4話 ラナァ、葉っぱをあげる
シエルは魔王リヴァイアサンを前にしても、少しも焦ったりしなかった。
理由は単純だ。
仮にリヴァイアサンが敵だったとしても、戦力的には圧倒的にこっちの方が上だからだ。
ぶっちゃけラナァがいる方が勝つので、なぁんにも心配はいらないというわけ。
それにどうせパパかラナァの友達でしょ? とシエルは思っていた。
「見つけたよ、親愛なるラナァ」リヴァイアサンが気取った風に言う。「君の魔力の波動が、僕が眠る静謐の海を美しく波立たせた。正気の沙汰とは思えないほど無防備で、だけどどこか可憐な疾走。その熱量と優雅さに当てられて、暗く温かい海の底から這い上がってきてしまったよ。さぁ、再会の祝祭を始めようか」
「な、何を言っているのかサッパリ分かりませんわっ!」
コーデリアが酷く引いた様子で言った。
「これが魔王言語というやつですか……っ!?」
アデリタは真剣な様子で言った。
「いえ、魔王言語なんてものは存在しません」イリナが言う。「この人……えっとこの細長いドラゴンは単に頭の中が永遠に思春期なだけです」
(ああ、やっぱりラナァ……とイリナお姉ちゃんの知り合いなんだなぁ)とシエルは心の中で呟いた。
「おや? 個を保つことすら危うい、泡沫の命である君が、まるで僕の知己であるかのように話すじゃないか」リヴァイアサンが言う。「だというのに、僕の永劫の記憶を紐解いても、君のような矮小な存在と交わした言葉の記録が見当たらないんだ」
「相変わらずのウザさですね」
やれやれ、とイリナが小さく首を振った。
「僕を理解してほしい、とは言わない。所詮、君はちり芥の存在。約束されし世界の終焉を見守る僕とは相いれないのだから」
「こいつ殴ってもいいか?」とアビス。
「ドラゴン対決はご遠慮願いますわ!」
コーデリアが焦ったように言って、アデリタがうんうんと頷いた。
「僕だよリブ」
イリナの背中に光の翼が生えて、イリナはそのままリヴァイアサンの顔の真ん前まで移動した。
「て、天使様……?」とアデリタ。
「お姉ちゃんは神聖属性だから」シエルが補足する。「元・聖女だよ」
「「聖女!?」」
コーデリアとアデリタがもう何度目か分からないレベルで驚いた。
今日は驚きの特売日である。
「……え、今、僕のことリブって呼んだ?」
リヴァイアサンが酷く驚いた様子で細い目をいっぱいにまんまるくした。
「やれやれ、僕が分からないとはね」イリナは前世の口調で言う。「君に赤いバラを贈ったことも忘れたかい? 君の瞳によく似合ったと思うけど」
リヴァイアサンは少し沈黙したあと、曖昧な雰囲気で言う。
「……植物の魔王?」
「正解」とイリナ。
「えええええ!? なんで人間の女になってるの!?」
「それ、ホレスにも聞かれました」
「いや聞くでしょ! てか君ってば死んだんじゃ!? 僕ってば三日三晩泣き明かして、人間滅ぼすかどうか真剣に迷ったんだよ!?」
リヴァイアサンは素の口調で言った。
「なんか怖い会話してますわぁ!」
「コーデリアは全自動突っ込み人間だね」とラナァ。
「なんですのソレ!?」
「ほら突っ込んだ」
ラナァが楽しそうに笑った。
「見て! 君に貰った真っ赤な薔薇!」
リヴァイアサンは虚空から氷漬けの薔薇を取り出した。
「【亜空間収納】ですの!?」
「入ってみたい? 亜空間」とラナァ。
「あ、いえ、遠慮しますわ……」
「……え? まだ持ってたんです?」イリナはちょっと引いた様子で言う。「そんな重い感じで贈ったわけではないのですが?」
「だって僕! 贈り物とかされたの初めてだったし!」
言いながらリヴァイアサンは氷漬けの薔薇を再び亜空間に仕舞った。
「てゆーか」リヴァイアサンが真面目な雰囲気で言う。「本当にどうしたの? その身体は? 人間に見えるけど?」
「転生したんですよ」
「マジで!?」
「ええ。ですから、今のわたくしは完全にただの人間です」
「……ただの人間と言うにはちょっとアレですけど」とアデリタがボソッと言った。
シエルはあたしもそう思う、と心の中で同意した。
「ねー!」ラナァが大きな声で言う。「リブも一緒に遊ぶ!?」
「遊ぶ遊ぶ! そもそも僕、ラナァと遊びたくて来たし!」
言ってから、リヴァイアサンが人間の姿に変身した。
「「女の子!?」」
リヴァイアサンの姿はシエルたちとそう変わらないぐらいの少女だった。
髪の色は水色のロング。
服装は、黒いミニスカートに赤いシャツ、それから黒い革のブーツと指ぬきのグローブ。
「あたくしは男に薔薇を贈ったりしませんよ」
イリナが砂浜に着地し、リヴァイアサンも一緒に着地した。
イリナの背中の羽が消える。
「ラナァ久しぶり!」
リヴァイアサン改めリブがラナァに抱き着く。
ラナァはよしよしと根っこや葉っぱでリブを撫で回す。
そんなわけで人外たち(ラナァ、リブ、アビス、イリナ)が仲間に加わった。
みんなで楽しく砂浜を駆け回ったり、泳いだり、スイカを割ったりした。
(ワシ以外、みんなメスではないかっ!)
