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第三章:星塵の囁き

 アーガスの指先が、戦斧のサファイアに吸い付くように触れていた。


 彼の魔力――その微弱なエネルギーの塊が、音もなく宝石の内部へと浸透していく。


 意識がそれを追う。

 まるで、古びたマシンの内部に潜り込み、忘れ去られたコマンドラインを読み解こうとするかのように。


 魅惑的で、同時に不安を掻き立てる感覚。

 魔力が流れるたびに、新たな発見があった。


 アーガスの魔力はラインに沿って滑り、この奇妙なシステムを探索する。


 すべてのパスに目的があり、すべての分岐に深い意味が隠されている。


 これは魔法陣ではない。

 冷徹で精密な構造体。ルーン文字と数字で記述されたプログラムだ。


 そして、彼は「切断箇所ブレイクポイント」を見つけた。


 あの最も深い亀裂。

 表面上は宝石職人が拙い手つきで補修したような、浅い傷に見える。


 だが、魔力のフィードバックは明確に告げていた。

 これは単なる破損ではない。

 宝石のコア深部まで達する断裂。破壊された「橋」だ。


 この亀裂がエネルギーの流れを遮断し、システム全体をそこで強制終了させている。


 プログラムの実行途中で遭遇する、致命的なバグのように。


 アーガスは魔力の出力を上げようとした。

 だが、まるで水流が石壁にぶつかるような感覚。


 彼の魔力はあまりに微弱だ。

 マッチ一本の火で、都市全体を照らそうとするようなものだった。


 その時。

 宝石が微かに震え、青い光が明滅した。

 眠りの中の寝言のように。


 アーガスの心拍数が上がる。

 無意識に魔力を拡散させた。


 無形の根が宝石の表面から伸び、斧の柄、そして刃の金属原子へと浸透していく。

 まるで複雑な神経回路ニューラル・ネットワークを構築するかのように。


 魂が震えた。


(この創造者は誰だ?)


 なぜ眠りについた?

 この戦斧には、どんな秘密が隠されている?


 この発見を前に、アーガスは自分が巨人の方に乗って星空を覗き込む子供のように感じられた。


「弟よ! 一体何してるの?」


 アイリーンの声が、風のように彼の集中フォーカスを乱した。


 彼女が顔を寄せる。

 瞳は点火した松明のように輝いていた。


 彼女の人差し指が、斧の柄にあるルーンの一つを、子猫をあやすように軽くつつく。


「見て、ここキラキラしてる! 気に入った? お姉ちゃんがもう一回触ってあげる!」


 彼女の指がルーンを擦る。

 微弱な静電気が発生し、アーガスの魔力流ストリームが瞬時に干渉を受けた。


(ノイズが!!)


 この善意に満ちたジャミングに、彼は泣き笑いするしかなかった。


「アイリーン、勝手に触るな!」


 ブレイクが大柄な体で彼女を押しのけ、暖炉の光を遮った。


 彼は慎重に戦斧の角度を調整し始めた。

 精密な工芸品を品定めする鍛冶師の目つきだ。


「この小僧がどこの部分に興味があるのか、見極めねばな。この宝石のカットか? いや違う……ルーンの彫りか?」


 彼が顔を近づける。

 豊かな髭がアーガスの頬に触れそうになり、煤と汗の混じった塩辛い匂いが漂った。


「ああもう、これは古代の工芸品だ。俺にはさっぱり分からん!」


「ブレイク、下がって!」


 サラの声には焦りが混じっていた。

 彼女は揺り籠の周りを右往左往しながら、慌ててアーガスの毛布を直している。


「皮鎧の埃が酷いわ、あの子がむせちゃう! もう、二人とも近づきすぎよ。暖炉の光を遮ってるわ!」


 アーガスの内なる魂が咆哮した。


(今、人生で一番重要なデバッグ中なんだぞ!!)


 千年の眠りについた古代機械アーティファクトを解析している最中なのだ。

 それなのに、この熱心な「クライアント」たちが現場を荒らしまわっている!


 アイリーンの指が別のルーンに触れる。

 アーガスの魔力流が大きく逸れ、座標を見失って崩壊した。


(違う! 回路が干渉を受けてる!)


 再フォーカスを試みる。

 だが、ブレイクがまた戦斧の角度を変えた。


(視界がズレた! ロックしていたノードが消えたじゃないか!)


