左目の対価
「……」
氷竜とカイン、そして八咫烏を退けた俺は、左目の応急処置を済ませ、そのまま村へ帰ると、ほとんど丸一日寝ていたようだ。
やはり、カインとあのような形で決別したのは精神的に堪えたらしい。とはいえ、罪源職となって、しかも更生の余地がない人間を生かしておくほど、有情な人間でもなかった。
「む、目覚めておったか」
夕陽の差し込む窓を眺めつつ、ぼんやりとしていると、部屋を訪ねてくる人物がいた。
恰幅の良い体格に禿げ頭、聖衣を纏っていなければ酒場で飲んだくれているおっさんのような外見の神官、ガロア神父だ。
「ああ……」
俺は答えて、身を起こす。左目にはしっかりとした包帯が巻きなおされていた。
「これは貴方が?」
「当然だ、回復属性に適性があるのは、この村では私とお前だけだからな」
そう言って、ガロア神父は持ってきていたガーゼと包帯を机に置き、治療を開始する。
「やはり完全に眼球が潰れておるな、視力の再建は難しいわい」
包帯をほどき、出血のとまった傷口を診察しつつ、彼は非常に真面目な顔で言った。
「そうか……」
実際問題として、弓手でもなければ、隻眼・隻腕の冒険者はそう珍しくはない。ただ、戦闘においてかなりの不利を背負うことは避けられないだろう。
この傷の責任をだれかに押し付けたいが、俺の油断と、カインが一枚上手だったことが原因だ。こればかりはどうしようもない。
「……すまないな」
「ガロア神父?」
治療の途中、不意にそんな言葉が漏れてきた。
「私はずっと、お前の事を信用できずにいた。元の村が再び襲撃されたとき、なぜ完全に開拓者を殺さなかったのか、そのことばかりが気になって、碌にお前の働きを見ることをしなかった……お前自身が片目を失うような傷を負って、ようやく分かった、お前は私たちを本当に守ろうとしてくれている。とな」
ガロア神父の心情は、今までもずっと汲んできたつもりだった。
いきなり現れたどこの誰とも知らない人間に、村から出るように言われ、道中は常に魔物除けの結界を張らされ、この地に到着してからは、建物の補修と開墾の日々だ。俺に悪感情を持つのは仕方ない事だろう。
事実、ガロア神父以外にも、俺にあまり良い印象を持っていない住人は少なくない。勿論、移住当時よりは随分と減ったが。
「……むしろ感謝する。俺自身、あの村を救えなかった失敗を忘れたくはない」
触媒となる杖さえあれば。
冷静に行動できれば。
一度引いて、傭兵ギルドで人員を集めていれば。
そう考えない日は無かった。そして、そう考えるたびに慎重になることができた。それらを忘れなかったのは、ガロア神父をはじめ、俺に悪感情を持っていた人々がいたからだった。
「……そうか、ならば、私もお前の力になろう。装備を整えて、あの村を開拓者から解放する用意ができたら教えてくれ」
「それは――」
「悪いが教えることは出来ん。いや、信用していないわけではないぞ、職業上、教えることは出来んのだ」
ガロア神父は、少しばつが悪そうに笑うと、包帯を締めなおして頷いた。
「まあ、傷自体は明日には癒えるはずだ。自分でも回復魔法を数度かけてみるといい」
帰っていくガロア神父を見ながら、俺は失った左目の代わりに得たものを感じていた。
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