第三十章:曙光(ドーン・パート)-1
未来の指針を定めたあの家族会議から、一ヶ月が経過した。
アイアンソーン家の生活は、優しい手によって正しい軌道へと戻されたようだった。
まるで、失われた真珠があるべき場所に戻ったかのように。
ブレイクとトールの親子は、アイリーンの車椅子の改良と、工房への注文消化に全精力を注いでいた。
彼らが奏でる力強いハンマー音は、この家にとって最も安心できる背景音(BGM)となった。
一定のリズムで、力強く。まるで心臓の鼓動のように、生活が続いていることを告げている。
サラは毎日、アイリーンと、間もなく旅立つアーガスのために祈りを捧げていた。
その眉間を覆っていた絶望の影は消え、母親特有の、穏やかな期待だけが残っていた。
一方、アーガスは完全に自室に引きこもっていた。
彼の目の前には、これまでのどの設計図よりも複雑で、緻密な図面が広げられている。
数百本もの魔力回路が蜘蛛の巣のように密に、しかし血管のように秩序立って描かれている。
それらは整然と機能し、アーガスがこれまでの人生で学んだすべての知識を凝縮した核心――「奇跡」と呼ぶにふさわしい、超小型魔法マトリクスを構成していた。
彼の目標は明確だ。
人間の魔法学院の実技試験は、難関として知られている。
何百、何千という天才たちの中から頭角を現し、唯一の「主席全額奨学金」――天文学的な学費を全額免除される特待生枠――を勝ち取るには、単に威力の高い魔法を撃てるだけでは不十分だ。
それは正解のない試験のようなもの。
すべての受験生は、短時間で己の「固有の価値」を証明しなければならない。
彼は、あの巨大で、起動が遅く、外部電源を必要とした『試作魔導盤』の機能を、携帯可能で、隠匿性が高く、かつ実戦の中で瞬時に起動できるサイズまで、徹底的に圧縮する必要があった。
これは試験で高得点を取るためだけではない。彼自身のためでもある。
彼は間もなく、たった一人で、ドワーフの山城よりも百倍も複雑で危険な人間社会へと足を踏み入れる。
その未知の環境で、彼は自分を守るための「武装」を、切り札を持っておく必要があった。
理論上の設計は完了している。
マトリクスの演算回路とエネルギー回路を物理的に分離し、規格化された「拡張スロット」を設けることで、部品を交換するように、事前に用意した魔法カードを切り替えられるようにした。
さらに、戦闘中に魔法の挙動を書き換えるための「音声入力」モジュールさえ組み込んだ。
だが今、最も根本的で、致命的な問題が、巨大な壁となって彼の前に立ちはだかっていた。
――材料だ。
彼は机の隅に積まれた、かつて試作機に使った黒鉄の破片を見て、力なく首を振った。
黒鉄の魔力伝導率は悪くない。だが、粒子が粗すぎる。
彼が設計した、蜘蛛の糸ほどに細い数百本の魔力回路を刻み込むには、土台としてあまりに粗雑だ。
銅や銀は伝導率こそ最高だが、柔らかすぎて、実戦の物理的衝撃に耐えられない。
鋼鉄は頑丈だが、魔力の伝達ロス(抵抗)が酷すぎて話にならない。
彼が必要としていたのは、全く新しい「基板」だった。
超高密度の回路を保持でき、剣撃を防ぐほど強靭で、かつ持ち運べるほど軽量な、夢の素材。
それは、「電気を通すが絶縁体でもあり、硬いが柔らかい」というような、矛盾した物質を探すようなものだった。
彼はトールから借りた基礎材料学の本を片っ端から読み漁ったが、答えは見つからなかった。
分厚い専門書は知識の山のようだったが、どの山も彼を頂上へ導いてはくれなかった。
彼の持つ、時代を超越した異世界の理論知識が、初めて、この世界の基礎的な「材料工学」という現実に首を絞められたのだ。
この行き詰まり(デッドロック)は、彼に初めて、心の底からの強烈な挫折感を味あわせていた。
彼には、この世界に生きる、本物の「職人」の助けが必要だった。
【あとがき】
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