アビスは途中でそう思ったが、よく考えたら聖域でもそうだったのであまり気にする必要はないと気付いた。
そして空がオレンジ色に染まり始めた頃。
「さて、そろそろあたくしたちは帰りましょうか」とイリナが言った。
「じゃあ僕も」リブが言う。「ラナァ、今度は聖域に遊びに行くから」
「はーい」
ラナァが可愛らしく返事をして、リブがうんうんと頷いてから、助走を付けて海へと飛び込んだ。
「ではシエルよ、今日も泊まるのだろう?」とアビス。
「うん」とシエルが頷く。
「コーデリアよ」とアビス。
「は、はいですわ!」
「娘をよろしく頼む」
「もちろんですわ!」
「ふむ……」
アビスはコーデリアを見て、アデリタを見て、それからシエルを見た。
そして亜空間から一振りの剣を取り出した。
それは闇のように薄暗く、そして恐ろしいほどの魔力をまとった剣だった。
「ラナァ、この剣を3本に増やせるか?」
「ほい」
ラナァが葉っぱを打ち鳴らすと、黒い剣が三本に増える。
「これはその昔、ワシが自らの爪と魔力で練り上げた冥竜剣だ。お前たちにくれてやろう」
アビスが言うと、三本の冥竜剣がシエル、コーデリア、アデリタの前へと移動した。
「区別がつかないので、色分けした方がいいと思います!」とイリナ。
「ほい」
ラナァが再び葉っぱを打ち鳴らすと、2本の冥竜剣の色が変わる。
アデリタの剣は光り輝く聖剣のような感じに、コーデリアの剣はまるで炎のように紅い剣へと姿を変えた。
「では名も変えよう」アビスが言う。「シエルのは冥竜剣、そのままだ。そしてアデリタのは聖竜剣。コーデリアのは紅竜剣」
「こ、こんな素晴らしいものを……貰っても?」
アデリタがおっかなビックリ言った。
「うむ。なかなか良い剣だぞ」とアビス。
「ありがとうございます! 家宝にします!」
アデリタが大きく頭を下げた。
「わたくしも家宝にしますわ! ドラゴンに剣を貰うなんて! 子孫代々自慢……じゃなかった、大事にしますわ!」
コーデリアも大きく頭を下げた。
「じゃあラナァは葉っぱあげるね!」
ラナァは三人に葉っぱを渡した。
「あ、ありがとうございます?」とアデリタ。
「この葉っぱ……なんか凄まじい魔力が……」とコーデリア。
「ラナァの葉っぱじゃないよ、世界樹の葉っぱだよ」
「「世界樹!?」」
コーデリアとアデリタがビックリして飛び跳ねた。
(ラナァの葉っぱは一枚あれば大陸を消滅させるだけの魔力があるから、気軽にあげちゃダメってイリナお姉ちゃんが言ってたから……)
それで格落ちする世界樹の葉っぱなのだとシエルは知っている。
「では帰りましょう」
イリナが言って、アビスが頷く。
「ばいばい」
ラナァが葉っぱを振って、そのまま【転移】で消えた。
「嵐のようでしたわねぇ」
「そうですねぇ」
コーデリアとアデリタがしみじみと言った。
「今度、シエルの家に遊びに行きたいですわ」
「私も!」
「うん、いいよ! ラナァ、いいよね?」
「いいよー」
シエルの髪を括っているラナァが言った。
「そういえばそっちにも、ラナァがいるのでしたわぁぁ!!」
コーデリアが突っ込みを入れた。
今日も平和で楽しい日だったなぁ、とシエルは思った。




