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第2話 魔王の娘、さっそく狙われる

 黒装束の刺客たちが床に降り立つ。


 一人は短剣。

 一人は魔法杖。

 一人は手斧。


 装備に統一感はない。だが、三人から放たれる殺気は同じ方向を向いている。

 狙いは、魔王の娘ルナリス・ヴェルグリム。


「ソフィア!」


 アルヴィナの声が広間に響いた。


「可能な限り生かして捕らえなさい! 背後関係を調べる必要があります!」

「了解」


 ソフィアは即答した。

 それを聞いて、ルナリスは少しだけ目を細める。


「へぇ。殺さないんだ」

「団長命令ですので」

「命令がなかったら?」

「ぶっ殺します」

「そこは少し取り繕いなさいよ!」


 ルナリスの抗議に答える暇はなかった。

 短剣を持った刺客が、床を蹴る。


 速い。

 並の騎士では目で追うことも出来ない速度。

 その瞬間、ソフィアはこの刺客がただの雇われじゃないことを悟る。気になることも多々ある。


 しかし、今は迎撃が優先。そして、相手の動きは、ソフィアにとっては遅すぎた。


「一人目」


 ソフィアの姿が消えた。

 否、そう見えただけだ。あまりにも無駄のない踏み込みにより、周囲の視線が追いつかなかったのである。


「がっ!?」


 刺客の手首から短剣が弾け飛ぶ。

 次に膝裏を蹴られ、体勢が崩れたところへ首筋に剣の柄が入った。


 刺客は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。


「見てくださいルナリス様。これが未来の貴方の姿です」

「やっぱりあんた、私のこと殺す気じゃない!」

「失礼。本音が漏れました」

「漏れてるどころか決壊してんのよ!」

「ですがご安心を。任務なので手荒なことはしません。ルナリス様は斬らず、折らず、気絶させませんので」

「当たり前よこの馬鹿!」

「仲良く喋っている場合ですか!」


 アルヴィナの鋭い声。

 だが、それはソフィアに向けたものではなかった。


 魔法杖を持つ刺客が、巨大な黒炎を生み出していた。

 その炎はただの炎ではない。魔力を食らい、肉体ではなく生命力そのものを焼く呪いの炎。

 広間にいた騎士たちが一斉に顔を強張らせる。


「黒炎……魔族の魔法か!?」


 誰かが叫んだ。

 その瞬間、広間にいる人間側の騎士たちの視線が、僅かにルナリスへ向いた。


 ルナリスはそれに気づいた。


 ――あぁ、またか。

 ルナリスの心の声は、諦めの感情が滲んでいた。


 自分が攻撃されている側であるにもかかわらず、疑いの視線が向けられる。

 慣れている。

 そう思っているはずなのに、胸の奥が冷たくなる。


「……これだから人間は」


 小さく吐き捨てた、その時だった。


「貴方達の目は節穴ですか? 明らかに違うでしょう」


 ソフィアが言った。

 ルナリスは顔を上げる。


「あれは魔族の黒炎ではありません。人間の術式です。見てくれは似ていますが、模倣が粗すぎます。あれでは魔力の流れに歪みが出ます」

「……あんた、分かるの?」

「魔族を斬るために学びました。魔族の魔法を知らずに、魔族は殺せません」

「ほんっとうに言い方!」


 ルナリスは頭を抱えたくなった。

 けれど、少なくとも今この瞬間、ソフィアは自分に疑いの目を向けなかった。


 黒炎が放たれる。


「伏せてください」

「また!? 今度は自分で伏せ――」


 言い終わる前に、ソフィアはルナリスの頭を片手で押さえた。

 ルナリスの身体が強制的に低くなる。


「ちょっと! 姫の頭を雑に押さえるな!」

「本来なら適当に殴って地面に転がそうとしたのです。相当配慮しましたよ」

「はいはいありがとうね! あんた、絶対いつか痛い目にあわせてやる!」


 黒炎が向かってくる。

 ソフィアは無感情に剣を横に振るった。


 ただの一閃。

 それだけで、黒炎が左右に割れた。


「なっ……!?」


 魔法杖の刺客が驚愕する。

 ソフィアはすでに、その懐へ入っていた。


「二人目」


 剣の柄が腹に入る。

 さらに足を払う。

 刺客は床へ叩きつけられ、呼吸すら忘れたように悶絶した。


「団長、二人目も生きています。」

「偉いわ、ソフィア!」


 アルヴィナが即座に褒めた。

 ソフィアは僅かに振り向く。


「ありがとうございます。ですがもう少し痛めつけてもよろしいでしょうか?」

「よろしくないわよ?」

「難しいですね」

「何が難しいのよ……」


 ルナリスは本気で呆れていた。


 残る刺客は一人。

 手斧を持つ黒装束は、すでに戦意を失いかけていた。

 無理もない。三人で奇襲を仕掛け、二人が瞬く間に制圧されたのだ。


「ば、化け物め……!」


 刺客が叫ぶ。


「人間のくせに、魔族の姫など守りおって! 恥を知れ! その女は魔王の娘だぞ! その血がどれほど我らを苦しめたか、忘れたか!」


 その言葉で、広間の空気が凍った。

 

