の移動手段は船、飛行機、そして自分。


「かっ!」

 

 地面を思い切り蹴りつけた後、空中をさらに蹴る。空を「蹴る」ことによって足場を自在に作り上げ、自由移動を可能にする。


「お。いけるいける。じゃあ、行くか」


 蹴速は真っ直ぐ聞いていた南海に向かって蹴り出した。速度はおよそマッハ2。そこまでの速さではないが、到着時刻が何時になるか分からない。ある程度、軽く行かなければならないと覚悟していた。


 この、何時着くか分からないってのが疲れるんよな。乗り物ってやっぱめっちゃ便利なんやなあ。しかし、南海というのに着いたとして、そっからさらに探し回らんといかん。梅さんの前で格好つけんでも良かったかあ?


 自分の考えに自分で笑う。この選択以外無かった癖に。


「特」


「あれ?梅さん」


「行くぞ」


「え?」


「お前の荷物だ」


「は?」


「ご家族に挨拶してこい。3日はかかる」


「ええ、ええ?」


「付いてこい」


「・・はい」


「いい返事だ」


「ちょっと、待ってて下さい!」


「ああ」


 平特盛家。一般のご家庭である。その庭先に3家の1人を待たせてあるのは非常事態である。


「これは!三鬼様」


「どうも。いつも特盛君にはお世話になっております」


「そのようなこと!うちの特盛もいつも三鬼様のご迷惑になりまして」


「お父さん!じゃあ行ってくる!」


「あ、おお。ご迷惑をおかけするんじゃ、ないぞ!」


「分かってる!・・・行きましょう」


「ああ。娘さんをお預かりします」


「行ってらっしゃい!」


 三鬼梅みき うめ平特盛たいらのとくもりを引き連れ、一路、天狗高地を目指していた。


「あの、もしかして、おれら」


「ああ。一一人に会いに行く」


「ぷふっ。何でおれまで!?」


「うん。お前もレベルアップが必要だろ?」


「そりゃそうですけど!この国のトップに会いに行くって、えええええ」


「トップ戦力は一一人だが、私も三鬼だぞ。何を慌てている」


「ううーん」


「考えるな。今は強くなること以外の雑念を捨てろ。そして生き残るんだ」


「ふえ?」


「来週までにな。魔神と戦うことになった」


「魔神て・・。梅さんと在前さんでも、どうにもならなかった、っていう」


「その魔神だ。そいつが来る。出迎えは私達だ。故に」


「なんでおれが要るのか、さっぱりですが」


「それは私にも分からない。ただ歯牙がそう占った。私はそれに従う」


「ああ。歯牙さんが。なるほど」


「しかし今のままでは、間違いなく私達は死ぬ」


「まじすか。梅さんでも」


「ああ。御徳すら危うかった。次は間違いなく帰って来れない。今のままでは、な」


「3日で、どうするんですかあ」


「さあな。ただチャンスだ。あの時、蹴速に助けられたこの命。また輝かせることが出来る」


「そりゃ、おれだって梅さんや在前さん、量猟。それに蹴速。皆に救われましたよ。魔神とだって戦ってみせます。しかし」


「安心しろ。私も魔神には、擦り傷1つ付けられなかった」


「・・・はあああ!?そんな化け物になおさら、おれなんてどうしようもないですよ!」


「だから動く。このままじっとしていては、死を待つだけ」


「う」


「修行は嫌いか?」


「好きです」


「一緒に強くなろう」


「はい!」


「良し。お前のそういう所が好きだ」


「うう。なんか梅さん、性格悪くなってません?」


「ふ。私も人間的成長を果たしたのだろうな」


「そ、そうですか」


 専用車でひた走る梅、特盛。


「なんやったんや、今の」


 蹴速は海上100メートルほどをひた走っていた。その途中出会う魔物と思しき物の怪を、片端から殴り倒して。


 その中に赤い魔獣が有った。飛び抜けて強そうだったが、今、蹴速は急いでいる。一瞬だけ全力を出して一撃でぶち抜いて終わらせ、足を止めることはなかった。


 ミドリさんくらい強い感じやった。多分殺しきれてないな。しかし、魔神はおろか、魔王魔獣すら滅茶苦茶強いやん。ほんと自信無くすわ。早う帰りたいぜ、祝寝。


「ちい。ちょっと急ぐか」


 蹴り足に気持ちを入れる。マッハ10まで上げる。このままなら後1時間で着く。ただし到着した頃には、蹴速は汗だくだ。


「ちえー。本当に強いでやんの」


「けけけ。マジだったな」


 蹴速に貫かれた赤い魔獣は、魔王アカだった。アオも一緒に居る。魔神に頼み込んで蹴速の通るルートに放り出してもらったのだ。そして自らの本性である魔獣体となり、蹴速を迎え撃った。アオはその見学だ。


