波の行方は 答えは探すもの?
その頃、篁の屋敷では鷹也が目を覚ましたものの、起き上がれずにいた。
『タカヤーだいじょぶー?』
『タカヤおきたー!』
『へいきー?』
妖たちがわらわら集まり、一匹はぺちぺち叩いてくる。
「‥あーお前らが運んでくれたのか。ありがとなー」
なんで運ばれたんだ?と記憶を遡り、そして再び硬直した。伝わる体温、脈拍、呼吸音、思い出した途端に全身に鳥肌が立つ。
「あ、だめだこれ‥」
鷹也は妖たちに手を借り、何とか自分の家に帰宅した。篁の離れではなく、大学近くの家だ。ここの方が人の気配が少なく、気分的にも楽なのだ。
部屋に戻りかけ、猛烈な吐き気に襲われてトイレに籠る。いつものことながら食事を後回しにしていたために吐くものなどない。それでも止まらないものは仕方ない。
ふらふらになりながら顔を洗い、口をゆすいでベッドに倒れこむ。
「だー頭いてー気持ちわりー!」
妖たちがわらわらと集まって来て、鷹也の周りに座り込んだ。
『だいじょぶー?』
『ぼくらここにいるー』
『タカヤあんしんしていー』
横たわる鷹也の身体の上や、頭の上、顔の周りにまで群がって来る。しかしこの妖たちのもつエネルギー波が、何より鷹也を安定させてくれるのだ。
「‥ありがとね。」
そう言って再び鷹也の意識は閉ざされた。
翌朝、朝食バイキングで食事を取った後、雅は改めて七海に向き合った。
「さて、これからお義母様のところに行きましょう。」
七海は一瞬、硬直したがそれでも黙って頷いた。そう、まだ何も解決していない。なぜ自分が選ばれなかったのか、それを知る必要があるのだ。
二人はタクシーに乗り込み、篁の家に上がった。もちろん雅が事前に話を通している。
「いらっしゃい、さ、どうぞ」
環がにこやかに迎えてくれ、二人は和室に通された。
「今日は、七海に何が足りなかったのか、それについて教えて頂きに参りました。」
雅がそう言って頭を下げると、慌てて七海も頭を下げた。
「‥七海、あなたは不思議に思ったでしょうね?ミスもなく、完璧な神楽だったのに、と。」
環がそう言って微笑むと、七海は下を向きかけて顔を上げた。
「はい。型を破った遊馬と、ミスをしていた道明が選ばれたのか、どうしても分かりません。」
昨夜鷹也にぶつけた疑問を、言葉を変えて口にする。
「‥そう。」
環はそう言って傍らに置いたセットでお茶を入れる。
「今は分からなくてもいいわ。でもね、七海。それはあなたに気づいて欲しいの。」
湯呑を七海と雅に差し出しながら環は微笑んだ。
「どうして、ですか?」
七海が思わず問い返す。
「言うのは簡単なこと。でもね、人から聞いたのと、自分で行き着くのでは、答えの深さが違うの。そしてその答えの深さこそが、後々ずっとあなたのためになる。」
環の意図を完全には理解出来なかったが、それでも七海は頷いた。鷹也が昨夜言っていた、“俺は自力で考えて答えを出す”ということなのだろうと思ったのだ。
「ね、七海。あなたが思いついたこと、何でもいいわ。私に聞かせてちょうだい。」
環の柔らかな言葉に、七海は「はい」と頷いた。
「雅さん、もう少し二人で話をしたいの。少し外して頂いてもいいかしら?」
七海が問題なく受け答え出来ていることで、雅は安心して席を外した。七海は少し身体を硬くしているがそれくらいは仕方がないかもしれない。
「七海?雅さんや鷹也が選ばれていて、自分が選ばれなかったことに対して、必要以上に自分を責めてはいないかしら?」
図星を突かれて七海は黙ってしまう。そんな七海を見て、再び環は柔らかく微笑んだ。
「‥おじいちゃん、一族の総代という立場で、その孫が出るってなったら‥その‥絶対に選ばれなければいけなかった。そう思ってました。だから、私が選ばれなくって、おじいちゃんやおばあちゃんにも恥をかかせたって。」
環はゆっくりとお茶を飲み、笑みを湛える。
「やあねえ、そんなに堅苦しく考えるものではないわ。ただの肩書に価値なんてないの。選ばれたら嬉しい、選ばれなかったらお疲れ様。ただそれだけのことよ。」
その軽い言葉が、七海の心をふわりと軽くさせてくれる。
「‥え?あ、あの‥でもおじいちゃんやおばあちゃんが、他の人たちに笑われちゃうとか‥」
環はつい笑い声をあげる。
「そんな人、いたらかえって信用も信頼も失うわ。そんなことは気にしなくていいのよ。」
そして再び軽い口調で言われ、七海の表情も少しばかり明るくなった。