 ルナリスは声を出さなかった。

 ただ、少しだけ唇を噛んだ。


「我ら、か」


 ソフィアはつまらなそうに呟いた。

 それを意味するところは一つ。


「魔力の感覚からそうではないかと思っていましたが、やはり魔族を騙った人間だったのね」


 アルヴィナは結論付けたのと同時に、嘆息する。

 一体、どこから情報が漏れたのか。


「ソフィア、最後も殺さずに確保してください。三人もいれば、あとで多少乱暴に扱っても大丈夫なので!」

「あんたのとこの団長さんもだいぶ物騒よね」

「くれぐれも怒らせないでください。穏健そうに見えて、中には魔物を飼っていますので」

「聞こえているわよ、ソフィア?」

「……さて、目の前の状況を整理しましょう」


 都合が悪くなったソフィアは目の前の敵に再集中することにした。


 刺客は人間。魔族ではない。

 なんと、魔王の娘を殺すために、人間が人間の王城で凶行に及んだのだ。


「聞いたか、聖騎士! お前は斬る相手を間違えている! 人類最強ならば、そこの魔族を斬れ! それが人類を守るということだろうが!」


 ソフィアは沈黙した。


 刺客の言葉は、よく分かる。

 魔族は敵である。

 魔族は斬るべき相手である。

 その考えは、ソフィアの奥底に深く根を張っている。


 だが。


「団長」


 ソフィアは剣を構えたまま、静かに尋ねる。


「私は今、誰を守ればよろしいでしょうか。人間ですか? 魔族ですか?」


 アルヴィナは即答した。


「命令を忘れましたか? 貴方が守るべきはルナリス・ヴェルグリムです」

「承知しました」


 ソフィアの碧い瞳が、刺客を射抜く。


「では、私は間違えていません」

「何だと……!?」

「私は魔族が嫌いです。魔王の娘など、本来なら近づくことすら嫌です。なんならぶっ殺したい本能と戦っています」

「そこまで言う!?」


 ルナリスのツッコミが飛ぶ。

 ソフィアは構わず続けた。


「ですが、今の私はルナリス様の護衛です。彼女を殺そうとする者は、たとえ人間であろうと排除します」

「貴様……!」

「ただし、団長命令により殺しません。半殺しです。そこは感謝してください」

「なめるなァ!」


 刺客が近づき、手斧を振るう。

 黒光りする頑丈な刃が、ソフィアの首を狙う。


 ソフィアは動かなかった。

 斧が届く寸前、彼女は左手で相手の腕を弾いた。


「なっ!?」

「三人目」


 胸倉を掴み上げる。刺客の身体が宙に浮いた。

 そして、ソフィアはそのまま床へ叩きつけた。


「がはっ!」


 刺客は動かなくなった。

 骨が折れた音はしなかった。気絶はしているが、生きている。


「制圧完了です」


 ソフィアは剣を収めた。

 広間に、ようやく静寂が戻る。


 騎士たちは刺客を拘束し、文官たちは慌ただしく動き出した。

 アルヴィナは額に手を当てながらも、どこか安堵したように息を吐いている。


 そんな中、ルナリスはソフィアを見ていた。


「……あんた」

「はい」

「本当に魔族が嫌いなのね」

「大嫌いですね」

「本当に私のことも嫌いなのね」

「まだ貴方個人を知りませんので、正確には魔族として嫌いです」

「細かいわね。しかも全然嬉しくない」

「申し訳ありません」

「でも」


 ルナリスは少しだけ視線を逸らした。


「……守ってくれたのは、本当なのね」

「はい。護衛ですので」

「任務だから?」

「当たり前です。任務だからですよ」


 即答。

 迷いなし。

 情緒なし。

 およそ護衛としてはゼロ点の回答だ。

 

 ルナリスはしばらく黙ってから、ふっと笑った。


「ほんと、最低の護衛ね」

「変更を希望されますか」

「いいえ」


 ルナリスは顎を上げた。

 魔王の娘らしく、不遜に。

 それでも、その赤い瞳には先ほどまでとは違う色があった。


「人類最強なんでしょう? なら、せいぜい私を死なせないことね」

「承知しました」

「あと、次に私を横抱きにしたら噛むわ」

「魔族は本当に噛むのですね」

「比喩よ!」


 広間にいた何人かの騎士が、思わず吹き出しそうになった。

 アルヴィナは咳払いを一つ。


「ソフィア、ルナリス殿下。詳しい話は場所を移してからにしましょう。どうやら、この王城も絶対に安全とは言えなくなりました」


 その言葉に、ソフィアは頷く。


「では、すぐに出発を?」

「ええ。予定を早めます。和平会議の地、ラディア中立都市へ向け、明朝出立します」

「明朝……?」


 ルナリスが露骨に顔をしかめた。


「長旅になるのよね」

「はい」

「人間の国の食事って、まずいんじゃないでしょうね」

「携帯食は硬く、味は薄く、栄養効率に優れています」

「最悪じゃない」


 ルナリスは本気で嫌そうな顔をした。


「私、魔王の娘よ? 和平の証よ? もう少し甘いものとか出ないわけ?」

「甘いもの……ですか、ふむ」


 ソフィアは少し考える。


「王都の焼き菓子は、兵站部の騎士たちに人気です」

「焼き菓子?」


 ルナリスの赤い瞳が、ほんの少しだけ揺れた。


「ええ。私も食べたことありますが、中々の味だと思います」

「……ふーん。人間の菓子ね。興味なんて全然ないけど、和平のために知っておく必要はあるかもしれないわね」

「では、出立前に用意させます」

「別に楽しみにしているわけじゃないから」

「分かりました。それでは、任務上必要な物資として申請します」

「菓子を物資扱いするな!」


 こうして。


 魔族嫌いの聖騎士ソフィアと、人間嫌いの魔王の娘ルナリスは、翌朝、和平会議の地へ向けて旅立つことになった。


 仲良くできるわけがない。

 互いにそう思っている。


 だが少なくとも、ルナリスは少しだけ知った。


 この最悪な少女騎士は、言葉が下手で、魔族嫌いで、情緒がなくて、横抱きが雑で、菓子を物資扱いする。


 けれど。


 自分を守ると言った言葉だけは、どうやら嘘ではないらしいのだと。

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