「アカ。ぬしは変化せぬほうが良いな」


「ええ?だって魔獣体のが、かっこいいじゃん」


「うーむ。それはまあの。しかしそのでかい体ゆえ速度が鈍り、蹴速の攻撃を先に食らったのじゃ。ま。一発で終わってしまったのは、まあ蹴速だ・か・ら・じゃがなあ?ひゅひゅひゅ」


「殺したい魔神ナンバーワンだな、こいつ」


「ふーん。おれは変化しないほうが強いのかー」


「時によりけりだろ。んなもん」


「んー。それはね。でも、あいつに勝つには、そうしたほうが良いんだよね?」


「じゃ」


「なら、そうするよ。人間体で戦うのに慣れるよ」


「こんなやつの言うこと聞いても、損かも知れねえぞ?」


「おれは魔神様信じてるもん」


「お人好しめ」


「アオちゃんも昔はわしを頼ってくれたのにのお」


「いつの話だっ!?」


 魔王アオの突っ込み。いや普通に拳で。無論魔神は、こそばゆそうなだけだが。


「ふふ。ではアカは魔界に戻るか。アオちゃんは人間の里で蹴速待ちじゃ」


「ち」


「はーい」


 蹴速は南海に着いていた。


「暑い。真夏か?飲み物も、もらってきて良かった」


 気温40度ほどか。地球の砂漠よりは涼しい。


「暑いゆうことは、ここが南海、で良いんかな」


 蹴速の足元はしかし、変わらず海しかない。


「はああ」


 水分補給を行った後、周囲をしらみつぶしにするかあ、と走りかけたが。


「なにい」


 人魚の群れが現れた。


「魔物、魔王。それとも」


 人魚の群れはある一点を目指し泳いでいるようだった。


「話せるかな。試してみるか」


 人魚は速かったが、流石に蹴速に比べれば遅い。数秒で追いついた。


 さあ、こいつらが移動を終えたら話しかけてみるか。


 そうこうしているうち、人魚の一匹が水面の影に気付いた。数匹が様子見に水上に顔を出す。そこには宙に浮かぶ人間。


「ぎょぎょぎょ!?」


 ええ。人魚らしいけど。


 人魚は驚きの声を上げると、すぐに潜った。


「まあ、びびるか。しゃーない」


 水中で喋ることは出来ない人類最強の男。見切りは早かった。


 と。


「こんにちわ」


「こんにちわ」


 友好的人魚が現れた。人間の女性のような上半身、魚のような下半身。いわゆる人魚だ。


「あなたは、人間?」


「はい。普通の人間です」


「いつから人間は、空を飛べるようになったの?」


「ぼくなら、3つくらいから、です。他の人間は、でもあまり飛べません。ぼくと後は数人ですかね」


「へえ。珍しい人なのね」


「ええ。少しだけ。あの聞きたいことあるんですけど、良いですか?」


「何?不老長寿の秘法なら持ってないわよ」


「いえ。人の行方を知りたいんです」


「人探し?人魚探し?」


「人です」


「そう。知らないと思うけど、一応聞くわ」


「ありがとうございます。この辺で大きな船、見かけませんでしたか。あと泳いでる人間も」


「ふうん。ちょっと待っててね」


とぷん


 人魚は仲間の元に潜って行った。


 ふう。話、聞いてくれた。分かったら楽やけどなあ。


 10分経過。


 どうしよう。お菓子食べてていいかな。いや人にお願い事して自分はもしゃもしゃは・・。いやしかし、時間の無駄遣いは・・。


「待たせたわね」


「いえ。ちっとも。むしろこんな短時間でよく」


「たまたま知ってる子が近くに居たのよ」


「そうですか。それで、どうでしたか?」


「そうね。船は昨日まで、ここから東に行った所に居たらしいわ」


「おお。それはぼくが欲しかった情報です。ありがとうございます」


「今日は多分、もっと東に行ってるはずだって」


「なるほど。本当にありがとうございます。お礼と言ってはなんですけど、ぼくの持ってる食料もらってくれますか」


「いらないわ。人間の食べ物なんて食べれるわけないじゃない」


「あ。そうですよね。でも、ほんとありがとうございました」


「そうね。感謝の気持ちを表したいなら、してほしいことが有るの」


「はい?」


「ここから先は私達の街。でも近頃魔獣が現れるようになった。やっつけてほしい」