「家柄だとか、肩書だとか、そんなものは気にしなくっていいの。あなたはあなたよ。母と兄が選ばれてるのに自分はなんて卑屈になることもない。それにね、私も雅さんも、初めての選考では選ばれてないのよ。」
七海は驚いて環を見つめる。当然初めての選考で選ばれたものだと考えていたのだ。
「やあねえ、三年に一度なんだから。これまで何度選考があったと思うの?」
うふふふと環は笑った。
「そっか‥一生に一度ってわけでは‥え、あの!鷹兄はもしかして選ばれて?」
笑っていた環がスッと真顔になる。
「鷹也のことは気にしないの。あの子はちょっと規格外というか、なんというか。いい?人のことなんていいのよ。七海は七海でいいの。」
やはり兄は特別なのだ、と実感させられる。
「‥はい。また神楽を教えて頂けますか?」
「もちろんよ。」
その後は、神楽のことで会話に花が咲く。参世代の人たちの神楽がすごかった、とか。あんなにレベルの高い人たちでも振り落とされるのか、とか。
環視点からの話を聞くのもまた楽しかったのだった。
雅は席を外している間、息子の家へと足を運んでいた。妖たちに囲まれているのはいつものことだ。そして触れたくても触れられないのも。眠っているのか気を失っているのか、定かではないが、数日後には回復するだろう。
「ありがとうね、鷹ちゃん。あなたがいてくれて、私は本当に助けられているわ。」
ベッド脇のサイドテーブルにチョコレートを置き、雅は早々に離れた。早い回復を願うなら、その方が良いのだ。
祖母と色々語り合った後、七海の表情もずいぶん柔らかくなっていた。
「七海、分からないことは恥ずかしいことじゃないのよ。分からないまま、分かったふりをし続けるほうが、ずっと恥ずかしいの。」
帰りしなに環からそう声をかけられた。
「分からないまま、分かったふりをし続ける‥」
何となくドキリとしてしまう。そんなことをしたつもりはないけれど、妙に引っかかる言葉だった。
「つい見栄をはりたくなっちゃうのよ。‥これはね、私も気をつけていることなの。お互いに気をつけましょう?」
七海は頷いて、深々と頭を下げた。
「お祖母ちゃん、ありがとうございました。また宜しくお願いします。」
環が笑顔で手を振ってくれ、玄関を出たところで帰宅した篁に会った。
「おじいちゃん、上手く出来たつもりだったけど、ダメでした。また教わりに来ます。」
一瞬ビクッとした七海だったが、そう言って頭を下げた。祖父は優しげに笑いかけてくれ、それだけで七海の心がふわりと軽くなる。
「‥そうか。七海にも良いところがあり、同時に悪いところもある。けれどもそれが合わさったのが七海の個性なんだ。成長を楽しみにしているよ。」
七海はもう一度頭を下げ、雅と共に帰路についた。祖父も恥だなんて思っていなかった、それが何より心を軽くしてくれたのだった。
そして七海は雅と共に自宅に戻り、霧江と流水に頭を下げた。
「流水、ごめんね。せっかく作ってくれたのに、私食べずに出て行っちゃって。」
流水はふるふると首を振り、七海に抱きついた。
「えーいいなあ!私も流水ちゃんの手作り食べたかったー!」
霧江は冷蔵庫から紙包みを取り出し、七海に渡す。
「せっかくだし、あなたと姉さんで半分ずつ頂いたらどう?」
七海と雅は顔を見合わせ、笑い合った。
「これ、流水と霧江さんに。」
七海が高級チョコレートの包みを流水に手渡す。さっき雅が鷹也の元に置いてきたものと同じメーカーのものだ。
七海と雅はお手製マフィンに感激し、霧江と流水はチョコレートで歓声をあげた。四人は久しぶりにお茶を飲みながら、賑やかな時間を過ごしたのだった。
そして週明け、七海が家を出ると、茜がにっこりと笑って近づいて来た。
「おはよ!七海!」
罪悪感で硬直しかけた七海の心を和らげるのには十分すぎるほど、茜の笑顔は温かかった。
「‥おはよう!茜!あの、心配かけてごめん。メッセージありがとう。」
尚も言葉を続けようとする七海の腕を取り、茜は笑った。
「今日も快晴だね!」
二人で空を眺めながら歩いていると、道明が、遊馬が合流する。
「よ!」 「おー!元気そうでよかった!」
そんな声をかけられ、七海は今度こそ明るい笑顔を向けた。
「みんな、心配かけてごめん! ありがと!!」
そのままいつものように登校し、解決しない疑問を抱えたままではあったが、いつもの日常に戻れたのだった。