 アーガスは叫びたかった。

 だが、この赤ん坊の体から出るのは、無力な「あーうー」という鳴き声だけ。

 それは意味を成さない文字化け《ガーベッジ》だった。


 もし家族たちが、自分たちが「有難迷惑」なことをしていると知ったら、どんな顔をするだろう。

 だが、その真剣な心配顔を見ると、責める気にもなれなかった。


 トールが手の中の鉄片を「ギシッ」と鳴らした。

 彼はサラの心配そうな顔を見て口を開く。


「母さん、まさかこの刃潰れした斧で弟が怪我するとでも思ってるのか?」


 彼は歩み寄り、刃こぼれだらけの斧の刃を手のひらで強く擦った。

 皮膚には浅い圧迫痕がついただけだ。


「ほら、丸太みたいに鈍らだぜ。皮一枚切れやしない」


 その瞬間だった。

 三つの力が、奇妙な均衡に達したのは。


 アイリーンの指があるルーンの上で止まる。

 ブレイクの調整により、宝石が暖炉の火光を正面から捉える。

 熱心な魔力が、ちょうどあの「断裂」に接触した。


 カッ……。


 サファイアが突如として柔らかな光を放った。

 暗闇に散らばる星屑スターダストのように。


 温かく、儚い光。

 それが家族全員の驚愕の表情を照らし出した。


 アイリーンの目は二つの星のように見開かれ、ブレイクの髭が震え、トールの指は鉄片の上で硬直し、サラの呼吸さえ一瞬止まった。


 その時、部屋全体が魔法によって凝固し、時が止まったかのようだった。


「わぁ……」


 沈黙を破ったのはアイリーンだった。

 夜空を流れる星を見たかのような、感嘆の声。


「弟よ、何をしたの? すごく……綺麗!」


 ブレイクは立ち尽くしていた。

 無骨な指が斧の柄を撫でる。

 消えゆく光を掴もうとするかのように。


「こ……これは一体?」


 低い声。信じられないという響き。

 彼の目はアーガスを直視していた。

 見落としていた原石を再評価するかのように。


 トールが口を半開きにする。

 手から鉄片が滑り落ち、乾いた音を立てた。


「この斧……壊れてたんじゃなかったのか?」


 半信半疑。だが、そこには期待が混じっていた。


 サラが優しい口調でアーガスをあやし始めた。


「さあ、ちびっ子。遊びはおしまい。もう寝る時間よ」


 だが、アーガスは頑として戦斧の柄を放そうとしなかった。


 ああ、これは匂う。

 魂が離れがたいと感じる、古の真理の香りだ。


 サラが再び促す。

 焦ったアーガスは……。


「うぅ……」


 彼にはこの赤ん坊の体しかない。

 この渇望を表現する手段は、これしかないのだ。


「オギャアアアアアアアッ!!」


 切迫した、強烈な泣き声。

 空腹でもない。痛みでもない。


 それは、至宝を失うことへの大人の恐怖。

 そして、偉大なプロジェクトを素人に台無しにされるエンジニアの憤りがない交ぜになった叫びだった。


 サラの手が止まった。

 彼女はアーガスを見つめ、その瞳に揺らぎが走る。


 アーガスは全力を尽くした。

 澄み切った、潤んだ瞳を限界まで見開く。

 涙が眼窩で揺れている。


(これしか武器がない……!)


 恥ずべき行為だと分かっている。

 だが、今の彼にはこれしかないのだ。


 案の定。

 母親の防衛線は、涙の前に脆くも崩れ去った。


 この無言の交渉に、アーガスは感動しつつも無力感を覚えた。

 愛の力とは、あらゆる理性の境界を超えるものらしい。


 彼女は長い溜息をついた。

 葛藤と諦めが混じった息だった。


「……アイリーン、一番分厚い布を持ってきて」


 アイリーンの顔に勝利の笑みが咲いた。

 悪だくみが成功した子狐のように、彼女は飛ぶように部屋を出て行った。


 ブレイクは鼻を鳴らし、暖炉に戻った。

 火かき棒で乱暴に薪をつつく。煤と鉄の匂いが一層濃くなった。


 トールは落ちた鉄片を拾い上げ、肩をすくめた。


「こいつ、やっぱちょっと違うな」


 すぐにアイリーンが厚手の布を持ってきた。


 サラの心配そうな視線の下、彼女は慎重に、黒ずんだ斧の刃を何重にも包み込んだ。

 鋭利だったはずの刃は、不格好で滑稽な白い綿の塊へと変わり、サファイアだけが露出した状態になった。


 彼女たちは、この「牙を抜かれた」家宝をそっと揺り籠の縁に置いた。

 アーガスの体にぴったりと寄り添うように。


 アーガスは即座に泣き止んだ。

 小さな手を伸ばし、再び冷たい宝石に触れる。

 巨大な安心感が胸に広がった。


 古の気配はまだそこにある。

 意識の縁で明滅する、未解読の暗号のように。


 魔力は微弱すぎて、あの亀裂を修復することはできない。

 だが、彼は知っていた。これは始まりに過ぎないと。


 サラが優しくアーガスの胸をトントンと叩く。


 彼女は身を屈め、子守唄を口ずさみ始めた。


 その声は悠遠で、神秘的だった。

 煤と錆に満ちたこの石屋には似つかわしくない。

 星の彼方から響いてくるような旋律。


「眠れ、眠れ、小さな灯火よ」


「世界はまだ夜明け前。万物はまだ、歌うことを知らない」


 彼女の声は一筋の月光のように、アーガスの異界の魂を撫でた。

 彼は静かに聴き入った。

 古代システムの発見よりも深い波紋が、心に広がっていく。


「お聞き、お聞き、始まりの鼓動」


「すべての魔法は、その中で静かに眠る」


「……最初の一粒は、お前の手の中で芽吹き」


「……最初の一縷の星明かりは、お前の夢の中で織り上げられる」


「星明かり」と「夢」。


 その音が響いた瞬間、空気中の冷たく純粋なエネルギーが、再び一瞬だけ閃いた。


 揺り籠の脇で、サファイアが奇妙なリズムで脈動した。

 破損したデータを読み込もうとして失敗し、沈黙する古いマシンのように。


「最初の一粒は、お前の手の中で芽吹き」


「最初の呼吸は、すべての始まり」


「眠れ、眠れ、小さな灯火よ」


「夢の中の世界こそが、お前の帰る場所」


 その優しい歌声に包まれて、アーガスは次第に深い眠りへと落ちていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

台湾出身の作者です。


職人が伝説級の道具アイテムを鍛え上げるためには、

技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。


私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、

この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。


ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、

アイアンソーン工房に火をくべてやってください!


それでは、次の章でお会いしましょう!

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 台湾出身の作者です。 職人が伝説級の道具(アイテム)を鍛え上げるためには、 技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。 私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、 この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。 ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、 アイアンソーン工房に火をくべてやってください! それでは、次の章でお会いしましょう!
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