「あ、あー。お安い御用ですよ。何処に居るのか言ってもらえれば、片付けて来ます」


「そう。ありがとう。この先に行けばすぐ分かるって」


「あ、はい。じゃ、ちょっと行ってきます」


「うん。お願い」


 ヘンなことになった。まあ、ギブアンドテイク。先にお願いしたのはこっちや。イカかタコか知らんが、倒しておしまいや。


 蹴速は空を蹴り、走り出した。


 言葉に間違いはなく、すぐそこに居た。


 大怪獣が。


「でかい」


 およそ身の丈3キロメートル。今は水中に居るため体高は分からない。


「どうする。魔王より強いと思いたくないが」


 ただの馬鹿でかい鯨に過ぎないのか、それとも。


「水中に引きずり込まれたら、まずい。一発でやれれば、問題ないが。やってみるしかないな」


 蹴速はとりあえず大怪獣めがけて蹴りを入れた。


 まっぷたつに裂ける大怪獣。


 さらに頭部であろう場所を蹴り粉々に砕く。そして原型を留めている部位を同じくバラバラにしていく。


「多分、これで、死んだ。報告報告」


 蹴速は再び空を駆け、人魚に会いに行く。そこにはさっきの人魚と一緒に別人魚も。


「倒したか」


「はい。ばらばらにしたんで、おそらく問題ないですよ」


「そうか。確認させる。少し待て」


「あ、はい」


 あんまり表情豊かっつーわけじゃないな。まあどうでもいいけんどよ。


 蹴速に応対したのは新人魚だ。すごい美人だが。


 人魚は様子見に走らせた人魚の報告を受け、蹴速の言葉を信じたようだ。


「よくやってくれた。あいつには困らされていた」


「いえいえ。こちらこそ重要な情報をもらって。それじゃ」


 一応の挨拶を返すと蹴速は跳び立ちかけたが、人魚に止められた。


「?どうしました」


「釣り合わない」


「何がです?」


「お前にしてもらったことは、私達の一族を救ってもらったことに等しい」


「はあ」


「礼を受け取ってくれ」


「あ、どうも」


「そうか。よろしく」


「は」


「礼は私だ。一族の宝と言われる人魚だ。よろしく頼む」


「え」


「食べてもいいぞ。不老長寿かどうかは知らんがな」


「い、いえ。それはどうでもいいんですけど、いや、あの」


「ならばお前は私の夫だ。子は何人産めばいい?」


「え!?」


「なんだ。まだ巣が無いのか。まあ、私はお前の物だから愛想をつかしたりしないが」


「そういうことじゃ、ない」


「遠慮するな。今日から夫婦だ」


「えええええ」


「食わんのだろ?ならこれしかない」


「はあ・・・・・」


 本気かよ。


「船を追うのではないのか」


「あ!」


「急ごう。しかし私はお前ほど速くない。連れていってくれるか?」


「う・・・・・。付いてこいよ」


「もちろんだ。お前の巣を私の子で埋め尽くしてやる」


「はああ」


 蹴速は嫁をもらい、幼馴染を探すため人魚に見送られ、旅立った。


 この時、人魚が見せてくれた編隊はすごく綺麗でした。


「こっちで良いんか?」


「ああ。もっとしっかり抱いていろ」


「ああ?背中に縛ったほうがいいか」


「別に構わんが」


 蹴速は今、人魚を抱きかかえて空を駆けていた。


「私の夫はすごいな。鳥よりも速い。魔獣より強い」


「あー。魔神よりは弱いぞ」


「魔神?」


「とんでもなく強い化け物だ」


「何。夫婦の力を合わせれば、打ち克つ道もあろう」


「おお」


 ん。同意して良かったか?まあ勝てるのは良いことやろ。


「おお!」


「船か。上から見下ろす人間の、葉に乗る蟻のような様。面白いな」


「すごいこと言うなお前・・」


「面白くないか?」


「その蟻の中におれの大事な人も居るわけよ」


「そうか。そこだけ謝る」


「おお。まあ、いいか」


「うむ」


「じゃ、下りるぞ。攻撃されるかもしれん。離れるなよ」


「分かった。一心同体ということだな」


「あ?ああ。くっついとったら良い」


「うむ」


 船上、何人かが蹴速達に気付いている。


