第三十章:曙光(ドーン・パート)-2
三日間、アーガスの部屋の灯りは消えることがなかった。
小さな油ランプは、孤独な蛍のように深夜の闇で燃え続けた。
母サラが運んできた食事は、手つかずのままドアの前に置かれ、温かい湯気が冷え切った油膜へと変わっていく。
父ブレイクは何度かドアを蹴破ろうとしたが、その度に思い留まり、無力な溜息をついて立ち去った。
ついに、四日目の深夜。
トールの忍耐が限界を迎えた。
彼は湯気を立てる肉スープの椀を手に、大股で弟の部屋へ向かい、ノックもせずに、その巨体でドアを押し開けた!
バンッ!!
「一体いつまでウジウジやってやがる!!」
トールの野太い怒鳴り声が静寂を破り、狭い部屋に雷鳴のように反響した。
「中で干からびて死ぬ気か!?」
彼の太い身体が入り口を完全に塞ぎ、動く山のようだ。
部屋の中からは、魔力過負荷特有のオゾン臭と、金属油の混ざった異臭が漂ってくる。
アーガスは机に突っ伏していた。
図面と金属くずに埋もれ、自分の発明品によって生き埋めにされた遭難者のようだった。
トールはズカズカと踏み込み、スープを机に叩き置いた。熱い汁が数滴飛び跳ね、図面の上で光る。
「……詰まったか?」
声は相変わらず乱暴だが、そこには隠しきれない兄としての不器用な気遣いがあった。
傷ついた仔熊を慰めたいが、やり方が分からない親熊のように。
アーガスは顔も上げず、ガラクタの山の中から、極限の疲労に満ちた声で呻いた。
「……兄さんには……分からないよ」
その一言が、熱した針となって、トールの張り詰めていた忍耐を刺した。
「俺にはお前の描くミミズ文字は分からねぇよ!」
彼は激昂し、アーガスの手から図面をひったくり、さらにねじ曲がった金属片を掴み上げた。
「だがな、金属のことなら分かる! モノ作りのことなら分かる! 見ろ、お前が作ったコリャなんだ? ただのゴミじゃねぇか!」
彼は、度重なるエッチング(腐食)実験で反り返った鋼板を、指二本でパキンとへし折った。
乾いた破砕音は、この廃材への弔鐘のようだった。
その目には、職人としての、素材を無駄にされた怒りと心痛があった。
アーガスはようやく顔を上げた。目は充血し、隈ができている。
彼はゴミの山を指差し、不満をぶちまけた。
「基板が必要なんだ。鋼鉄より硬く、ミスリルより魔力を通し、木材より軽い素材が。……そんな都合のいい物質、存在しないんだ」
それを聞いたトールは、眉をひそめた。
弟が袋小路に入り込んでいる偏執的な様子を見下ろし、そして手の中の無惨な金属片を見る。
やがて彼は、鼻を鳴らした。
それは熟練の職人が、未熟な弟子に向ける、呆れと嘲笑を含んだ鼻息だった。
「お前……頭が『鍛冶屋』になってるぞ」
彼は容赦なく切り捨てた。
「頭ん中が金属で一杯だ。誰が決めた? 土台そのものが魔力を通さなきゃならねぇなんて」
彼は背を向け、部屋の隅に積まれていた車椅子の予備材の中から、一枚の板を抜き出した。
深く濃い色合いで、木目が詰まった板。
彼はそれを、ドンッ、とアーガスの前に置いた。
微かな樹脂の香りが漂う。表面は翡翠のように滑らかだ。
「『鉄木』を使え」
トールの声には、自分の専門領域における絶対王者の自信が満ちていた。
「三年乾燥させた鉄峰山の鉄木だ。重さは鋼鉄の三分の一だが、硬度はほぼ同じだ。こいつをメインフレームにすれば、お前のその金属片よりずっと軽くて丈夫になる」
アーガスの目が一瞬輝いたが、すぐに曇った。
「でも、木は魔を通さない(不導体だ)。表面は繊維だらけで、微細な回路を彫れば木目に沿って割れるか、滲むだけだ。どんなに硬くても、ただの木の板だよ」
「だから、頭が固いって言ってんだ」
トールは太い指で、鉄木の表面をコンコンと叩いた。硬質で、頼もしい音がした。
「昔、エルフと商売してた行商の爺さんが自慢してた話だ。エルフの華奢な飛空艇、あれの竜骨はこの鉄木でできてるらしい。奴らには秘伝の技があってな……極薄の金属箔を、まるで紙を貼るみたいに、鉄木の表面に完全に『定着』させて、そこに魔法陣を描くんだとよ」
「……貼る(ペースト)……」
アーガスが呟いた。
その単語は雷撃となって脳内を駆け巡り、立ち込めていた霧を一刀両断にした!
前世の記憶の深淵から、埃を被っていた一枚の映像がフラッシュバックする。
それは薄く、深緑色の板。表面には金色の迷路のような、繊細な線路が走っている。
プリント基板(PCB)!!
原理は完全に同じだ!
絶縁体の基盤の上に、導電体の回路を乗せる。
彼は即座に、その製造プロセスの核心――光学と化学を用いた大規模かつ高精度の「蒸着印刷」を思い出した。
だが、その思考は一瞬で苦笑と共に却下された。
それには現代の工業インフラが必要だ。この煤けた工房どころか、ドワーフ王国の全技術力を動員しても、その初期設備さえ作れない。
思考はまたしても行き止まりに見えた。
だが……待てよ。
アーガスの視線が、図面を描くのに使っていた羽根ペンに止まった。
新しい、大胆不敵な、そして完全にこの世界に即したアイデアが、閃光のように迸った。
あの技術の本質は「印刷」ではない。「定着」だ。
機械で「印刷」できないなら――なぜ、手で「書く」ことができないと言い切れる?
僕の魔力を「筆」とし、溶けたミスリルを「インク」として。
堅牢な鉄木というキャンバスの上に、未来へ続く最初のソースコードを一筆書きで描けばいいじゃないか!
アーガスは部屋を見回した。
机上の道具を高速でスキャンする。エッチング用の針、羽根ペン、粉末状にしたミスリルの入った小瓶……。
クレイジーなアイデアが、脳内で急速に組み立てられていく。
彼は弾かれたように立ち上がった。
トールが呆気にとられているのを無視して、実験台へと突進する。
彼は一本の細い真鍮の管――普段は細工の火吹きに使うもの――を手に取った。
魔力で先端を加熱し、引き伸ばし、極細の孔を持つペン先へと加工する。
そして、小麦粉よりも微細なミスリルの粉末を、慎重にその中空の管へと充填していった。
一本の粗末な、しかし世界を覆す概念を宿した「ペン」が、今ここに誕生した。
【あとがき】
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次の章も、全力で鍛えます。




