妖さんと影さん 流水と鷹兄
祖父の家に着くと、手を振ってくれる兄の姿を見つけた。流水も手を振って近づく。
「よ。元気そうだな。」
兄が出迎えてくれ、奥の離れに通される。湧水池や築山があるために、ここにも離れがあるとは知らなかった。母屋からも離れており、人気がなさすぎて少し寂しい印象すらある。
しかし、妖と影が非常に多い。母屋にはちょくちょく行っているが、ここまで多くはなかったはずだ。
「ここ、妖さんや影さん、すっごく多くない?」
母屋では数体しか見なかったが、ここには30体近くいそうな気がする。
「湧水があるから集まりやすいのかもな?」
鷹也は言いながら、冷蔵庫から出したばかりの冷たいお茶を渡してくれた。
「ってか、どうしたんだ?急に。」
流水が会って話したいというのは珍しい。鷹也が七海や流水たちの家に行き、そこで会話を交わすのが常だ。
「あ、大したことじゃないんだけどね?えっとー神楽ってさ、なんのためにあるの?あ、もちろんお祖母ちゃんからは聞いてるの。でもね、鷹兄とか霧江さんとか、ママにも聞いてみたいなって思って。」
妖が鷹也の周りに集まり、頭の上や肩の上、足の上にまで乗っかっては寛いでいる。
「感情っていうのもね、一種のエネルギー。その中でも怒りとか悲しみ、恨み、憎しみ、そういったマイナスの感情って重く、淀むんだ。そうなってくると、俺らには黒い靄のようにそれが見える。」
流水は思わず自分の手のひらを見つめる。この眼が出てから妖や影とも会話が出来たり、触れたり出来るようになった。けれどもまだ、兄の言うような黒い靄を見たことはない。
「そういった悪いものを祓い、浄化するのが俺ら。けどそれは眼が発現した後に、神様に神楽を奉納し、認められたら、そういった力を貸してもらえる。」
流水は真剣に話を聞き、こてんと首を傾げた。
「眼があるから出来るっていうわけじゃないんだよね?」
「そうだね。眼があると祓いや浄化の力を貸してもらえる、チャンスを貰えるだけだ。」
流水はやはり少し難しそうな顔をしている。
「霊能力者の人たちとはちがう?」
「そうだね。彼らはマイナスの感情を強く持つ影に対してだけ、影響を持ってるかな。偽物も本物もいる。本物の中には、見る力に優れている人もいるよ。」
流水は難しい顔をしたまま、貰ったお茶を飲んだ。
「影と幽霊ってちがうの?」
眉間にシワを寄せたままの流水を見て、鷹也が笑みを浮かべる。
「似たようなものと思っていていいよ。明確な区別は付けにくいしね。‥それよりそのシワ消えなくなるぞ?」
流水は慌てて人差し指二本を使い、眉毛の根本をくいっと引っ張った。
「さて、それじゃ神楽だけど。そういった靄を祓うのは物理的に消すわけじゃない。神さんの力を借りて、嫌な感情たちを昇華させる。解放するというかね。そのために音と動きを使って靄たちを解し、広がらないように集め、マイナスの感情を断ち切っていく。」
流水は祖母から教わった手の動きを再びトレースした。
「そう。集まったマイナスエネルギーは凝り固まっているからね、神さんの力、神性エネルギーとでもいうのかな。それを上手く使って凝り固まってしまったものを解すイメージだよ。」
立ち上がり、その場で足の動き、手の動きをもう一度再現する。まだうろ覚えではあるのだが。
「神楽を奉納し、神さんから認められると分身のような物をもらえる。それが式だ。」
鷹也の頭上に白銀の鷹が現れて頭の上に止まる。
「わわっ!!すごい!!超きれいでカッコいい!!」
流水は目をキラキラさせて鷹に見蕩れた。
「もらったら名付けをする。こいつはブラン。」
流水は目をキラキラさせたまま、「ブラン」と呟いた。
「お話しするの?この子。」
「話せるのは自分の式とだけな。まあじっちゃんは別だけど。」
流水は自分にもいつか貰えるかもしれないと、期待のこもった眼差してブランを見ている。
「‥で、この式が神楽の時に楽器や武具へと変わり、祓いや浄化を助けてくれるんだ。」
以前にも聞いた気はするが、やはり祖父や祖母の前だと緊張してしまっていたのと、急に色々重なったためにとても覚えきれていなかった。
「‥そっかー!ありがと鷹兄!また聞いちゃうかもしれないけど、いい?」
「もちろん。」
子供の頃から穏やかで優しい兄だ。怒鳴られたり、叩かれたりというのもない。
「あ!あとね?妖さんや影さんとも仲良くしたくて。もちろん学校の友達も仲良くするよ?‥大丈夫、なんだよね?」
流水は近くに寄って来た妖を撫でてみる。
『くすぐったいー!』
そんなことを言いながらも嬉しそうな妖に、流水はついにっこりしてしまうのだ。
「大丈夫だよ。但しこれだけは約束して欲しい。」
鷹也が表情を引き締めたので、流水も姿勢を正した。やはり兄は真顔になると目が怖い。
「もし、妖や影たちから助けを求められることがあったら‥」
流水はドキリとした。そんなこともあるのか、と。
「その時は必ず俺に連絡するんだぞ?」
何となく、これは絶対に守ったほうが良いような気がして、流水は頷いた。
「うん。‥でも何でか聞いても良い?」
「まだ流水には助けられないことの方が多いからね。慣れていないと、流水にも妖たちにも危険が及ぶかもしれない。だからだよ。」
確かに自分はまだ何も出来ない。どんな状況かは分からないけど、人助けだってまだまだ出来ないことはたくさんある。
「そっかー!どんな小さなことでも?」
「どんな小さなことでも、だ。」
何があってもきっと兄は助けてくれるし、これだけ妖や影が集まって来る人だ。だから兄に相談すれば間違いはないんだろう。
「ありがと!お兄ちゃん!」
すっかり日が暮れてしまったため、その日は兄が家まで一緒に歩いてくれた。普段は見かけないことの方が多いのに、なぜか今日は妖たちが顔をひょっこりのぞかせる。
「もしかして妖さんの知り合い、多いの?鷹兄?」
「そうだね。じっちゃんの家に集まるせいかな。成り行きで知り合ったことも多いよ。」
背の高い兄と並ぶと、流水の身長は兄の肩くらいまでしかない。それがおかしくて、流水はついつい笑ってしまう。
「あー!霧江さんに連絡してなかった。怒られるー‥」
「家出るときにメッセは送ってあるから、気にしなくていいよ。それより、学校の宿題、忘れないようにな?」
「ぎゃーーーー!わーすーれーてーたー!頑張るー!鷹兄!ありがとー!」
流水が玄関を開けて中に入るまで、きちんと見届けてくれたことにお礼を言う。
「おかえりなさい。今日の夕飯はカニクリームコロッケよ?」
「ただいまー!!わー!食べるー!!」
大騒ぎしていると、姉も笑いながら出迎えてくれた。
(カニクリームコロッケの美味しさは、眼があってもなくても変わらないなー!)
流水はにこにこしながら大好物のカニクリームコロッケを味わうのだった。