「よっと」


 周りの人間は警戒しているようだ。


「あの、ここに用事が有って来たんですけど」


「何者、ですか?」


「ああ、名前は対魔蹴速たいまのけはや。用が有るのは、二神ふたがみ太郎花たろうばな八郎神無はちろうかんなさん。それと能美祝寝のみのすくね


「二神に?それに、もう1人はもしや」


「おお!居るんですか、祝寝」


「蹴速・・」


「祝寝!」


 泣きながら駆け寄り、蹴速に抱きつく祝寝。がっしと受け止める蹴速。いつのまにか置かれた人魚。さらに歩み寄ってくる女。


「いい再会だ!祝寝!次は俺の番だな!」


「・・祝寝。あれが、二神?」


「うん。あの人に助けてもろうた」


「そうか。お礼せにゃあな」


「本気出したらいかんで」


「分かっちゅう。こっち来てからそういうん、結構有ったんで」


「おお。蹴速は何処行っても、同じことやりゆねえ」


「うん!仲良し子良し!子沢山で良いことだ!だが代わってくれ祝寝!」


「何あの人」


「悪い人じゃ、ないよ・・・」


「まあ。おれも用が有ったんよ。祝寝、待ちよってくれ」


「うん」


 蹴速は二神の方へ。


 残された祝寝、人魚。


「お前もあいつの嫁か」


「え。え!?」


「やはり、巣はまだか。本来、嫁が手伝うのは夫が軟弱と陰口叩かれるもの。しかし」


「あの、嫁ってお嫁さん?・・・蹴速の?」


「うむ。私の方が後から入るのだな?よろしく頼む」


「うん?うん・・。よろしく!」


 祝寝は取りうる選択枝の中で、もっとも目の前の人間・・・と仲良く出来そうなものを選んだ。


「うむ。お前が良い人間で安心したぞ。私も良い妻の一人になろう」


「うん。まあ、うん!」


 祝寝は手を差し出し、それを握り返した人魚とがっちり握手した。


 彼女らの夫は別の女と会っていた。


 長い金髪を後ろでくくっている。祝寝と似たような髪型だ。身長も高い。180はある。素晴らしく使い物になる肉体だ。


「どうも。対魔蹴速と言います」


「ああ!お初にお目にかかる!二神太郎花八郎神無だ!長ければ神無で構わん!」


「じゃあ神無さん。おれは、あの祝寝の幼馴染で、ずっとあいつを探しておったんです。祝寝を保護してくれて本当にありがとうございました」


「なに!袖触りあうも他生の縁!ま!空から降ってきた時は驚いたぞ!」


「空から。それはお騒がせを」


 あいつは、何かに捕まった、のかと思っておった。魔神みたいなやつに。そうでもなかったんやな。あの黒い穴、ただの自然現象なんやろうか?


「うん!どうってことないがな!だが、まあ、感謝したいんなら、戦おう!」


「はい。分かりました」


 言われた通りや。指一本動かんようにして、持ち逃げするか。どうも周りの人間は忠臣の方々っぽい。信じてもらうのもなあ。無理やろう。


「武器は何を使う?」


「いえ。武器は使わない流儀で」


「へえ。無手か。私は使うが、よろしいか」


「はい。ご遠慮なさらず」


「俺に遠慮無しと言うか。祝寝の言うとおりかどうか、試してやろう」


「どうぞ」


 無手かつ構えなし。棒立ちする蹴速。明らかな挑発に、しかし神無は乗らない。


 ほう。てっきり突っかかってくるかと思うたが。


 じりじり棒立ちを良いことに寄せてくる神無。相手は無名。素人の女の子から聞いた噂以外の判断材料は無い。それでも神無には油断も侮りも無かった。ただ、目の前の相手を如何に合理的に効率良く斬るか。それ以外の思考は神無の頭に存在していなかった。


 怖い。おそらく斬られることは、ない。それでもこの、真剣さ。迫力が有る。若そうやけんど、流石に3名家の一つ。ナンバー2だけのことは、あるか。


ニイイ

 

 神無は口を釣り上げ、獰猛な笑みを浮かべていた。


 斬れない。どう踏み込んでも斬れない。こいつ、俺より強い。でもまあ、まぐれ当りってあるからなあ。



 前触れは無かった。予備動作無しの自然体の踏み込み、斬撃。相手の意識の壁にそっと入り込む動き。この船上の人間全員が、避けるという行動を取ることすら出来ない無駄のない切り込みだが。



