第二十章:障壁と触媒(バリア・アンド・カタリスト)-2
初冬。
アイアンソーン家の食卓では、相変わらず沈黙が主旋律を奏でていた。
フォークが皿を擦る音。ブレイクが図面をめくる音。サラがエールを注ぐ音。
それらが重なり合い、重苦しい交響曲となる。
トールはいつものように食事をかき込み、椅子を押し退け、軋む音と共に工房という聖域へ逃げ込んだ。
アーガスは『ドワーフ叙事詩』の陰に隠れ、読書を装いながら、母の無言の気遣いと、兄の拒絶を記録していた。
突然、ブレイクが図面を置き、顔を綻ばせた。
雷鳴のような大音声が響く。
「トールの奴、ついにやりやがったぞ! この一年、工房に籠もって狂ったように打ち続けた甲斐があった! 腕を上げやがって……なんと、数年に一度の『徒弟選抜戦』に出場できることになった! 鍛造大師への切符を手に入れたんだ!」
それを聞いたサラの目に、星のような喜びが宿る。
彼女はブレイクのゴツゴツした手を握りしめた。
「本当!? まあ……素晴らしいわ!」
常に冷淡なトールでさえ、その話を聞いて肩を震わせた。
瞳に複雑な光が走る。誇らしさと、不安の混ざり合った光。
だが、その温もりは夏の夕立のように短かった。
テーブルの端で、押し殺したような議論が始まったからだ。
サラの声には深い憂色が滲んでいた。
「……でも、あのお金は? 大師への入門料は小銭じゃないわ。うちは……」
ブレイクが眉をひそめる。豪快さを装っているが、目の奥の陰りは隠せない。
「何を焦る。来期の『竜の税』まではまだ時間がある。最悪、家に置いてある予備の『緋銀』を売ればいい。まずは選抜戦だ!」
「駄目よ!」
サラが初めて声を荒らげた。手負いの獣のような悲痛な響き。
「あの緋銀は、『竜の税』のための最後の切り札よ! 忘れたの!? それに、あれは……あれはアイリーンの花嫁道具にするはずだったのよ!」
彼女の声が震え、涙が光る。秋の夜の露のように。
ブレイクの顔が沈む。
「じゃあどうしろってんだ! 金のために、トールの千載一遇のチャンスを潰せって言うのか!」
テーブルに、長く、無力な沈黙が落ちた。
フォークが止まる。エールの泡が消える。時間が凝固する。
アイリーンは、そのすべてを見ていた。
彼女の表情は、無言のうちに変化していった。
トールの合格を聞いた時の心からの笑顔。
両親の口論を聞いている時の静けさ。
そして「花嫁道具」という単語が出た時、その瞳は湖面のように凪ぎ、底知れぬ決意の色を湛えた。
彼女は黙って、皿に残っていた最後の一切れのパンをフォークで二つに割った。
半分を自分の手元に残し、もう半分を、そっとトールの皿の縁へ押しやった。
音のない、しかし重い動作。
それは無言の宣言だった。
『あなたの未来は、私が背負う』と。
トールの指が強張る。
視線はパンに釘付けになったままだ。顔を上げられない。
そのパン切れが、千トンの鉄塊よりも重く感じられたからだ。
アーガスは本から目を逸らし、そのパンを見つめた。
胸が締め付けられる。
分かってしまった。
姉はまた、高額報酬の危険な依頼を受けるつもりだ。
だが、自分には止める術がない……。
アイリーンは、その華奢な掌で、トールの無骨で分厚い額を軽く押した。
羽毛のように優しいタッチ。だがそこには、鋼鉄の意志が込められていた。
彼女は決めたのだ。
黒い森の深奥へ挑む、最も報酬が高く、そして最も危険な長期任務を受けることを。
夜は墨のように黒い。
アーガスは部屋に戻った。金属の焦げた臭いが亡霊のように漂っている。
壁の図面は穴だらけだ。その一つ一つが運命の嘲笑に見える。
彼は廃墟の中心に立ち、二つの解決不能な難問と対峙していた。
技術的問題:『魔法弾道学』の知識欠如により、研究は行き詰まり(デッドロック)。
家庭的問題:『竜の税』と『保証金』による財政破綻。姉が命を賭けようとしている。
拳を握りしめる。爪が食い込む痛みが、彼を覚醒させる。
脳内で、あの種子が急速に成長し、確信へと変わっていく。
灯台の光のように、唯一の解が示された。
(学校へ行く。魔法を学ぶんだ!)
そこに行けば、『魔法弾道学』を学べる。技術的な壁を突破できる。
そして技術を習得すれば、価値あるものを創造し、十分な金を稼ぎ出し、家族を『竜の税』という呪縛から解放できる。
これはもはや、単なる贖罪ではない。
「守護」のための戦いだ。
外の世界へ出なければならない。運命を変える力を持つ者になるために。
部屋の蝋燭が震え、彼の決意を映すように、壁の焦げた図面を照らした。
アーガスは木炭ペンを執り、新しい羊皮紙に一行目を書き記した。
『魔法弾道学:目標固定原理の仮説』
筆跡は力強く、迷いがない。
【あとがき】
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次の章も、全力で鍛えます。




