第二十章:呪いと残光(カース・アンド・アフターグロウ)-2
雨と、濃厚な血の匂いを含んだ突風が、暖かい居間になだれ込む。
ドアの外には、冒険者ギルドの若者たちが立っていた。
ずぶ濡れで、顔には雨とも涙ともつかない液体が張り付いている。
その目は、畏怖と恐怖が入り混じっていた。
死を見た者の目。絶望に触れた者の目だ。
ブレイクの心臓が早鐘を打ち、血液が凍結する。
彼らの背後。
二人の男が、獣皮で組まれた担架を運び込んできた。
そこには、アイリーンが横たわっていた。
全身が血まみれだった。軽装鎧は原型を留めないほど粉砕されている。
呼吸は糸のように細く、意識はない。
彼女はあまりに小さく、脆く見えた。あの意気揚々とした女冒険者の面影はどこにもない。
リーダー格の冒険者は、歴戦の狩人だった。顔には古傷が走っている。
だが今、彼の目には前代未聞の茫然自失が浮かんでいた。
熟知していたはずの生態系が、根底から覆されたかのようなショック。
彼の声は震えていた。
混乱した犯罪現場から真実を再構成しようとして、さらなる矛盾に突き当たった探偵のように。
「……ブレイク親方。これを見てくれ」
彼の指が震えながら、アイリーンの肩の、骨が見えるほど深い爪痕を指差した。
「傷の間隔とカーブは、典型的な『山岳凶狼』のものだ。俺たちは毎年何十頭も狩ってる、見間違えようがない。爪の入射角、引き裂き方向……完全に狼の攻撃パターンだ。だが……」
彼は恐怖で声を潜めた。
「……骨の断面を見てくれ! この粉砕骨折、骨が完全に圧し潰された状態……これは『洞穴巨熊』が全力で掌底を叩き込んだ時にしか起きない、鈍器による打撃の効果だ! 狼の爪は鋭利な切断、熊の掌打は全面的な粉砕……この二つの物理現象は相反している。一本の爪痕の中に同時に存在するなんて、物理的にありえないんだ!」
彼は次に、アイリーンの腹部の刺し傷を指した。
丸い穴が空き、周囲の肉は不気味な紫黒色に変色している。
「これは蠍の尾だ。間違いない。刺入角度、傷の形状、すべてが『毒尾蠍』の特徴と一致する。だが……」
彼の目に狂気じみた色が宿る。
「蠍の神経毒の特性に加えて、『深層地蜘蛛』特有の、強力な筋弛緩毒の色が混じってる! この二つの毒素は……共存できないどころか、本来なら互いに中和し合うはずなんだ! だが彼女の体内では、それが協力し合っている!」
最後に、彼は顔を上げた。
無数の死線を見てきたその瞳は、認知崩壊の果ての空白に染まっていた。
「……あれは、俺たちが知っているどんな魔物でもない。あれは……生きた、動く『矛盾』だ。身体のあらゆるパーツが、互いの存在を否定し合っている。どう戦えばいいのかさえ分からなかった。奴の攻撃のすべてが、俺たちの知る常識に違反していたんだ」
声が詰まる。
「俺たちは彼女を守るはずだった。だが、あんなモノを前にしては……俺たちの経験も知識も、ただの紙屑だった。何もできなかった……何も!」
キャァァァァァァァッ!!
サラが絶叫した。
夜空を引き裂き、暴風雨すらかき消すほどの悲鳴。
彼女は狂ったように飛びつき、娘の冷たい額に手を当て、錯乱したように祈りの言葉を叫び始めた。
聖なる光が掌から溢れ出す。
しかし。
その光が、アイリーンの肩に巣食う頑固な闇の呪いに触れた瞬間。
ジュッ、という音がした。
濃硫酸をかけられた雪のように、聖なる光は、蠢く闇によって逆に侵食され、飲み込まれていく!