 蹴速は優しく刃先をつまんでいた。蹴速ですら神無の動きに気付いたのは、刃を振りかぶろうとした、その後。そこから身体能力に任せて防御したに過ぎない。見事な初動。


「かっ!」


 神無は、つまんでいる蹴速の左手の指ごと斬るつもりで、全力を込めているのだが、動かない。動くのは神無の体のみ。ならば、


 蹴速につかまれてしまっている武器は捨てる。振りかぶった姿勢はそのまま、蹴速に近づく。蹴速の左手は空だ。反撃は右手からしか来ない。神無は蹴速の右手を同じく右手でさばき、そのまま回転する動きで左の肘を蹴速の頭部に入れるつもりだった。


 蹴速は肘が来るのを読めていた。短刀でなくて良いのか?とは思ったが。右手が相手に流されてしまっている。左は刃を握りっぱなしだ。故に、左肘であいての肘を挟み、止めた。


 両者が動きを止めた所で、神無は左足をカカトから跳ね上げさせ蹴速の股間を狙った。それは蹴速の右足で止まる。


「強いな」


「いえ。それほどでも」


「こうしてくっついてると解るぞ。お前。怪物だな」


「ありがとう。少し、自信を取り戻せる」


「自信が無くなっていたのか。それなら訓練だ!一緒に素振りしよう!」


「い、いや、まあ今度な。それでお願いが」


「なんだ!」


「一緒に国に帰って欲しい。この船の方々には自力で帰ってもらうが、お前はおれと一緒に」


「分かった!」


「・・良いのか?」


「お前に付いていくと面白そうだ!そういうわけだ!おうる!」


「はっ、我々は戻ります」


「うん!お前らだけだと死んじゃうからな!皆、力を合わせて戻ってくるんだぞ!」


「じゃ、行くか」


 蹴速は背に人魚を、右手に祝寝、左手に神無を抱え、船の甲板を軽く蹴り(それでもへこんでしまったが)空に出てからはある程度本気で駆け抜けた。


「おおおお・・・」


「何あれ」


「化け物か」


 ざわつく船上。


「はいはい!我々のお仕事は何も損なわず国に帰ること!頑張りますよ!」


「はーい!」


「了解!」


「いえっさ!」


 どうやら船は大丈夫のようだ。


「ねえ、蹴速」


「あ?どした」


「状況がさっぱり分かんないんだけど」


「おれも成り行きまかせやけ、大丈夫」


「そうかあ。ならいいか」


「うん!なんとかなるさ!」


「そうだ。私達家族はお互いに力を出しあえば、なんとかなる」


「家族!俺もか!」


「お前も蹴速の嫁だろう」


「そうだったのか!よろしくな旦那様!」


「おお・・・」


「蹴速。どういうことなん?」


「言うたろ。成り行きまかせよ」


「ああ。あんた向こうでも・・」


「言うな」


「なんだ。夫は他にも嫁が居るのか。全く、それでいて巣作りを怠るとは。ちゃんとしなければいけないぞ」


「う、うん」


「家か!俺も家なら持ってるが、結婚した後の家は無いな!作るか!」


「おお。落ち着いたらな」


「そんな安請け合いばっかりして」


「あー」


「あー、じゃないでしょ」


「おお。全部、後。でも、こうやってお前を迎えに来た。褒めろ」


「もう。蹴速が私を迎えに来るのは当然やん。やから私もじっと待ちよったんよ」


「ありがとうな」


「見せつけられている」


「さすが祝寝!蹴速評も的確だった。嫁としても俺の宿敵だな!」


 夫1人に嫁3人の夫婦連れは、ゆっくりマッハ4の速度で国に帰っていた。


「ごほっ、はっはっはっ」


「ペースを崩すな。決して遠くない」


「はいっ、はっはっ」


 梅、特盛は山頂訓練場まで走っていた。山の中腹までは車で来れるので、そこからだ。荷物を持ち、武装し、2人とも20キロほどを体に付けた状態で山を駆け上がる。


 無論、訓練の一環。登頂次第、一一人との話し合い、もしくは模擬戦となる。


「着いたぞ」


「はっはっ、はああ」


 目の前に広がるのは絶景。何も邪魔するもののない、空。大地は切り取ったようにまっ平らだ。その中に、人。10数名か。


 そこに梅は歩み寄り、特盛も付いていく。


「や。三鬼梅だ」


「三鬼様ですか。しかし一体、三鬼様がこのような場所に?」


「うん。少し一一人かずひとに話が有ってね。いいかな」


「それはもちろん。さ、一一人様は」


「梅ちゃん」


「やあ有我うい


 一団の中でも最も小さい女性が話しかけて来た。おかっぱ頭に地味な服装。この場に最も似つかわしくない者だが。これがこの場で最も強い者だ。


「どうしたの?遊びにきてくれたの?」


「いや。真面目な話だ。実は諸事情有ってな、首都に帰って来てほしいんだ」


「え」


「有我の都合を無視することになって、悪いと思う。だがこちらの都合にはかなり不味い事情が有るんだ」


「どんな事情なの?」


「うん。魔神、というものが実在してね。それと戦ったんだ。それで、その時は何とか生き残ったんだが、また来るらしい。それを迎え撃つのに、河歯牙という占い師の話によると、8人の人間が必要なんだ」


「その中の1人が、ボク?」


「そう。来てくれるか?」


「うん。いいよ。魔神なんて、とても信じられないけど、梅ちゃんが言うなら本当の事なんだよね。ボクも頑張るよ」


「そうか。有我が来てくれるなら百人力だ」


「それで、何でその子も?」


「ああ。こいつもその8人の1人でな。しかしまだ弱い。私もだが。ここには、強くなりに来た」


「梅ちゃんはもう強いでしょう?」


「ふふ。それがな。魔神には手も足も出なかった」


「魔神って、すごいんだねえ」


「ああ。今のままでは死んでしまう。生き残る確率を増やすため、戦ってくれないか」


「いいよ」


「ありがとう。特。見ていろ。お前にはここまで追いついてもらう」


「・・うえっ。出来るわけ・・」


「出来る。本当はもっとゆっくり仕上げていくつもりだったんだがな。お前なら来れる。だから見ていろ。お前がこれからなるモノだ」


「うう・・。分かりましたよ。見てるだけですよ」


「そうだ。始めはそれで、良い」


「その子も梅ちゃん位になるの?」


「出来ればお前以上に仕上げたい。まあ、先はどうなるか分からん」


「ボク以上?それは無理だよ。だってボクは」


カア!


 意気を込めただけで、梅を圧する豪気が生まれた。これが最強の一一人。

 

 以前の私なら、これで逃げ隠れに入っている。相も変わらず、強い。だが、以前ほどは怖くない。魔神に比べれば。


 あや。梅ちゃん、気後れしてない。神隠しが修行段階では使えないから、ボクや二神には勝てなかったのに。魔神と会ってレベルアップしちゃったかな。まあ、いいや。ボクには勝てない。


一一人有我かずひと うい。私の修行に付き合ってくれること、心から感謝する」


「そんな改まって言う必要、ないよ。ボクも、腕を鈍らせる心配無くなるからね」


「そうか」


「うん」


 仕掛けたのは、梅。いきなり上段から振りかぶる。しかし有我は紙一重で左に躱し、横薙ぎ。梅は右に転がり何とか避ける。

 

 完全に見切られた。初太刀を。流石、有我。


 こんな単純な攻め?梅ちゃん弱くなっちゃった?


 またしても上段一刀。今度は有我も前に出る。恐ろしいことに有我は、真っ直ぐ来る斬撃を避けようとせず、すり抜けるように梅を殺傷圏内に収めた。流れるように淀みなく横薙ぎ。そして梅も前転で避ける。


 今度は、転がり逃げた梅を有我が追い撃つ。目にも留まらぬ斬撃が3つ。上中下に斬り分けられたそれは、それぞれが触れただけで致命傷につながりかない威力を秘めていた。


 梅は何とか跳んで逃げた。反撃など毛頭考えていない動き。回避された斬撃はそれぞれ空を大地を切り裂いた。


「強い」


「梅ちゃんは弱くなった。どうしたの?」


「そうか?私は、ずっと弱かったよ」


 梅は全力で突いた。真っ直ぐに。無論そのような奇策、通じるはずもなし。時計回りに有我は回転回避し、握りで梅を殴った。今度は避けきれない。脇腹を的確に殴られ表情を歪める。呼吸はおかしくなり、痛みが動きを鈍らせる。


「もうやめる?」


 少し飽きてきた有我。


「まだ私は地に這っていないぞ、有我」


「うーん。ボク、梅ちゃんを殺したくないよ」


「私もそう思っていた。だから!私は弱かった!」


 さらなる全身全霊。回避され反撃を食えば、それで終わってしまう、後を残していない一撃。


 有我は少し虚を突かれる。反撃は控え、回避に専念。後退する。


 だが、梅はさらに進む!