母の愛は、邪悪の前であまりに無力だった。
従来の治療、効果なし。
魔力の反動を受けてサラがよろめき、絶望に目を落としたその時。
静かなドアの開閉音がした。
アーガスが、自室の影から出てきた。
その姿を見て、ブレイクの悲嘆で麻痺していた脳が再起動した。
彼は、まだその場に立ち尽くしているトールに向かって、雷鳴のように吠えた。
「トール! 何をボサッとしている! グレン先生を呼んで来い! 急げ! 娘が死にかけているんだぞ! 何を呆けているんだ!」
トールは夢から覚めたように弾かれた。
彼は暴雨の中へ飛び出した。その一歩一歩が、絶望的な重さを帯びていた。
どれほどの時間が経ったのか。一瞬だったかもしれないし、永遠だったかもしれない。
窒息しそうな待ち時間の果てに、グレン医師がトールに支えられて飛び込んできた。
白髪は乱れ、薬草と聖油の匂いがする重い鞄を提げている。
数多の死を見送ってきた老医師の顔にも、これまでにない深刻な色が浮かんでいた。
続いて、もう一人の冒険者が息を切らせて駆け込んできた。
重そうな魔法の箱を抱えている。
「グレン先生! ギルド長がアイリーンのことを聞いて、『生命の聖石』を持って行けと! 会長は言っていました、アイリーンは鉄城の宝だと、絶対に死なせるなと……」
男は涙声で言葉を詰まらせた。
それはギルドの至宝であり、無数の冒険者の命と引き換えに守られてきた最後の希望だ。
グレンは精神統一の蝋燭を灯し、学者のような厳格さでアイリーンを診察した。
瞳孔と眼底の血管を観察し、銀のピンセットで肩の傷から灰黒色の肉片を採取し、水晶の薄片に乗せて観察する。
さらに、鳩の卵ほどの魔力水晶を取り出し、腹部の傷にかざす。
青い光が傷口に浸透していくが、脊椎に近づいた瞬間、より濃厚で攻撃的な紫黒色の毒素によって、完全に黒く塗り潰された。
検査のたびに、グレンの眉間の皺は深くなり、家族の心は沈んでいった。
グレンは沈痛な面持ちで告げた。
「彼女の身体には、二つの相反する悪性呪詛が同居している。肩の古傷は、自己再生能力を持つ暗黒の力だ。これが脊髄神経と融合している。腹部の新しい傷は蠍の猛毒で、神経を伝って心臓を狙っている。この二つが互いに強め合っている。下手に治癒魔法を使えば、逆流して命取りになるぞ」
彼は深く息を吸い、鞄から六つの白い石を取り出した。古のドワーフルーンが刻まれている。
「まずは『鎮魂の石陣』で、呪いの拡散を物理的に封じ込めてみる」
グレンは六つの石をアイリーンの周囲に配置し、完全な六芒星を描いた。
印を結び、古い詠唱を始める。石が柔らかな白光を放ち、アイリーンを聖なる結界で包み込もうとする。
最初は、効果があるように見えた。
蠢いていた黒い呪いが、白光に圧迫されて収縮し、震え始めた。見えない鎖に縛られたかのように。
サラの目に希望が灯る。
だが、数秒後。
呪いが反撃を開始した。
黒いエネルギーが潮のように逆流し、ルーン石の表面に亀裂が走る。
ピキッ、パキッ。
耳障りな音が響く。グレンの顔色から血の気が失せ、脂汗が滲む。
「クソッ!」
彼は呻き、聖白木の杖を取り出した。先端には太陽石が嵌め込まれている。
同時に、魔法の箱から『生命の聖石』を慎重に取り出した。純粋無垢な水晶の中に、液状の黄金の光が流れている。
「封じ込められないなら、浄化するしかない!」
グレンは聖石を杖の先端に装着した。
杖が小型の太陽のように爆発的な光を放つ。
彼はより古く、神聖な祈祷文を唱えた。杖に蓄えられた生命エネルギーが、決壊したダムのように放出される。
「神恩治癒!」
黄金の滝が天から降り注ぎ、アイリーンの全身を包み込んだ。
肩の暗黒呪詛が無音の悲鳴を上げ、聖光の奔流に押されて後退していく。
サラの目に狂喜が宿る。ブレイクは拳を握り、トールは呼吸を忘れた。
希望が、曙光のように全員の心を照らした。
しかし。
闇が完全に消滅する直前。
それは突然、針の先ほどの黒点へと凝縮した。
直後、その黒点が爆弾のように炸裂し、より凶暴で、より邪悪な形態へと進化して逆襲した!
黄金の聖光は、墨汁を垂らされた清水のように、瞬時に汚染され、食い荒らされ、黒く染め上げられた。
ガハッ!
グレンが雷に打たれたように吐血し、後ろへ吹き飛ばされた。
同時に、アイリーンを囲んでいた六つのルーン石が、パンッ! という乾いた音と共に一斉に砕け散った。
白い粉塵が雪のように舞う。
希望が粉砕された音は、ガラスが割れる音よりも鋭く耳に刺さった。
グレンは這い上がろうとしたが、足が震えて立てない。
顔は紙のように白く、口元は血に染まっている。目には無念と絶望。
彼は何度か弱い治癒魔法を試みたが、結果は同じだった。
試行するたびに絶望が確定し、失敗するたびに心臓に釘を打たれるようだった。
ついに、彼は歩く力さえ失い、よろよろと立ち上がると、鞄を閉じて首を横に振った。
死の宣告。
「……手の施しようがない。古い呪いは脊髄と完全に癒着し、新しい毒は心臓の防壁を破りかけている。これ以上治癒魔法を注げば、それは燃料となって死を早めるだけだ」
彼は最後にアイリーンを一瞥した。その目には憐れみと無力感があった。
「……覚悟を決めてくれ。私は四十年医者をやっているが、これほど悪辣な呪いの組み合わせは見たことがない。これは……現代の我々の理解を超えている」