 全身全霊の斬り込みが回避されたが、そこからさらに剣は伸びる。全力で振り下ろしたはずの剣が消えた!残った柄のみをそのまま返す。故に、即座に後退した有我に、追いつくはずのない2撃目が追いついた。


「くっ」


 有我は防御させられていた。


 まずい、梅ちゃんの剣を受けると・・。


 しかし有我の剣は消えなかった。梅の神隠しは発動しているのに。


「あれ?」


「成功した」


 梅の目論見は、有我に負けを認めさせること。間違っても直接斬れる実力は今の梅にはない。相手は有我だ。十中八九、触れることも出来ない。


 そして梅の真の目的は神隠しの応用。今まで、梅は神隠しが練習で、修行で、模擬戦で使えなかった。だから、二神に、一一人に勝てない、という理由が、与えられていた。神隠しが対人に使うべき技ではない、という言い訳が梅には有ったのだ。


 そんな!建前を!私はただ、避けていた。本気で戦って、剣を交えて、敗北することを。だから、神隠しに、甘えていただけ。先に進むことを、これ以上に使えるようになるのかならないのか、試されることを避けていた。


 だから梅はみっともない動きで、三鬼に有り得ない、醜い動作であっても、前に進むことを選んだ。


 今度は私が蹴速を助ける。


「今のは、ボクの負けだね。本気ならボクの剣が消されていた」


「ふ。お前も本気ならともかく。まあ、ありがとう。素直に嬉しい」


 梅は消耗していた。刀身を消し、戻すという初めての神隠しの応用。実戦にいきなり実践してみたそれは十分実戦闘能力に足る代物だった。一一人に防御させ、負けすら認めさせた。しかし、おぼろげに出来るかどうか、と思っていたものを気合と根性で無理矢理投入したので、極度に精神疲労していた。


「私は疲れた。特、交代だ」


「?・・いやいやいやいや!!」


「遠慮するな」


「遠慮しなくていいよ?梅ちゃんのお願いだし」


「修行にならねえっす!一瞬で落ちますよおれ!」


「私もそう思う。だがやれ。勝つつもりで、本気でな」


「はあああ!?」


「特、戦いたいか、戦いたくないか」


「・・った、戦いたい、です」


「うん」


「じゃあ、やろうか。大丈夫。絶対に殺さないから」


 ああ?


 特盛は一丁前にむかついていた。



「お願いします!」


 声をかけると同時、飛びかかる。梅と同じ上段の振りかぶり。


 当然、梅より鈍く遅いそれは、避けられたと気付く前に、反撃されていた。


 特盛は気付くと地面に口付けていた。


「ぺっ」


 起き上がりざま、下段を狙う。起き上がる、上に向かう動きの後で、足首を斬りに行く。出来るかどうかはともかく、特盛は切り捨てる気満々だった。


「おお、えぐい」


 自然に、姿勢を全く崩さず、有我は躱す。そして殴り、蹴る。剣を持った右腕は使わない。


 ボロ雑巾になった特盛は、しかし起き上がり、剣を無茶苦茶に振り回す。その乱撃をすら、すり抜けることが出来る有我だが、後退する。こういう読めない動きは、偶然食らうことが有る。万が一に足らない確率だが。


 だから特盛は力を込める時をもらった。


「オオオオオ!」


 痛みにうめく体を捻じり伏せ、斬る。それは有我を範囲に捉えていなかった、はずだ。


 だが、有我は斬られていた。


「あ・・」


「おらぁ!」


 特盛は、多分生きてるんじゃないかなー、の状態までぼこられた。

 

 追撃をかけようとしたのは、特盛。だが剣に斬撃を当てられた有我は、防御に成功しても、恐怖を覚えた。


 故に指一本動かせないように、丁寧に殴り倒した。神経質なまでに。


「それが平特盛。私が目をかけている、手塩にかけて育てるつもりだった女だ」


「はあ、はあ・・」


「お前に息を荒らげさせるとはな。ここまでの逸材とは」


「うん・・。怖かった。ごめんね?」


「何。特盛もお前を斬ろうとしたのだ。お相子だ」


「でも、こんな子をここまで殴ることはなかったよ」


「大丈夫だ。そちらに治癒者はいるな?」


「うん、ボクの訓練相手を癒す目的で連れてきたんだけどね」


「頼めるか?」


「そんなことはお安い御用だよ」


「治癒完了までは、私と手合わせ願えるかな」


「梅ちゃんはまだ疲れてるでしょ」


「ふふ。見抜いているか。だがそれでもいい。私は自分を追い込みたい」


「梅ちゃんにとって不幸せなことになるかもよ。神隠しは容易い技じゃないはず」


「ああ。だが時間が無い。私は私の幸せのために、守らねばならない男と女が居る。やつらを守るために、今、命をかけなければいけない」


「すごいね。梅ちゃんは、強くなったんだね」


「そうかな・・」


「そうだよ。羨ましいな」


「お前に会わせたい男が居る。お前より強い人間だ」


「嘘」


「本当だ。魔神を一時的に倒した男だ」


「魔神を」


 有我は少し梅を気圧してしまった。一一人に相応しい威圧感を存分に吐き出して。


「うむ」


「へえ。ボクのプレッシャーじゃあ、もう下がらないんだ」


「ふ。未だ、震えが来るがな」


「魔神とか、その男の人とかは、そんなに強いの?」


「信じられないほど、な」


 構える梅。つられて構える有我。


「もう、あまり手加減しなくていい?あんまり人前で負けちゃうと、あれだし」


「ああ。すまなかったな、私達のために」


「ううん。これからたっぷり憂さ晴らしするから良いよ」


 言葉通り隙を全く見せない有我は、梅を18回、特盛を52回気絶させた所で休憩に入った。


「ふう。本当に強くなっちゃって」


 有我は梅を30回は沈めるつもりだった。それが18回。それに特盛という子も何度でも立ち上がる。外傷が治癒されようと痛みの記憶は消せない。全身隈なく幻痛が襲っているはずだが。


「ボクより強いのか。どんな人だろう」


ゲボォッ


「あらら。気管に詰まらせないように気を付けて」


「オッ、エェ。はっ、あ、ありがとうございます」


「今日はこの辺にしとこうか」


「は、はい。はは、今お腹空いちゃいました」


「タフだねえ。ボクなら栄養剤打ってもらうよ」


「いやはは。ご飯食べないと物足りなくて」


 傷は治させている。特盛が吐いた要因は、時を置かず間を置かず全身に走る無数の痛みの記憶。初心者はのたうち回り、痛みをさらなる傷を増やす事によって紛らわせることすら有る。


「・・む」


「おはよう」


「おはようございます!まあ夕方ですけど」


「ああ・・。晩ご飯か」


「はい!用意しますね」


「すごいなあ。2人ともあれだけ倒れてるのに」


「何、肉体の損傷は修復している、はずだ。食わねば」


「そうそう!腹いっぱい食べたら寝る!そしたら明日には強くなってますよ」


「へええ。そうなんだ。ボクも今日はそうしようかな」


「有我は普段はどうしてるんだ?」


「ボクはねえ。晩ご飯食べたら、2時間訓練して、それから寝るよ」


「へ、へえ。流石一一人。人間の体力精神力じゃねえっす」


「ふうむ。明日は私達が有我を真似てもいいかな」


「うん!ボクについては来れないだろうけど、一緒に頑張ろうね」


「ふ。付いていく等考えもしていない。だが、一緒にやろう」


「マジかー」


 有我は自分達のテントに帰っていった。梅、特盛は有我達の宿泊地付近にテントを備えていたが、そこで簡単なご馳走にありついた。


「ここまで用意させずとも良かったか」


「あー。マジ美味いっすけど、必要じゃあないですね。まあニヤケながら飯が食えるのは良いんじゃないすか」


「ふむ」


「飯で心と体を癒すのは大事なことすよ」


「ふ。その通りだ。お前に教えられるとは」


「い、いや。おれが買った飯じゃないんで、あれですけど」


「お前は引っ張って来られたのだ。飯くらい遠慮するな」


「はい!」


 三鬼が揃えていた当主格のための保存食をお代わりしながら、特盛は、大事なことだから自分で用意しろ、と言われるかもとびびっていた。


 楽しそうだなあ。


 有我は梅達をちら、と横目に見つつ、自分のご飯を食べていた。こちらは栄養価を重要視したタイプだ。味わいは質素と言える。今までこの食に不満を感じたことはないが。


 一一人有我。この国最強の戦力。二神、三鬼を除いた、「国」と単独で対等に戦える戦闘実在。迷いや戸惑いを抱えたことは、あまりない。

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